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マーセナリーズ・フロントライン

 確かに、たかがゲームだ。こんなものに価値はない。

 画面には【YOU WIN】と、派手なエフェクトで表示され、その背後で俺の愛機がポージングしている。ああ、うん。悪くない。

 ただ、人生においてこの瞬間が俺になんの益をもたらしてくれるのか、そう考えると一瞬にして興が冷めてしまう。この愛機も、作って一年経つか経たないか、まあそれなりの付き合いになるが――俺の人生に何を与えてくれるのか。そう問いかけても、コイツが答えてくれることはないだろう。


「まーた遊んじゃったよ、俺……」


 高校二年生。平凡で地味。勉強も運動も平々凡々な俺こと峰岸恭介の青春は、いつも駅の近くにあるゲームセンターで過ぎ去っていた。

 三百円で残機が無くなるまで無限に遊べるゲーム『マーセナリーズ・フロントライン』。通称マセフロ。それが俺の青春であった。

 デカい筐体の中に入り、ロボットを操る体感型の対戦ゲーム、というのが最も簡潔な説明だろう。資源の枯渇した星、ジアースの住人であるプレイヤーは傭兵となり、一〇メートルほどの巨大な人型ロボット、クレイドルを用いて対戦相手を撃破する――それが、主な内容となっている。


 今日に至るまで、対戦に重きを置いたロボットゲームは数多あるが、マセフロが最も力を入れているのは、臨場感――所謂、男の子の浪漫というやつが随所に詰まっているところだ。三年前の稼働当初から今に至るまで一大ジャンルを築いており、ベテランプレイヤーであれば、その対戦動画は毎日何百万と再生されるほどの賑わいを見せている。


 だが、ゲームが人気であっても俺が人気になるというわけではない。同級生は、今頃各々の所属する部活動に精を出し、青春を謳歌しているのだろう。対し、俺は煙草と電子音のうるさいゲームセンターで敵機を撃破、英雄になっている。くそったれ。

 俺がリア充じゃないのは、勿論マセフロが悪いわけじゃない。悪いのはリア充になろうと行動、そして努力しない俺だ。

 しかし、問題を理解していても行動できないのが、凡人というもので。俺は三百円を投入してから、一度も失っていない残機を確認する。まだ五時だ。遊べる遊べる。

 ……この時間を勉強に割いたら、部活動に割いたら。いや、『マーセナリーズ・フロントライン』に割かなければ。俺はもしかしたら、リア充になれたのかもしれない。

 いや、と思い直す。たらればの話は好きじゃない。足がずぶずぶと沼に嵌まる音を聞きながら、それでも俺は足掻こうとすらしない。

 まあ。


「……あると言えば、あるんだけれど」


 思い出す。我が校の部室棟に、たしか『マセフロ部』なる部活が存在していることを。

 二〇二四年現在、テレビ放送による対戦ゲームの観戦は、サッカーや野球に並ぶほどの視聴率を誇る。世間の風向きもまた、ゲームをプレイすること、観ることへの理解を示していた。

 そんな社会の動きに流される形で、我が校にもゲームに関連した部活の申請が認められた。その一つがマセフロ部――なんと、このデカい筐体を件の部は五つほど確保しているのだ。

 何より我が校一の美少女、萩原沙耶が所属しているという情報も聞き逃せない。決して俺は彼女に釣られてマセフロ部に興味があるわけじゃないが、去年の体験入部者は圧倒的に男子が多かった。

 ……今から入部してみるか?


「いやいや」


 思い出せ、峰岸恭介。あそこにいた面子を。俺が陰の者だとしたら、あいつらは陽の者だ。こう、言葉にするのは難しいがあれだ。効果音がチャラチャラしている奴らだぞ。相容れるわけがない。

 俺は孤高の傭兵。恋人は愛機のクレイドルで、デートスポットはいつもの戦場だ。見方を変えれば、リア充よりもリア充していると言えるだろう。

 それに――


「本気になれないんだよなあ」


 誰に言うでもなく、ただの独り言をぽつりと呟く。

 そう。


 俺、峰岸恭介は本気になれなかったのだ。


 ◆


 【GAME OVER】――映し出された文字を見て、溜息を吐く。結局、一度も失うことの無かった残機は、全て資源に変換してしまった。

 少し身体を伸ばすだけで、あちこちからパキポキと音が鳴る。あれから四時間、通して傭兵稼業をしていたのだがら、当然と言えば当然か。


「おっ、今日はギリギリまでやっていかないのかい?」


 さて帰るか、と筐体から出たところを待ち構えていたように、何者かが俺に声を掛けて来た。聞き慣れた女性の声に、思わず足が止まってしまう。

 無視するわけにもいかず。一瞥すれば、これまた見慣れた服装が視界に入った。赤を基調とした、この店の制服だ。周囲を見渡せば、彼女と同じような赤い制服を着た店員がちらほら見える。

