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アセロ・レコンキスタ

 砂塵が舞う。

 全長は8mにもなる人型の巨大兵器、《イーリス》が、凄まじい勢いで吹き飛ばされた故だ。

 倒れ伏し天を仰ぐ白色のそれに、すかさず追撃を加えようと接近する巨大な四足歩行の鉄塊。


 その鉄塊は、さながら巨大な機械仕掛けの蟲のようだった。蜘蛛を彷彿とさせる節のある脚に、CPUが積み込まれた本体は卵のようにずんぐりと丸い。無駄なものを一切廃したそれからは無機質な威圧感を覚えずにはいられない。

 僅かに生き残った人間を尚も脅かす無数の鉄の兵団、《パイオン》。その中でも最も数が多いそれは《蜘蛛型(タイプ:アラクネー)》と呼ばれていた。


 アラクネーの脚の上部に展開されたガトリングが火を噴かんとシリンダをにわかに回転させた矢先、横合いから銃弾の雨が叩き込まれる。

 側面から一様に加えられた衝撃に刹那の機能不全を起こした隙に、地面を高速で滑るように割り込んだ一機のイーリスが四足歩行のそれを一刀の元に斬りふせた。


 アラクネーを両断したイーリスは、通常のイーリスとは違って全身が真っ黒に塗られていた。ブースターの位置も通常のイーリスとは大きく違い、特殊にチューンされたものであるとわかる。

 その肩には無数の星が描かれていて、黒い機体の色と相まってまるで満天の星空のよう。小さな星の一つ一つがエースオブエースである彼──ランダ・オービスの撃墜マークだと、人類の誰もが知っている。

 頭部(メインカメラ)に燦然と輝く金色の王冠のエムブレムは即ち、人類最強の証。

 機体固有名、【皇帝アフトクラトル】。人類最後の希望といえば、大勢が彼とその機体を指す。


 倒れ伏したイーリスのコックピットに無線が飛ぶ。

 半ばで千切れた腕。その断面から滝のように流れる血を何処か他人事のように眺めながら、倒れたイーリスのパイロットの男は無線をオンにした。


「おい、生きてるか!」


 あまりに若い、男の声だ。

 年齢は……詳細にはわからないが、きっと、成人もしていない。

 エースである彼の詳細は、何故だか謎に包まれていたが……こんな少年に人類の命運がかかっていて、今、自分の命も助けて貰ったかと思うと、男は複雑な感情に小さく口角を上げた。


「あ、あぁ……でも、もう、死ぬ……」

「……そうか。言い遺したことは」

「……あるさ。沢山な……」


 だけど──残念ながら、そんな贅沢は許されてもいないらしい。

 潰れた肺。小刻みに漏れる息は聞き苦しいだろうが、それでも無線の先の少年は静かに次の言葉を待っている。

 彼を求める手は無数にあるだろうに。貴重な時間を使ってまで死にかけの、名もないパイロットを人間として扱ってくれている──。


「……こんな、時代は……いつか終わるよな……?」


 ただ、それだけ言って。

 男は力尽きた。

 ランダは、沈黙したイーリスからエネルギーパックを抜き取ると、自らの機体に装着した。


「終わらせるよ。俺が……必ずな」



 ーーーーーーーーーーーーーー



 切っていた本部との無線を再び接続すると、瞬時に本部から通信が舞い込んできた。


「感傷、ですか?」

「悪いとは……言わないだろ?」


 相手口で話すオペレーターの、小さな溜め息がランダの耳朶を打った。


感傷(それ)を悪いというモノを、私は人とは呼びたくはありません。感傷(それ)を抱かないモノも」

「サンキュ。それなら、俺はまだ人かな」

「そうでないものを、人の戦争の要にするわけがありませんよ。データを送りますので、次の戦場へと向かってください。先行組が拓いた予定経路を送ります」

「ああ……わかった」


 ランダはマップに送られた予定経路を一瞥すると、苦い顔をした。


「遠回りが過ぎる、却下だ。さっき感傷に時間を使っちまった分は短縮しなきゃならない。直線で突っ切る。直線上にあるパイオン反応をマッピングして送ってくれ」

「直線って……そんなことをしたら交戦数は百や二百では収まらないですよ」

「エネルギーパックはさっき調達した。俺は出来ると思う。アンタは出来ないと思うのか?」


 一際大きな溜め息が、オペレーターの口から漏れた。


「……はぁ。まぁ、貴方が出来るというなら、出来るんでしょう。データ、送っておきます」

「ははっ。流石、話がわかるな! じゃ、行くぜぇ!!」


 アフトクラトルの足の裏のブースターが火を噴く。重力と浮力が釣り合いに近くなることで摩擦係数は限りなくゼロに近づく。次いで火を噴いた背中のブースターが推進力となり、機体はまるで氷の上を滑るかのように駆動しはじめる。


