サトリ
そんな日々から1年がたち、もう1年が過ぎていった。
足しげく神父の元に通い、たくさんの事を考えた。神父や瑠花さんには秘密で、心療科に行ったりもした。以前よりも、心はずっと楽になっているはずだった。
果たして、僕の悩みは癒えたのだろうか。
ある時神父が言っていた。
「苦悩は雑草のように生え、放っておくほど成長する」と。
僕は今、異なる悩みに気がついていた。それも相当に俗々しく、巷にありふれた、しかし根深い悩み。
これは神父に懺悔しにいかなければならない。瑠花さんに言わずに、一人で。
「なるほど。隣人、もとい恩人への恋、ですか。」
僕の懺悔に、神父は驚くことも怒ることもせず、いつもと変わらない淡々とした口調で言った。
「汝は、より深い所で自分を見つめ直す必要がありますね。」
「自分を、見つめ直す···ですか?」
「そうです。俗的に言えば、汝のその思いが果たして人としての尊敬なのか、人間としての性欲なのか、あなた自信の中で結論を出さなくてはならないのですよ。」
「僕は………瑠花さんを尊敬しています。恩人でもありますし。ただ、この感情をどうすべきか、よく分からないんです。」
神父はらしくなく微笑んだ。
「まだまだ、学ぶ事が多そうですね。異物を理解しきれていませんよ。汝は。」
夕暮れの中、僕は帰途についた。神父に話して、余計に複雑な気分になった。与えられた試練、あるいは罰。
瑠花さんに告白することは容易いかもしれないが、それは社会道徳にも、教義にも反している。瑠花さんは独身者ではないからだ。
「あれ?丸子くん、神父様のところへ?」
気がつくと、前から瑠花さんが歩いてきていた。全くの偶然だ。
「え、はい、まあ、そうですね。」
「じゃあ、入れ違いだね。私も今から行こうと思ってたんだ。」
「今からですか?」
「うん……ちょっとね。うまく言えないけど。」
「そうなんですね…。」
「お互い、今日がより良く終われるように、祈ろうね。」
「そうですね。今、会えたことに感謝します。」
「え?そこ?あはは。今、隣人と会えたことに感謝します。じゃあ、またね。」
落ちかけの夕日に笑顔が映える。彼女は悪くない。だか、目の前の聖母は図らずとも僕に苦しみを与えている。