5.ルシフェル様はアホだったようです
【ウゴアアアァァ!! オオォォォ!!!】
我輩は苦戦しておった……。
そんな今までにあげた事の無いような悲痛な叫び声をあげ、我輩は苦しみと痛みに侵された。
《ゴクリ……》
大魔王としての名を背負いし頃より数百年。
これまでの生涯で無敗の記録を誇り、人間共を軽く蹴散らして来た我輩だったというのに……。
その時だけは情けない事に、何とも無様に身を襲う激痛にただ悶絶しながら、とある【一室】にまで追い込まれてしまっていたのだ。
「うんごぉぉぉぉぉぉぉ!!」
……我輩は下痢だった。
《いや下痢だったんかいぃぃぃぃぃ! 開幕から話題が汚すぎんだろうがぁぁぁ!!》
【う〇こぉぉぉぉぉぉ!! グガアアァァ!!】
その時……我輩は魔王人生初めて己が無力さを悟り、嘆いた。
本当の【敵】は自軍の中にいると。
今も腹の中で蠢いている【こやつ】こそ我輩に恐れず刃向う、真なる怪物なのだと!
《いやいや!? どんだけカッコよく取り繕っても、只の腹下りだからね!? なに何なの!? たかが下痢如きで壮大そうな冒頭にしたの!?》
よって我輩は……モラルを守る為。
魔界治める大魔王の威厳を保つためにも……配下達の前で漏らさぬよう、トイレという名の一室に閉じこもる事を強要されてしまったのだ。
《下痢の時点で威厳も糞もへったくれも無いよ! あと結局、一室ってトイレだったの!?》
【おんのれぇぇ! 忌々しき勇者共めぇ!!】
その時……我輩は……呪った。
これも全て奴らの仕業だと……勇者達からのプレゼントが原因だったと、
《……はあ?》
ある日の事だった。
この闇の大魔王に唯一敵対する煩わしき存在。
光の象徴となっているあの勇者達は、
【大魔王ルシフェル殿。これ以上の争いは無駄と判断した。そこで我々は貴方に和解の足掛かりとして贈り物を用意した。どうか収めて欲しい】
和解の印だとそんな内容のメッセージカードを添えて、奴らは我が魔王城へ向けて丁寧にラッピングされたプレゼント箱を送ってきたのだ……しかも……その中身はなんとっ!!!
《なんと?》
【うひょお! これは《イチゴケーキ》ではないか!! 奴らめ、味な真似をするではないか! セバスチャン! 早速お茶の用意をせよ!】
【はっ! すぐに最高のお茶をお持ち致します】
そう……送られてきたのは我輩の好きで好きで、もう心底堪らない。
疲れた時の相棒……いや恋人ともいえる如何にも甘くて旨そうな、真っ赤な果実が乗った大きなイチゴケーキだったのだ……。
《おい……待て、まさか……》
そして眼前にイチゴケーキが展開された以上、我輩は己が信念に基づいて食わねばならぬ。
なので我輩はすぐに合う紅茶を用意させ、
【お待たせ致しました。本日ブレンドしたての最高の茶葉を使用致しました。きっと、イチゴケーキのお供に合う事間違いない事でしょう】
【よし! では、早速いただきまーす!】
我輩はすぐに合う紅茶を執事に用意させた後。
それからは銀のフォーク両手にもう……それこそ、好物を前にした空腹状態の野獣の如く、
【うんひょー!! 堪んないぞ、コレ!】
それこそまるで子供の様な食い方で、フォークを突き立てて勢いよくケーキを貪り食ったのだ!
