37.挑戦の時のようです(☆)
一言で言えばひび割れた男だった。
((こ……コイツが船長なのか!?))
((おっかねぇ……俺達殺されるのか!?))
船室より姿を現した“彼”を船員は確認した。
その如何にも船長という風格漂わせる屍人。
艶の無い白髪頭に被るは立派な海賊帽に、朽ちた肌は他の屍人船員と同じく血色の失われた冷色の肌という幽霊に相応しい存在。
「ハハハハハハハハ。そう怯えるな……獲って食ったり、斬り殺すのでは無い。ただお前達は素直に答えれば良いのだ……私の質問にな」
「……死者が俺達へ質問? なに? 生きている楽しさでも聞きたいのか? それともさっき俺達に聞いたあの言葉か?」
「ああ……そうだとも」
そんな如何にも幽霊船の船長らしい。
朽ちつつも姿形は船長としての原形を残すその名も知れぬ幽霊船長は“人魂”を己の周囲に漂わせながら、ティーチ達へこう問いかけた。
「では改めて……今一度尋ねよう」
その焼けただれた痛々しい痕跡残る不気味な口を動かし、彼はたった一つだけ捕えた生者であるレオナルド達一行に尋ねた。
「お前達は私の名前を知っているか?」
“自分の名は何か”と……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「はあ? お前の名前だと?」
ハッキリ言って意味不明であった。
「そう、私の名前だ。私が何者か。それを答えればお前達は解放してやろう。無傷でな。さあどうだ? 私の名を知っているか?」
通常の挨拶なら容赦なくぶん殴られそうな内容。
明らかに初対面の相手だというのに、幽霊船長はレオナルドとティーチに名前を尋ねたのだ。
「そうだな、悪いけど……そのモサモサとした黒コート着た奴には見覚えが無い。それどころか幽霊のお友達には心当たりがないんだ。悪いな」
だが。その答えは当然NOである。
一応考えた振りをして答えるティーチだったが、幾らあちこちの海を巡り旅した大海賊とはいえ今日初めて見たこの幽霊船の名すら知らぬのにその頭目の名前などはなから知る由も無い。
「そうか、ならば貴様らはもう終わ――」
「まっ! 待て待て待て! なあレオナルド、お前知ってるよな? なにせ世界最強パーティーにいたんだから。今や世界中の情報はお前の手中にあるって、隣の婆さんの婆さんに聞いた事あるぜ」
「それ絶対に嘘だよね!? 明らかに情報提供者死んでるよね!? でも、残念だけどこんな幽霊の知り合いは僕も知らないよ」
そしてレオナルドも右に同じ。
そう。誰も知る筈が無いのだった。
何故なら彼……その幽霊船長は――
「その……船長さんよ。なんつうか、質問を受けてる側として失礼なのは百も承知なんだが……俺からも一つ質問いいかな?」
「良いだろう。尋ねたまえ。船長」
「もしもの話だ。もし俺達がアンタの名を答えられなかったらどうなるんだ? 俺達それが気になっちまってさ。ほら見ろよ、右から三番目のアイツ、ギャレーって言うんだけど。さっきから聞いてくれってジェスチャー半端なくてさ。だから教えてくれるか?」
一度経験した事ならばまだしも。
この未曽有の脅威に恐怖を抑えきれずに震える船員達の代理でティーチは尋ねる。
その今までの危険な船旅で培った度胸を目一杯に振りかざし、飄々とした物言いで堂々と幽霊船長へ向けたのだった。
「フフフフ。ハハハ……そうだな。それを伝えておいた方がやる気が湧くというものか……よかろう。流石、船長の器を持つ者だ。怯えを知らん」
すると。幽霊船長はそんな彼の豪胆さ。
肝の据わり具合に感心の声をあげると、ふと自分の傍を揺らめいている【蒼き灯火】である“人魂”へ視線を向けて、一向にこう冷たく告げた。
「この人魂は雰囲気づくりでは無いのだ。本当に人の魂が宿っているのだ。この海域、我らの霧の中へ迷い込んだ生者達のな……」
彼は所々千切れた帆を張るマスト付近。
他には見張り台、船主、船尾、彼らのいる甲板上など、その船の至る場所に漂う人魂達の正体を口にし始めた。
これはかつて人間達の魂であったと。
この海域に迷い込んだ生者達が変わり果てたものであると告げた。
「……っつう事は」
つまり……それはとどのつまり。
彼のその言葉が指す真実はというと、
「今アンタが言った事が本当だとして、もし正解を俺達が導けなかったら――」
「そう、お前らは【人魂になる】だけだ……例外は無い今までの海賊団と同じ運命を辿る。私の持つ呪力でお前達は船の一部となるのだ」
そう……魂の剥奪。
彼が持つという魔力とは違う呪われた力“呪力”を用いて船員達全員の魂を抜き取った後、船の明かり代わりとして人魂に変えると幽霊船長は不気味に微笑みつつ告げた。
「……そうかい」
すると……。
そんな世にも恐ろしい船長の返答。
処刑方法が明かされた瞬間であった。
「……あのよ、幽霊船長さん」
「うん? どうかしたか?」
ティーチの頭にある疑念がよぎる。
出来れば当たってほしくない、とても嫌な予感。
けれども、彼はそれを確認すべく躊躇う事無くその疑問を幽霊船長へぶつけた。
「追加質問なんだが、その海賊の中に【青い長髪の女海賊】はいなかったか?」
(なっ!? ティーチまさか!?)
