01.帰れなかった勇者
書くのは初めてですので、不備がありましたらお願いします。
「――随分と手荒い歓迎だな」
雨霰と飛来る魔法を避けながら、溜息混じりにそう呟く。
ここ、魔王城に来たのは昨日。無数の魔物を倒しながらも歩を進め、この城の主、魔王が待つであろう最上階にようやく辿り着いた瞬間にこれだ……。
魔王の不意を付いた先制攻撃で、魔王城最上階の屋根や壁は殆どが吹き飛び、今はお互いに飛行魔法を使用した空中戦の様相を呈している。
「こう言うのは『ふはははは、よく来たな勇者よ』とか、そういう軽いやり取りがあるものだと思っていたけど、こういったパターンもあるのか……」
少し予想と違ったが、魔王は魔王で命懸けなのだから、そりゃ必死にもなるか――。
――吉田大吉、四十歳。一部上場の商社でそこそこ出世し、気侭な趣味ライフを送っていたが、自宅の寝室で眠っていた所を、この世界『ギアニカ』に召喚された……俗に言う勇者召喚というヤツだ。
創作系では良くある設定だが、まさか自分が体験する事になるとはね……いやいや、四十歳で勇者とか言われても。こういうのは、思春期真っ盛りの十代と相場が決まっている物だと思っていたのに。
しかし、召喚されてしまったものは仕方無しにと話を進め、この世界ギアニカの神様である女神ビセル様から聖剣と勇者の称号を授かり、国王には帰還の条件……この世界を脅かす魔王を討伐すれば日本へ帰れるという事を聞く。
まぁ、テンプレだよな。
読んでいた小説なんかでは、元の世界に帰らない主人公が多かった気もするけど、帰還の可能性が残っているなら俺はそれを目指したい。
四十歳のおっさんとて日本での生活がある。ローンで買った戸建のマイホーム、日曜大工で作り途中の本棚に、積んだままの本やゲームにプラモデル。
もちろん仕事だってそうだし、友人付き合いや両親への孝行もまだしていない。彼女や嫁さんだって欲しいし……。
そりゃ楽しい事ばかりじゃく辛く苦しい事も多いけど、まだまだやりたい事は沢山ある。
そう言う訳で、日本へと帰り平凡な日常生活を送る為に、半ば強制的に剣を振り続けてきた。
魔王城の結界を破らなければ魔王城には入れないし魔王にも会えない。魔王城の結界を破る為には結界を維持している四天王を……四天王に辿り着く為には魔王軍の精鋭を。
仲間や支援も無く、ひとり勇者として呼び出された俺には果てなく遠い道のりで、実際、ここまで来るのに九年と言う長い時間を使った――。
ただ、正直なところ、魔王とその一派には個人的な恨みが無い分、申し訳なく思う。
勝手に召喚しておいて、帰還には条件を付ける……勇者なのだから困っている世界を助けるのは当たり前だと、支援も援助もしない神と住人達、どちらかと言えば恨み辛みはこちら側にある。
帰還条件さえなければ、魔王軍側に付いていた事だろうな。
とは言っても、魔王を倒さなければ日本には帰れないし、出来る事といえば余計な苦痛を与えずに倒す事くらいか……我ながら、何とも自分勝手な物言いだなと呆れるよ。
しかし、旅の終わりが見えてきたせいで感傷的になっているのか、色々と考えてしまう。が、このまま時間を費やした所で事態は何も変わらないし、選択肢が増える訳でもない。
仕方の無い事だと自分に言い聞かせながらも、腰に提げていた聖剣を抜き、覚悟を決める……。
そう、要は覚悟の問題だけだった。
九年も一人で魔王軍と戦ってきたのだ……四天王最強と謳われ、単独で幾つもの騎士団を壊滅させてきた魔物でもレベル五十台というこの世界で、俺のレベルは魔王城に着いた時点で三百を軽く越えており、戦闘経験も豊富でレベル差による力押しだけじゃない戦い方も身についていた。
これまでの旅では無数の敵に囲まれた事もあった。それに比べれば敵が一人で、レベルも下となれば倒すのは簡単な事で、対峙したのがレベル百二十の魔王だったとしても、それは変わらない事だった――。
――動かなくなった魔王が霧散し、その跡から宝箱が現れる。
全てをやり終えた後で今更だが、こういう所はゲームっぽいよな。
それにしても宝箱か……これが最後の敵なのだから、もうこの世界の貨幣や宝物なんて必要ないが、『日本で換金できたらラッキーだな』程度に考えて、宝箱の中身は回収し、やり場の無い虚無感と共に魔法の鞄に収納した。
「さて、魔王は倒したが……女神ビセルが出てこないな……」
これで帰還条件は達成したはずだが、身の回りに変化が無い。
