43.二冊目のようです
辿ってきた日記は“二冊”だった。
そう、ここまでレオナルドが見てきた光景。
目の当たりにした出来事はあくまで一冊目。船長が常に懐に仕舞っていた日記だった。
では、もう一冊の持ち主とは?
(う……ううん。ここ……は?)
レオナルドが発動したユニークスキル。
物体に宿った記憶を辿る【万能―憑依記憶再現】には重要な欠点と制約があった。
それは【辿った物体から離れられない】事。
さらに【傍観する姿、状態を選べない】事。
分かりやすく言えば先までのレオナルドはよろず屋の主人としてではなく、海賊船の乗組員として日記の所有者である船長の元へ転移していたのだが、今回はというと……、
(ここは……どこかの城の一室?)
一冊目の日記が途切れ、意識を失った彼が次に目を覚ましたのは広い部屋。
それも素人目でも分かるような豪勢で金がかかった作りの部屋の宙にて、彼は覚醒した。
だが、先の乗組員とは違って一つだけ大きな変化があった。
(あ、あれ……体が動かない……声も?)
今度のレオナルドには自由な行動は出来なかった。
元より物体に宿った記憶を辿るという不安定な時間軸を巡っている影響か、先の船での異例を除きここからの彼は実体としての介入や記憶に登場する人物との会話は許されなかった。
(後は“視る事”しか……出来ないのか)
何かを考えたり、感じる事は可能でも今は傍観に徹する以外に出来ずにいたのだった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「私は反対ですぞ!」
ドンッ! と机を叩く音が空間に響いた。
貴族たちの会食や会談にしか用いられないこの会議室で、
「こればかりはいくらエリザベート姫の望みであろうとも! 海賊風情をよもや貴族に招き入れようなど笑止千万だ! このスプリークは断固として反対致します!」
叩いたのは白い正装に身を包んだ貴族スプリーク。
太り気味の彼は憤る感情に任せるようにして室内へ大きく声を響かせる。
「ふむ、気持ちは察しますぞ。スプリーク殿」
「姫君は貴方にとって妹のような方でしたからな」
「大切にされるのも分かりますぞ」
そして、彼以外にも他に部屋にいる者が数名。
いずれも貴族であると一目で分かる出で立ちであり、ある者は紅蓮のマントを羽織り、またある者は豪華な装飾品、ある者は冠らしき物を身に着けている。
「ふっ、流石は名家の方々だ。私と話が合う」
如何にも金の世界を牛耳ってきましたと、凡人とは生まれた環境と違うと言いたげな人物達。
スプリークはそんな恵まれた環境で育って来た同じ貴族に賛同され、得意げに笑いつつ続けてこう告げた。
「それにです。私には一つ疑念がございます」
「「「ほう疑念……とはどういう事ですかな?」」」
「そもそも、この会議の発端は姫君が【海賊に襲われた】という事から始まりました。そしてその窮地を見事救ったというのが今回の議題である【例の海賊団】という事です」
「「確かに……そうですな」」
「これまた変わった話ですが――」
「けれども……皆々様。何かおかしいとは感じられませんか? この出来事について――」
「「「と……言いますと?」」」
すると悪知恵の働くスプリークはその【偶然】という単語。
理論の外にある現象をいい事に惑わせて、根も葉もない虚偽を得意げに申し立てていく。
「これはあくまで私の憶測に過ぎませんが。ふと考えてみれば、余りに出来過ぎだと。もしかしたら奴らは低俗な身分からの脱却を狙い、エリザベート姫に近づこうと海賊同士で裏で手を組み、わざと彼女を危険に晒そうとしたのでは……と」
さらに真実を知る当のエリザベート姫と側近の二人が場にいない事を利用して、
「ま、まさか。いくらなんでも……それは」
「そんな。出航時間ですらこの国の一部の者しか知らぬというのに海賊如きが――」
「いいえ。所詮は海賊という卑しき下賤の輩。成り上がる為にはどんな汚い手段を取るか分かりません……奴らは我々の考えには及ばんのです」
妄言を言いふらし、垂れ流す。
スプリークは遠慮など微塵も見せずに悠々自適にへらへらと語っていき、何も知らぬ場の貴族を困惑させ懐柔せんと、
「ですから、私は待つべきと思います。確かにエリザベート姫は聡明なお方だ。幼馴染の私が言うのです、間違いはありません。ですがこの疑いの念が晴れるまでは待つべきかと。それこそ賢い判断と私は思います……どうでしょうか、我らが王よ」
そうやって……好き放題にエリザベート姫を救った海賊団を罵倒した後、得意げに彼は最後この会談の主催者である人物。
静かに上座に鎮座している“国王”へ向けて、堂々とした構えで向けたのだった。
「…………ふむ」
すると。この一連の会話を黙聴していた国王。
つまりエリザベート姫の父親は、
「確かに……スプリーク殿の発言も一理ある」
「ははっ! 有難きお言葉であります!」
王らしく威厳ある言葉遣い。
落ち着いた話し方で彼へと返答した。
事を荒立てぬ様に大人しく…………けれども?
