41.転機の訪れのようです
人生の転機。千載一遇の奇跡。
そんな誰もが欲するチャンスは残念ながら呑気に足踏みしているだけでは手に入らない。
仮に絶対に手に入れようと躍起になるならば、これはもう奮闘して足掻く他ない。
それがたとえどれ程の茨の道。幾つもの苦難が待ち構えていようとも実行のみ。
気まぐれな奇行であっても自身の持つ意思を貫き通すならば、得られる転期は来る。
そうして……そんな中で運命的な出会い。
見事に人生の転機に巡り合った【幽霊船長】の場合はこうであった……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
エリザベート姫は怯えていた。
今まさに眼前で起きているこの戦闘に対して、長い金髪と幼さ残る麗しい姿の姫は身を震わせていた。
「姫! 早く船室へお下がりください!」
「ここは我々にお任せを! さあお早く!」
(神よ……わたくしの命運はここまでなのですか)
周囲に展開していた数隻あった筈の護衛艦が既に轟沈。
突如襲いかかってきた狂暴な海賊団からの奇襲に晒された末、
「「ヒャッハー! 追いかけっこだぜ!」」
「ほんとだ! 海での戦い方を知らねぇ!」
「乗り込んだら全員魚の餌にしてやるっ!」
「ゲヘヘヘヘ……もし女とかいたら残しとけよ! 後で俺達のストレス発散に付き合ってもらうんだからよ! ゲッヘッヘッヘ!」
もう大砲の集中砲火を浴びて既に見る影は無し。
一気に攻め落とされ、為す術なく銃殺、刺殺、斬殺された憲兵達と共に海底へと飲まれていった。
(神よ……わたくしはまだ死ぬわけにはいかないのです……どうか我らをお救いくださいませ……)
そして……エリザベートは城内に構える事が多い【姫】と言う立場上。本来であれば近衛兵によって守護される平穏に身を置いていたが故に、こういった賊の襲撃によりあっさりと人死が出る血生臭い光景がここまで恐ろしいとは思いもしなかった。
こんな大砲の直撃により絶命し、海へ投げ出される兵士。
またはその砲撃で吹き飛んだ木片に刺され、呻き苦しみ血を流して担架で船内に運ばれる現実に、
「セブル……」
「はっ! ここに!」
けれども……そんな生涯で感じた事の無い圧倒的な恐怖や絶望感から何としても逃れるべく、彼女は震える唇で側近を呼び寄せるとこう命じた。
「何としても逃げ切ってください。此度の会談に出られない事について異国の王にはわたくしから謝罪致します。ですからお願い致します!」
「はっ! このセブル。この身をかけてエリザベート姫のお命を守る事をお約束致します!」
「ありがとう。そしてごめんなさい……セブル」
そう謝罪を込めて彼女は命令を下した。
こうしてエリザベートと残る兵達を乗せたこの貴族船“グランクル号”は航路を大きくずらして必死に逃げていたのだった。背後から執拗に追ってくる襲撃船から……だが?
―― ―― ―― ―― ―― ――
「帆を全部張れ! 最高速度を維持しろ!」
エリザベート姫の運命はここで終わりではなかった。
狂暴な海賊に乗りこまれ、皆殺しの結末。またはその身を穢され奴隷の如く扱われるという想像だけでも身の毛がよだつ人生の終幕と違った。
何故ならその理由を証明づけるは、
「船員達全員に告げる! 何としてもあの貴族船を死守しろ! これは船長命令だ!」
「「ラジャー! あの貴族船を死守するぜ!」」
「「「戦いなら任せてくれ! 船長!!」」」
ここに救世主がいたからである。
偶然だったのか、はたまた運命なのか。
どちらが招き入れたのか不明だったが。
「よし! では攻撃目標を奴らとする! あの子供や女性にすら容赦なく危害を加える外道ども【ジルド海賊団】を早く沈めて、我々の手でエリザベート姫をお守りするのだ! いいな!」
「「オッケー! 俺達に任せてくれぇぇ!」」
丁度、姫の襲撃現場付近に居合わせた彼ら。
生前の幽霊船長率いる一団が、死の恐怖に怯えているエリザベート姫を救出すべく果敢に動いていたからであった!