己の口元を甘い生クリーム塗れにしてな! うむ……しかし今思えば、実に旨かった。
《待てぇい! 何で食ってんの!? そのケーキ敵地から送られてきた物なんでしょ!? それなのに何で躊躇なく食べてるんだよ!? 後、セバスチャンも呑気に茶入れてないで止めろよ!》
一応補足としてだが我輩の食べ方の流儀に乗っ取り、最後の楽しみとしてイチゴを外してからフワフワなスポンジ部分を食らっていった……。
《いや、アンタの食い方のこだわりなんかどうでもいいわ! この場で一番要らない情報!》
それで……その数時間後は先程の通り。
我輩が説明したようにだな……。
【ウオォォォォ!! 生まれる、生まれるぅぅ! 新たな子孫が繁栄されるぅぅぅぅぅ!】
ある時間帯に決まって起こる腹痛により幽閉。
我輩は魔王城のトイレの一室に閉じ込められ、毎日数時間に及ぶ【戦闘】に苦戦しておった。
《ガッツリ毒盛られてんじゃないか!》
……本当に苦しい戦いだった。
奴ら、腹の中で漂い我輩を幾度となく苦しめる。
それも意思を持つかの様に腹の中を暴れ回り、閉鎖空間に何度も導きおったのだ……。
厄介な事に追い出しても、追い出しても無駄、奴ら【ハラクダーリ】は我輩の中で繁殖を続け――。
《いや、もういいわ! アンタの腹事情は! さっさと本題行け本題! なんで魔王城が木っ端微塵になったのか教えろって言ってるんだよ!》
《……仕方ないな……分かった》
《ったく。しかもしょうもないモンスター名まで付けて……絶対この回想要らないよ……》
では時間を進めるとして、そう……あれは下痢となってから一週間程経った頃だったと思う。
最早日常の一環となってしまった、その腹痛との死闘をいつも通りに繰り広げていた時だった。
【おおお……ついに……終わりの時か!?】
連日ブリブリしていた長き日々を経て、ようやく死闘に決着がついたのだ。
何とか腹の中との脅威を排出しきり、実に晴れやかな気分で戦を制した勝者である我輩が、
【ふう、スッキリした……さあてと、後は……】
最終戦の”尻拭い”をしようと。
今朝新調しておいたトイレットペーパーに手を伸ばそうとした……その瞬間だった。
【攻撃魔法よ、我が魔力に応え爆ぜなさい! 極大爆発呪文《グランドエクスプロ―ジョン》!】
【へっ?】
そんな呪文詠唱が聞こえた途端。
眩い閃光が辺りを包んだと思えば、炸裂。
一瞬で眼前の景色が吹き飛んだという訳だ。
《勇者側……中々えげつなかったんすね》
なお声から判別した結果、詠唱者は勇者の仲間にいた魔法使いで放ったのは古くから世界に伝わっている最強魔法の一種、一時的に魔力の全てを失う代償として、その威力に還元するというとんでもない魔法だった。
《明らかに殺意丸出しじゃねぇか! 勇者達からどれだけ恨み買ってんだ、アンタは!?》
まあともかく、こうして魔王城は滅んだのだ。
我輩がトイレで悶えている間に、勇者達が放った強力な魔法によって崩壊させられた訳である。
これこそが、我が魔王城崩壊の真実だ……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「と……そう言った事情で。貴様には――」
「僕にはレオナルドって名前があるんだけど。救世主の名前くらいはちゃんと言ってほしいな」
「……ごめんなさい……我輩の口が悪かったです。レオナルド殿いやレオナルド様……どうかこの哀れな大魔王ルシフェルの城を復元してください」
「はいはい、分かったよ……依頼を受けた以上は責任を持って、直す事にするから安心して」
「……助かる。では乗ってきた愛竜である、ネオバハムートで我輩達の時空に送ろう」
……という馬鹿みたいな真実に加えて、本当にプライドがあるのか無いのか分からない。
大魔王という称号を持つ者にしては、このペコペコする様子から何処か愛嬌さえ感じられる。
「エミリア。ごめんだけど、店番お願いして良い?」
「任せて……もし私達の”愛の巣”に無断で立ち入る悪い奴が来たら……調合の材料にするから」
「………………。……なるべく早く帰ってくるようにするよ。この店で死体が出る前にね……」
「うん……早く帰ってきてね」
さらに間抜けっぽさがありありと滲み出ている。
こんな馬鹿大魔王の居城修理こそ、この【レオナルドのよろず屋】始まって記念すべき一発目となる始まりの依頼だったのだった……。
次話、明日の29日の15時にて更新。