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クズ魔石拾いのタナト

「オヤジぃ、酒」


 俺は年季の入った扉からいきつけの酒場に入り、雨で濡れた外套のフードを外すと、カウンターに腰掛ける。銘柄なんてなんでもいい。適当に酒を注文する。店主はチラリと目で返すだけだ。


「よぅ、クズ魔石拾いのタナトじゃねぇか。今日はてめぇ出鉱の日だろうが。雨だからって早々に退散か? ちっとは真面目に働けよ、ギャハハハ」


 酒場に入ってくるのは誰も彼も肉体労働、特に魔石炭鉱夫ばかりだ。やる気のない俺のことをからかい小バカにする者もいる。だが、こんなのに構う気力もない。ヘラヘラとそれを受け流し、虚ろな目で酒をチビチビと飲み続けた。


 それからどのくらい経っただろうか。


「帰る」


 俺は金をカウンターに置き、フードを目深に被るや否やそそくさと席を立つ。反対に開いても同じ音のする扉を出れば、ひどい雨だ。だが俺は躊躇することなく足を踏み出した。


「待て」


「…………」


 扉の外には、この辺りで見ることのない意匠の凝った服を着る青年が立っていた。俺を呼び止めたのは明らかであったが、お生憎様。俺はあんたに用はない。


「おい、勇者エドヴァンス。随分みすぼらしい姿になったな。……まだ逃げる気か?」


 何年も伸ばしたままで、くすんでしまった赤髪、無精ひげ、そして少しこけた頬。よくもまぁエドヴァンスなんて懐かしい名前に行き着いたものだ。おいおい、そんな睨むなよ。


「……人違いだよ。俺はクズ魔石拾いのタナトだ」


「ふざけるな。認識阻害の魔法はもう通用しないぞ。聖剣と聖紋を譲り受けに来た。イクス様はどこだ」


 青年は襟首を掴み、語気を強めに言葉を吐いてきた。


「……はぁ。聖剣? そんなのは知らねぇが、あったとしても酒代として売っぱらっちまっただろうな」


 俺は軽薄に笑う。しかし、次に訪れたのは火花の出るような衝撃。


「……ってぇ。ペッ。あー、唇切れちまったよ。ったく、フィン。少し会わない内に随分と荒っぽい性格になったな」


「ふん。エドヴァンス、挑発に乗る気も茶番に付き合うつもりもない。聖剣の下へ案内しろ」


「……チッ。嫌な目つきだ。ハッ、勝手にしろ」


 俺はぬかるんだ地面から立ち上がり、酒と脳震盪でふらついたまま歩きはじめる。フィンは黙ってついてきてるようだ。


「ほらよ」


 長期滞在している安宿の自室に着くと、乱暴に一振りの剣を取り出し、フィンへ放る。


「イクス様っ!! ッ……エドヴァンス、貴様とことんクズになってしまったようだな。コアはどこだ」


「慌てんなよ。うるせーから外してただけだ。ほれ」


 そして胸元からネックレスを取り出し、引き千切るとそれも放る。


 フィンはそれを受け取ると、睨んだまま舌打ちを一つする。しかし、それ以上は何も言わず、魔石を聖剣へと嵌め込むことを優先したようだ。


『……ふむ。久しいな主に、そしてフィンよ』


「ハッ、イクス様、お久しゅう御座います」


「よう、頑固ジジイ。久しぶりだな」


『七年ほどかの。このバカが逃げてから。フィン、世界は今どうなっておる?』


「魔王の傷が完治し、復活しました。聖剣と聖紋、勇者の力を世界が必要としています。イクス様、お力をお貸し下さい」


 俺のことなど無視しして、フィンは切羽詰った様子だ。


『なるほどの。してフィン……、おぬしその右手』


「ハッ。私にも聖紋が顕現しました。エフィリア様と契約しています」


 フィンはそう言うと、右手に嵌めていた白い手袋を外す。その甲には青白く輝く紋章が浮かんでいる。そして、腰の鞘から一振りの細剣を抜くと──。


『やっほー、イクス。久しぶりぃ、元気してた?』


『ホホ、じゃじゃ馬エフィリアか、久しいのう。何百年ぶりじゃ? っと、今は昔話に花を咲かせとる場合じゃないの。して、フィン? わしとこのバカをどうする気じゃ?』


「エドヴァンスから聖紋を僕の左手に譲り受けます」


「へー、フィン王子様は、双聖紋で聖剣を二振り携える勇者様になろうってわけだ。いいじゃん、いいじゃん」


『黙れバカ者。いい加減にせぃ、見苦しいわ』


「チッ。うるせぇ説教ジジイが、だからお前なんか捨てたかったんだ」


「……エドヴァンス。いまだに姉さんを、仲間たちを守れなかったことから逃げてるのか?」


 そして俺がイクスに文句を垂れてると、横からフィンが余計なことを言ってくる。逃げている?


