24.トレーニング開始のようです
王女エルザの世界は二つに分離していた。
「だから何度言えば分かるのだ! 貴様ら氷の民が見つけた国境を跨ぐ鉱山。それをこちらに譲れば何もかも解決する話だと、一体何年前から何度言わせる気だ! この業突く張りの大王が!」
まず一つ目は身を焦がす真っ赤な大陸。
燃え盛る炎の大地を拠点とする巨大国家。
イフリス皇帝治める、炎国『ヒートランド』
「ふん、綺麗ごとを抜かすで無い。そう言いつつも其方らはその暑苦しい足で我が土地に踏み入った後、領土の拡大を狙おうというのが腹積もりであろう。そんな毎度毎度暑苦しい理論で流そうとしても、この我には分かるのだぞ……」
そして……もう一つはエルザが住まう寒国。
猛吹雪が続く凍土の地を拠点とする巨大国家。
コルドル大王治める、氷国『グレースランド』
「そもそも、あの国境部分は貴様の先祖が我ら【炎帝族】を出し抜いた末、領土範囲を誤魔化したとこちらの歴史書の記述に残っているのだが?」
「いいや、それは違う。あそこの領土は先祖の交渉以前に我ら【氷帝族】の物だった。だが其方たちが不服を述べた為、仕方なしに譲ったのだ!」
よって、この炎の一族と氷の一族。
そんな属性としてはものの見事に相反した者達が頂点に立ち、治めている両国こそがエルザの世界を二分していたのだった。
「ぐぬぬ……貴様! 何度言えば分かるのだ」
「其方こそ……そろそろ折れては如何かな?」
西の火山地帯、ヒートランド。
東の凍土地帯、グレースランド。
そんな綺麗に環境も住民も国の位置に至るまで丁度反対側に置かれた立地の中。こんなまるで猿と犬の如く、互いに統治者が吠える理由……それは議論に出た通り国境についてだった。
「ふん……コルドルよ。一つだけ忠告しておいてやる。俺にはもしもの時に即位出来る息子フレアがいるが、貴様は娘のエルザ姫一人だけ。もしも戦争に発展すればどうなるか見物だな。何処とも知れぬ馬の骨でも大王に担ぎ上げるのかな?」
「要らぬ心配だ。我ら氷帝軍の方が其方の軍隊よりも強いのだからな。敗北など気にせんでよい」
そして議題の本題はその国境での産物。
数年前、氷の国の炭鉱夫が偶然【未開拓の鉱山】を発見された件についてであり規模が大きいだけでなく、強力な武器を生み出す希少な『ホワイトクリスタル』や強い癒しの力を持つ『ヒールダイヤ』等が確認され、国の利権としては是非とも獲得したい場所だった。
「本気でそう思っているのか?」
「………………………………」
だが……こればかりは運が無いというか。
本来であれば氷の国で発見された以上、自国で鉱山を見つけたコルドルの一人勝ちだったのだが……残念な事に跨いでしまっていたのだ。
(ふん。だがどうして国境を越えてなのだ。仮に我が国にさえ伸びておらねば、こんな面倒な会議など開かずとも良いというのに……)
(何故だ……元々イフリスの事は気に食わぬが。何故に我らの鉱山が奴の領土にまで侵食しておるのだ……引くに引けぬではないか。まったく……)
そう……イフリス及びコルドルが今思った通り。
その地下鉱脈は国境を越えてしまっていたのだ。
炎国・氷国の地下に通じるように互いの領土へ侵食するかの如く伸びて広がっていたが為に、今では両軍が見張る形で採掘が止まっていた。
「けっ、そろそろ終わりの時間か。明日こそ決着を付けてやるぞコルドル。本当に仕掛けようと思えばいつでも貴様の領土に火炎砲をぶち込めるのだからな。今から覚悟をしておくんだな」
「ふん。その言葉そっくり返してやろう。我が軍も其方の地を凍土に変える冷凍ミサイルを用意してある。どうか選択を誤らないよう祈っている」
よって元々、炎と氷という間柄。
最早対立する事が宿命づけられる中。
逃す訳にはいかぬ利権争いも混じり泥沼でもう事態は既に決着のつかぬ諍い、口喧嘩。
「では明日の会議でまた会おう」
「ああ。今度こそ決着を付けようじゃねぇか」
まだ幸いな事に両軍とも武器交える戦にこそ発展していなかったがコルドルはもう数年に渡るこんな無駄に等しい会議を、孤独や自由に苦しむ娘を部屋に拘束してまで行っていたのだった……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
一方その頃。
「はい……レオナルド……お待たせ」
「ありがとう。エミリア」
場面は変わり、その氷姫エルザはというと。
そんな会議中に際して厳格な父コルドル大王の留守である今を見計らい、自室及び城から脱走。
