鋼鉄の悪魔~此方マルヒト。我、異世界ヲ躍進ス~
広大な大地を駆ける一陣の衝撃。
ある一点を中心に広がる衝撃は土煙を巻き上げる。
一拍の間を置いて、再び衝撃が世界を揺らす。
瞬きの光と共に轟音を響かせるのは鋼鉄の塊。
一目見ただけで想像を絶する重量を思わせる鉄塊は、大小二つの平べったい箱を積み重ねられた様な人工物。
上に乗る箱からはその全長と変わらない長さの筒が伸び、土台となる下の箱には何枚もの金属製の板を繋げた帯が左右に取り付けられていた。
その奇っ怪とも言える人工物だが、知るものが見れば皆口を揃えてこう言うだろう。
それは地上最強の兵器である“戦車”だと。
◆ ◆ ◆
地上に君臨する武力の象徴とも言える戦車。
数多ある戦車の中で“54式戦車”と呼ばれる物騒な代物が草原のど真ん中に作られた人工の凹地の中で、睨むように砲身をある方向へ向けていた。
そして戦車は咆哮を上げる。
火焔と衝撃を引き連れて砲口を飛び出た弾頭は、無意の殺意を持って目標に突き刺さり、突き抜け、音速の五倍を超える速度がもたらす衝撃でもって相手の臓腑を撒き散らす。
弾頭が止まったのは同じ事を三度も繰り返し、四つ後ろの目標の内臓に喰い込んだ時だった。
「命中。砲手、目標転換、一時方向、敵性大型生物、二。弾種徹甲、続けて撃て」
特撮ヒーローにでも出てきそうな不気味で巨大な生き物が倒れる姿を液晶で眺めながら言えば、即座に砲塔が回り、新たに歩んでくる巨大な生物の姿が映る。
一拍、咆哮、金属が転げ回る音。
砲撃からほんの僅かに遅れて閉鎖器から空薬莢が吐き出され、新たな弾薬が送り込まれる。
照準、撃発、排莢。
淀みなく流れるようにして行われた動作は、二体の尋常ならざる巨大生物をまたたく間に“物”へと変える。
小銃とは比べ物にならない濃密な、それでいて嗅ぎ慣れた硝煙の臭いが車長席に座る藤堂の心を落ち着かせた。
藤堂は腕時計で時刻を確認しつつ潜望鏡を再び覗き込めば、大地を飲み込む黒い波が迫りつつあった。
藤堂は時計のタイマーをセットしながら、ヘッドセットのマイクに声を乗せる。
「敵性大型生物の撃破を確認。再度目標転換。目標、前方人型敵性生物群。火器選択機関銃、弾種曳光燐弾。撃ち方用意」
がシャリと砲手席から車載機関銃に繋がる給弾ベルトを指定した弾種の物へと切り替える音が鳴る。
続けてカチャリ、カチャリと槓桿が二回引かれる音。
『準備よし!!』
「撃ち方始め」
『距離良し、発射!!』
レーザー測距と環境センサーによって弾道修正が行われ、放たれた弾丸は狙いから寸分の狂いなく黒い波へと殺到する。
波の正体は人と形容するにはあまりにもかけ離れた、黒く凹凸のない人型をした二足歩行生物の群れ。軍隊アリの行進のように地面を蹂躪しながら進む異形の存在。
そんな化け物じみた相手にも容赦なく白燐がコーティングされた弾丸は突き刺さる。
そして紫の体液を浴びた燐は瞬く間に加熱し、対象を臓腑の内から焼き尽くす。
砲手は遠く離れた異形から湯気が登る光景に構わず、砲塔を旋回させて迫りくる異形達を端から撃ち抜いていく。
だがどれほど撃っても、迫る波は進む事を止めた者達を踏み躙りながら迫り続けている。
どれほど時間が経ったのだろう。
吐き出され続ける空薬莢がぶつかり合う軽い音に混じって、藤堂の腕時計が音を鳴らす。
時刻と、彼我の距離を目視で測った藤堂は溜め息を吐き出した。
「はぁ、仕方ない。一次防衛線を破棄し、二次防衛線まで後退する。撃ち方止め。操縦手、後退用意。後へ」
藤堂の指示で機関銃による蹂躙が終わり、エンジンが唸り声を上げる。
数秒掛けてトップスピードに到達し、緩やかに波打つ地面を物ともせず猛然と下がる54式戦車。
二百メートルにまで迫っていた人型生物との距離を、ぐんぐんと引き離していく。
「結局、騎士団の皆様方は来なかったかぁ……」
後ろを見ることのできない操縦手に代わり、車長用潜望鏡から後方の様子を確認していた藤堂がボヤく。
なんの気なしに呟いた言葉だったが、それに答える二つの声がヘッドセットに届いた。
『元々、望み薄でしたけどね』
『そもそも、あんな化け物の群れに生身で突っ込もうと思う人っているんですかね? 俺だったら命令を受けた瞬間に銃殺覚悟で脱柵しますよ』
疲れたように言う二人――――砲手と操縦手に対して、車長である藤堂も苦笑いを浮かべる。
「確かに望み薄だったし、あんなのに突っ込みたがる奴はいないだろうな。だから俺たちも最低限の時間稼ぎだけして、尻尾巻いて逃げるぞ」