「ふぅっ────!!」


 短く息を吐き、黒いレバーを前に倒す。

 青い炎を軌跡に残し、一筋の彗星が戦場を疾駆した。



 ーーーーーーーーーーーーーー



 まるで、紅い嵐のようだと。

 女帝、アフトクラティラの戦闘を見たものは口を揃えて言う。

 手に携えられた高周波ブレードは一般の片手剣型ではなく、巨大な斧のような形をしている。とてもイーリスの膂力では扱えないそれを、アフトクラティラは全身をとめどなく回転させることで遠心力により敵をなぎ倒していく。成る程、機体を染める赤色と相まって嵐と例えるのに相応しい豪快さだ。


 アフトクラティラのパイロット、リリ・クライトは戦場にてその戦斧を振るい有象無象のパイオンを斬り払いながら、何処か上の空な様子だった。


「はぁ……いい加減マンネリよね、これも」


 片手操作で器用に機体を動かして、リリは回線を操作し始めた。

 暇つぶしに、唯一の盟友とでも言えるランダと話でもしようと思ったのだ。

 だってそうだろう。こんな退屈な作業(・・)、暇つぶしでも挟まないとやっていられない──。


「私と、あいつは間違っても負けないわよ。そこらの木っ端兵士とは技術が違うもの」


 リリは思う。

 これは延命治療に過ぎないと。

 上層部は人類の存続をかけた生存戦争と銘をうって士気をあげようとしているが、どうせいつか負ける戦争だ。

 そもそもの物量差が違いすぎる。まして、コンピューターには恐怖心もなければ操作ミスも、疲労もない。機体性能だってあっちの方が上なのに、人間の意地などと言って動かしにくい(・・・・・・)人型にしているのが状況の悪化に拍車をかけてすらいる。

 本来ならばこの戦争は、蹂躙と呼ばれて然るべきものなのだ。

 それがかろうじて勝負になっているのは、皇帝と女帝と謳われる、二人のエースがいるからに相違ない。


 だが、当のリリはそんな状況が甚だ不本意だった。


 ──死にたくないなら、悪足掻きなんて勝手にやればいい。

 ──けど、私とランダを巻き込んで、勝手に責任を負わせるのは気にくわない。


 同じくらいの年頃だ。お互い、平和な時代だったなら引く手数多だっただろうくらいには顔もいい。

 相手の気持ちはわからないが……少なくとも、同じ境遇に置かれたランダという少年にリリは好意を抱いていた。

 恋愛感情なんて、よくわからないけれど。リリはランダといる時だけは心が休まるのを感じていたのだ。


 回線が、繋がる。


「あっ、ねぇランダ──」


 気さくに声をかけようとして。

 無線から発せられた、聞き慣れた声の絶叫に、それは掻き消された。


避けろ(・・・)ぉぉぉぉ!!!」


 同時、アフトクラティラが衝撃を受けて激しく揺れる。マップデータに新たな反応が浮かんだのを認識し、リリは可能な限り最速の動きで機体の体勢を立て直す。


 リリは自分が無事なのを確認して機体の動作確認をすませると、小さく舌打ちをした。

 油断は、していた。

 だが、油断程度で埋められる隙は本来無いはずなのだ。確かにパイオンの戦闘データは日々更新されていくが、それでもエースたる二人には遠く及ばない──筈、なのに。

 マップに浮かぶ反応には、Unknown(未確認機)の文字が付属して刻まれている

 今までに確認されていた全七種のパイオン。そのどれでもないと、データは言う。


「上等っ…………って、え……」


 闘志を燃やしてメインカメラを敵に向けると、其処には、巨大な敵影と、握られた鎌の刃に串刺しにされた黒い(・・)イーリス。


 瞬間、悟る。

 自分を吹き飛ばした衝撃が、何から与えられたものかという事を──。


「い、嫌ぁぁぁぁぁあ!!!」


 誰にも届かない悲鳴が、棺桶のような二つのコックピットの中で虚しく反響した。



 ーーーーーーーーーーーーーーー



 次に目覚めた時、ランダは自分が死んだ事を(・・・・・・・・)覚えていた。


 だから、だろう。

 白い、見覚えのある部屋の中。

 聞き覚えのある声に告げられた残酷な言葉が、事実として受け入れられてしまったのは──。


「お前は一度は死んだ。しかし、もはや貴様と人類は一連托生。勝手に死ぬことは許されない」


 泣きじゃくるリリが見える。

 手を伸ばして、涙を拭ってやりたかったのに。(そんなもの)はとうに失われていた。


「だから生き返らせた(・・・・・・)。記憶と、あの極まった戦闘技術を引き継いで。人工知能(・・・・)として、0と1の集合体(私たちの敵)として──お前はもう一度。戦場に出なければならない」


 受け入れがたい宣告。


 目を逸らしたかった。

 耳を塞ぎたかった。

 でも、目も耳も(そんなもの)はやはり、今はもう失われて戻ってこないものだった。

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