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君の、僕の、赤い糸

「なぁ、ベニ、諦めたら、御煙(おけむり)なんて」


 人力車の車輪と蒸気の音が響くなか、僕をベニと呼んだ幼馴染は、長い髪を耳にかけ直し、美しい横顔で外を眺めている。

 彼が見下ろすのは、この国の要である、蒸気都市・京古府(みやこふ)


 京古府は、蒸気石(じょうきいし)の発掘と、それに関する機器の発展で成り立つ都市。

 居住区がドーナツ状に広がり、その中央に蒸気石の関連企業が塔となって乱立する特殊な街だ。

 その入り組んだ迷路街(めいろがい)のお陰か、最先端の技術を盗もうと、自国他国問わずスパイが多く紛れ込んでいる。

 そのスパイから情報を守り、この国の主要産業を、さらにこの国の要人を守る特殊部隊として『御煙番(おけむりばん)』という隠密部隊がある。

 それは各高校で隠密科と称され、教育が施されるのだが、京古府高校の隠密科はトップクラス。


 僕はその隠密科を去年受験し、落ちている────




紅輝(こうき)源慈(げんじ)が殺された理由、知りたくないか?』




 粘っこいその声に、僕は堪らず布団から飛び起きた。

 夢のなかの声のはずなのに、鼓膜にへばりついて離れない……


 源慈は去年亡くなった祖父の名だ。ちょうど先日一周忌法要を終えたばかり。御煙番頭領でありながら、戦わずして寿命で死んだ、とても幸せな人。


 なのに、あの黒い夢は殺されたという……


「こんな日にまでなんだよ……!」


 七回目の黒い夢に、僕は怒りをぶつけた。

 つくづく運のない自分に腹が立つ。

 偉大な兄の後ろで目立つことなく生きてきた僕だ。運のなさはわかっていたけど、ここまでとは……


 だいたいA判定だった受験を失敗し、最後のチャンスとなる今日の編入試験ですら、こんな夢に翻弄されるなんて……!