現在は別次元にあるレオナルドのよろず屋にて、
「ゴクリ、今度は何度ですの?」
「少し待ってね。【万能―熱探知】を発動っと。えーっとね、よし。今度はさっきより温かい【31.5℃】だね」
「……了解ですわ」
のんびりシチューを食べていた。
「では、早速こちらへお願いしますわ」
親側がいつまで経ってもお互いに妥協する事無い、延々と文句だの抗弁を垂れ流して幕引かぬ議論を延々と頂点同士が繰り広げる間。
「あっ、ちょっと待って。先に【万能―熱気維持】で、このまま体内に入るまでシチューを冷めないように温度を維持するから」
彼女は温かいシチューを食べていた。
その熱気に弱い氷の体という致命的な欠点を持ちつつも、文通相手がご馳走してくれるという【伝説の熱々シチュー】の出来たてを食せるように、
「はいお待たせ。じゃあ今度は31.5℃に挑戦だ。もし無理そうだったらすぐに言ってね。溶けて死なれたら洒落にならないから……」
「勿論です。では早速……んくっ……」
その小さな木の器に盛られた一口のシチュー。
絵面も内容も非常に地味な作業ながらもじわりじわりと慌てる事無く、レオナルド達に温度を微調整してもらい彼女は熱くなるシチューをその口に運んで食べて体を鍛えていたのだった。
「ふわああああ……とても美味しいですわ」
けれども……。
そんな普通であればどうしても食べ難い。
熱で自身の冷たい体に害を及ぼしかねない鍋料理だったが、
「だってさエミリア。良かったね、一国のお姫様に料理の腕を褒めて貰えたみたいだよ」
「ただの社交辞令……間に受けたらダメ」
「いえいえ! 本当に美味しいですよ! こんなホッとする料理は初めて食べましたから!」
しかしその温度もさることながら割と苦ではないのか彼女は喜んで食べていた。
シチューという生涯で初めて食した味の感動。さらに温かさという今までに感じた事が無い十数年生きてきた中で初めて触れるその感触に、エルザは満足げな表情を浮かべて笑っていた。
「それ……本当?」
「ええ! 本当ですとも! 美味しいですわ」
「嬉しい……じゃあ……とっておきの高級食材入れてあげる……きっとシチューにあう」
「えっ、本当ですか!?」
対して依頼を受けたレオナルド側も同じく。
匿名故に姿こそ知らずとも、大切な友人の為。
さらには自分がついてしまった【嘘】と向き合おうと努力するその氷姫エルザの姿に、
「あれ? エミリアさん。それまさか?」
「そう……この前レオナルドが獲ってきた……『滅怪鳥バジリスコ』のお肉……」
「それ金貨数千枚で売却出来るんだけど――」
「関係ない……食事番に逆らわないの」
「はい、すいません。エミリア様の気の向くまま煮るなり焼くなり好きにお使いください……」
「分かれば……よろしい」
もうかれこれ数時間にも渡る。
合計した量に器で換算すると約5杯目。
彼女の予想以上の食べっぷりに驚かれつつ。
「おかわりですわ!」
「ホント、よく食べるお姫様ですこと」
「えっへん! でも、まだまだいけますわよ! どんどん温かいシチューを運んで来て下さい!」
「へぇへぇ……分かりましたよ」
二人はそんな嬉しそうに喜んで食べる。
奥ゆかしさがすっかり失せて素が出ているお姫様の姿を見守りながら、半日近く彼女のシチュー・トレーニングに付き合うのだった……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「どう? お姫様……いけそうなの?」
「うーん正直彼女には悪いけど、厳しいと思う」
「……なんで? 今日お姫様【35.5℃】まで……食べたよ? 順調じゃないの?」
「いや、まあ確かに順調なんだけど……でも目標の温度はもっと上だよ? それも人間の僕らですら舌の火傷じゃ済まない温度なのに。もし氷の体を持つ彼女なんかが飲めばそれこそすぐに蒸発しちゃうに違いないよ」
「じゃあ……なんでこんな特訓させるの?」
「うーん、そうだね……。一言で言うならばまた僕の悪い癖が出たってところかな?」
「レオナルド……大丈夫……私信じてるから……レオナルドには何か考えがあるって……」
「ありがとうエミリア。よし! それじゃあ明日に備えて料理準備に取りかかろう! それと明日はお姫様のシチューじゃなくて……分かってるよね?」
「うん……とびきり冷たいの……作る」
「よし、じゃあ早速調理開始だ!」
次話、明日更新予定。
正午以降にて【直接投稿】致します。




