36.結局捕まったようです
謎が謎を呼んでいた。
「ティ、ティーチ船長……どどど、どうして」
「分からん。幾ら俺でもコイツは分かんねぇ。だが、たった一つだけ確実に分かる事はある」
「その分かっている事ってのは?」
「これが夢じゃなく、現実の出来事って事だ」
まさにあり得ない現象だった。
先まで後方にいた筈の“幽霊船”。
それも継続的に突き放していた死の船が、
「ハア……まあ、とりあえずだ。こうなっちまった以上俺達に出来る事はもう一つしかないな」
それが今では何故か前方“正面”へ移動。
そのままこのティーチの乗る海賊船《アン女王の復讐号》を轢き潰さんと立ち塞がったのだ。
もうそれは船の常識……いや物理の常識すら役立たない余りにも非現実的な現象。
そして常識的に考えられない光景だからこそ航海に慣れていた船員たちを圧倒した。
「「せ、船長?」」
「「ここからどうすんだ!?」」
約一名の例外を除き、全員が驚愕。
船長のティーチは勿論。
副船長もとい海尉艦長のバラス。
海尉のギャレー、航海長のシュラウド。
他にも軍医、主計長、果ては見習いの水夫達に至るまで船員全員が、
「全員、武器を捨てて投降しろ。いいな、これは船長命令だ。戦闘の意思を見せるんじゃねぇぞ。後退出来ない以上どのみち逃げられねぇ」
その荒れ、朽ちた船首から向けられた大砲。
直撃すれば甲板に余裕で穴を開けられる大砲に睨みをきかされる中。
「「わ……分かった! すぐに捨てる」」
「「「船長の言う通りにするよ!」」」
伝わるかは不明だが一行は降伏。
「レオナルド。すまねぇ」
「気にしないで。こんな事もあるよ」
「こんなって……お前の神経太過ぎないか?」
「はは、それより僕が気になっているのは――」
前進しか許されない船という構造上。
その道となる前を見事に塞いでいる他。
今にも発射できる敵船首の大砲に睨まれている以上、強引に逃れる術なども無く、
「「「船長命令により降伏する!」」」
「「「俺達に戦闘の意思はねぇよ!」」」
黒ひげ海賊団は文字通り“白旗”を掲げ、砲撃をされる前に降伏の意思を見せるのであった。
「……何だ? 後方にいたあの幽霊船がいきなり前に出てきたトリックでも発見したのか?」
「まあね。それに近い事が気になってね。まあ、とにかく今は大人しく幽霊たちに捕まろう。このままこの船が沈められる前にね……」
「ああ、そうだな。まあいざとなったら死ぬ気で反乱を起こしてやるさ。怪物だろうと幽霊だろうと妙な手品で俺をハメた事を後悔させてやるぜ」
(手品……か。そんな単純ならいいのに……)
裏である疑念をよぎらせながら……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
まさに屍人。
「ギギギ……感心だナ、お前ら」
(けっ、なんつう薄気味悪い面だ……)
その、見るだけで冷たく感じられる。
人間の艶のある肌色とはかけ離れた、血色とは程遠い青混じる薄気味悪い皮膚。
「オレはこの船の副船長だ。宜しくナ……だが本当に大人しく捕まるとは、お前らの船長は冷静で優秀ダ。ギハハハハハハハハハ!」
幽霊と言うに相応しい形こそ人であれど血は完全に凝固し、中身を垂れ流したりはしていないが胴体の一部が欠損しているという不気味な見た目。
「けっ! そりゃどうも。出来れば美女に褒めて欲しいもんだがな。未練たらたらの幽霊さん?」
「イヒヒヒヒ! 素晴らしい、流石船長の器だ。このオレ達を見て悪態とは。全く……自慢の鞭たたきで背中の皮を引っぺがシてやりてェ!」
そして船の様子も同様に不気味だったがとにかく。
レオナルドとティーチ率いる黒ひげ海賊団は全員捕縛され、身動きもろくに出来ない状態で幽霊船に乗せられていたのだった。
「「おい馬鹿船長! 余計な悪口言うな!」」
「「そうだよ。本当に鞭たたきになったらどうすんだ! メッチャ痛いんだぜ、この馬鹿船長!」」
「テメェら、俺が鞭たたきしてやろうか……」
なお。同じ海賊として温情なのか、彼らが乗っていた《アン女王の復讐号》は船尾の紐に括りつけられ、別の亡霊が操舵する形で残されてはいた。
「ギハハハハハ……ではお待ちかねの時ダ」
「「「ヒィィィィィ! ま……まさか!」」」
「「むむむ、鞭たたきだけは勘弁してくれ!」」
「ギハハ……どいつにしようかな? それとも今すぐその首を落として、あっさりと殺して――」
「おいクソ幽霊。俺の事をどうしようと勝手だが、仲間に手を出せば魚の餌にすんぞテメェ」
そうして現在。降伏から半時間程。
それなりに時間が経過した今はというと、
「ギヒヒヒ、ギヒャヒャヒャ! 流石は優秀な人物ダ。仲間思イの勇敢な船長だお前は。まあ、こんな見え見えの脅しに屈する事ねぇカ」
縄で縛られた捕虜に向けて脅迫であったり。面白がってなのか少しでも怯えさせて従わせてやろうと問答し、屍人副船長は不気味に笑っていた。
「へっ……俺もこれまでの人生で死線は潜り抜けてきたからな。アンタらと違って“生きて”な」
だが……そんな雰囲気の中でも跳ねっ返りはいるようで、仲間は怯えさせられてもここまでの人生で図太く逞しく生き残ってきたティーチに限っては全て弾き返し、逆に煽りまで入れる始末。
((へへへへ……ティーチ船長、流石だぜ))
((俺達だけだったらとっくに恐怖で死んでる))
(アハハ……さすがティーチだ。幽霊相手でも悪口を止めないなんて。流石一団の長だよ、全く)
そして同時にこれが仲間たちのとっての希望。
どんな強敵だろうと、本当の恐れを知らぬ。
いつも通りに敵を煽る光景、突き崩れない船長の強さが仲間たちの精神を維持させていたのだ。
しかし?