 でも僕は、御煙番になると決めたんだ。


 両親を殺した傀儡子(連続殺人犯)を捕まえるためには、これしかないから───



 祖父の形見である鎖鎌を手にし、僕は庭へと出た。

 鎌の柄に六角柱の蒸気石をはめこむと、鎌の柄が蒸気を噴出しながら変形していく。手と腕に這うように黒い手甲が伸びていくと、最後に小ぶりの鎌が手に残る。

 蒸気をまとうこの鎖鎌は、かなりのスピードで的を射ることができる武器だ。

 そのため扱いはかなり難しい。

 反動もさることながら、鎖と鎌を蒸気の噴出で操るのは至難の技。

 だけど源爺直伝の技は僕の骨身に沁みている。


「……いくぞ」


 いくつかの的に当てながら、蝶のように揺れ動く鎌を操っていく。

 だが、ふとした瞬間、『殺されたのでは』そんな疑問がちらつく。

 でも不審な点など何もなかった……


「やっぱ源爺仕込みは違うねぇ」


 急な声に、僕は鎌を素早く手におさめた。

 兄だ。

 ステテコにランニング姿だが、浮き出た上腕筋、厚い肩幅、さらに腕や脛から見える傷跡の数が、御煙番若手トップの勲章だと語っている。


「紅輝、手合わせするぞ?」

「やだよ」

「かかってこいよぉ」

「僕は兄さんに比べたら全然弱いからダメだよ」


 先にシャワー行くね。そう言って、僕は家の中へと入っていく。

 兄の視線が背中に張りついていたけど、振り返ることなく僕は風呂場へと向かった。


 熱いミストシャワーを浴びながら、今日必要なものを頭のなかにリストアップしていく。

 今日は編入試験一日目、実地演習試験だ。


「防具一式に、煙幕と苦無(クナイ)……意外と荷物多いな」


 改めて必要な道具を頭の中で整理しながら居間をしきる襖を開けると、忙しない祖母がいる。


「おはよ、紅輝。早く食べなさい」


 祖母が視線で指した場所はちゃぶ台だ。

 そこにはすでに兄が座り、そして、セーラー服姿の女子高生がいる。


「シャツぐらい着ろよ」


 その女子高生から野太い声で抗議をされるが、僕はそれを無視し、腰を下ろした。


「うるさいなぁ。晶こそ、今日は他校も来るんだから学ラン着ろよ」

「ベニ、他校が来るからこその、女装だろぉ!」


 晶が着ているセーラー服は、京古府高校の女子制服だ。

 藍色の襟に白い線が三本走り、銅色(あかがねいろ)のネクタイが胸元に揺れる。

 華奢な肩には肩章があり、そこも銅色の紐が下がる。その色は一年という意味。二年になれば鐡色(くろがねいろ)、三年になれば黄金色(こがねいろ)となる。


 晶は肩章をなで、いつになく満足気に微笑む。

 確かに晶は美しすぎる男子高校生だ。

 だからか少し頭がおかしい。


「今日のオレ、めっちゃきれいだわ……」


 晶は女装が通常装備。

 性別に複雑な事情があるわけではない。彼の美しさを表現するためには女装しかない、らしい。


「あっそ」


 僕は大好きな卵焼きをご飯にのせて、かっ込んだ。


 すぐ部屋に戻り、身支度を整えていく。

 銅色の肩章が揺れる上着を羽織る。その詰襟には、百合を象った学生証が光る。

 隠密科へ編入できれば、この学生証は雲に変わる。

 僕はそれをなぞって詰襟をとめ、肩章から第二ボタンに繋がる紐を直し、机に置いた両親の写真と祖父の写真に微笑んだ。


「行ってきます」


 いつもより重い鞄を肩にかけたとき、玄関から晶の声がする。


「ベニ、城さん、もう来てるぞっ」


 この都市の移動手段は人力車だ。

 人力車を引く車夫(しゃふ)は、鎧と呼ばれる補助装置を身につけている。それは足の補助はもちろん、腕、腰にいたるまで、全身を歯車と蒸気の力で補助するものだ。

 鎧にも年季が入るお抱え車夫の城さんは、今年で十四年目。城さんは道を間違えることもなければ、時間に遅れたこともない。


「では、高校までお送りします」


 僕らを乗せた人力車は、蒸気を噴出しながら速度を上げていく。


「そそ、ベニが今日試験だから、験担ぎに赤パン履いてきた」

「……で?」

「オレのもっこりさん見るだろ?」

「見るかよ」

「赤もっこりだぞ?」

「見ない!」


 僕はひとりイラつくが、晶は窓の外に視線を投げる。


「なぁ、ベニ、諦めたら、隠密なんて」


「……ん?」


 出勤時間は人力車が多い。

 最近は個性的な人力車も増え、朝日に眩しい色合いが目立つ。


「あ、蒸気雲」


 晶が指をさす。

 ひと塊りになった蒸気が横切っていく。

 混んでいるのはもちろん、蒸気雲も朝の流れを悪くしている要因のようだ。


「雲が多いですね」


 城さんはすぐに右の道へと切りかえた。

 ビルの隙間道だ。たちこめる蒸気のなかを走っていく。


「なんで隠密いくの?」


 晶の声に棘がある。


「……諦めきれなくて」


 鼻で笑われた。


「動機、弱くね?」


 その声に、僕はこたえなかった。



 到着した学校は編入試験を受ける生徒でごった返している。西の隠密と呼ばれる陣河(じんがわ)高校の制服もある。


「みんな、オレのこと見てる……!」


 はしゃぐ晶に僕は呆れた顔を作るのだが、彼はお構いなしに変人を晒している。


 今回編入試験が行われるのは、脱落者が出たから。

 通称補充試験とも呼ばれ、今年は二九名がこの半年で消えた。その枠を狙いに三百名の人間がここに集まっている、という訳だ。


 血気に満ちたオーラと妙な高揚感に包まれるなか、全くそぐわない女子がいる。

 肩をすぼめておろおろ歩く姿は、かなり目立つ。

 たしかあの制服は、名門葵女子校……

 葵女子校もトップクラスの隠密を排出する高校のひとつだ。



 だがそれ以上に、思わず見惚れてしまった……



 栗色の髪は肩で揺れ、色白の肌に薄紅色の薄い唇、そして淡い緑色のつぶらな瞳が神秘的で、息をするのも忘れてしまう……



 美しすぎる女子高生───!!!



 男子の視線が彼女に釘付けになるなかで、なぜか僕と目があった、気がする。

 いやいや、こんな僕を彼女が見るわけがない……

 きっと見たのは晶のことだ。

 僕は背を回し、息を整える。


「どうした、ベニ」

「いや、今、すんごい可愛い子がいて……」

「それ、その子?」



 ……その子ぉぉーっっ!!!!



 僕は咄嗟に距離をとるが、彼女は見事に僕の間合いに入ると、九十度のお辞儀と一緒に手を突き出した。

 その手には真っ白な封筒がある。



「つ……付き合って欲しいんです……!!!」



 彼女の叫ぶ声があたりに響き、一気に注目を浴びてしまった。冷ややかな視線が全身に降り注ぐのを感じる。

 いや、むしろ殺意に近い。


「え、いや、その、僕、これから試験で……」

「わかってます。でも、そそその、手紙読んでくださいっ!」


 再び手紙が押し出される。


「ベニ、手紙ぐらい読んでやれよ」


 思わぬ助け舟に、彼女は笑顔で晶を見るが、とたんに固まった。声を聞いて男だと思ったのだろう。見上げた見た目はただの美女。

 固まる彼女の横で、僕は受け取ったその手紙を開いた。

 純白の便箋に赤字で書かれている。




【紅輝、源慈が殺された理由、知りたくないか?】




 僕のなかの空気が止まった……


 便箋から、するりと赤い糸が滑り落ちる。

 僕はそれを素早く掴み、彼女を睨んだ。

 でも彼女の目は真っ直ぐ僕に刺さる。


「お願い」


 彼女が見せてきた小指。

 そこには赤い糸が首輪のように結ばれている。


「……僕、付き合うよ」


 僕は手の中の糸を握りしめた。


 思わず緩んだ口元を直すけど、僕の運は今日のためにあったんだ、そう思わずにはいられない。


「ついてきて……」


 彼女が向いた先は、訓練棟だ。

 僕は小さな背を追い越さないよう、足を大きく踏み出した。

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