ロリコン魔王とロリコン勇者はエロ規制神に抗わんとするようです。
神曰く。
――幼女のエロ絵は駄目。
神曰く。
――幼女のエロを想起させるテキストも駄目。
神曰く。
――幼女のエロ妄想をするのも駄目。
「なんたる、愚昧さか。神は既に堕ちたらしい」
漆黒の玉座につく黒衣の男は言った。黒い全身鎧に兜、光照り返さぬ純黒のマント。頬杖を突き足を組む男は、諦観に満ち満ちた深い憤怒の溜息を漏らす。
「は……然らば、私めに討滅をご命じ下さい。速やかにこれを排し――いや、え?魔王様、神の何にお怒りを?」
「当然のこと。何故に、実際の被害が出ていないものを戒めるのか。我は是に怒りを覚えておるのだ」
「え。いや別に、よくないですか?ロリコンとかきめえし……」
その瞬間、烈風が吹き荒れた。魔王の本気の殺意、その奔流が瀑布となって配下を襲い、意識を一瞬で刈り取る。
「第八軍団長。貴様は、いらん。我が魔王軍に差別偏見を持つ者はいらん。速やかに、何処へなり放り出せ」
「はッ!」
ロリコンをきめえと言った魔王軍第八軍団長は、その副官に抱えられて席を立った。その男はまだ軍団長としては若輩だったため、魔王の逆鱗を知らなかったのだ。哀れである。
重苦しい溜息を吐いた魔王は続ける。
「そも、だ。戒律として布告したとて、それを破る者は必ず現れる。否、むしろ増えるのだ。適度に発散させていた性の捌け口を奪われた者が物理的に手の届くものに手を出すと何故に考えぬ?そう、神はそのようには考えぬ。規制すれば万事良しと己が理屈を押し付けるのだ。何故そう断ずるかわかるか?わからぬだろう、わかる筈もない。それは目に見えてきめえものをきめえが故に弾劾することの方が分かり易く、そして自分は正しいのだと悦に浸れるから――」
「魔王様、皆が引いています」
「ええい喧しいわッ、これが黙っていられるかッ!!我らは幼女を崇めこそすれど、触れたことなど一度足りとてないのだぞッ!!」
魔王はキレていた。神の出した新たな戒律によって人間界の有名なロリエロ画家が筆を折ったことに何よりキレていた。時を同じくしてロリエロ文豪も筆を折り、もう怒髪天の如くブチ切れていた。妄想すら禁止とかもう意味がわからなかった。
「手を出すのは何時の時代であっても部を弁えぬ異常者なのだッ!!我ら絵画を見て独り励む者ではないわッ!!魔導結晶に記録された淫乱音声とてあれを収録しているのは皆歳食った女なのだぞッ、恥を知れッ!!」
「恥ずべきはまず魔王様です。TPO弁えてください。ここ幹部会ですよ」
「うるさいわッ!!全軍進撃ッ!!神を殺せッ!!見つけ出して、殺せぇッ!!」
こうしてクソ下らない魔王総軍の神界遠征令が下された。幹部の者たちの中にロリコンはいなかったので自分には全く関係なく、めちゃくちゃ士気は低かった。
* * * * * *
「何だ?魔王軍が退いていく……?」
勇者は遠目に監視していた魔王勢力の砦から、慌ただしく兵が魔王城方面に退却していくのを不審に思っていた。
何かが起きた、それは間違いない。だが何が、それほど急に動かねばならぬ事態とは一体何なのか、妙に腑に落ちない。
「おかしい、急すぎる。何があったというんだ」
「勇者様!これ!見てくださいよこれ!」
僧侶が魔導結晶に映し出された映像を指さして勇者に言う。魔導士が一瞥して鼻を鳴らし、剣士は興味なさげに武器の手入れに戻った。そうした様子だったので重要度は低いと判断し、魔王軍の監視に戻る。
「僧侶、少し黙っていてくれ。今連中に動きがあって……」
「神様がロリコンに天罰を下してくださったんですよ!今後戒律に新しい文言が加えられて、『幼女エロ絵』『幼女エロ文章』『幼女エロ妄想』が禁止されるんですって――」
