7.一難去ってまた一難のようです
「おーい、そっち運ぶの気を付けろよ!」
「オーライオーライ! そのクローゼットはこっちの部屋だ。そのまま後ろに運んでいくんだ」
「違う違う、そこはこの赤の絨毯だったろ!」
最強の雑用係《LV.99》のレオナルドの特殊能力【万能】のおかげで、今やレンガなどの建材以外にも失った家具諸々といった物まで、
「違います! その魔王様の玉座は左に13・7度ズラして! そうです……そうです」
「お前少し休憩しろよ、朝から働きっぱなしだろ。もし転倒でもされたら大怪我だし魔界労災は条件厳しいからな。そう簡単には下りないぞ」
魔王城が勇者達に崩壊させられる前まで存在していたその全てを彼は【複製】【復元】したのだ。
それこそ家を丸ごとリフォームするかの如く、瓦礫の山となり見る影も無かった跡地から今では本来の形の8割まで修繕が進み、新築とでも言えるかもしれない程となった。
「ふむ……よもや10日足らずでここまで……」
「ははははは。でもここからは任せるよ。肉体労働は魔物達でないと時間かかるからね。特にこんな大きい建物を一人でとなれば、気が遠くなる」
「フハハハハハハハ! いや結構結構、ここからは我々の仕事だからな。貴さ……レオナルドは役目を充分に果たしてくれた。感謝しているぞ」
そうして修繕に大きく貢献したレオナルド、及び今回の依頼を出した闇の大魔王ルシフェルは魔界中から集めた魔物達が汗水たらし、その修繕に勤しむ姿を外からのんびり見ていた。
「レオナルド様、丁度お茶が入りました。ヒトに出すのは初めて故、貴方様のお口に合うかどうかは分かりませぬが、どうぞお試しください」
「ありがとうセバスチャンさん。もらうね」
「おいレオナルド、遠慮せずにこれも食え! 熱紅竜ステーキだ。精もつくし魔力も回復するぞ!」
「ああ、丁度狙ってたんだ。早速食べるよ」
連続して【万能】使用した事による魔力消失。
その大きく失った魔力分を回復する為にと、魔物達が腕に縒りをかけて調理してくれた魔界の珍しい料理をレオナルドは口にしていた。
(にしても……惜しいなあ。パッと見た感じだけど別に悪い魔物がいる様には見えないんだよな)
と、そんな和やかな食事中にて口に物を含みながら、彼はそう感じ取る。
……確かに厳つい見た目だったり、人型では無い不気味な形をした奴もいるという魔物達だが、レオナルドはその熱心な働き方や、若しくは恩人に対する対応を見て、
(本当にこの際”和解”しちゃえば平和になるのにな……本当に不器用だな。勿体ないよ)
いくら大魔王直々の紹介であり、異世界からやって来たとはいえ自分自身も【人間】に違いない。
だからこそ魔物からしたら自分は忌み嫌われる存在である事は明白だというのに、こうして快く美味な御馳走を振舞ってくれたり、
「レオナルドさん、食事中で悪い。だが一言だけ言わせてくれ。ありがとう、こんなデカい建物の建築に携わるのが夢だったんだ。ありがとう」
「いいよいいよ、気にしないで」
「グスッ……ほんどうにありがどう……」
「泣かないで!? 僕が悪いみたいじゃん!」
恩人に対しての礼を失さない、その素直さ。
その真面目さこそがレオナルドの中で何処か、もどかしいというか……モヤモヤするというか。
人間界と魔界、人と魔物という対立する存在。
その両者が少しでも寄り添えさえすれば、全ては丸く収まる筈なのにと惜しんでいたのだった。
「さて……今回の礼についてだが。何が良い? 何でも欲しい物を言ってくれ。宝石か。世界の半分か。それとも魔界一の美女……は、我輩の愛する妃だから無しで、次点の美女がいいか? どんな望みでも叶えてやろうではないか」
すると、彼が惜しみそう考える中。
城の修繕風景に視線を度々やりつつ、料理を口元に運ぶレオナルドに大魔王は一つ尋ねる。
色々驚かされる事もあったが、こうして全てが順調に進んだ事に対する報酬を望むよう、彼もまた恩人へ報いようとしているのであった。
対してそれについてレオナルドは、
「いや……別に良いよ。僕は複製と復元だけで、魔力以外何も消費してないし。それに欲しい物は冒険者をやっていた時に大体手に入れたしね」
