周りが転生者とかいう奴ばかりなんだが俺は違うと今さら言えない
俺が生を受け、15年の時が経った。そろそろお妃様をお迎えしては、という大臣達にせっつかれ、幾度か見合いの席を設けて来た。
俺はこの国の王太子。王族しての責務、血筋を絶やさぬ事こそが使命。
我がイクスポルト王国は大国であり、周辺国が多い。長きに渡る外交戦略の末、どの近隣国とも友好関係を築いてきた。属国化してきた、と言ってもいい。
しかしどんな小さな国であろうと王家が存在し、その数だけ血筋が存在する。どの王家も、我が王家と同じく血筋を守るのは必然。
大国である我が国へと自国の姫を嫁がせるのも外交の一環と言える。
幾度か見合いの席を設けて来た結果、これはという相手に出会えないでいる。
俺は物語のような恋がしたいのだ。目が合えばときめき、胸の奥底から沸き上がるような恋心を感じたい。国を捨ててでも守りたいと思うような恋愛。とても興味深い。
どの王家の王女であれ俺が気に入ればそれで良いと言われている。どの国であろうが我がイクスポルト王国の息が掛かっており、俺が誰を選ぼうとも政治的優劣がないからだ。
だからこそ、俺は運命と呼ばれるような出会いがしたい。
そう、物語の王子と姫君のような。
「兄上様、本日もお見合いのご予定でしたわよね?」
「とりあえず膝から下りなさい」
イヤですわ、と断固拒否をする我が妹。俺の膝の上に向かい合わせで跨ったまま、俺の胸へ顔をすりすりと擦り付ける始末。
「姫様、王太子殿下がお困りです」
そう言うのは妹付きの侍女。決して妹を引き剥がそうとはしない。微笑ましい物を見るような目つき。幸せそうで何よりだが、俺は困っている。
「何度お見合いされますの? 決められないのであれば私が兄上様の妃になりとうございます」
もう何度も説明したよね? 王室典範に血の繋がった兄妹はダメって書いてあるって。
「王太子殿下、そろそろご準備を」
「分かったからこの可愛いのを何とかしてくれ」
可愛いの、と言われてふにゃんと力を緩めた妹を両脇から抱えて侍女へと渡す。
「良かったですねぇ、姫様」
ニコニコ顔をしながら退室して行くその姿は、12歳にしては幼いような気がしてならない。しかし時折零す独り言が大人びているから怖い。
「済まない、待たせてしまった」
妹に思いの外時間を取られた。いや、見合いの前に限って突っ掛ってくるのは恒例なので、何らかの対策をすればいいだけなのだが。
しかし部屋から締め出すような所業、出来る訳がない。俺の両親があの可愛い姫を猫可愛がりしているからな。俺が王家から締め出されかねん。
「いえ、お待ちする時間も楽しいものです。お相手の事を想う大切な時間となりますもの」
ほう、と胸の中で息を吐く。これはどの物語の一文だったか。
俺が物語の収集家である事を知った上で関心を得るような一文を口にしたのか。
いや、今までの見合い相手も使って来た手だ。どこまで俺の趣味嗜好に合わせられるか、楽しませてもらうとしよう。
用意された見合いの席。庭園を見下ろすテラスの中央にある丸テーブル。向かい合わせに椅子が用意されており、見合い相手は俺に背を向けるように座っていた。
俺の声を受けて立ち上がり、振り向きながら先ほどのセリフを口にした姫君。風にたなびく長い黒髪、瞳の色は茶色。派手な外見ではないが、気品のある顔付き。
肌の色は白く、薄らと赤みがかっている。血色が良いのか、それとも緊張しているのか。
「申し遅れました、私はアルカンシェル公国第一公女、リリーと申します。
殿下におかれましては……」
「いや、堅苦しい事は止めよう。リリー、とりあえず座ってくれ」
「いえしかし……」
「いいから、膝が震えているのが見てられない」
「……、大変申し訳なく」
「気にせず座ってくれ。お茶を」
侍女に指示を出した後、俺はテラスの花壇へと行き、腰から短刀を抜いて一輪の百合の花を摘んだ。
向こうが物語を意識した上で見合いに臨むつもりならば、俺もその流れに乗ろう。
リリーの傍へゆっくりと歩み寄る。若干の怯えが感じられる茶色い瞳を優しく見つめ返し、そっとリリーの黒髪へと百合を差し込む。花の髪飾りだ。
「この白い百合がそなたの綺麗な黒髪をより一層引き立たせる。とても良く似合うぞ」
このやり取りは許嫁であった姫と王子が主人公として描かれる物語の一場面をなぞらえている。物語好きであれば恐らく知っているかとは思うが、はてさて……。
「で、殿下は私の名の意味がお分かりになるのですね……?」
意味? リリーと言う名の、意味……。
名に意味を込めるのは当然とも言える。俺の名も遥か昔に君臨した王にあやかったものだ。