 水瀬真紀。このゲームセンターの従業員で、俺にとってあまり喜ばしくないことに、近所のお姉さんでもある。

 もう少し付け加えるなら、色々と察しの良い人ということだろう。はっきり言って、嫌いではないが苦手な部類の人間である。


「まあ、一日中占有しちゃ悪いんで」

「高校生の入店拒否一時間前まで居座っておいて今更何を言うかね、この不良少年は。他にやること無いのかい?」


 返す言葉もございません。世間がゲームへの理解を深めたとはいえ、夜九時までゲームセンターに入り浸る高校生を優等と評価してくれるほど甘くはなっていない。真紀さんの言うように、俺みたいな学生は十分に不良と評されて然るべきである。


「意外にやることないんですよね、高校生。強いて言えば、明日の古文の小テスト対策くらいですかね」

「やれやれ。恭介君にはもう少し、高校生らしい青春を送って欲しいねえ」


 尤もだ。そして、同時に真紀さんのこういうところが俺は苦手だった。


「ほら、友達連れてクレーンゲームとかどうよ。今なら割引券あげちゃう」

「ははは。俺に友達がいると思います?」


 会心の自虐ネタに、さしもの真紀さんもフリーズしてしまう。頼む、笑ってくれ。


「くっ。どう屈折すればそうなるんだか……。あ、そうだ。恭介君の学校にマセフロやっている部活、あるんだろう? 入ればいいじゃないか」


 さすがに耳が良い。別に隠していたわけじゃないし、調べようと思えば調べられる情報なので、訊かれれば答えるつもりではいたが。


「リア充の巣窟なので嫌です」


 きっぱりと答えておく。それに、今はもう六月の頭。この時期に二年生が「入部させてくださーい」と言って我が物顔で部室に入ってきたらどうなるか。いかん、想像しただけで鳥肌が立ってきた。


「おいおい、そんな嘘でお姉さんが騙されるとでも思っているのかい。さあ、本音をゲロっちまいな」


 だから、どうしてそう勘が良いんだ。


「……真紀さん、昨年度のマセフロ部の対戦結果、知っています?」

「いやあ。何、強すぎて自分のレベルじゃ続くか心配、なーんて可愛げのある理由で躊躇っているのかい?」


 まさか。


「弱すぎるんですよ、ウチのマセフロ部は。地区予選の結果なんですけれど、これ見てどう思います?」


 スマートフォンの画面を見せる。そこには、我が校、浅葉学園の敗戦歴をずらりと書き並べたメモ帳が表示されていた。恐ろしいことに、ただの一つも白星は無く、無残にも黒星だけで埋まっている。


「うーん、オセロなら勝てそうじゃないかな?」


 こら、匙を投げるな。


「去年の試合も、一度だけ見に行ったんですけど。チーム戦だっていうのに、ゲーム性を理解していないのか、バラバラの動きで各個撃破されていましたからね。それに――」

 

 負けた後の、彼らの表情を見てしまったのだ。

 笑っていたのだ。それはもう、憎たらしいほどに清々しく。


『練習していなかったからねー』

『いや、練習しなかったけどさ、いい線行ったよな?』

『そうそう、さっき戦った連中、全国大会優勝候補らしいぜ? 全く――』

 

 耳にこびり付いて離れない。


『たかがゲームに、馬鹿じゃねえの?』


 ――――。


「それに?」

「いや、なんでもありません」

 

 手をひらひらと振る。ああ、本当に何でもない。


「とにかく、連中はエンジョイ勢ですよ。そんな中、青春の大半をマセフロに注ぐ変態が部室の扉を叩いたらどうなりますかね?」

「ボッチが加速するな……!」


 オブラート、プリーズ。とはいえ、概ね真紀さんの言う通りだ。メリットとデメリットを天秤に掛けたとき、残念ながら俺の心がマセフロ部に傾くことはない。


「そんなわけで、高校卒業まではここにお世話になるつもりなので」

「勘弁してくれよなー。恭介君がマセフロ一つ占有するだけで客回りが悪くなるんだよぉ」


 知ったこっちゃない。こっちだって、ルールを守って楽しくプレイしているんだ。文句を言われる筋合いはない。


 ◆


 ……なんて、考えていたのが神様の逆鱗に触れたのか。

 突然だが、俺に限らずボッチには弱点が幾つかある。その内の一つが、異性と二人っきりという状況だ。


「……あの」


 ちなみに、真紀さんはノーカウントだ。まあ、見た目は綺麗な女性であることは認めるが。どちらかというと、あの人は女性のボディを手に入れた異星人である。

 だが、これはダメだ。


「峰岸恭介君、ですよね?」


 名前を呼ばれ、声の主へと視線を向けるために俺はギチギチと首を回す。確認するが、夜の九時、ゲームセンター前だ。そんな場所で鉢合わせるなら、きっと巨漢の不良に違いない。

 だが、現実ってやつはいつも俺を裏切ってくれる。


「お願い、私達の部活に入部してください!」


 そこには、我が校一と謳われる美少女、荻原沙耶が頭を下げて立っていたのだ。

 状況は――最悪である。

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