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乖離と改革の脳だらけ

 管理職。それはこの国で最も重要な肩書である。

 管理職の中で最も多いものは、やはり、物を管理する「三課」であろう。

 この国を支えるという意味では、最も根底にある種別だ。物を滞りなく人のもとへと行き渡らせる事。それは、人が人であるために、国が国であるために、欠かせない事柄である。

 人を管理する「二課」は、それに比べ、やや所属者が少ない。現在、人々の監視、管理においては、機械構築を有する「技術職」が幅を利かせている状態であり、以前に比べ登用人数が減少傾向にあるせいだ。

 そして、「一課」、国を管理する職業とされるこれは、他の国や、この国の誕生以前、此処にあった国のシステムで言う所の、政府に近い役割である。

 しかし、政府などという脆弱な仕組みは、この国には存在しない。

 我々は、それを捨てた事により、幸福で、完璧な世界を実現するに至ったのである。





「――以上、何か疑問はあるかね?」


 朝礼にて、指導者様の御言葉を聞き、その後、本日の業務内容を告げられた。無論、疑問などない。誰一人身動ぎ一つせずに伝令係の言葉を待っている。


「それでは、本日も務めを全うするように」


 伝令係がそう告げたと同時に、全ての人間が各々の持ち場へと散っていく。腕に巻いた時計を確認すると、やはりいつも通り八時三十五分だった。彼の話は、今までに幾度となく聞いているが、常に八時三十五分きっかりに終わっていた。

 彼が告げる内容は、指導者様の言葉であり、それに異議のあるものなどいない。


「八八三七番」


 振り返ると、眉根を寄せ、不機嫌そうに皺を作る男がいた。


「今日はお前か。六五九九番」


 際物揃いとされる「二課」の中でも、今代最悪と語られる男。六五九九番。

 雑にまとめたオールバックの髪には、年に見合わぬほどの白髪が混じり、白と黒のまだらを作っている。黒目が小さく、時折正気を失ったかのように目線が揺らぐ。

 渾名は「ドラスチック」。彼と組むのは、記憶にある限りでは三度目だ。


「今日は?」

「労働職三課視察だ。本部ではなく、七区の工場だがな」

「ダダ派絡みか?」

「疑いをかけられているものが二名。工場を潰すには十分すぎる理由であるな」


 腿に携えた銃に手を当てながら、六五九九の話を聞く。ダダ派を殺すことには戸惑いは無い。しかし、彼はやり過ぎるほどに殺しきる。今まで殺した人数は町一つとも言われている。

 だが、彼の行動は誰にも咎められていない。無論、一課からも、だ。


「何をしている? 時間を無為にするは罪であるぞ」

「ああ。分かっている。カプセルはどこだ」

「そんなものは要らぬ。脚があろう」


 さして急いでいる様子もなく、六五九九は階段へと進んで行く。

 見た目とは裏腹に歩みは速く、並んで歩いていたつもりが、いつの間にか前に背中が見える。


「時に、七区へは行った事はあるかね」

「いや。今回が初めてだ」

「ふむ。ならば、迷わぬよう地図を覚えておくといい。あの地区は道が複雑だからな」


 その後も、彼は俺に歩調を合わせることも無くつかつかと歩んで行った。




 一区、管理職民の居住区及び勤務地であり、この国の中心部。そこから円を描くように二区から七区までが均等に配置されている。それ故に、一区以外の区画はおおむね面積を同じくしているが、人口と職業分布によって区画内部は大きく様相を異にしている。

 特に七区は人口が多く、工場地の隙間を縫うようにして乱雑に居住地帯が張り巡らされている。


「地図なんてあてにならないな」

「なに、大通りが細くなる事はあれど、道が途切れることは無い。居住区が再建され続けようと、工場は場所を動かぬ。ならば、見当をつけ、地図を更新し続けながら歩くだけよ」


