26.やっちまったようです
手紙の内容はこうであった。
『親愛なるアグニさんへ。こ にちは。
今日はどうしても大切 お話があって、こう て慌ててお手紙を差し上げた次第です』
だがどうした事か手紙に記された内容の一部はそんな不鮮明な文章。
まるで……その水滴か何かで滲んだような痕跡残る、
『その……先日ご招待頂きました伝統のシチューの件につきまして……本当に申し訳ないと思っているのですが。もうこのお話は無か た事にしてほしいのです。いえ、それだけではございません。もう私の事など綺麗さ ぱり、全て忘れていた いて結構 す。何故ならもう私は貴方に会う資格など無いのです ら』
そしてこれがエルザの送った全容。
その見るからに如何にも自暴自棄でヤケクソ染みて書いたと分かる手紙。
『私にと て、例え文通相手とはいえ、貴方様、アグニさんはかけがえの無い親友でございました。ですが……今では、貴方様を傷つけてしまうのではと考え、恐ろしくて堪らな のです』
唯一無二の友人がご馳走してくれるという。
伝説の熱々シチューを食べられない事について、エルザ姫は自分の体質的に熱い料理を食せないこの氷の体という真実を未だに隠しつつ、こんな一方的な内容を記した手紙を送ってしまったのだ……。
『ですから、もうこんな臆病で愚かな私の事などはもう忘れてくだ い。それがお互いの為、アグニさんの為だと、私は思ってい すので』
その繊細な手を震わせての執筆中。
自分でも一体何をやっているのか。
これを出せばどうなってしまうのか。
それこそ、取り返しがつかないと頭は分かっているにも関わらずエルザ姫はそのボロボロと流れる涙で文字を滲ませながら便箋に文字を記していったのだ。
『最後に……もう返事は結構です。今までありがとうございました……それではさよなら。
~貴方様を想っていた友人アイスより~』
そして……最後のトドメにはこの余計な一言。
直接的でない婉曲的な表現ではあったものの相手を拒絶する言葉を文末に添えてしまった以上もう既に後戻りは出来なくなってしまったのだ。
悔しさと悲しさで書きなぐったとはいえ、そんな絶交と同意の手紙を送りつけたのだから。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「もぉ、どうしてこんな手紙送っちゃうかな」
「お姫様……流石にこれはダメだと思う」
「……ごめんなさい。ですが私もどうすれば分からなくなってしまい、それでこんな手紙を……」
そうして泣き崩れる自分の前で送った手紙の内容に呆れるレオナルド、エミリアに対してエルザは申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
対して再度手紙の写しを眺めたレオナルドは、
「その……僕は君に対して不可能と言った訳じゃないんだ。あの時僕がシチューを食べるのを止めたのは、純粋に君の体がまだ慣れない温度帯に耐えられずにそのまま溶けそうだったからなんだ」
せめてもののフォローと。
「多分アレ以上強引に進めてたら、あの日はそのまま死んじゃうと思ったから、止めただけなんだ」
続けてそうエルザに向けて告げていった。
しかしそんな励ましの言葉の効力も虚しく、今の彼女自身も相当思いつめていたのか、
「いえ……私はもうあの温度以上は無理ですわ。自分でも分かるのです。ですからこれ以上は……目標の【60℃】なんて夢のまた夢ですわ。元々どう足掻いても到達できなかったんです……」
唇を僅かに噛みつつエルザはそう残した後。
そのまま以前までのお転婆さはどこへやら、今では別人の様に意気消沈したまま腰掛けていた客間の椅子から静かに立ちあがると、
「……今までこんな私の道楽に付き合ってくださってありがとうございました。短い間でしたが、本当にご迷惑をおかけ致しました……」
沈黙を挟んでエルザはそう一言だけ残した。
ここまで協力してくれた恩人二人に向けて、
「ぐす……それではお別れです。美味しいシチューをありがとうございました……さよなら」
彼女はそうお詫びと別れの言葉を告げていった。
そうして……エルザはその重い足取りのまま、自分の住まう氷の国に繋がる《時空の穴》の開いていている裏口へトボトボと重い足を進めようと動く……。
「お姫様……レオナルド……私こんな別れ方凄く嫌……なんとか出来ないの?」
「……………………」
その刹那の出来事であった。
「……待ちなよ」
「えっ?」
場に響いたのは諦めた彼女を制止する声。
レオナルドの一言が彼女は足を止めた。
「悪いけど。諦めるのはまだ早いと思うよ。それにこの僕に依頼を託した以上、勝手だけど君の願いは完遂させてもらうから」
それは非常に身勝手ながらも依頼を受けた側として、店主であるレオナルドは自分の意地に賭けてなのか彼女を救うべくそう力強い言葉を向けた。
「で……ですが……あんな手紙を送った以上。今更私に何が出来るって言うんですか? 最悪の形で別れてしまったと言うのにどうしろと!?」
「まあ……確かに。僕から見ても高熱シチューを食べるのは君の体質的に厳しいとは思うよ」
「では、どうして私を止めるのですか? それが出来ない以上、もう私には何も出来る事など――」
「いや……僕らに出来る事はまだあるんだよ」
「なっ!? 何を……一体」
もうこれ以上の泣き事はウンザリだ。
これ以上悲しむ女性の姿を見るのは勘弁だ。
そう言わんばかりにレオナルドは涙を堪えつつ苦し紛れの反論・抗弁をのたまう彼女へ向け、
「じゃあ聞くけど君の【真の望み】って何?」
「……えっ?」
そう一言尋ねる。
「それはアグニさんのシチューを食べ――」
「違う、そこじゃないでしょ?」
「で、ですがその為に私は鍛錬を――」
「じゃあ、どうして君はここまで熱い料理を食べられるように努力したの? 見栄の為?」
連続してレオナルドは問うていく。
次から次へと数度に渡って問い詰めていく。
自分の気持ちに気が付かせるためにと……。
…………すると。
「そ、それは……友達のアグニさんを失望させない為に、彼の厚意に報いる為に私はここまで――」
「そう。それこそ君の本当の望みなのさ」
一つの答えが彼女の口から出た。
会話の応対が続いた後にレオナルドは改めて彼女の望みを確認したのだ。
シチューを食べるのも重要だが……何より相手の事を裏切りたくない、失望させて嫌われる事だけは何としても避けたいのだと再確認させた。
すると……彼はそのままエルザ姫に向けて、
「そこで。実は君に会わせたい人がいるんだ」
「えっ? 私に……ですか? 一体どなた……」
「どうぞ! 入って来て下さい!」
彼女をとある客と会わせるべく。
客間の外で待機させている人物に声をかけた。
すると、それと同時に部屋に入って来たのは、
「やあ、一応初めまして……かな?」
「あ、貴方様は!? もしかして!?」
そうレオナルドに誘われるようにして別室から客間へ姿を現した人物。
そのエルザ姫ですら驚きを露わにした人物とはなんと――。
次話、明日更新予定。
正午以降にて【直接投稿】致します。