知らんと言うのは簡単だが、言ってしまうのはよろしくない。王族の姫君であるリリーの名の意味を知らない、もしくは思い当たらないのは俺に教養がない為だと思われる可能性がある。
あそこの王太子ったら全く教養がないのですわよ、次代の国王もたかが知れていますわ! おほほほほ~と風潮されるのは非常にマズイ。
そこで俺は目を瞑り、曖昧に笑みを浮かべて返した。知っていて当然じゃないか、と笑ったようにも取れるだろうし、知っているけどそんなに知識をひけらかすタイプじゃないんだよね、とさらりと流したようにも取れる。
もちろん、知らないの~? と思われる可能性はあるのだが、しかし俺は明確に知っているとも知らないとも言っていない。これが一番重要な点だ。
さて、リリーはこの笑みをどう捉えたかと言うと……。
「……、この百合、とても良い香りがします。まるでお花畑にいるようですわ。
殿下、ありがとうございます」
リリーは百合の髪飾りを気に入った様子。俺と同じく明言を避けた形。しかし、先ほど見せた膝をがくがくとさせるほどの緊張は解れたようだ。
……、笑顔が素敵だ。
それにしても花畑とな。椅子に座りティーカップに口を付け、先ほどのリリーの言葉を思い出す。
王子と姫が結ばれぬ運命を悲観し、共に逃げて辿り着いた場所が花畑、という物語があったな。
しかしこの場にはそぐわない話題だ。一緒に2人で逃げようなど冗談でも持ち掛けるべきではないし、結ばれぬ運命である、つまりそなたを娶るつもりがないと暗に伝えていると早とちりされるのもよろしくない。
う~ん。どうしようか、話を変えるか。
物語が好きな者同士、空想で何か語ってみるのも一興かも知れない。思い切ってリリーの度肝を抜くような話題を出し、揺さ振りを掛けてみるか。
「リリー、見合いであるとはいえ、あまり格式ばった話はしたくない。それよりも、俺の生まれに関する秘密を少し、そなたへと告白しようと思う」
「殿下のお生まれの秘密、ですか?」
強張りが解れ自然体になっていたリリーの顔が、またも緊張によって固く張り付いたような表情になってしまった。いかん、これは性急過ぎたか。
いや、言い放ってしまったものはもう戻せぬ。前言撤回はせず、あまり真剣さを出さぬよう気を付けながら続けようか。
「うむ、実は俺にはな、生まれる前の記憶があるのだ」
「えっ……、殿下もですか!?」
えっ……、も? も、ってどういう事だい?
「だからリリーが百合を指す英語だとご存じだったという事なのですねっ!?」
えっ……、エイゴって、何だい?
「すごい、この世界で私は1人ぼっちだと思って諦めていたのに……、これって運命なんだわっ!!」
おっと、これはマズイ流れだ。決して俺はリリーとの出会いに運命など感じていない。しかし、そのリリーは運命を感じているらしい。
俺の作る話にリリーが被せて来た。それを運命だと呼べるだろうか。俺は認めない。リリーの喜ぶ顔がすごく可愛いなと思ってしまったが、それでも俺は認めない。
「どちらのご出身だったのですか? お名前は? あっ、もしかして生きていた年代がずれている可能性もありますよね……、私は日本という国で生まれました。西暦で言うと2000年ちょうどの生まれです!」
生きていた年代? ずれる? ニホン? セイレキ? 二千年?
丸テーブルに両手をつき、前のめりにして覗き込むように俺の目を見つめて来るリリー。そしてその少し下には、豊かに実った2つの膨らみとそれらが生み出す大きな谷間。
「済まない、そこまで記憶が確かに残っている訳ではないんだ。期待させてしまって悪い」
リリーから受けたあまりにも強烈な勢いと、それ以上に暴力的な胸元に屈し、流されてしまった。
あぁ、俺は弱い男だ……。
「あっ、そうだったのですね。それなのに私、何とはしたない……」
リリーは残念そうに俯く。しかしすぐに顔を上げて何か口にしようとしたが、俺の目線に気付いて口を閉ざしてしまった。
胸元を隠す事はしなかったが、それでも若干の居心地の悪さを感じたようだ。
胸の谷間を凝視しているのがバレた……。
「いや、この生の前では女だったらしくてな、どうもそれで実感が出来ないでいるから余計に曖昧な記憶しか……」
「MtF百合ぃっ!?」
うわっ、下心を誤魔化そうとしたら何かを踏み抜いてしまったか!?
ぶぅぅぅ~っ、とリリーが鼻血を噴き出し、丸テーブルの上が真っ赤に染まる。
ふむ、これぞ王家の血筋、ってやかましいわ!!
「え、衛生兵ぇ~~~!!」
リリーをこのまま公国へと帰す訳には行かなくなってしまった。
「お話は聞かせて頂きましたわっ!」
ややこしいのが来た……。また魔法を使って聞き耳を立てていたか、妹よ。