「……えっ? 無いのか? どうして?」
折角の大魔王直々の礼というのに断った。
彼はあっさりと報酬の受け取りを拒否する。
「正直、今回アンタの依頼を受けたのはユニークスキル……あの複製とかの試験でもあったからね。だからそれを確認できただけでも収穫さ」
その理由としては彼の性格が影響していた。
元々、人助けと考えていたせいからなのか。
レオナルドは首傾げる大魔王に理由を告げた。
「……むぅぅ。レオナルドがそう言うのなら別にいいんだが……どうも釈然とせぬな。やはり受けた恩に対しては報いたいものなのだが……」
「真面目か!? 闇の大魔王とか言う称号持ってるくせに中身はただの真面目かアンタは!」
……と依頼前から依頼後に至るまで。
人の店の扉は調子に乗って破壊はするわ。
毒入りケーキを喜んで食べて下痢するわ。
少しでも恩に報いようと真面目に話すわ。
本当に、このルシフェルが人間を恐怖に陥れるという闇の大魔王なのか疑わしくなりつつも、レオナルドはそんなツッコミを向けるのだった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「じゃあまた後日会おう。今度は扉壊すなよ」
「……分かった。だがもし何か望む物が後で出てくる様なら遠慮せずに言ってくれ。我輩も大魔王として借りを返さない訳にはいかぬからな」
「はいはい……じゃあね」
それから二人は賑やかな食事を楽しんだ後。
仕事を見事に全うしたレオナルドは、相変わらず礼には触れずそんな忠告だけを残し、一度帰宅。
残った城の修繕は今も働く魔物達に任せて、彼は一先ず自分の世界へと戻る事にしたのだった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「ただいま、今帰ったよ」
そうして、長そうで長くなかった依頼を終えて、レオナルドは異世界ピースワールドより帰還後。
時空の穴を通じて僅かに懐かしい我が家に戻って来た彼は、綺麗に修繕されたその玄関を開き、
「エミリアごめんね。数日間もお店開けっ放しにしちゃって。少し修繕作業に時間が――」
留守番を任せていた少女に向けて、謝罪の言葉を交えながらそう帰宅報告を告げたのだった。
「かかってしまって…………えっ?」
告げたのだが……。
ドゴッ! バギッ! グチャッ!
「ギィッ! グハッ! ヒンッ!」
「……………………これは……一体」
彼を出迎えた光景はそれこそ言葉を失う絵面。
帰宅早々に数発に渡る殴打音が響く中、レオナルドがいきなり目撃した店内の光景というと、
「レオナルド……お帰り……待ってた」
「エミリア……誰を【殴っている】の?」
可憐な乙女である筈のエミリアがその拳を【真っ赤】に染め殴り続けていた。
長年の付き合いであるレオナルドからすれば普段は感情の起伏に乏しいエミリアだが、今回は何処か怒りや憎悪に満ち溢れた彼女の表情を見てそう言った。
「これ? この人……【勇者】……お客様」
「フゴフゴ……オ……俺が悪うございました……だがらもう殴らないで……おでがいでず……」
「あれ、おかしいなあ……勇者って人間にボコボコにされる役職じゃなかったと思うんだけど」
「コレ悪い勇者……だから殴ってた」
「じゃあ……しょうがない、のかな?」
けれども今までの冒険で培った冷静さと順応性だけは半端では無い彼は言葉を失いはしたものの、特に動揺もせず慌てて止めに入る気配も無く、
「……ハア……まあ、何があったのか知らないけど。とりあえずエミリア回復してあげて。この勇者さんの話は僕が聞くから。口利ける様にして」
「……分かった……完全治癒」
ため息を一つだけ吐いてから、そう指示した。
そうやって……ここまで何があったのかレオナルドは皆目見当すら付かないが、とりあえず現在の状況を整理するならばこうだろう。
「さあ、話を聞こうか? 勇者様」
「ひゃ……ひゃい、分かりました」
少女に顔を殴られまくり、青痣塗れの痛々しい姿の顔面の客が座っていたのであった。
レオナルドのよろず屋二番目となる客、異世界の勇者が……。
次話、明日の12月1日の15時にて更新。