高速で流れる景色を見ながら、予め設置しておいた目印に戦車を誘導していく藤堂。平坦な場所を後退させるだけの簡単な指示を出していたが、藤堂の背筋が不意に疼く。
「停まれ!!」
怒鳴るように命令した瞬間、戦車が一秒後に到達していただろう場所が爆ぜる。
藤堂は潜望鏡から見えた残光を追って右方を見ると、そこにはさっきまで存在しなかった巨体が屹立していた。
「砲手、三時方向!! 弾種徹甲、撃て!!」
咄嗟に叫ぶ藤堂。
即座に反応して砲塔が巨大生物へ向けられ、砲口を唸らせる。
命中を確信した藤堂だったが、次の瞬間には戦車の重装甲を物ともしないはずの弾頭が火花と共に弾かれ、見当外れの場所で土煙を上げる光景を目の当りにするのだった。
『うっそだ〜』
あまりの事実に間の抜けた声を漏らす砲手。
藤堂とて気持ちは同じだったが、それを口に出す暇は無かった。
恐竜の様な二足歩行をした顔のないその巨体。
それの頭部と思しき部分が二つに裂け、不気味なほど真っ白な歯と深紅の歯茎が露出する。
更に巨大生物は口先にその巨体に見合った火球を虚空に作り出すと、足を止めた54式戦車へ向けて放つ。
「後へ!!」
略式の命令に答えるようにエンジンが唸りを上げるが、回避するには間に合わない。
自身の失態に苦悶の表情を浮かべる藤堂。
自分だけでなく、部下二人の命をこんな所で散らしてしまう事に無念さを滲ませる。
だが、藤堂が描いていた未来通りにはならなかった。
迫ってきていた火球が、命中する直前で爆発したのだ。
爆風で戦車が揺さぶられる中、車長画面に表示される【APS作動】の文字。
対戦車ミサイル等の接近に反応して起動するアクティブ防護システムが、巨大生物の攻撃に対応して迎撃してみせたのだ。
藤堂は一人安堵したが、一息つく暇を惜しんで叫ぶ。
「砲手、榴弾、撃て!!」
『ッ!! 距離良し、発射!!』
砲口を唸らせ、空薬莢を排出させた榴弾は命中と共に巨体の顔面で黒煙を撒き散らす。
亀裂が入った部分から青紫の血を撒き散らし、戦車の中にすら響く耳障りな悲鳴を上げる。
黒煙が晴れるの待って巨大生物の様子を伺う藤堂。ただ数秒後には舌打ちをしていた。
榴弾の爆発によって徹甲弾ですら弾いた表皮に損傷を与えはしたが、見るからに致命傷には程遠かった。
「砲手、続けて撃て。操縦手、全速後へ!!」
『了解!!』
『了!!』
再び全速力で後退する戦車と、揺れる中でも全弾命中させる砲手。
連続して起こる爆炎の中、悶え苦しむ巨大生物は怒りを孕んだ叫びと共により大きな火球を作り出す。
いくら撃っても倒れそうに無い様子と、明らかに防護システムの防御能力を超えた攻撃。
藤堂は今度こそ溜め息を吐く以外にできることは無かった。
「こりゃ駄目かもしれんなぁ……」
砲弾を放ち続けながらも、逆に撃ち出された火球に藤堂は完全に生存を諦めかけた。
その時だった。
戦車を飲み込んであまりある火球が地面へと落ちた極大の雷槌に打ち消され、跡形もなく姿を消したのだ。
狭い視界を赤紅と照らしていた火球が一瞬にして消え去ったことに驚く藤堂だったが、潜望鏡から見える視界に影が差す。
まさかと思った藤堂が慌ててハッチを開けて空を臨むと、遥か上空を飛ぶ沢山の飛竜達がいた。
更に後ろに目を向ければ馬らしき動物に乗った集団が向かってきており、騎士風の装いをした翼を生やした人間達が直上を飛び抜けていく。
「首の皮一枚、繋がったみたいだな……」
去り際、一人の金色の翼を生やした女騎士風の人物が手を振っていたためそれに振り返すと、安堵から腰が抜けるように座席に座り込む藤堂。
そして狭いハッチの中から飛竜達と羽根を持つ人間達が急降下を敢行している光景の奥に広がる空を見上げる。
自分の知っている物と変わらない、されど全く異なる青い空。
それをまざまざと思い知らされる風景に、不意の郷愁が安堵と共に沸き立ってくる。
「ほんと、遠い所に来ちまったよなぁ……」
戦場から突然異世界へとやってきて早三ヶ月。
怒涛のように忙しない生活から三ヶ月経って初めて、藤堂は自分が異世界へとやって来た実感を得るのだった。
「取り敢えず、街に帰ったら俺の奢りで獣っ娘がいる風俗行くぞ」
『ラッキー!! じゃあ俺は狐っ娘がいる店が良いですっ!!』
『私は獣っ娘とは違いますが、鬼っ娘がいる店に行ってみたいです』
「……バカ共め。羽根っ娘こそが至高の存在だと分からせてやる」
……まだ三十路も半ばの男が三人。
親しい友人どころか親族すら失い、守るべきパートナーも居ない身軽な独身にとっての郷愁など、欲望の前には些細なものだった。




