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40.悪人ではなかったようです


 ……生前の幽霊船長は()()であった。


「いつもすみません。本当に毎回毎回私達へこんなにも多くのお恵みを……」


「いえ、気にしないでください。これは私が恩人である貴方達に出来る唯一の恩返しなのだから」


 義賊。

 それは富豪から金品を盗み、貧しき者へ与える賊。

 主に()()()()()()()を胸中に秘め、行動をとる者の事を指す言葉であり、義侠心を持つ者と同意儀。


「貴方様はこの村の英雄です……。例え貴方の手がどれだけ血で染まろうとも、我々はいつでも貴方様を受け入れます。だって貧しき我々にとってはこの厚意こそ……この恵みこそが優しき貴方様の本当のお姿と信じておりますから」


 そして彼の場合は海賊という稼業。

 あまり大きな顔をして誇れるわけでは無いが、その堅気ではない海賊稼業を用いての敵船からの略奪および隠された宝を巡った海戦に勝利し、稼いだ金品あるいはそれを売却しての大量の食料の確保など、


「ははは、まったく大袈裟なシスターさんだ。いつも言っている筈です。これは私からの()()()だと。だから貴方達は気にせずにこの物資を受け取り、明日への命に繋いでくれれば良いんです」


 彼はそういった通常の賊らしからぬ行動。

 海の略奪者と恐れられる【海賊】の根底とは僅かにズレた善行と積んでいた。



「あっ、海賊のおじちゃんが来てる!」

「本当だ! 海賊のおじちゃんだ! わーい!」


「おお……少し見ない間に大きくなったな」



 そして、それ故になのか。

 はたまた彼の人柄の賜物か。


「海賊のおじちゃん! この前はお薬ありがとう! おかげでお母さんの病気治ったんだよ!」


「おや、これは珍しいお客さんだ。ようこそお出でなさりました。我らが英雄様」


「船長様。先日の件はありがとうございます。おかげで息子の一命を取り留める事が出来ました」


 いつの間にか彼の周りには人だかり。

 しかも、いずれも彼の来訪を喜び感謝の言葉を向ける者ばかりという、


「もう……皆さん! 英雄様はお疲れなんです!」

「ははははは……厳しいシスターさんだ」



 その信頼を置かれている者こそ作れる。

 何とも温かく微笑ましい光景が広がっていくのだった……。



 ―― ―― ―― ―― ―― ――



「……………………」



「どうした、不思議そうな顔をして。えっと、お前は……確か新入りの“レオ”だったか? まさか船長の施し見るのって初めてなのか?」


「……まあね。だから説明あると助かるかな?」


 そして、そんな“若き幽霊船長”の姿。

 今では彼の到着を聞きつけてか両若男女、その子供に至るまでに囲まれるという傍から見れば心がほぐれるような和やか光景が広がる中で、



「どうして海賊という立場なのにあの人は……」



 レオ。もとい()()()()()は木箱に腰を下ろしつつ、同じく隣で船長の様子を見守っていた副船長へ問う。


 すると彼も視線を船長達へ固定したまま、新参者のレオナルドへこう語った。



「まあ、かなり前の話だ。ある海賊団との派手な海戦があってな。そこでまだ新米船長だったあの人は大砲の直撃に巻き込まれて、気絶したまま海へ投げ出された。それで瀕死の重傷を負った末に、気が付けばこの島へ流れ着いたんだと」



 そう続ける様に副船長は言葉を並べる。

 自分が知っている船長の行動・情報、本人より聞かされた彼の性格について。そして……この()()()()の意味についてを、



「それで、あの人達に……」


「ああそうさ。そしてここから何とも泣かせる話でよ。アイツら自分達の食料や物資も少なかったってのに……ぜぇんぶ()()()()()()()()()()()()んだと。テメェらも苦しいに決まってんのに、アイツらは見ず知らずの船長を助けたんだ」



 その経緯を副船長は、本来()()()()()()()()()()筈のレオナルドへ語っていった。


 けれどもその“過去を辿っている”という特殊行為ゆえなのか……。



「とにかくだ。それがあの根っからお人好し【*$?&%船長】の身に起こった出来事ってワケだ……本当に立派な人だよ、あの人は」



(なるほど、だから彼は恩返しと。そしてやっぱり……日記の過去を全て見終わるまで、僕は幽霊船長の()()()()()()()()()ってわけか)



 と……目的の名前はまだ探れず残念がりつつも、レオナルドはかつての幽霊船長の懐の深さを知った。


(いつの時代も悪い海賊ばかりじゃないんだね)


 そんな命の恩人達住まう村の貧困を救うべく。

 農作物の種を初めとした貴重な物資の確保を済ませた後、船に積めるだけの大量の食料・交易をする為の金品を積み込み定期的に巡っていた事を承知する。


 そして……さらに。

 続けて副船長はレオナルドへこう向けた。



「良いかレオ。俺達はただのごろつきだ。人殺しの危ない連中だ。だが()()()()だけは違う。立場こそ海賊だが俺達はあの人の優しさ、懐の深さに惚れて仲間になったんだ。だから俺達の最大の望みは金でも女でもねぇ。船長の幸せこそが俺達にとっての最高の宝なのさ」



「……プッ、アハハハハハ! 本当にあの人はどこまでも皆から愛される船長なんだね!」


「ギハハハハハハ! ちげぇねぇ! でもオメェだってあんな英雄ぶり見せられたら、何かこうメラメラと心の奥で滾ってくんだろ。違うか?」


「いいや、違わないよ。僕もそういう人間の義理堅さや恩に報いようとする姿勢は大好きだよ!」


 だからこそなのかレオナルドは船長に好感を抱いていた。

 仲間から向けられる厚い信頼に尊敬の念。さらには自らを犠牲にして、他者へ分け与える事という誰にでも出来る事ではない尊ばれる行動。


(実際、一時だけならばまだしも。ここまで恩を忘れずに動ける人って本当に凄いよ)


 そんな偉大過ぎる二つの活躍にレオナルドは感服するのであった。



 けれども……。



「よーし。皆ご苦労だったな! ありがとう! おかげで今回の物資護送も上手くいった! 少し寂しくなるが、あの島民達は夢の自給自足が叶ったそうだ!」


「「「うおおおおおお! おめでとう船長!」」」

「「上手くいって良かったな! 船長!」」


(あはははは……戻って来た途端に凄い盛り上がりだ)


 この後彼は大きな運命のうねりを体験する羽目になる。

 こんな善人だった船長がどうして死してなお、


「では、出航の準備だ。全員持ち場につけ!」


「「ラジャー!」」 

「「任せてくれ!」」


 あの幽霊船長という姿に身をやつしてまで、()()()()()()()()()()()()()()()になったのかという真実へと至る記憶の始まり。その序章を目の当たりにするのであった……。


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