船体の全てを追い風に任せるように勢いよく海面を掻き分け、進んで行く。
「その……緊急時に変な事を尋ねるけど、あの船は? それにエリザベート姫って?」
そして信頼されている船長の命令とあってか。
各々が守護対象と定められた貴族船を守るべく命令に従って着々と甲板で海戦の用意を整える中、レオナルドは当の船長へふと尋ねた。
この“日記の世界”を少しでも知る為に。
「なんだ? 知らないのか。本当に変わった奴だな。まあ簡単に言うとエリザベート姫はまだまだ若いのに貧しき民にとっては聖女みたいなお人でな。先日の私のように恵まれぬ者に救いの手を差し伸べる。そんな金と権威に目が眩んだ貴族の連中とは一線を画す、慈悲の深い女性だ」
「へぇ、やっぱりいつの時代もどんな身分でも心優しい人はいるんだね」
「ああ……だからそんな聖人な女性には亡くなってほしくない。いや、というよりはそんな美しい心を持つ女性があんな下衆な輩に殺される事などあってはならん。だから私が助けるのだ」
すると”名無しの船長”はハッキリと答えた。
名前が判明すれば【過去巡り】は終わりだが、未だ名を知る事が出来ない黒コートに身を包んだ船長かれレオナルドは自身の知りうるエリザベート姫の情報を聞かされた。
「さあ。これで満足だろう? お前も皆と同じ様に戦闘準備を整えよ。あの海賊団は手強いぞ。深手を負わぬ為にも武器を揃えておいた方が良い」
本当にただでさえ粗暴そうな偏見ある海賊というのに、仁義と優しさを兼ね備える彼は別時空から来た見知らぬレオナルドの身すらも案じて、そう命を下した。
対してその言葉にレオナルドは、
「分かった。それともう一つだけ良い?」
「いいだろう……手短に頼むぞ」
「そのエリザベート姫は……船長さんの憧れ的な。何かこう……特別な存在だったりする?」
船では絶対の船長命令を了承しつつ、最後にもう一つ追加で尋ねた。
「特別か……そういう節はあるかもしれんな。だがこれまで一目もお会いした事の無い女性だ。だからそんな特別な関係になりたいとは感じた事は無い。それに、なんだ」
「それに?」
「海賊という身分の私などが高貴な女性に好意を寄せるなど、身の程知らずもいい所だろう?」
「そ、そうかな……」
(どこまで謙虚な人なんだろう。この海賊団といいイケメンが多い気がする)
レオナルドは声に出さずとも心中でそう改めて感じた。
この海賊団は本当に善人の集まりなのだと。どうしてこの稼業を選んでしまったのかを不思議がり、ただひたすらに憂いていた。
(……でも)
だがそれ故になのか。
感心する彼の胸中はある『切なさ』や『哀れみ』の念が生まれ始めてもいた。
(こんな素晴らしい人でも“結果”は変わらない……ここはあくまで過去の世界だ。僕がどれだけこの海賊団を買っても……結局は――)
「おーいレオ! 早く準備しろ!」
「あの女の子の尻を追いかけてるクソ海賊を沈めんだぞ! お前も一員なら参加しろ!」
「あっ……うん。分かった! すぐに準備するよ!(いや、これ以上はやめとこう。もしかしたら、何かの偶然で幽霊船長になったのかもしれないし。下手に考えてもしょうがないからね)」
そうやって強引ながらも、頭に浮かぶ悲壮な念は即座に切り捨て、
「レオ。船が近くなってきたぞ、備えろ!」
「了解! すぐに準備してくるよ!」
今は船長の辿るこの軌跡に身を任せ、命令通りに戦いの準備を整えるのだった。
けれどもレオナルド、ましてや船長も気付いてはいなかった。
小さな事でコロコロと天候を変える海と同じく。
この生前の幽霊船長が起こした行動。危機に瀕しているエリザベート姫を助ける事が己の運命を大きく揺るがしていく事になるとは、
「乗りこむぞ! 全員覚悟を決めろ!」
「「「「了解だ! 船長!!」」」」
流石に【この段階】の彼にはその片鱗の認識すら出来ていなかったのだから……。
まさかこの救助があんな結末を迎える一歩目になろうなどとは……未来から来たレオナルドですら予想もつくはずも無かった。