 簡単に言ってのけるが、それは彼が優秀である故だという事は以前の仕事で理解している。


「しかし、これでは技術職の監視すらも届かんだろうな」

「故に、七区は再建すべきという声も上がっている。ダダ派の疑いも、此度が初めてではないのだよ」

「声が上がっている、というが、中心人物はお前だっただろう? 六五九九番」

「当然。このような雑然とした町は我らが指導者の国にふさわしくない。そうであろう?」

「ああ。全くだ」


 そう答えた時、目の端に何か違和感があった。

 細い道の奥、そこから誰かがこちらを覗いていたような、いや、よく知っている誰かがこちらを見ていたような気がした。


「どうした?」

「……いや、何でもない。ただ、俺に似た顔のやつが居た気がしただけだ」


 まるで鏡から抜け出してきたかのような奴だった。一つ違うとすれば、そいつの顔は鏡映しではなかったという所だろう。


「さて、到着だ。労働職第三課。芸術職絵画部門七区工場八番。取り潰しである」


 先程の男に考えを巡らせていたが、彼の言葉で思考を切り替える。

 さて、仕事だ。罪人だろうと、人を殺すのは少しばかり胸が痛むが、それもしょうがない事だ。


「前回同様、上級罪人については任せるぞ。『シリアル』」

「低級罪人までは弔いきれんからな」

「何人目だ?」

「二人追加なら、八十七だな。そっちは? 『ドラスチック』」

「数えてなどおらぬ」


 そうして、銃を携え、俺達は工場へと入っていった。

 殲滅まで、たったの一時間。誰一人として生きて返すことは無かった。

 工場に残った物品を整理し、血の付いたもの、破損したものは焼却処分に回す。

 死体はまとめて置いておき、清掃係に連絡をする。

 蒐集したIDカードは三十枚程。これを持ち帰って処理に回せば、それで仕事は終わりだ。

 処分命令が出た日の勤務時間は、普段より短い。しかし、体は無事でも心に疲れが残る。

 足取りも重くなり、だんだんと小さくなる六五九九の背中を見つめながら歩いて戻る。


「……いつまで殺し続けるんだ?」


 そんな帰り道、どこかから俺によく似た声がした。


「指導者様の考えを、全員が真に理解するまでだ」


 誰にも聞かれないよう、小さく呟いた。


「明日またここに来い。そしたら、俺の事を教えてやる」

「…………」


 人間を処分した翌日には、指導者様より安息日が支給される。それを、声の主は知っているのだろう。


「待っている」


 そして、その気配は消えていった。





 明くる朝、俺はいつもよりも遅く目を覚まし、何をするでもなく家の外へと出た。

 いつも通り仕事をしている制服姿の管理職員達を横目に、俺は昨日の任務の跡地へと向かっていた。

 工場跡地は封鎖されており、昨日の戦闘の跡は全て綺麗に清掃されている。


「よく来たな……とでも言っておこうか。いや、来るだろうと確信していたさ」


 後ろから声を掛けられる。振り向くと、そこには俺がいた。

 昨日の任務の途中に見かけた、まるで、鏡を見ているような、しかし、少しだけ俺とは違う顔の男だ。


「お前は、誰だ」


 目の前に立っている男は、俺の言葉ににやりと笑い、口を開いた。


「俺は、識別番号八八三七番だ」

「……そうだろうな」


 予想通りではある。自分と同じ顔をした人間だ、識別番号が同じだったとして疑問は無い。疑問に思うべくは――。


「何故、同じ番号の人間が存在するか、だろう? 聞きたいのは。教えてやろう。それは、俺達が指導者様によって作られた人間だからだ」


 作られた。こいつは、何を言っている? いや、そう言った噂は、管理職員の中でも聞かなかった訳ではない。噂は反逆の種だ。噂を流布した者が全て処分されたが故に、蔓延しなかっただけだ。

 情報を処理しきる前に、彼は矢継ぎ早に次の言葉を繰り出す。


「お前達の世代が今の任務について、大体三年といったところか。俺は、お前達の一つ前の世代のお前だ」


 彼の言葉には、厭な現実味がある。馬鹿げた話だと一蹴することもできる。だが、俺の目の前には、今の俺よりも少しだけ年老いた俺が居るのだ、そう無碍に扱える話ではない。


「管理職は任期が五年だという決まりだ。ということは、お前の任期はあと二年、二年後にお前達は処分されるってことだ」

「処分だと? 一体、どういう意味だ?」

「世代交代さ」


 含みのある笑顔で、彼は答える。


「まあ、俺はその世代交代から抜け出たついでに、哀れにもこれから処分されるであろう俺と同じ顔の男を助けてやろうって思っただけだ。そう怖い顔するなよ。お前も、何か予感みたいなものはあったんだろう? だから、お前はここに居る。違うか?」

「……さあな。どちらにせよ、詳しい話を聞かねばならん様だ。場合によっては、俺はお前を処分しなければならん」

「ああ。それについては問題ない。何故なら、お前は俺達を殺さない。お前はきっと、俺達、『レフトハンド』の仲間になるだろう」


 レフトハンド。その名前は訊いたことがある。


「ああ。お前も知っているだろう。俺達は、革命軍『レフトハンド』だ」

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