新米退魔士と最強の鬼殺し
ピピピッとスマホの目覚ましアプリが朝八時の到来を電子音で告げる。
布団からにゅっと伸びた手が乱暴にスマホを取ると、慣れた手つきで停止ボタンをタップした。
その際、充電ケーブルが乱雑に床を這うことになってもお構いなしだ。
そうして16歳の男子高校生、百田朗は幸せな二度目の眠りについた。
五分後、ガチャっと朗の部屋のドアが開き、パタパタとスリッパが床をたたきながらベッドまで近づいた。
「お兄ちゃん、朝だよ」
「…あと5分待ってくれ。お兄ちゃんは起動するのに五分かかるんだ」
「今は8時5分だよ」
「…じゃあ、お兄ちゃんは起動に10分かかるんだ」
「あほなこと言ってないで、さっさと起きなさい!」
「ふがっ!?」
鼻をつままれた朗は苦しそうにもがく。
「ほら、間宮さんが来てるよ。お兄ちゃんとクラス発表見に行く約束があるって」
そういえば、そんな約束をした気がする。
しかたなく朗はもぞもぞと掛布団から這い出た。
「…おはよう、美咲」
「おはよう、お兄ちゃん」
「…今日は午前に学校が終わるから、弁当はいらない」
「それは昨日聞いた。さっさと顔洗って、朝ご飯にしよう」
「はーい」
朗は寝ぼけた頭で洗面所へと向かった。
廊下へ出ると、ひんやりとした冷気が足元に絡みついてきた。
自然と足早になる。
30秒もせずに洗面所についた。
蛇口をひねると、待っていましたと言わんばかりに水が飛び出した。
手ですくって顔に触れる。
「ぷはあっ、冷た!?」
春先の水はまだ冷たく、寝ぼけていた朗の頭をすぐに覚醒させた。
朗はそのまま鏡をチェック。
寝癖がひどいことになっていた。
もう一度水に手を浸し、寝癖を手櫛で適当に直す。
「こんなもんか」
洗面所を出た朗は小走りで自分の部屋に戻った。
寝間着を着替えるためだ。
ハンガーにカッターシャツ、学校指定のブレザーを手に取り、そでを通す。
ネクタイを締めたところでズボンをまだ履いてないこと思い出し、少し慌てて履く。
「これでよし」
準備を完了した朗はリビングに出た。
見ると、美咲がテーブルについて待っていた。
「すまん待たせた」
「あたしが今日登校日だったらアウトだよ。まあいいや」
美咲が無言で手を合わせた。
朗も、美咲に倣って手を合わせた。
「「いただきます」」
「おせーよ朗」
家を出た朗はよく知る人物に声をかけられた。
親友の間宮涼太だ。すぐ隣には涼太が乗ってきた自転車もある。
「悪いな、朗は起動に10分かかるんだ」
「今は8時30分だけどな」
「じゃあ30分かかるんだ」
「なんだそりゃ」
涼太が整った顔をくしゃりとゆがめた。
相変わらずイケメンだな、と朗は思った。
と、通学路の途中に黒猫が二人の前を横切った。
「あれは涼太だな」
「いやいや、朗だろ」
不吉なことが起こるのはどちらか、などとしょうもないことを話していると学校に着いた。
県立西城高等学校。
この辺りでは珍しい全県学区、今年で創立30年とまだまだ新しい進学校だ。
そして、朗の家からとても近い。
スマホを見ると8時35分。
まだ朗が起床してから一時間も経っていない。
「クラス分けは一年側の靴箱だったっけ?」
「ああ、ほらそこ」
涼太が指さす先には生徒の名前がずらりと並んだ巨大な紙。
更にその手前には二人と同じ制服に身を包んだ人の群れが。
「うへぇ、これをかき分けるのは嫌だぞ…」
「朗なら、かき分けなくても左右に人が分かれるんじゃない?」
「そんなことは無い…こともないな」
と、ここで二人のスマホに着信が。
画面には「いちねんいちくみ」の文字が浮かんでいる。
開いてみると、元クラスメイトの浦賀舞衣が画像を送信していた。
どうやら先ほど話題に出た、クラス分けの紙を写真に撮ったようだ。
拡大して見てみる。
「うわー、涼太とクラス別だ」
「まじで?あ、ほんとだ。ちゃんと友達作れるか~?」
「うっせ!それより、また浦賀と同じクラスかよ…。苦手なんだよアイツ」
「ミスコン1位と同じクラスとか、俺だったら無茶苦茶嬉しいけどな」
「何言ってんだよ彼女持ち。嫌味か?」
「ははっ、まあ今年1年クラスは違うけどよろしくな」
「おう、忘れ物したら借りに行くわ」
お互いに手を振って別れる。
朗は一人、新しい教室に足を踏み入れた。
始業式、自己紹介、係分担など春恒例の面倒なイベントが終わった頃には、時刻は昼になっていた。
ちなみに、朗は体育委員をすることになった。