「さて……ではそろそろ」
「「「そろそろ?」」」
それはすぐに限界を迎える。
「そろそろ……お前らの運命が決まる瞬間だ。この船で“永遠に彷徨うか”か“挑戦する”かを決めてもらうゾ……ヒヒヒヒヒヒヒ」
「……で、それ誰が決めんの? お前か? お前みたいなチンケな幽霊に運命に握られちゃうの?」
「いや違う。残念だが俺に決定権はない――」
「そうかい。じゃあジャンケンで決めようぜ!」
「「「「そいつは名案だ、船長!」」」」
変わらず口の減らないティーチ。
そしてそれに賛同する様に場を騒ぎ立て、僅かでも気分を明るくしようと奮闘する船員達。
「よおし! じゃあ多数決でジャンケンな。俺『パー』出すからな! 皆は『グー』出して俺に決定権を寄越せよ! 大丈夫だ、悪いようにはしねぇ。そうだな……俺の奴隷として一生働くか、後は俺の歌に付き合ってくれる奴が欲しいな」
「よし、皆! 凶器であの馬鹿船長を刺し殺すんだ! 遠慮は要らない!」
「「「アイアイサー! レオナルドさん!」」」
「待って!? 嘘だから、ちょん切らないで!?」
そんな船長ティーチの必死の計らい。
くだらない三文芝居、茶番を挟んで船員たちの恐怖心を少しでも和らげて払拭してやろうと懸命におふざけに回っていたのだが……残念ながら直後にそれは水泡に帰す結果となり果てる。
何故なら。
「ヒヒヒヒヒヒヒ! 本当に悪口の減らん船長だ。だがそんな無駄な強がりが、勇敢さがいつまで続くのか楽しみだ……ねぇ、我らが“船長”?」
《ああ……そうだな。副船長……》
「「「「「!?」」」」」
瞬間、空気が一変させられたから。
何者かより発せられたその一声。そして続く船室のドアが開く音。
そのギィィィィィ、と木の軋む開閉音が響きつつ……その冷たく甲板に響いた一言がレオナルド達の耳を刺激した。
「「ガタガタガタガタガタガタ……」」
「「……カチカチカチカチ」」
しかし、それだけで充分だった。
そんな動作二つで全員の背筋を凍結させたのだ。
「だが……随分と賑やかそうであるな。副船長?」
「ウッ……も、申し訳ありまセン……おふざけが過ぎました。少し調子に乗ってシマって――」
まず先に開いた船室からは瘴気の漏れ。
シュオオオオオ……という音と共にどす黒く冷気に似た不気味な空気が漏出。
「ご、ごくり……ついに出てくるのか」
「凄い気配だ。ティーチ、気をしっかりね」
「ああ、大丈夫だよ。ったく、派手な演出しやがって。おかげで皆またブルっちまったぜ……」
だが、こんなあからさまな気配だからこそ……この緊迫した場には効果覿面。
案の定ティーチも含めその禍々しき気配に圧倒され一行は激しい悪寒に襲われた。
それこそ血が逆流するのではないかと疑う程に、
「キヒヒヒ……茶番はもうここまでだ。いよいよだゾ。いよいよ我らが船長のお出マし……ダ」
(へへ……半端ねぇ気配だ。流石は幽霊の親玉ってところか。へっ、足が震えてやがる)
(アレが船長……でも僕らの持つ魔力の類は感じられない。ならばこの霧の空間は――)
そうして。
満を持しての登場。
船員たちが未だ怯えてカチカチと顎を鳴らす中で、ついにその人物がティーチとレオナルドの前へ現れ出でる。今話していた副船長とはかけ離れた強力な気を放つ存在。、
「ハッハッハ……私の船へようこそ。そして一つ尋ねよう……一つだ。必ず答えよ」
その只者ならぬ冷たく、凍えるような。
気を抜けば魂を持っていかれそうな存在。
死神とも呼べる程の負のオーラを纏う、
「……お前達は《私の名》を知っているか?」
その【幽霊船長】はそう告げたのだった……。