「そ゛れ゛は゛本゛当゛か゛ッ!!」
遠眼鏡を放り出した勢いで地面に叩きつけて粉砕し、大跳躍した勇者は魔導結晶の神界通信を食い入るように睨み付けた。
「なんということを……なんと……やってしまったのだ……神よ……ッ!!」
勇者は悪鬼の如き形相でふらふらと立ち上がると、聖剣の柄を強く握りしめる。不穏な空気を察した勇者御一行に緊張が奔った。
「おい、勇者。どういうつもりだ」
「勇者、早まるな。落ち着け」
「えっ、えっ?どうしたんですか、皆さん!?怖い顔して、喧嘩は駄目ですよう!」
事態を呑み込めない僧侶を除き、皆が既に理解していた。もう自分たちは元に戻れないところまで来ているのだと、勇者は既に、神を斬る心積りでいるのだと。
「そこを退け、剣士。落ち着くのはそっちだ、魔導士。お前たちは、お前たちだけは……俺をわかってくれると思っていた」
「悪いがロリコンは理解できねぇ。俺には、無理だ。熟女からは遠すぎる」
「同感だ。いや同感ではない、熟女もキツイわ。僕には男の娘という絶対に譲れない一線がある」
剣を構える剣士、杖を構える魔導士。勇者は悲し気に微笑むと、聖剣を抜いた。
「魔導士、一番業が深いのはお前だと思うよ。残念だ、こんなことになるなんて……なあ、もしこんなことにならなければ、俺たちまた一緒にいられたと思うか?」
「ああ。だが、無理だ。もう、どうしようもない。さすがに、きめぇんだ」
「神を斬るというのなら、僕たちは勇者を許容できない。犯罪者予備軍も同じだ。生かしては、おけない」
「えっ、えっ!?何!?何なの!?みんなおかしいよ!!絶対こんなの間違ってるよ!!」
正直なところ皆、僧侶とまるで同意見だった。しかし、駄目なのだ。勇者を止めることは、誰にも出来なかった。
「勇者、君は危険すぎる。自分では制御できないほどに」
「そうだね……でも俺は、最後までロリコンだよ」
「やっぱり……犯罪者そっくりだ……」
「「「お覚悟ッ!!」」」
* * * * * *
魔王軍の総力を結集した大攻勢によって神界の防御機構である絶対防壁『大天門』は完全に突破され、神の裁きたる黙示録の騎士たちはその全てが滅ぼされていた。その勢いは留まるところを知らず、世界は闇に包まれようとしている。
「首尾はどうだ、第三軍団長」
「は、魔王様――。現在最終防壁への総攻撃に掛からせております。例の懲罰大隊……魔王軍選りすぐりの性犯罪者を集めた連中が異様なほどの戦果を挙げており、最大の障壁となる筈だった四騎士の三体までをも仕留めたようで」
魔王はふつと笑った。当然といった様子の、威風堂々とした風格――支配者たる者の貫録を放ちつつ、男は言う。
「当然だろう。如何に神とは言え、性癖までをも支配できると驕ったのがそもそもの過ちであったのだ。追い込まれたパトスは、強い」
「はぁ、左様で……」
あまり理解していなさそうな第三軍団長は何とも言えない顔で一応首肯した。その時。
『報告――ッ!!最終防壁は破りましたがッ、神がッ、ぐあッ!!』
「何が起きたッ!!おいッ!!応答しろッ!!」
「――来たか」
《定命の者どもよ、聞け――我が名はYHWH》
戦場と化した神界に、声が轟いた。神々しく、悠然たる、生命を超えた何か――そう、真なる存在、それこそが神であり、今長き静観を破り遂に降臨した絶対主なのであった。
《愚かなり、魔なる物――何故に聖域を穢すか。万死に値するぞ、忌むべき悪辣よ》
天へ届かんばかりの巨躯、光り輝く白き巨人たる神は今その右腕をもたげ、掌を掲げた。
《浄化せん――》
そう宣言するだけで魔王軍の半分がたちどころに白塩と化した。抵抗の一切を赦さず瞬く間に為された絶対的な御業を前に、さしもの魔王軍とて恐慌状態に陥る。
