30.いつもと違う一日のようです 【2/3】
彼女は強要されていた。
「はあ……はあ……」
「良いぜ、お嬢ちゃん。その調子だ」
「うん……でも少し疲れるの」
「ダメだ。このまま続けるんだ……それともやっぱりあの店を吹き飛ばされたいか?」
「ダ、ダメ……それだけはダメなの……」
だが断れば容赦なく今の理想生活が崩壊。
その拠点【よろず屋】が破壊されてしまう。
彼女がようやく掴んだ夢の生活の終焉。
大好きなレオナルドとの共同生活&愛の巣が危険に晒されたが故に……従っていた。
「ハアハア……頼む、こんな事アンタしか頼めないんだ……だからもう少ししてくれ」
「はあはあ……でもこれ……私じゃあ」
「良いから。さあもう一度……やるんだ」
「わ、分かったの……私やってみる」
……と、そんな荒い息が室内に漂う。
明らかに怪しく異質な雰囲気の中。
「兄貴! ヴァンの兄貴!」
「なんだっ!? 今良い所なんだぞ! ってか急に開けんな! もしこの状況を他の盗賊団にでも見られたらどうすんだ、テメェ!?」
バンッ! と勢い扉が開かれたかと思えば、屋上で見張りをしていた弟分ビッグが慌てた様子でエミリア達がいる部屋を開けた。
「ご! ごめん。で……でもよ。兄貴――」
「言い訳はいらねぇ! 良いか? 今が一番大切な時なんだ。だからこちとら誘拐までして――」
対して、兄貴分ヴァンは相当集中してたのか、情けない姿を晒して戻って来たビッグに激昂。
暴力は無かったが、それこそ外にまで聞こえるような大声でヴァンは彼を怒鳴りつける。
しかし。
「で……でも、そ、それどころじゃないんだ!」
通常であればその一声で彼は沈黙。
だが今回はどうしたことか珍しい事に、その怒声はビッグの耳に届く事など無く。
「良いから一回外の様子を見るんだよ! そうすれば兄貴も分かる筈なんだ! さあ、早く来て!」
「……チッ、分かった……今行くよ」
その明らかに只事ならぬ状況について。
自分の声すらも通らないまでの酷い動揺を隠せぬ弟分を見兼ねてか、行為中のエミリアを部屋に残すとヴァンはそのまま屋上へ向かったのだった……すると?
―― ―― ―― ―― ――
「…………嘘……だろ?」
それは……これよりの破滅を約束、世の終わりを象徴する様な驚愕の景色だった。
ただひたすらに……己が目を疑う様な圧倒的過ぎる程の光景が盗賊達の視界を奪った。
「……分かったでしょ、兄貴? オラ馬鹿だけど"あのモンスター"は図鑑で見た事あるよ」
「これ……夢じゃねぇよな」
「うん。オラ、30回くらい自分をビンタしたけど目が覚めなかった……現実だよ、これ」
「………………」
最早それは短気なヴァンも思わず絶句する程。
そこまでに凄まじい光景は二人を圧倒……いや、むしろこれは光景というよりかは、
「ああ……ああ。只今メガホンのテスト中……テステス……よし。じゃあ単刀直入に言うよ! そこの小屋にいる奴らへ告げる! 今すぐウチの看板娘を返すんだ! 大人しく投降すれば命は取らない! だからこのまま僕の指示に従えっ!」
「だだだだだ……だってよ兄貴……早く投降した方が良いって絶対……だってあんなの……」
「ち、ちくしょう……あと少しだったのに」
まさに生きた心地が無い絵面だった。
心臓を握られ、そのまま氷漬けにされるみたいな度を越えた激しい悪寒を覚える程の顔ぶれ。
「でも、もし! 指示に従わないのなら……」
((ご……ゴクリ! しし……従わないなら?))
見ただけで絶望、目が合うだけ失禁。
睨まれただけで戦意消失、威嚇だけで心肺停止。
そんなまだ戦闘にも突入していない筈だというのに、敗北を選ばざるを得ない危険度誇るその【4匹】は主人であるレオナルドの指示の元。
「その……この状況見れば分かると思うけど!」
((まままままま……まさか!?))
