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今一番幸せです。だからこそ――

 羽屋乃秀は洗面所の鏡を見つめていた。

 そこに笑顔を向ける。誰からにも幸せだと思わせることができる顔を。


「よし」


 いつもの日課である笑顔作りに納得のいく完成度を感じ、満足気に頷いた。

 最後に鏡で自分の身だしなみを整えて足元に置いてあった通学カバンを持ち、玄関に向かう。


「行ってきます」


 静まり返った家の中に向けて声をかける。そのまま返事の帰って来ない家を出た。

 家の扉を開けた途端、モワッとした空気を感じ、秀は顔を歪めた。八月が終わり、本格的な夏が終わったとは言え、まだ暑い。

 そんな暑さを耐え、足をしっかりと目的の方向に踏みだした。



 うだるような暑さの中、ようやく目的のマンションの前に着いた。


「あっつぅ……」


 独り言を残し、1階の一室のインターホンを押す。

 ピンポーンと遠くの音をを聞いてしばらく待ったが、なんの反応もない。


「またか……」


 秀は大きくため息をついて、持っていた合鍵を使ってドアを開ける。

 ドアを開けると外とあまり変わらない気温に少し驚いた。


「この暑さの中、この温度で家にいるのか……」


 そのまま中に入りこみ一室に入る。

 そこには布団をかけてぐっすり寝ている女の子がいる。彼女はまだ起きる気配はない。そのくらいぐっすり寝ていた。

 秀は、耳元で声をかけた。


「ほら、麗奈。起きて!」


 そして暑い中、しっかりと掛けられている彼女の布団をはぎ取る。

 彼女は縮こまることはせずに瞼を半開きに体を起こし始めた。そのまま伸びをして、まだ眠そうな眼をごしごしと擦り始める。


「ん……しゅうくんおはよ~」


 その間延びした声でのろのろと動き始めた。


「ほら、早くしろ」


 そういって秀は部屋のタンスから彼女の服と下着を出しはじめた。


「いや〜、恥ずかし〜」


 秀は気にせず着替えを用意した。用意が終わると、彼女は服のボタンを外しはじめたため、秀はそのまま部屋から出た。

 着替え中はさすがに秀もドアの外で待っていた。


「終わったよ~」


 そういた彼女はドアから顔を出す、秀は「行くよ」と言ってふたりで玄関に向かった。




「結局、もうこんな時間」


 学校まで麗奈の家から近いので特に急がなければならないと言うわけではないが。


「今日もありがと~」


 麗奈はいつものようにのんびりとした口調でお礼をした。秀と麗奈はいつもこんな調子だ。秀が麗奈を起こしに行き、そして、一緒に学校に行く。


「お礼じゃなくて、自分で起きてインターホンで出てきてよ」

「え~、秀君に起こしてもらえるのが良いんじゃ~ん」

「まったく……」


 秀は呆れてため息をついた。麗奈はそんな秀を見て嬉しそうに顔を綻ばせる。


「何がそんなに嬉しいの?」

「幸せだな~と思って」


 そんな彼女はニコニコしている。誰よりも幸せそうな顔で。秀はそんな彼女が羨ましい感じていた。


「あら、仲がいいのね」


 秀たちは近くを杖をついて歩いていたニコニコしたおばあさんに声をかけられ、二人は顔を赤くした。


「あ、あのおばあちゃん、久しぶりに見た、旦那さんどうしたんだろ」

「小学生の頃くらいから見てないけど、亡くなったって話は聞かないから、もしかしたら……」

「そう……」


 麗奈は何かを察したかのように顔をうつむかせた。


「私は今が一番幸せだな……」


 麗奈は少し悲しそうな顔をして、そんなつぶやきを一つ残した。



「じゃあ、秀ちゃん。またお昼に」

「それじゃあね」


 そのまま麗奈は自分のクラスの下駄箱に向かった。秀も自分のクラスの下駄箱のところに来た。

 すると、隣にいた女の子が自分の下駄箱を見た後に、上履きも出さずに近くにあったゴミ箱を開けはじめ、そこから上履きを取った。

 秀はそれを見て顔を歪ませた。


「ねぇ、それ誰にやられたの?」

「……何か用?」


 秀は声をかけたが彼女はとても不愉快そうな声で答える。そしてそのまま秀を睨みつけるように顔を上げた。その態度に秀は彼女が嫌がらせを甘んじて受け入れるような性格には思えなかった。