……すると?
「ああ……知っているとも」
「「!?」」
レオナルドもティーチも信じたくは無かった。
だが奇しくも予感は的中してしまったのだ。
そう……その青髪をした女性とは――
「確か【キャット】と言ったか。勇敢な人物であった……女性にも関わらずお前と同じ立派な船長の器を背負うに相応しく。逃げる事を選ばず、仲間の為に私の情報を懸命に探った。だが残念ながら彼女の魂は“敗北を認めた”。だから今ではこの船の何処か――」
ヒュン!
「「「んなっ!?」」」
「ほお……やはり大した船長だ」
それは喉元までほんの数センチ。
あと僅か前へ動かすだけで刺せる距離だった。
「「「テ、ティーチ船長!?」」」
「そのままだ。そのまま両手をあげな」
「………………………………」
その質問の答えを聞くや否や、会話中に紛れて縄を解いていたティーチは素早く武器のサーベルを勢いよく引き抜き、即座に幽霊船長の喉めがけて剣先を向けたのだ!
それも、誰もが呆気に取られる速度で、
「テメェ!? 船長になんて事シヤがる!?」
「黙ってろ三下幽霊が! いいか冗談は許さねぇ。今すぐキャットを解放しやがれ……いいな?」
まさに……一転攻勢。
この海で死線を潜って来た彼ならではの技。
その神懸かりとも呼べる早業で状況を変えた。
時間としてはほんの数秒の出来事だったが……ともかくこれで事態は好転――
「愛する女の為か……。ハハハハハ、私もそんな時があった……のかもな。まあよい」
「けっ! 無駄な御託並べてんじゃねぇぞ! 早く解放しろって言ってんだよ! でないと喉元をこのまま抉りだして喋れねぇようにするぞ!」
……した筈だった。
だが次の瞬間!?
「フフフフ……そうか。ならばこれでどうだ?」
グサリッ!
「……んなっ!?」
「「ひぃっ!? 嘘だろ! なんてことを!」」
「「あの亡霊野郎! 自分からいきやがった!」」
すると……信じられない事に貫いた。
ティーチの剣先が彼の喉元を貫いたのだ。
だが無論。
これは彼が刺したわけではなく、むしろ――
「ハハハ……どこまでも勇敢な船長だ。だが残念。お前に死者を殺す事など出来ない。私は死なない、死ねないのだ。己の正体を思い出すまではな。逝く事は出来んのだ……」
まさかの幽霊船長自らが前へ。
その喉元狙う剣先へ自ら進んだのだ。
だからこそ剣は持ち主の意図とは関係なく、
「さあ。返事を聞こうか?」
「うう……くっ……ぐぐぐ」
その喉どころか首を貫き抉ったサーベルが今では幽霊の首部にぶら下がる中。
初めて幽霊船長に恐怖を抱いてしまったティーチはその場に崩れてしまった。
すると?
「分かった。僕がその挑戦を受けよう」
すると恐怖に吞まれたティーチの代わりとして彼がその魂の提案に立ちあがった。
「レ、レオナルド!?」
「幽霊船の件で依頼をしてのは君だ。それでキャットを助けるんだろ? 君はその為にこうして命張って航海に出たんだ。ならば僕はそれに応える」
「で……でもよ。こんな無茶苦茶な事!」
「無茶でもやるしかないんだ。それに僕だってキャットに会いたい。かつての腐れ縁の仲間としてね。彼女から裏切りの理由を聞いて、また笑って酒を飲み交わすまでが僕の負う依頼なんだよ」
そう、レオナルドはその恐れなど抱いていない真っ直ぐな目線で慄いていたティーチへ向けた。
恐怖など微塵も覚えていない様な勇ましく鋭い眼を伴って、ハッキリと全員へ告げたのである。
「ほほう……勇敢な若者だ」
すると、眼前で執り行われた一部始終。
レオナルドの勇姿を見届けた幽霊船長は、
「よかろう。時間の制限は設けん。自由にこの幽霊船を探るが良い。ただし……貴様の心が敗北を認めた時点で終わりだ……それでいいな?」
「それでいい。このレオナルドが受ける」
「ハハハハハ……交渉成立だ。それではすぐに開始するがよい。私の名を……正体を暴くのだ。そこにたどり着いた暁には人魂達を解放し、元通りの姿でお前達の前に戻そう。約束だ」
彼の挑戦を受理するのであった……。
「……レオナルド」
「どうしたの?」
そして……始まった。
今回はこの霧中を彷徨う幽霊船という奇抜な場所にて、
「わりぃ……頼んだぜ」
「気にしないで。僕と君の仲じゃないか」
レオナルドは捕らわれた黒ひげ海賊団。
そして既に魂を抜かれてしまったキャットを救うべく、
(解決しよう。この依頼を)
依頼&挑戦通りに、この幽霊船長の名を暴く事を決めたのだった……。