「ハッ、別に? 死んじまったやつらのことなんか今更なんも思ってねぇよ。ただ、めんどくさくなっただけだ。聖紋が出たから聖剣を使って死ぬ気で魔王を退治しろ? んだ、そりゃ。一体どれだけの魔族を殺して、一体どれだけの仲間を殺されれば済むんだよ。あんなバケモノ俺の手にはおえねぇんだよ!!」


 つい俺は、今しがた煽っていた酒瓶を力任せに投げる。フィンの顔の真横を通り、壁に当たって粉々だ。ったく、ダセェ。


「では、エドヴァンス。もし……。もしも過去に戻れるとしたらどうする?」


 一瞬、俺は動きを止めてしまう。だが、冷静に考えてそんなことは不可能だ。今の俺が冷静であるかどうかは置いておいて。


「ふん、バカげた話だ。そんなもの聖紋を使ってもできやしない」


「できたとしたら、だ」


 フィンは真剣な表情だ。本気なのか……?


『勇者エドヴァンスだっけ? 私は時を操る聖剣。代償はこちらの世界での貴方の存在。もちろん、片道切符よ』


 そして答えはフィンの腰にあった。だが──。


「……はっ。くだらねぇ。行くわけねぇだろ。ほれ、そのジジイやるからさっさと出て行け」


「……それで、お前はここでクズ魔石を採って、酒を飲んで、死ぬまでそうしてるつもりか? お前はどこまで逃げれば気が済むんだ! 僕の憧れた強くて、優しくて、たまに調子に乗ってバカをする義兄さんはどこへ行った!!」


「…………」


 俺はフィンのまっすぐな言葉に対し、何て返していいか分からなかった。だが、代わりに答えたのは苦楽を共にしたジジイ。


『……フィン、すまんの。このバカな主は、弱くて、臆病で、傷つきやすいただの人間じゃ。そして、主よ。おぬしは過去へ行くべきじゃ。聖紋も聖剣もなくなった、ただの人間としての。じゃが心配するな。そこにはおぬしもわしもおる』


 そして俺はチラリとエフィリアに視線を向けた。


『えぇ、そうね。貴方が過去に言った場合は聖紋を失くした状態の今の貴方が行くことになる。当然その時代の別の貴方もいるし、イクスもいるわ』


「エドヴァンス……。きちんと清算してくるんだ。過去の世界を、姉さんを、そしてお前自身を救ってやれ」


「……クク、ハハ、ハハハハ!!」


 俺は笑う。これが笑わないでいられるものか。今更──。


「今更何を言ってるんだ? ハハ、俺はもう誰からも許されねぇ。自分自身を許せねぇ。……なぁ、俺はどうしたらいいんだ? 教えてくれ。この世界から逃げていいのか? もうわからねぇ。こうなっちまってからどうしていいかわからねぇんだよ!!」


 俺だって本当はこんな俺になりたくなかった。仲間たちをリーシャを救いたかった。同時に涙が溢れていた。嗚咽の混ざった声で、今まで見せないようにしていた内心を吐露してしまう。


「安心しろ。この世界は僕が守る」


 俺が強がれたのはそこまでであった。




「……あー、最後までみっともねぇ。で、どうすればいい?」


「左手を出せ。飛べるのは十年前までだ。そこまでお前を飛ばす」


 その言葉に、ん、と一言返すと左手を差し出す。フィンは自分の左手を俺の手に重ねると、エフィリアで──。


「次は逃げるなよ」


「さぁ、どうかな。俺は弱っちぃからまた逃げるかもな」


『そうなったら次はわしが時間を越えて、おぬしを殺しにでも行こうかの』


「……けっ、物騒な剣様だ」


「……では、いくぞ。エフィリア様頼みます。──ッ!!」


 自身の手と俺の手を貫く。部屋には膨大な魔力が渦巻き、窓を弾き飛ばす。容赦なく吹き込む雨風、ミシミシと安宿が悲鳴を上げる。


 そして──。


『成功よ』


「そうか、良かった。義兄さん。僕は義兄さんと姉さんのいなくなったこの世界で一人生きていくよ。僕は大丈夫。だから、義兄さんどうかお元気で」


 そして、フィンは両手に白い手袋を嵌め、腰に二振りの聖剣を携えるとこの世界を一人歩きはじめる。



「……ふむ。成功か? ここはどこだ? 森、だな。おい、イクス! ……って言ってももういないんだよな。聖紋も……なし、と。地形を調べる魔法なんて覚えてねぇしな。ハハ、やべ、俺迷子で死ぬとかフィンに怒られちまう」


 左右をキョロキョロするが、辺りには木、木、木だ。空を見上げるも鬱蒼とした葉に邪魔され太陽の位置すら分からない。そして途方に暮れる。そんな時だ。妙に聞きなれた声が耳に届く。


「おい、イクス。本当にこんなとこに人がいるのか? っていたぁ!!」


『ふん、だから言ったじゃろ』


「あー、そこのおっさん。聞こえるか? おーい、唐突で申し訳ないがおっさんを拾いにきた。って、顔色悪いな、それに随分痩せてるし、大丈夫か? まぁ、メシでも食えば治るだろ。というわけで行くぞ」


『はぁ、まったく主は強引じゃの』


「ふふん。勇者はわがままなのだよ、イクス君。さぁ、おっさん行こうって、あぁ、自己紹介もまだだったな。俺はエドヴァンス、勇者エドヴァンスだ。おっさんの名前は?」


 目の前の事態に混乱し、言葉を失ってしまう。なぜなら話しかけてきたのは昔の俺だ。数秒経ってようやく出せた名前が──。


「……タナト。クズ魔石拾いのタナトだ」


 であった。

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