31.いつもと違う一日のようです 【3/3】
男はクールに去るもの
そこには美女が眠っていた。
「これは……なるほどね」
「今から一週間くらい前の夜だ。姉御は食材を確保する為に森へ狩りに出かけたんだ。でもあまりに帰るのが遅いから見に行ったら、もう既に“その状態”だった……」
年齢相応に成長した大きな胸、腰のくびれ。
他にも鍛えられ引き締まった太ももなど、そんな男性を魅了する要素に事欠かぬ美女はただ静かに死んだ様に眠っていたのだ……。
「【寄生昏睡症】か」
「!? わ……分かるのか!? その病気が!?」
「分かるよ。何度か見た事があるからね。それにこの症状は回復魔法では治せない」
「なっ!?」
「じゃ、じゃあ姉御は!?」
だが……その女性の魅力を削ぐように。
服の間から見えるその肌のあちこちには世にも珍しい銀の斑点が広がっていたのだ。それも食らい尽くさんと大量に……。
「……どうやって治療すればいいんだよ!?」
「お……オラ達! その姉御がいなくなっちまったらやっていけねぇんだ! お嬢ちゃんをさらった報いならどんな罰でも受けるからよ! 何としても姉御を救って欲しいんだ! 頼むよ!」
まるで意思を持つかの如く僅かに蠢くその奇妙な斑点に対し、治療法どころか病名すら知らなかった二人。その内のビッグについては、そう己の無力さを嘆き懇願していた。
対して……それを聞いたレオナルドは、
「で、君はどうなんだい? 事情はさっき聞いたけど……ヴァンさんは何を捧げられるんだい?」
「レ、レオナルド……そんな言い方……」
「エミリア……これは大事な事なんだ。事情はどうであれ僕は自分の仲間をさらわれたんだ。そんな奴を“笑って助ける程の優しさ”を僕は持ち合わせてない。だから、もう一度確認するよ」
「………………」
「このまま衰弱死するかもしれない彼女をもし助けられるとしたら、君は僕に何を捧げる?」
非常に鋭い眼差しだった。
返答次第では即座に見捨てられるとも取れる程の重く冷たい彼の視線がヴァンへ襲い掛かる。
「……この命をやる。俺達にとってフォルテの姉御はそれ程大切な恩人なんだ。だからもし助けてくれるなら焼くなり殺すなり。アンタの好きにしてくれ。但し……ビッグと姉御だけは見逃してやってほしい。俺の大切な仲間なんだ……」
だが……ヴァンはそれに屈服はしなかった。
慄く様子も、言い訳も一切せずに。
ヴァンは恐れずにそうハッキリ言い切った。
仲間思いの彼は見事に男を貫いたのである。
「…………。少し待っててね。今からこの毒の解毒成分を調べ直すから。【万能―病毒検閲】を発動」
対してレオナルドは頷き一つで承諾。
多くを語らずに彼の覚悟を受け取り、首領であるフォルテの診断に移行。
本来なら非常に厄介な病【寄生昏睡症】。
病例が少ない為治癒に必要な薬草の判別や解毒薬を生み出すのに苦労する病なのだが……。
―――――――――――――――――――――
【病名】……寄生昏睡症
【概要】……満月の夜、森の深部にて極稀に生えるという【ドックリキノコ】の胞子が原因で発症。
胞子を吸い込んだ人間を数時間後に昏睡症状に陥らせた後、銀の斑点が全身の組織・栄養を食い尽くし、患者をそのまま衰弱死させる事から『寄生』の名前が付けられたという非常に珍しい病。
【注意点】……治療には回復魔法では進行を抑えられても治癒は不可能の為、自然界にある薬草を調合した“解毒用の軟膏剤”を塗る必要がある。
【解毒材料】……以下の物を調合せよ――
―――――――――――――――――――――
「なるほど。今回の解毒材料はコレか」
しかし万能を使えるレオナルドの前にはそんな問題点など障害にもならずに、いとも容易くあっさりと解毒材料の判別に成功した。
「でも――」
そして……その症状の進行具合から鑑みるに。
あまり時間が無いと判断したのか、それ以上ヴァンを問いただす言動は一切せず。
すぐにその眠っている長いピンク髪の美女フォルテの治療を開始せんと動きだす。
「エミリア」
「どうしたの……レオナルド?」
「思っていたより進行が速い。だから回復呪文で少しでも進行を遅らせてもらえるかな?」
「貴方は……どうするの?」
「僕かい? 僕は――」
すると……そう彼は毒の解析を済ませエミリアに的確な指示を送った後。祈るようにこちらを見守る盗賊二人組の方へ視線を動かすと、
「さあ! 二人とも祈ってないで仕事だよ!」
「「し……仕事? 一体何を」」
「僕と一緒によろず屋に来るんだ。それで解毒軟膏の材料を見つけること! それで君達の大切な人を救う事が出来るんだ! 祈ってる暇あるなら死ぬ気で手伝うんだお二人さん!」
「「ら! ラジャー!」」
エミリアに進行を食い止めてもらう間。
彼はそう希望の言葉でヴァンとビッグを奮起させるとアジトから飛び出し、材料を爆破しようとしたよろず屋へ全速力で取りに行くのだった……。
―― ―― ―― ―― ――
状況から察するに……そう、彼女。
自分達の盗賊団のボスであるフォルテの回復。
それこそがヴァンとビッグの望みだったのだ。
「あ……兄貴……まだかな?」
「黙ってろ、ビッグ」
「で……でもよ。オラ、不安でよ……」
そして現在。二人はただ待っていた。
【万能―超調合】で寄生睡眠症を治す為の唯一の塗り薬【超消し軟膏】を作成。
続けてエミリアがフォルテの体を蝕んでいた銀斑点を全て消すように軟膏を塗り終えた後。
「斑点は全部消えた。だから後は信じるんだよ。あの恩人の待てという言葉と姉御の体力をな」
「わ……分かった。オラ、信じるよ」
後はただフォルテが目を覚ます瞬間。
その時を固唾を飲んで見守るだけだった。
………………そうして?