「いけません、魔王様ッ!!神がこれほどのものとはッ!!急ぎ退却を――」
「――笑止ッ!!」
魔王はその腰に佩いた魔剣を抜き放ち、溢れ出す赤黒く莫大なオーラと共に高らかに宣言した。
「聞け、愚昧なる神よッ!!貴様は過ちを犯したッ!!」
《ほう――?面白い、答えて見せよ魔の主。つまらない答えならば、貴様の統べる地の半分を塩で染める》
「クハハッ、言いよるわ、心持たぬ機構に過ぎぬ身でェッ!!ならば答えよう、貴様の犯した過ちとは――」
魔剣の力を解き放ち、天へ黒きオーラを立ち昇らせる魔王。両手で握りしめ、渾身の力と共にそれを振り下ろす。
「――エロは決して、規制することなどできぬということだァ――ッ!!」
《ほう。その程度のものか》
「何ッ!?」
しかし、届かない。闇のオーラは神の右手によって完全に弾かれている。依然として余裕を崩さない神に対し、魔王は驚愕する。
《所詮、俗物の剣よ。我は人の常ならざる業を封じたに過ぎぬ。で、あるならば、少数派たる貴様らが多数派たる我が右手を破れぬのもまた道理よな》
「馬鹿なッ!!ならば貴様の右手はッ、“人の普遍性癖”でなければ破れぬとでも言うのかッ!?」
《『全て赦されし人の業』――幼きものではこれに抗えぬ。我は、そのように星を創った》
絶望する魔王。勝ち目が無いと、そう理解させられてしまった。
神の右手は、人の性癖――つまり魔王が相手取っているのは、人が乳に感じる魅力そのものであると言い換えることができる。莫大な人の願い、乳を揉みたいというその意思。ロリコンである魔王であれ、否、だからこそ、それがどうしようもなく理解され、“破れぬ”という確信を抱いてしまったのだ。
圧倒的な強者とは言え、魔王も一人の男でしかない。圧倒的多数を占める存在の熱情に抗いうる道理は、無かった。
「くッ――」
敗れる。もはや持たない。
《消えろ、はみ出し者。醜悪なる原罪を抱き、尽きぬ絶望と共に沈み堕ちよ。幼きものに欲情する悪しき獣は、生かしてはおけぬ――》
絶対的性癖肯定者の前に一歩、また一歩と魔王は後退する。
(ああ、我が人生は大衆との闘いの中にあったが――ここまでとは、なァ……)
魔王軍――それは、性癖のはみ出し者たちが己が権利を守るために人であることを捨てた信念の獣たち。人のままでは信念を守れぬ。自分たちを弾圧し、醜く理性の無い誅すべき悪とした大衆に抗いえぬ。
ロリコンは悪だ。救えない犯罪者だ。殺せ、殺せ、殺せ――今も耳に焼き付いて離れぬ人々の声。そして、それに反論する力を持たなかった幼き頃の自分。
幼女に欲情することは許されない、それは理解している。しかし性癖なのだ。自分でやめようと思ってやめられるものではないのだ。
自分は幼女を愛している。何より幼女を愛している。だがだからこそ、傷つけようとは思わなかった。幼女を愛することで幼女が傷つくならば、自分で自分を赦せない。だから、絵画で我慢した。だから、魔導結晶に記録されたロリエロアニメ(登場人物は18歳以上です)で我慢した。だがそれすら許されぬという。
《性的搾取。不純異性交遊。おぞましきもの――貴様らが許される世など、無い》
(ああ、そうであるなァ……確かに、気持ちの悪いものであった、なァ……)
そうして魔王は膝を突き――その刹那。かつての光景が、魔王の眼前に浮かんだ。
――いいんだよ、バブみを感じてオギャっても。それはきっと、おかしいことなんかじゃないんだから。
「――そう、であったな。ならば、我は負けられない……ッ」
「よく言った、魔王――ッ!!」
《何――?》
突如、魔王のオーラに匹敵する光のオーラが天を割り、神の右手たる『全て赦されし人の業』に激突した。爆風が神界に吹き荒れ、生き延びた魔王軍残党は皆が驚愕と共にそれを見上げた。