てっきり天空から光が……とか、期待していたりもしたんだがな。
場所が悪いのか? さすがの女神とは言え、敵陣の中心には来る事が出来ないとか。
少し思案し、俺が召喚された場所……神殿へと転移魔法で移動すると、ようやくビセルが姿を現す。
「条件通りに魔王は倒したぞ。早く日本に……召喚された時に帰してくれ」
四十歳で召喚されてから九年も戦い続け、今では五十歳目前となっている。
これだけの時間を戦い続けられたのも、帰還の際には召喚された時間と場所に帰してくれるという事と、俺自身も四十歳の体に戻れると聞いていたからだ。
あの日、自宅の寝室で眠っていた所に戻れるのだから、いくら時間を掛けようとも、どれだけ体が傷もうとも、後顧の憂い無く戦い続ける事が出来た。
「おい、聞こえてるんだろう? 早く日本に帰してくれ!」
「……申し訳ありませんが、帰還に関して創造神様より御話が在りますので、御同行願えますか?」
ビセルの言葉に耳を疑う……正直、嫌な予感しかしない。
この世界、ギアニカの神は女神ビセルで間違いない。で、それが『様』と言うのだから、より上位の神様なのだろう。
そんな神様が出てくる案件なんて、間違いなく何かがあったって事だ。
わざわざ礼を言うだけで、そんな上位の神様が出てくるとは思えないし、日本の生活でも上司……責任者が出てくる場合、十中八九は問題が起きて謝罪が必要な場合だけだった。
最悪、日本に帰れないとか?……勘弁してくれ。
まぁ、一人で思い悩んでも話は進まないので、ビセルに同行する旨を伝える。
すると、ビセルを中心とした空間が歪み視界がぶれて、転移魔法にも似た感覚に襲われるも、次の瞬間には白と青が混ざり合った……言うなれば『空の中』といった風景が視界に広がっていた。
◆
目の前には、俺の案内から離れたビセルを合わせて三人。
一人は好々爺然とした和装の男性、もう一人はスーツ姿でやり手のサラリーマンといった感じだ。
「わざわざ呼び立ててしまって済まないのう。儂がこの子の世界に下りるのは問題があるので、ここ神界に来てもらった訳じゃ。ああ、儂は創造神とか主神とか呼ばれているが、気軽に『神様』って呼んでくれ」
和装の老人がビセルの言う所の『創造神様』で、『主神』と言う事は恐らくは最上位の神様だろう……益々持って嫌な予感しかしないが、そんな事は関係無しにと、続けて横にいるサラリーマン風の男性の紹介もしてくれた。
「そして、この子はウェタス。君の住んでいた世界の管理神じゃな」
「はじめまして、吉田大吉さん。僕が地球や銀河や宇宙を含めた、あの世界をまとめて管理している男神のウェタスです」
外見はまんまサラリーマンだが、人当たりの良さそうな雰囲気でイメージとは若干違かったが、この方が俺の居た世界の神様なのか……ちょっとテンション上がるな。
宇宙が実際はどうなっているのかとか、地球外知的生命の存在とか、色々と聞いてみたい事が出てくるが……聞いたら怒られるだろうか。
「ははは、ごめんね。残念だけど、そういう事は教えられないよ」
と、くすくす笑いながら返される……ああ、心や思考が読まれているパターンか。
英知に触れられない事に残念な気もするが、創造神様に俺の世界の管理神ウェタス様、それに召喚先のギアニカの神ビセルと揃っているのを思い出し、少し佇まいを正す。
「それで……俺が呼ばれた理由は何でしょう。状況から、俺にとって良くない事が起きたのは推察できますが……」
この場にいる顔触れから、日本に帰れないであろう事は何となく察せたが、それでも説明されない事には納得できない。
「儂が説明しても良いのじゃが、どんな言葉で説明すれば大吉君が理解し易いのか分からなくてのう。それで、大吉君の世界を担当していたウェタスに来て貰ったんじゃよ……頼めるかい?」
と、創造神様はウェタス様に丸投げ。
「……そうですね、日本生まれのオタクなら……世界線の話からしようかな――」
ウェタス様の説明によると、俺が元々いた世界は『世界腺』というシステムで動かしているらしい。
例えるなら、朝食にパンか御飯を食べたかで世界は分岐する。でも、その朝食の如何によって、一週間後や一ヵ月後の世界に影響があるかといえば、そんな可能性は限りなくゼロだろう。
その様な影響の少ない分岐で分かれた世界は、可能性の高い世界に吸収され融合する。
世界は分岐と融合と可能性によって構築されていた様だ。