自分達のアジトを取り巻くかの如く東西南北に配置されるは、なんと世界公認の最高危険度《SSSクラス》のモンスター達。
「この僕の知り合いが容赦なく、小屋だけでなくここら一帯ごと即座に消し飛ばすからね!」
「「うそぉぉんっ!?」」
それはまさに災厄とも言える。
4つの絶望が凝視していたのだった……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
《主殿との盟約……果たそうぞ》
まず北には狂暴な魔獣の長【ブラッド・エイプ】
両拳を振り下ろすだけで地を割るという、森の暴君と恐れられた凶悪な紅蓮巨獣。
《焼ク……女ノ子以外、焼ク》
次に東は灼熱の魔巨人【ヘル・ジャイアント】
口から吐かれた灼熱弾及び燃える拳による一撃は大地を瞬時に炎の海に変え、尚且つその炎は数年経っても残るとされる極悪な巨人。
「ってか、あれ知り合いってどういう事!?」
「兄貴、ヤベェよ……オラ震え止まんねぇ」
《我はレオナルド様の命に従う。それだけです》
そして西は漆黒の幻龍【メギド・ドラゴン】
これと相対した者は誰も生きて帰った事が無い為に生体情報が乏しく、目撃情報も少ないという。まさに幻の称号を背負うに相応しい強靭にして巨大な究極のドラゴン。
《悪い奴ら……凍らせて八つ裂きにするよ》
そして……最後の4匹目。
アジトの南に控えるは聖獣【シン・ベヒーモス】
氷冥と呼ばれる絶対零度の地にて、新月の夜に極稀に姿を現すという伝承上の白銀の凶獣。
「さあ、そろそろカウント開始するよ!」
「……ヤベェよ、ヴァン兄貴! このままじゃあオラ達のこのアジトが無くなっちゃうよ!?」
「んな事は分かってる! 伝説級のモンスターだぞ!? たとえなんか一発でも攻撃を放たれれば、ここは地図上から消えちまうよ!」
「じゃじゃ……じゃあ! どうすんの?」
と、以上の捕獲・討伐・遭遇すらままならぬ、どれも《SSSクラス》の最強生物達。
冒険者の誰もが嫌でも認めざるを得ない、最高クラスのモンスターに包囲されており……そして、それが何を意味するかは学の無い彼らでも一目瞭然。
「はい、いぃぃぃぃぃちぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「兄貴ヤベェよ! 秒読み始まっちゃったよ!」
「黙ってろ! くそ……流石に姉御を背負っては逃げれねぇしな。こうなりゃ……やるしか」
「兄貴、もしかして何か名案があるの!?」
そう。彼らを待つのは文字通り破滅。
一方的な破壊、蹂躙されるのみである。
だからこそ二人は必死に恐怖を押し殺しつつ、
「いいか。2だ。奴がリミットの3を口にする前。まだ油断している2のカウントを口にしたら、あの青臭い金髪野郎めがけて魔法を撃ちまくれ!」
「で……でもそんな事したらアイツ……」
「馬鹿野郎! 殺らないと俺達が【塵】になる! それに……姉御だって巻き添えになるんだぞ!」
「わ……分かったよ!」
そんな窮地の中へ落ち行く中でヴァンは唯一残されたレオナルドの隙を突く策。
奇襲作戦を震えているビッグへと告げた。
そして……二人はその合図を待つと、
「よし、良い度胸だね! じゃあ次は」
(ゴクリッ!)
「はい、にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「「……今だ!」」
機熟した瞬間。その2カウントの最中。
二人は溜めた魔法を放とうと身をあげた!
……すると!?
「はい、じゃあ全員撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」
「「待って!? 3は!? 3カウントはどこに行ったのおぉぉぉぉぉぉ!?」」
あっさりその奇襲は作戦は失敗。
そもそも怒っている相手が悠長に3カウント待ってくれるなどという、そんな甘ったれた目論見は見事に外され、砕かれるのであった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
……結局。
「ごめんね皆……強引に付き合わせて。はいこれ、約束の出張料。キング霜降り肉だよ」
《ムグムグ……別に構わぬ、今日は空いていた》
《マタ……用事アッタラ……気軽二呼ンデネ》
《レオナルド様のご命令とあらばこのメギド、貴方様のしもべとしていつでも参上いたしますぞ》
《レオナルド。またオイラと遊んでね、約束だよ》
「ああ、皆ありがとうね。それじゃ、また!」
そんな災厄にも等しい究極モンスター4匹。
もといそれをてなづける世界最強の雑用係であるレオナルドを絶対怒らせてはなるまいと、
「……こいつ、何者なんだ」
「……兄貴、オラちびっちゃったよ」
「よし。じゃあ事情を聞かせてもらうか。なんで彼女を連れ去ったのかをね」
「く……くそ、こうなった以上しょうがねぇ」
アジトに残している大切な人の為にも二人は抵抗する素振りなど一切見せる事無く投降。そのまま凹凸コンビは尋問してきたレオナルドへ事情を説明する事にしたのだった……。
どうして店の物には手を付けず。
回復役のエミリアを連れ去ったのかを……。
次話、明日更新予定。
正午以降にて【直接投稿】致します。
なおこの幕間の閲覧数の伸びを見た後。
年末の投稿をどうするかを考えます。