「よし、帰ろう」
帰りのSHRが終わるとすぐさま荷物を持った朗は、ポケットのスマホが震えていることに気が付いた。
取り出して画面をみると、そこには「仕事相手」の文字。
嫌な予感がした。
朗は足早に教室を出ると、廊下の中でも人気のない場所で電話に出た。
「…もしもし」
「もしもし朗君?よかったら一緒にランチなんてどうだい?」
「学校があるので無理です。切りますね」
嘘だ。
そして朗は全身のオーラと声から「めんどくさいなぁ」という思いがにじみ出ていた。
「君のとこ、今日は始業式で午前終わりだろ?」
しかし、相手にはバレバレのようだ。
「まあ、真面目な話ちょっと顔出してよ。なに、そんなに時間は取らないさ、多分」
真面目な話、と聞いて朗の雰囲気がガラッと変わった。
「…ヤツ等に関することですか」
言葉には先ほどとは打って変わった刺々しさもあった。
しかし、相手はあくまで同じ態度だった。
「まあ、そんなところ。場所はいつものところ、時間はすぐで大丈夫?」
「大丈夫です。では」
そう言うや否や朗は電話を切った。
早速目的地に向かって足を踏み出す。
「っと、その前に」
朗は再びスマホに向かった。
「もしもし美咲?昼飯なんだけど…」
学校を出ること5分ほど、交番の前を過ぎ、公園に差し掛かった。
そこで、変なものに出会った。
いや、ものというより、人と言うのが正しいのだが…。
春休みを持て余した子供で溢れている公園、そこにある巨大地図の前でひどく場違いな感のある中学生くらいの女子3人が固まっていた。
一人はストレートな金髪で背が高く、上品な感じ。
一人は背が低くフードを被っていてよく見えないが、小動物的なオーラがある。
残りの一人は茶髪で背は二人の真ん中くらい。ぴょこぴょこと跳ねたアホ毛は元気が有り余っているのだろうか。
そして全員美少女。
その3人組が、手元の紙と巨大地図を交互に見てはうんうんと唸っている。
はっきり言うと、めちゃくちゃ周囲から浮いてた。
厄介ごとの気配を感じた朗は、何も見なかったことにして立ち去ろうとした。
すると、
「すみません、そこの人。少しいいですか?」
三人組のうち、茶髪が朗に声をかけてきた。
しかも、朗以外に近くに人はいなかった。
「あー、俺かー(黒猫の被害を受けるの)」
「そうです!あの、少し道に迷ってまして、教えてください!」
微妙にかみ合っていない会話の中で、茶髪が持っていた紙を見せてきた。
手書きの地図なのだろうか、確かに精度がよろしくない。
「ヤマト事務所、というところに行きたいんです」
横から金髪が付け加えた。
朗は面倒ごとの臭いがプンプンしてきた。
ヤマト事務所、とはちょうど朗の目的地であり、「仕事相手」が待つ場所だ。
もちろん、彼女たちが「表側」に用があるならなんということは無いのだが…。
「ヤマト事務所、ね。あそこなら、ここを真っ直ぐ行って、右に少し行って、左に曲がったところに…」
「あるんですね!」
「交番があります。じゃっ」
そう言って朗はさわやかに別れを告げた。
面倒事は逃げるに限る。
が、制服の袖を掴まれてしまった。
これでは逃げられない。
「ちーがーうーわーよー!あんた、この辺の人なら知ってるでしょ!」
「実はわたくし、ただの観光客で…」
「高校の制服着てるでしょうが!!」
「ちっ」
「舌打ち!?」
茶髪が犬のようにキャンキャン吠える。
口調も少し雑になっていて、どうやら化けの皮がはがれてきたようだ。
「(これは、さっさと連れて行った方が楽そうだな)分かりました、実は僕もそこに用があったんです。一緒に行きましょう」
朗は今更過ぎるがよそ行き用の外面を被った。
「あ、ちょっ、待ちなさいよ!置いてくなー!」
そうして、朗は三人の美少女を連れてぞろぞろと道を歩くことになった。
その際、すれ違う人々が珍しそうに朗たちを見ていたことは言うまでもないだろうか。
ヤマト事務所に着いた。
なんだかいつもの倍以上に歩いた気がして疲れた朗だった。
が、あとは「あっち」にぶん投げれば良いかと開き直り、朗はエントランスに入った。
その時だった。
入ってすぐの正面にいた活発そうな女性が朗、そしてその後に続く三人組の姿を見るや否や、渾身のどや顔とともに言った。
「""大和協会“にようこそ!新たな“退魔士”たち!」
そんな、どこにでもある日常の一幕が、若きエース退魔士と三人の新米退魔士の初めての邂逅だった。