白百合の咲く場所で
私の通う学校の廃校が決まった。
少子化が進み、ここ、私立白百合学園もその影響を免れることは出来なかった。
「何とか、廃校を免れる方法はないんですか!」
「残念だけど、来年度の新入生が定員割れを起こしているのよ。せめて、100人以上の申込みがあれば継続できるのだけど……」
校長先生は苦しそうに言葉を紡ぐ。
「わかりました。100人以上ですね! 私が集めて来ます!!」
「何かいい方法は思いついているの?」
「それは今から考えます!」
私は校長室を飛び出すとクラスに戻った。
「ミカ、ウミ、大変~!」
「どうしたの、そんなに慌てて?」
ミカがパックのジュースにストローを挿しながら、宥めるように言った。
「聞いて! 私達の学校が廃校になるの!!」
私の予想とは裏腹にミカは驚く様子も焦る様子も無く、ずじゅ~と音を立ててジュースを飲んだ。
「なんで! 驚かないの!!」
「そりゃあ、少子化のこのご時世にこんな田舎の学校が廃校になるなんて驚くほどのことじゃないよ? いいじゃん、卒業は出来るんだし」
「よくないよ! 後輩が入って来ないんだよ?」
「最後の卒業生ってのもかっこいいよ」
「よくないよ! 今から私達で町おこしならぬ、学校おこしをして、新入生を募集するよ!!」
「どうやって?」
私は数字の193を手のひらに書いて飲み込む。
尊敬する一休さんのお知恵を借りるためのおまじないだ。
こめかみを押さえながらアイデアが閃くのを待つ。
「そうだ! アイドルグループを作ろう! そうすれば、アイドルに会いたくて新入生が増えるよ!!」
ミカがチベットスナギツネのような目をしながら、飲み干した紙パックを握り潰した。
「いいけど、ここ男子校だよ? みんなゴツいし……、誰がやるの?」
「それは……。私とミカとウミの三人かな……?」
私とミカのやりとりを傍観していた、ウミこと、海道 伸行が驚いたようにお茶を吹き出した。
「待て、何でわしも入っとるんじゃ? 三日月と大文字の二人でやればよかろう?」
「駄目だよ、アイドルは三人からって法律で決まってるから! ウミも強制なの!!」
「ソロやデュオのアイドルもいるような気がするんじゃが……」
ウミの面倒はツッコミは無視をして、私はデビューライブを計画することにした。
「えっと、ステージはミカの実家の三日月建設さんにお願いしたらいいと思うの。衣装はこのまま学ランで行こう! 女の子のアイドルで制服っぽいのみたことあるから! 男なら学ランで問題ないよね!!」
「のぅ、三日月。アイドルっちゅーのは、横浜銀蝿や、氣志團のことを指すんか?」
「俺に聞かれても困るよ。大文字の思いつきは誰にもわからないから。だけど、わかることが一つあるよ」
「それはなんじゃ……?」
「それは、俺と海道に拒否権はないということだね。こうなった大文字は誰にも止められないよ」
それから、三人はアイドルになるため死ぬ気で猛特訓をした。
「アイドルの基本は体力だよ! うさぎ跳びで男坂を登ろう!!」
「ちょっと、待ってくれい、わしはそんなに体力が無いんじゃあ~」
情けない声を出す海道に、アイドル部顧問の五里山先生の愛の竹刀が容赦なく襲う。
「男がこまけぇことを抜かすんじゃねぇ! しゃべる体力があったら跳ねんかい!!」
「ぐふぁあ」
男坂を登り切ると休む間もなく次の特訓へと移る。
「よし、次はボイストレーニングだよ! 歌唱力はアイドルの基本だからね!!」
「わしゃあ、演歌しか歌ったことがないんじゃが……」
「しゃあ、海道。つべこべ抜かすな! 発声練習じゃ! 血の色、紅いな、あいうえお~!」
「「血の色、紅いな、あいうえおおお!!!」」
顧問の五里山先生の愛の拳が海道のボディを貫く。
「海道! 声が小せえぞ! 腹から声出せや~!!」
「ぐふぉあ」
「次はダンストレーニングだね! 炭坑節っていうからには、炭鉱を掘ればいいんだと思う!! 海道には今から、北海道の釧路炭鉱に飛んで貰うね!!」
「炭鉱掘っても、踊れるようになるとは思えんのじゃが……」
「うるせぇ! 海道!! 男なら屁理屈こねずに根性みせんかい!!」
「げぼらぁ」
五里山先生の愛の説得により、海道は大人しく北海道へと旅立った。
「よし!私とミカは曲作りをしよう!!」
「そう言っても、俺、音楽のことわからないよ? 大文字は何かアイディアあるの?」
「明るくてポップでキャッチーなのがいいんじゃないかな?」
「光ってホップしてキャッチする。なんだか大リーグボールみたいだね」
「大リーグボール? それいいんじゃないかな! 野球の要素も入れよう!!」
「野球なら俺に任せろぉお! こういう時に顧問を頼らんかい!!」