地を踏み締め、その血塗れの男は一歩を進む。
「ああ、そうだ。俺たちは認められない変態だ。それは、悔しいが、間違いじゃない」
「貴様――勇者かッ!?」
肩で息をするその男は、かつて敵として挑んで来た人間、勇者だった。仲間の姿は無く、単身、己が信念を懸けてこの決戦の場に来たのである。
「けど。俺たちだって抜きたくなる時はある。でもデカい乳じゃ抜けないし、成熟してたら抜けないし、経験豊富だともう駄目だ。俺たちが求めているのは純真さ、エロスとはある種対極にあるもの……だから俺たちは絵画の偶像を愛し、空想の産物で慰めて来たんだ」
「勇者、貴様――」
その静かな、しかし確かな声音を聞いて、魔王は確信した。勇者はここで、相討ちしてでも神を狩るつもりなのだと。
勇者は穏やかに、魔王へ微笑みかけた。
「わかるよ、魔王。お前の痛みが。俺たちは仲間だ。だから――」
言葉は不要だった。魔王もまた、覚悟を決める。
「ふん、最期の最期まで、いけ好かぬ男だ。男と心中する趣味は無かったが、まァ――」
「俺だって、本心なら幼女に頭撫でられながら膝枕で死にたかったよ。けど――」
二人の愛の戦士の剣、聖剣と魔剣が共鳴し、光でも闇でもない新たなる光となって神の右手と最後の激突を繰り広げる。
《愚かな、我が使徒よ。魔王を討ち真に平和な世界を齎すべし、その誓いを忘れたか?》
「あの頃の俺はまだ何も世界を知らなかった。幼女の膝枕の温もりさえ、何も――ッ!!だから、もう迷わないッ!!俺は、いや俺たちはッ!!全てのロリコンのために最期まで抗い続ける――ッ!!」
「どれほど醜悪な性癖であったとしてもッ!!己の性癖を盾に弾圧して良い理由にはならない――ッ!!我らの性欲もまたッ!!貴様らの乳へのそれと変わらんッ、サガなのだアアああああああああああッ!!」
光と闇、相反する二つの剣から立ち昇る光の奔流が、勇者と魔王の決意によって虹色へと進化する。極彩の輝きはついに『全て赦されし人の業』に罅をつけた。
《馬鹿な。我が“普遍性欲障壁”が、敗れるだと――?》
「俺たちは生きている。俺たちは抜きたい。我慢なんてできないし、ネタがないと困る。当たり前のことだ――けどな」
「我らは生きたい。我らは抜きたい。我慢なんてしたくない、ネタが欲しい。そう、我らから、否“人”から、性欲を取り除くことなどできぬ――故に」
ついに、絶対の防御が割れる――!!
「「それを規制するてめェらが、絶対に赦せねえんだよォッ!!」」
《馬鹿、な――》
虹の瀑布が神を断つ。それは空を覆う暗い雲を真っ二つに断ち斬り、果てしなく蒼い空を覗かせた。
神は既に滅びる寸前だった。二人のロリコンはそれに歩み寄る。
《――我は滅びぬ。人の意思が在る限り、人の欲が在る限り、その普遍性の最大占有より再構築されるのだ。故にこれは、終わりではないぞ》
「何度だって滅ぼすさ。俺たちは、俺自身と、そして同じ性癖を持つ仲間たちのために戦い続ける」
「我は、かつて我を救った幼きものの言葉に従うまで――誰もが等しくバブみを感じてオギャれる、そんな世界を実現するまで、止まるつもりはない。来るというなら来い、相手になろう」
そう告げる二人の肉体は薄れていた。聖剣と魔剣、相反する二つの力を乗せた一撃は、確実にその使い手自身をも蝕んでいた。
しかし、彼らとてそれが終わりというわけではない。勇者、魔王、両者共に自身の剣その一部として再構築されていた。だからこその、宣戦布告。
いつの日か再び神が、人の性衝動を規制しようとする者が現れた時、彼らもまた再び蘇るのだろう。それがいつのことか、そこまでを知る者はいない。
遠い何処かの時代、ロリコンが認められるその未来まで……彼らの戦いは、続いていくのである――。