「う、ううん……あれ? オレは一体?」
「「!?」」
待望の時来たる。
「あああああ……」
「あね、あね……」
「おや、二人共どうしたんだい? そんな泣きそうな顔してまるでオバケでも見たって顔――」
「うおおおおおおおおおお!! 姉御ぉぉ! フォルテの姉御ぉぉぉぉ! 良かったぁぁぁぁ!」
「なっ! どうしたんだ、いきなり!?」
眠れる盗賊の美女、起床。
日数的には数日ではありつつも、嬉し泣きを浮かべた子分二人に抱きつかれながら長き眠りからフォルテは目を覚ましたのだった。
「お、おいビッグ! 早く外のレオナルドさん達に姉御が目を覚ましたことを知らせて来い! 約束した礼はキッチリとするって言って来い!」
「えっ!? でもオラ、まだ姉御に甘え――」
「いいから早く呼んで来い! 兄貴命令だぞ!」
「わ……分かった! ま……待っててね!」
そして感動の一時をその身に感じつつビッグは彼の言う通り、部屋の外で待機している筈のレオナルド達にこの朗報を伝えんと……、
「ねぇねぇ、姉御目を覚ましたよ! 全部二人のおかげだ!」
ビッグは人生で一番勢いよく部屋を飛び出す。
なお勢い余ってドアノブを外してしまっていたが……今はそれに構う事無く、
「だからオラ達の出来る礼なら何でも自由に言って――」
彼はノブを片手に部屋の外。
そして首を左右に何度も振って彼らの姿を確認しお礼を言おうとした…………だが?
「あ……あれ?」
しかし誰もいなかった。
「ふ……二人は何処に行ったの?」
もうそこには誰もいなかったのだ。
アジト中を探してもレオナルド、エミリアの姿は何処にも見当たらなかったのであった……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「レオナルド……お礼……要らないの?」
「感動シーンに邪魔者はいらないでしょ」
「……もう……カッコいいん……だから」
対して……その肝心の恩人達二人は外。
レオナルド達はその感動と再会の場に水を差すまいと盗賊団アジトから離れていたのだった。
《姉御ぉぉぉ! 本当に良かったぁぁ!》
《ううう……オラ、涙で前見えないよぉぉ!》
そして案の定、アジトから男二人が泣く声。
感動の声を聞きながら、レオナルドとエミリアは僅かに微笑みながら日の落ちる帰路を歩く。
「でも……なんで盗賊助けたの? いつもなら……あんまり助けたりしないのに……」
「まあなんて言うか、フォルテ盗賊団はダンジョンの宝とか、悪党の溜めた宝しか狙わない人達らしいからね。だから助けたのさ……それに」
「それに?」
「守りたい大切な人の為に堂々と命を張れる男の望みを蹴る程、僕の性根は腐っちゃいないさ」
「フフフ……レオナルドらしい……の」
と、こうして……。
レオナルドにとっては何気ない日常。
よくある人助けの一日を無事に終えるのだった。
次話、新章突入。
そして次に投稿日についてなのですが。
約一週間後、三が日の終わった【1月4日】予定。
投稿時間は今回と同じく【正午以降】にします。
理由としては後述で色々あるのですが(´・ω・`)
・どうしても次章の“あるキャラ”の挿絵を描きたいので、その為の時間を少しでも確保したい点。
・そして私情ですが、三が日は多分それなりに忙しく。
執筆時間の確保が出来ずに最新話が途切れてしまい、せっかく【新章】へ突入したのに。
序盤から期間が空いてしまい、読者様がダレてしまう可能性があるならば……と決断。
年始の催しで忙しかった皆様の手も少しずつ空き始めると思われ、まだ小説を読みやすいと思える三が日後に決定致しました。
なお投稿としては【30日】頃に短編を一つ投稿し、今年を締めくくらせて頂きたいと思います。
それではユーザの皆様、来年もこの【レオナルドのよろず屋】をお願い致します( ゜Д゜)