「明科さん。そんなの受け入れるべきじゃない。僕が直接言うか、それとも先生に言おうか? 対処をしてもらえると思うけど……」

「邪魔しないで」


 彼女――明科はそう静かに言った。秀はその迫力に怯んだ。


「ああ、あなた羽屋野秀ね。あなたのこと知ってるわ。私とそっくりだから」

「僕と明科が……?」

「ええ。幸せに対して貪欲なところ……まあいいわ。とりあえず私の邪魔はしないで」


 そう言って彼女はまた下駄箱を覗きニヤニヤと何かを見て笑い、そのまま教室へ向かっていった。


「貪欲……ね」


 そう呟きを残し、秀も教室へ向かった。



 教室へ着いた。ギリギリだったので教室は人が多かった。すぐに朝礼の時間なので秀はそのまま自分の席に着く。

 すると後ろで項垂れているやつがいた。


「どうした? 俊輔」

「ん、ぁあ」


 俊輔は顔を上げ、疲れた声を出しながらそれに応じる。


「昨日曽祖父が亡くなったんだ。それで昨日はドタバタでまだ寝れてない。学校も公休にならんからな〜」

「それは大変だったね」

「あぁ、病気黙ってたみたいでな。病院にもいかずそのままぽっくり逝っちまった」

「そういうことか……」

「昔は治らない病気だったみたいだけど、今の技術なら大丈夫だったってさ」

「そう、だけどそれって」

「ああ、多分わかってたんだと思う」


 そう言って俊輔はまた顔を埋めた。そして「はぁ〜」と長い溜息をついた。


「医療の発達で治らない病気が無くなるのはいいけど、その結果がこれじゃあな」

「最近は健康管理チップの導入も検討されてるらしいよ」

「それもそれでなぁ」


 そして今度は2人で「はぁ〜」と溜息をついた。

 すると鐘が鳴り、担任が教室に入ると共に朝礼の開始を告げられた。




 昼までの授業が終わり、そのまま昼休みに入った。秀は俊輔と別クラスの麗奈、麗奈と同じクラスの佐野沙也加と一緒に屋上出口の前にある空間でお昼を取っていた。

 互いに雑談をしながら食事を摂っていると、麗奈が何か思い出し、口を開く。


「そういえばさ、最近の噂知ってる?」

「なにそれ?」


 沙也加がその言葉にすぐに耳を貸した。


「なんかね、噂のものを使うと人生全部幸せになれるって話」

「なにそれ? 怪しい薬かなんかなの?」

「ん〜、どうなんだろ〜。あくまで都市伝説みたいな感じだからよくわかんない」

「なによそれ。眉唾ものじゃない」

「でも、人生全部が幸せになるならいいなーって」

「……そうね。長生きもいいことばかりじゃないみたいだし」

「なぁ、人生全部の幸せってなんだろうな?」


 俊輔が2人の会話に入り込む。午前の授業はほとんど寝ていたためお昼になった今ではある程度元気になっていた。


「結局幸せなんてずーっとなんて続かないし、今なんか老後は健康寿命で寝たきりになっちゃうこと多いじゃん。寝た後にでもずっと幸せな夢でも見られんのかね」

「幸せな夢を見続けるっていうのは素敵だけど、自分が寝たままっていうのはどこか複雑ね」

「私は今がず〜っとあればいいと思うのにな〜」

「僕ら卒業もして、環境が変わるとそうはいかないだろうね」


 秀も会話に入り込んで意見をする。すると俊輔は自分の弁当のハンバーグを口の中に放り込む。


「そうだよなぁ〜、このハンバーグの美味さもずっとは続かねぇしな」

「結局、都市伝説は嘘っぱちね」

「え〜」


 弁当を食べ終わりみんな教室に戻った。秀は次の授業の準備をして午後の授業を受けた。俊輔はお腹いっぱいになって眠くなったのか、また寝ていた。



 放課後になったが、秀は教師に頼まれた作業をしていて、すぐに帰れず、麗奈を先に帰していた。

 秀はそのまま作業を終わらせて、担任に報告しに職員室に行った。そして、そのまま家に帰った。




 家で一人でご飯にしていた。それはいつものことだった。でも、それが辛いとも思わない。

 彼女がいて、友達がいて。今の自分はとても幸せだと自覚している。しかし、何かが物足りない。

 誰かが自分を可哀想だと思う人がいる。例えばこの一人の食事だって誰かが可哀想だと思う人がいるだろう。

 だからこそ周りに幸せなんだと思わせたい。周りが自分のことを幸せだと認めるからこそ、自分も幸せだと信じられる。

 秀は明日が今日より幸せになるようにと願いながら眠りについた。



 朝、いつものように日課をこなす。今日もかなりの暑さで外に出た時に感じる暑さを鬱陶しく感じた。

 いつも通り今日も麗奈の家に向かった。

 そしていつものようにインターホンを押す。しかし、出てこない。


「またか……」


 そして、また鍵を開けて中に入る。そして、何か違和感を感じはじめた。


「麗奈……?」


 秀は暑いはずの背筋に寒気を感じていた。家の中の空間に誰もいないように感じる。いつも家で感じていたこの感覚。

 暑さの汗と冷や汗が止まらない。

 秀は足を進めて彼女がいつも寝ている部屋に入る。

 そこに彼女はいた。ベッドで寝るのではなく、ベッドに寄りかかる形で。彼女の手元にはよく()()()()()()薬便が置かれていた。

 そんな彼女に触る。


 ――冷たい


 麗奈の近くのテーブルには書き置きがあった。


『私は今一番幸せです。だからこそ私は死にます――』


 そこには色々な彼女の思いが書いてあり。そして最後に。


『ごめんね、秀ちゃん』


 そんな彼女を見て秀は。


「あぁ、羨ましいな」


 と、呟いた。

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