そして俺が召喚された時の魔法陣、あれが異世界間での分岐点を維持する目印で、本来ならば『異世界から帰ってきた吉田大吉』の世界がそこから分岐するはずだったのだが……。
「召喚された吉田様が四十歳の初老という事で、冒険にも耐えられず魔王軍との戦いにも勝てないだろうと、早々に魔法陣の維持を諦めました。あれの維持にもそこそこの神力を使いますので、次回の召喚の為に神力を温存した方が得策だと判断した為です」
と、ここまで無言だったビセルが、ウェタス様に目配せされて仕方なしにと説明する。
帰れなくなった原因は、分岐点の維持を放棄したビセルにあるか。
…………何してくれてんだコイツ。
「つまりは分岐点が無くなった事で、元の世界との関係が切れて、戻るべき場所も無くなった……という事ですか?」
恐らく、日本では召喚されなかった俺が普通に生活しているのだろう。
なので、今ある世界に俺を割り込ませる事は出来ない。そこで世界を分岐させる魔法陣が出てくるが、それもビセルがやらかしたせいで無い。
強引に帰還した世界を作れば、過去と未来の統合性が取れなくなる可能性もあるだろうし、……新たな分岐と融合で世界がこんがらがりそうだ。
と、俺の思考を見ているであろう神様達に補足回答してみる。
「やっぱり、日本人のオタクはこういうのに理解が早くて助かるね。予備知識があるせいかパニックにもなり辛いし、異世界の神が召喚したがるのも頷けるよ」
そう、ウェタス様は、自分が管理している世界の住人の優秀さに満足している様だが、俺はその被害者なのですが、そこは?……。
「あー、帰れない理由については理解しました。正直な所、納得は出来ませんが神様方が言うのだから帰還も無理なのでしょう……それで、俺は今後どう扱われるのですか?」
「そうそう、それを相談したかったのじゃよ。今回の件ではこちら側の不手際だからの、もちろん最大限の便宜は図らせてもらうよ。それで――」
創造神様の話……というか、提案を聞くと、俺が進めるルートは三つある様だ。
一つ目は、このまま神界で生活し、下位だけど神様になっても良いらしい。いやいや、これは無いだろう。責任から来るストレスでどうにかなりそうな未来しか見えない。
二つ目は、勇者召喚されたビセルの世界、ギアニカでこのまま生活する。これは神になる案よりも無いだろう。もしギアニカに戻ったら、今度は俺が魔王になると思う。散々と虐げられてきた反動で、人類滅亡させちゃうよ? ビセルへの嫌がらせとしてだけはアリだけどさ。
三つ目は、どこかの世界で生まれ変わる。転移の様に割り込ませる事は出来なくても、新生児としてなら任意の世界に入れるらしい。
これなら日本にも戻れるが……何と言うか、必死になって進めていたゲームのセーブデータが消えて、また一からやり直す。そんな感覚になりそうなんだよな。
また学校を卒業して就職し、一人暮らしを経験して……作業ゲーかよ!って話だ。
そうなると、日本ともギアニカともまったく関係ない世界で生まれ変わった方が楽しそうだし諦めも付く。魔法とか冒険とか、日本で読んでいた小説の様な世界――。
という思考を纏めた所で、創造神様の方を向けば……。
「なるほどの。儂の世界で合いそうな所があるし、細部や君の仕様に関してはウェタスに手伝ってもらえば大丈夫じゃろ。――しかし、切り替えが早いのう……元の世界に帰れないと聞いて、もっとごねたりする物だと思っていたが」
「そうですかね……。まあ、こういう性格じゃないと、異界の地で九年も一人で戦い続けられませんよ」
ギアニカでの九年間、異世界召喚を筆頭とした理不尽の中で、いつの間にかこういう事にも慣れてしまったのかもな。
それに駄々を捏ねた結果、「それじゃ、無かった事に」と、俺の存在を消す事も簡単だろうしね。
「それでは、後はお任せしても良いですか? どんな世界でどんな生活が待っているのか全部聞いちゃうと、面白みが減ってしまいますので」
「ふむ、そういう事なら、後は任せて眠るが良い。そうじゃな……次に会うのは三年後かの――」
その言葉と共に創造神様がぽんと手を合わせると、穏かな眠気と共に意識が薄れる。
俺に出来る事は無いだろうし、任せろと言うのだから全て任せ、今はゆっくりと眠るとしよう――。
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