8.板挟みになってしまったようです
【勇者とは名誉ある究極の役職である!】
【勇者……それは多くの物語において皆の憧れであり、主に世界の滅亡を謀る魔物より人々を救う事を宿命づけられた、名誉ある役職に該当する。
そしてそんな危険で特殊な任を負う勇者だからこそ、冒険面で許容される事も多く存在する。
中でも代表的な特権としては次の例である。
・例え対人能力が低くて口下手でも、【はい】と【いいえ】の選択だけで大抵話が進行する事が多い。
・人の家に断りも無く勝手に忍び込みタンスを開けたり、勝手にツボを割ったりして中にあるアイテムやメダルを集めたりする事が許される。
・他にも特殊な鍵さえを持っているならば、王の許可など無くとも大国の城の宝物庫を勝手に物色し、中身を持ち出し自由に使う事が許される。
……などなど自由な行動が許される訳だが。
まあ流石にこんな《蛮行》を我らの世界で行えば処罰待ったなしなので真似せぬ様に……】
~ガリヴァ―書房刊『非実在のすんごい役職』3の項【勇者とは一体何ぞや?】より引用~
―― ―― ―― ―― ―― ――
「それでこの人達……レオナルドの部屋に勝手に入り込んで……タンスから貴方のパンツ奪って……自分の物にしようとしてた……だからボコボコにした……普通なら【私の物】なのに……」
「君の物でも無いけどね!? 僕の知らない所で勝手に人の下着を私物化しないでくれるっ!?」
一先ず、レオナルドは開幕早々。
己がパンツの所有権について熱く語りつつも、客である勇者をタコ殴りにしていたエミリアから詳しい事情を聞かされたのだった。
「とにかく……そう言う事」
「ハア……分かったよ」
そうして彼女の話曰く。
ついさっき、彼女が食材の買い出しに行く際にしっかりとお店に鍵をかけ、確認した後に外出。
それで買い出しを終えて戻った頃には閉めていた筈の鍵が何者かに開けられ、この男が店内は物色しており彼の部屋を漁っていたという訳だった。
「グスン……俺がいた世界じゃ許されたのに……」
「うーん……まあ、こればかりは擁護できないね。幾ら別世界の勇者だからって、人の家に勝手に漁るのは傍から見ても倫理的にもアウトだよ」
するとエミリアから相当痛い目に遭わされたのか、今も涙声あげる勇者にレオナルドはそう諭す。
世界観が違うから、悪いけれどここでは君の常識は犯罪行為に該当するよ、と彼はその綺麗な青色の鎧を着用している勇者へ告げるのだっだ。
「くそう……見つかるならせめて野郎の部屋じゃなくて……【女子の部屋】に入っていれば――」
「……エミリア、もっとコイツ殴って良いよ」
「分かった……殺す……絶対殺す」
「待って待って! 嘘です! ごめんなさい! そんな破廉恥な思考は一切ございません!」
と、余計な一言で災いを招く羽目になった彼はそんな物騒な言葉と拳を鳴らして近付く。
一見大人しそうな性格や、そのおっとりとした見かけによらない少女に恐ろしい眼光を向けられ、
「こ……ろ……す」
「止めて、嘘だから! 殴らないでくれぇ!」
ジリジリと歩み寄ってくる銀髪の少女エミリアに勇者は再度泣かされそうになりながら、弁明を一心不乱に二人へと向けていたのだった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「ゴホン……まあ盗まれた物も無く、全部返してもらったみたいだし。とりあえず話を戻そうか」
「申し訳なかった……本当にごめんなさい」
……とまあそんな具合で時間が進む間。
その出会い方もまたさることながら、来店方法に至っても勝手に鍵を外しての不法侵入と明らかにまともな手段では無かったが、一応【前例】がありはした為不問にした。
だからレオナルド自身は呆れつつも、そこまでキツく咎める事もせずに早速会話を切りだす。
「で……会話内容で名前は分かっていると思うけど。こっちの銀の髪をした女の子が相棒のエミリアで。僕が店主のレオナルドさ、よろしくね」
そして一先ずエミリアの追撃から免れた勇者へ向けて、彼は軽くそう自己紹介し名を教えた。
続けて遅れを取るまいと勇者もすぐに、
「俺はオルトガだ、勇者オルトガ。こことは違う世界にある【ピースワールド】に平和をもたらすべく、今もなお奮闘している者だ。レオナルドにエミリアさんだな。どうぞよろしく頼む!」
「へっ、ピース……ワールド?」
「うん? 知っているのか。俺達の世界を」
「い……嫌、知らないよ。でも何処かで聞いた事あったかなあなんてね……ハハハハハハ」
「? まあ、良いか」
すると勇者が元気よく自身の名前を明かした直後。
その補足程度の情報に関してレオナルドは、
(うわあああ、マジか……)