「先生! 期待してもいいですか!!」
「勿論じゃあ! 俺に任せとけぃ!」
「それじゃあ、楽曲は先生に任せて、俺たちは、プロモーションの準備をしよう」
「プロモーション?」
「ライブをやるにしても、どこでいつやるかをお客さんに告知や宣伝をしないといけないだろ?」
「さすが、ミカ! 何も考えていなかったよ! さっそくポスターを作ろう!!」
私立白百合学園 アイドル部
ファーストライブ ブラッディナイトカーニヴァルのお知らせ
ユニット名:男達の挽歌
場所:ヘブンオアヘル
時間:丑三つ時が貴様らの墓場だ
真っ黒な用紙に赤い血文字フォントで書かれたシンプルなポスターが完成した。
派手さはないけれど、読みやすくて良いポスターだ。
「よし! これを街中に貼ればいいんだね!!」
「そうだね。そっちは大文字に任せていいかな? 俺はSNSで告知をするよ」
「うん! わかった! さっそく行ってくるね!!」
「なんだかんだあったけど、ライブの当日になったね! お客さん来てくれるかな!!」
「大丈夫、満員だよ。チケットは三日月建設の従業員に捌かせたから。来なかったら、あいつらクビになるし」
「のう、ミカ。新入生希望者が見に来ないと意味がないんじゃないかのう?」
「しゃおらぁ! こまけえことはきにすんじゃねえええ!! 円陣だこのやろーどもっ!!」
「ぶげらっしゅ」
お腹を押さえて倒れている海道を放置し。大文字、ミカ、五里山先生の三人は肩を組み円を作る。
「いいか、てめーら! ひとりはみんなのために! みんなはひとりのためにだ!! アイドルも野球もチームワークが大切だ。忘れんじゃねえぜ!!」
「「おおー!」」
私立白百合学園グラウンド特設会場。その名をレジェンドオブツリー。
太陽は沈み月が支配する空の下で、オーディエンスはその時を待っていた。
会場内は満員電車内のように混んでいたが声を上げるものは誰もいない。
それは、その一瞬を。歴史が始まる一瞬を聴き逃さないためであった。
ステージに上げる靴音が聞こえた。
ごくりと誰かが生唾を飲む。
始まるのだ、歴史に刻まれる瞬間が。
静寂を突き破るように、大文字の咆哮が夜の帳を吹き飛ばした。
「みんな、こんばんは~! 今夜は最高にグッドラックだよ! レジェンドが生まれる瞬間に立ち会えるんだからね!!」
ステージに登った、大文字に一線の光が降り注ぐ。
俺が太陽だと言わんばかりに、大文字は両手を広げた。
ドラムの海道がスティックを四回鳴らすとブラッディナイトカーニヴァルの幕が開く。
夜の静寂は跡形もなく三人の野獣に切り壊されていた。
音が爆ぜる。鼓膜は引き裂かれ、音はただの暴力に変わる。
狂気と歓喜が入り混じり荒れ狂う会場はまさに礼拝堂だ。
「神に祈るくらいなら、私に祈って! 神は誰も助けてくれないけれど、私ならみんなを助けてあげられるよ! 私達がキングオブアイドルだよ!!」
大文字のシャウトに会場が湧き上がる。
音の洪水が世界を包み、一体感となり天へと昇る。
三日月のギターリフが龍のようにうねる。
会場内に三日月組員からの、「坊っちゃん!」コールが湧き上がった。
急造でこしらえたステージが組員のジャンプに悲鳴を上げる。
海道の炭坑節がビートを刻む。
月も出ねぇ! 明かりもねぇ! それでも俺たちは歌い続ける!!(YOI YOI)
狂乱は朝日が射すまで続いた。
この日のライブを見に行った、後の新入生Kくんはこう語った。
「彼らの演奏は生命の尊さそのものでした。進学先を偏差値なんかで決めようとしていた自分が小さく思えました。進路を決めるには十分な理由ですよ」
ファーストライブは大盛況で幕を閉じ、学校には多数の入学希望者が殺到した。
「大文字くん達のおかげで新入生が沢山入ってくれそうです。年齢層が若干高めなのが気になりますけれど……」
校長先生は手元の資料をめくりながら、なんとも言えないため息をついた。
それもそのはず、ライブに来ていたのは三日月建設の組員がほとんどだ。
平均年齢40歳の1年生、学園始まって以来のことに校長先生は頭を抱える。
来年の学園運営がどうなるか校長先生にも想像がつかなかった。
「私はイチ生徒として! 当然のことをしたまでです!!」
「ところで、あなた達のライブをまた見たいと言う意見がたくさんあるのだけれど、アイドル部の活動は今後どうする予定なの?」
「私達はみんなのアイドルです! みんなの応援がある限り! いつまでも止まらず走り続けます!!」
私は校長室を出ると教室に飛び込んだ。
「ミカ、ウミ、セカンドライブをやるよ! 世界中の人を元気いっぱいするまで、私達は走り続けるよ!!」