「だが、スプリーク殿。これは私の見解だが」
「…………はい?」
「残念だが、それは誤っておると私は思う。実は私は以前に一度だけその船長と話した事があるのだ。まあなんというか実に清々しい人物であった。まさに一団の頭を張るに相応しい勇気と優しさを兼ね備えた、実に素晴らしい男だった」
「は、はあ。ですが……所詮は――」
対して……そう言葉を濁しつつ。
低俗な輩に対する高評価を認めたくないスプリークが無駄な抗弁をのたまおうとした矢先、
「そして。もう一つ私が彼を気にいる理由があってな。あまり褒められたものでは無いが――」
国王は彼の言葉を遮るように、その懐よりある一冊の書物を取り出した。
(!? 【アレ】はもしかして!?)
突如。レオナルドは驚いた。
天井で会議の様子を傍観している彼は国王が取りだした【それ】に思わず目を見開く。
「国王陛下。失礼ながら、その書物は一体?」
「ふむ。これは“エリザベートの日記”だ」
そう……国王が全員の目へ行き届くように高く掲げたのは姫の【日記】。
それもなんと【金の刺繍が刻まれた一冊】であり、王は一度テーブルへ置くと、
「昔から我が娘はあまり日記を書くのが得意ではなくてな。過去に何度かこっそりと盗み読みしたが、いずれも可愛げのないまるで報告書のようでな。見ても何の面白みも無い内容だった」
「そ、それがどうして……今回の話と?」
「うむ。まあエリザベートの沽券にかかわる為、中身については深く話せぬが――」
王は貴族一同を納得させるべく声量を僅かにあげ、全員へ向けた。
「【彼】と出会って以降だ。とても生き生きした文章を記すようになった。真面目、潔癖、聖女という一国の姫君を代表する品格としては申し分ないが、エリザベートには年頃の女性らしさや愛らしさが足りないのではと私は案じておった」
「ぐっ……そ、それは仕方ないかと。仰る通りエリザベート姫はこの国を代表する姫君であるため……多少感情の一つや二つを押し殺していただかなくては。私はそうおも――」
「だが今はどうであろうか。娘は航海中の彼との会話を楽しめば楽しむ程に、一輪の花の如く眩しく女性らしい可愛らしい顔をして戻ってくるのだ。だからこそ日記の文章にもそれが表れておる」
王はスプリークの言葉を押しのけ語る。
「うぐ……ぐぐぐぐぐ……」
名無しの船長が与えた娘への良き変化。
姫という鎧に覆われたせいで王である自分ですら垣間見る事が出来なかった心中を、
「……確かに【賊】という立場の者を貴族として扱うなどというのは諸君らにとって面白くも無い話だろう。それは正しい考えだ、否定はせぬ」
けれども今では安心させてくれる。
自分の娘は聖女や姫君という偶像では無く、ちゃんと感情を持つ一人の乙女だったという事に気が付かせてくれたから。
「だが私は先代の王とは少し違う。立場は違えども正しき者、善人こそが真に認められるべき。上に上がる好機が必要であると思っておる。だからこそ! 私は件の“船長”を信頼し我が国での貴族の地位を与えようと思うのだ!」
「ほほう、それは興味深いお話ですな」
「さすが我らが王。奥深く立派なお考えです」
「私は王の決定に異論はございません」
「…………………………」
そして国王はそれを表面に出してくれた彼。
彼女にとって良い刺激を与えてくれた海賊船長に向けて、前代未聞とも呼べる超特例措置の決定を貴族へ打診。
そのまま【貴族への昇格】を決定させた。
(そうか、じゃあこの記憶って――)
そうやって王の強い発言により会議は終了。
続けてレオナルドも再び場面が切り替わる間にて、レオナルドは確信した。
(二冊目はあのお姫様の日記だったのか)
ここは彼女の日記に宿った記憶だと。
何故か理由は不明だが、幽霊船長が持っていた金刺繍の入ったの日記の所有者はエリザベート姫であり、これは彼女の周囲で巻き起こった回想であると認識するとレオナルドは次の記憶へと意識が流されていくのであった……。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話は明日投稿予定です。
正午以降【直接投稿】致します。
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