表面の発言では上手く誤魔化したつもりだが、内心では困惑を隠せず不意に額を抑え軽く唸る。
けれどもこれについては無理も無い。
何故なら、その世界の勇者というと……。
(って事は……コイツか。あの真面目大魔王に毒入りケーキを送った勇者っていうのは)
まさかの偶然なのだろうか……。
だとすれば、これまた何とも運命的なめぐり合わせとしか言うか奇妙すぎる縁とで言うのか。
先の紹介の通り今回の客はなんと先日の世界の住人であり、依頼主の大魔王と対を為す存在で先日の【魔王城崩壊を招いた勇者】だったである。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「……という訳なんだ」
「うんうん、君の世界について分かったよ……(全部知ってますなんて言えないもんね)」
それからレオナルドは非常に聞き覚えがある……というよりかはついこの前に散々耳にした事のあらましを再度オルトガの口より聞かされた。
内容としては一応勇者側からの視点ではあったものの……。
「俺達はこれまで培った叡智の全てを結集させ、緻密に編み出したこの完璧な計画を決行し、見事魔王城の全壊に成功したってな感じなんだ」
(何か難しい言葉を並べてカッコよく見せてるけど……馬鹿に毒ケーキ食わせて、城爆破しただけだと思うんだけど、違うのかな)
語り手の違い、後は話の盛り方の違いだけで内容自体には大差も殆ど無く。
ピースワールドという異世界で起きた魔族と人間のいざこざについての説明を再度受けたのだった。
「因みにこの作戦名なんだが。民主主義に基づいた多数決の末【大魔王下痢糞大作戦】となった」
「いや名前酷すぎんだろっ!? 正義の勇者ならもっとマトモなネーミングあったでしょ!?」
「なお、この命名結果のせいで元々否定派だった女性サイドとの溝が開いてしまったんだが……何故なんだろうか……悪くないと思うのに」
「明らかに悪いから否定派に回ったんでしょうが! 女性の意見無視すりゃ絶対そうなるよ!」
説明など受けずとも把握しているとはいえ。
相手が勇者側である以上公言も出来ず、
「だが……まあ、とにかく作戦が成功したのは良かったんだが。どうやら大魔王達は異世界から【修復能力を持つ者】を召喚し、今では魔王城を8割方まで復元させているとの噂を耳にしたんだ」
(ああ、それ僕ですね……ごめんなさい)
……よもや自分が大魔王側に加担した末。
はたまたその危機を救いましたなどと……敵軍の将に向けて口が裂けても言える筈も無く。
さらに流石に勇者側も人間相手とはいえ、もしバレてしまえば見逃してくれる筈もないだろう。
「そこで一つ。魔王城の復興を完了させ、再び大魔王と会い見える前に、俺はこのチラシの情報を頼りに、ここへ頼み事があって来た訳なんだ」
「なるほどね。いいよ、依頼を受けよう」
だからこそ平穏を望むレオナルドとしても、ここは一旦事を荒立てぬ様に勇者の依頼も受けてやろうと思い、そう返すのだった。
「……じゃあ早速その依頼とやらを――」
(あれ、この流れってまさか!)
すると……レオナルドは。
【それ】を本能的に察知したのか。
(勝手な回想に入られる前に話を進めよう。もう聞いた所でさして役立ちそうにないしな)
先刻の大魔王による自分語りでウンザリしていた彼は、話題を回想へ行かないように強引に本題へ進めるべく、彼に呼びかけていく事にした。
だが勇者の返答は非常に残念な事に、
「勿論分かっているさ。そうだよな……まずはやっぱり回想から入るのがベストだよな!」
「えっ!? いや、だから……本題を言えって」
「そう、あれは――」
「人の話聞いて!? せめて僕の言葉に耳を傾けてくんない!? 僕は早く本題を聞かせろって! 依頼内容言ってくれって言ったの!」
そんな素早い察知は見事に水泡に帰し。
以降のレオナルドによる猛反論も虚しく、はなからこちらの意思を無視する気満々のオルトガによって、結局そのまま押し切られてしまい……
「じゃあ話すぞ。長いからしっかり聞いてくれ」
「あっ、はい……頼むから手短でお願いしますね……(アンタら、揃いも揃って人の話を聞く気ゼロかっ!? なんで隙あらば自分語りをぶち込んでくんだよっ!? この寂しがり屋どもが!)」
また依頼の内容に関する事件の詳細というか。
本人が話したいという意思以外に、誰も興味を持つ事も無く、寧ろ依頼を受ける側からすれば本題に移りたいと心底願っているというのに、
「そう、あれは今から――」
《もうモノローグはいいから、早くいけ!》
今度は大魔王では無く勇者サイドの回想。
どうでもいい方向へ物語は移行するのだった。
次話、明日の12月2日の15時にて更新。