14.悪魔王様には感情があったようです
俺様には感情があった。
「ベリアルお坊ちゃま……朝食でございます」
「悪いな、ファラス。いつも運んでもらって」
「いえいえ、貴方様に仕える者としては当然です。因みに今日のメインは魔牛のハンバーグですぞ」
「本当か! それは嬉しいな!」
と……まあ、傍から聞けば何処かキザっぽく、気取った語りをしているように聞こえるだろう。
感情があるだって? そんな周知の存在っていうか生物の原動力にもなりかねない【気持ち】なんていうのは皆持っているし、下手すれば幼い子供だって知っているようなお話だ。
「ああ、それと。盆の裏側に今朝ベリアルちゃんポストの中に届いておりました。何処かの広告紙も貼っていますのでご確認ください」
「広告紙? まあ分かった。食後に確認する」
「はい、それでは失礼致します。何かございましたら何なりとお申し付けください。では……」
「ああ、じゃあな」
それに……虫や植物とかならともかくだ。知能を持つ生命体として生を受けた以上、牛や豚の家畜だって怒れば攻撃してくるし悲しければ動作や鳴き声をあげて訴えてくる。
「さて、それじゃ今日は朝からガッツリいくか」
だが……。
「やっぱり魔牛のハンバーグにはステーキソースだよな……パンにも一番あう味付けな気がする」
それはあくまで一般的な常識に過ぎない。
ならばどうして俺様がわざわざここまで取り沙汰して、いちいち【感情がある】なんて語ったかというとだな……。
『おいおい、正気かテメェ? 魔牛のハンバーグには普通に考えて、デミグラスソースだろうが!』
【あらあ。やだわ……ウフフ。ここはブラックペッパーを二振りするのがベストだと思うわぁ】
《フフ……両者とも違う。ここは敢えて何もかけないが正解さ……余計な事をするよりも冷静に食材本来の味を嗜むべきだよ。そう冷静にね……》
〔ケッケッケ! どいつもこいつもみみっちい事抜かしやがって。そんなんで朝っぱらから争うくらいなら、思い切って全部かけちまえよ!〕
初めに……一言だけ断らせてもらうか。
現在、俺様がいるこの自室には誰もいない。
「チッ……また始まった……」
いや、少し違うか……正確にはこうだな。
俺様以外誰もいないと。
「本当に毎回毎回……」
俺様は目付役のファラスより料理の乗った盆を預かり、そのまま自室内にあるこのテーブルへ料理を運んでいき続けて席に着いた訳なんだ。
それでナプキンを首にかけ、好物である魔牛のハンバーグを食そうとする……。
……この瞬間だった。
『早くデミグラスソースをかけろ、ボケ!』
【いいえ、ブラックペッパーがベストよぉ】
《いいや、冷静に考えるなら……そのまま》
〔だから全部かけちまいな! ケッケッケ!〕
その四回に渡る連続した発言。
既に何十回、何百回と完全に聞き飽きた声が頭の中に響いてきやがったんだ。
「うるさい! たかが料理にかける物の違いぐらいで、いちいち【全員】出てくるんじゃない!」
再び言おう、自室には俺以外誰もいない。
しかし、声はしっかりと響いている。
だから……まあ……もうこの際ややこしい言い回し無しで片付けようか。
「頼むから……」
この悪魔界の主にして民を束ねる王。
悪魔達の頂点にいるベリアル様は……そう。
「静かに朝飯くらい食わせやがれっ!」
『ああ!? だって自分の口に入るもんだろうが!? 旨い方が良いに決まってんだろ!』
【そうよ。私も少しでも美味しくして犠牲になった魔牛さんの味を堪能しようとしているのよ……】
《そうとも……ボクみたいに冷静に考えるんだ。こんな肉体を維持する為に犠牲になる魔牛様の気持ちを。こんな馬鹿を支えてくれてるんだよ……》
〔んな小さい事はいいから! 早く全部かけて食え! 失敗したらその時だろうが! ケケケ!〕
いわゆる、多重人格だったんだ。
それも困った事になんと【5重人格】だ。
それで、ここでようやく冒頭の話と繋がるわけでその人格は煩わしい事に【感情ごと】に独立。
構成としては生命が有する【喜】・『怒』・《哀》・〔楽〕というこの4つの感情と、そして残る一つは本体である俺様から成り立つ5重の人格だった……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「ゲップ……ふう、ごちそうさん。それにしても、また変な物がポストに紛れこんでいたもんだ」
『けっ! 信じらんねぇ。結局ステーキソースかよ。絶対俺的にはデミグラスの方が旨かったぜ』
【全くだわ……ステーキソースなんて工夫が無い。牛さんの愛を我が身に受け止める為にも、ブラックペッパーが必須だと思ったのだけれど……】
《そう、悲観的に冷静に考えるべきだった。素材そのままの味を堪能しなかった事で。牛の恨みを買うぞ……怖いぞ……ボクは震えてしまうぞ》
〔まあ、旨かったんなら良かったんじゃねぇか。前向きに、ポジティブに生きるのが一番だぜっ!〕
一先ずこの多重人格についてだが……素直な感想としてはとにかくやかましかった。
幾ら自分の声だとはいえ、連続で頭に響く。
それも何か行動を起こす度に言い争う訳だ。
「くそ……コイツら……マジでうるさい」
それもさっきみたいな食前時だけに留まらず。
音楽鑑賞中、散歩中、昼寝中などなどその妨害してくる時を挙げればキリがない。
しかも時たま主人格を乗っ取り、勝手に一人芝居かの如く言い争って騒ぎやがる。
特に読書中はマジで集中力を掻き乱されちまう。
読書が終わってからならまだしも、いちいち他の感想を混ぜられてはウザったくて仕方が無い。
『ところで、さっきから何を読んでんだ?』
【一人占めはズルいわぁん! 読ませて】
《冷静に考えて……ボクにも読ませるべきだ》
〔教えてくれよ! どんな内容なんだ〕
「ウガアアァァ!!! もう黙ってろ!!」
『【《〔はいはい……〕》】』
とまあ……いつもこんな具合で声を荒げないと静まってくれない喜怒哀楽だが……唯一幸い(?)な点で言えば、発症するのは一人になった時だけで目付役を除いて悪魔界の他の民には殆ど認知されていない点だ。
流石に王が感情に圧される情緒不安定野郎って知れたら、面目丸つぶれも良い所だからな。
「ったく……」
だからそんな自分の声が頭に残る中で、他の人格の発言を抑えつつどうにか食事を終えた俺様は盆の下に貼られていた広告紙。
ファラス曰く偶然、俺様専用のポストに入っていたという紙に記載された内容に目を通していた。
「…………。これは偶然か、はたまた運命か? どちらにせよ気になる情報ではあるな……」
するとそこにはこの俺様がいる悪魔界では見慣れぬマップと、こんな内容が記載してあった。
【貴方の欲しいアイテム、ココで見つかります。貴方の願い、叶えてみせます。何かお困り事ありましたら、まずはふらりと僕の店でご相談を。《レオナルドのよろず屋》※マップはこちら→】
「願い、お困り事ねぇ……少し気にはなるな」
『おいおい、まさか行く気じゃ無いだろうな!?馬鹿か!? こんな見るからに詐欺みたいな内容に釣られるって相当な馬鹿だぞ!?』
【ウフフ、まあ行くのもアリなんじゃなぁい? これもめぐり合わせよ。愛と同じで、受け入れてみないと分からない現実ってあるものよ】
《いや、ここは冷静に行かない方が無難……天下の悪魔王が多重人格なんて知れればメンツが立たないしね……それよりも、冷静に毛髪の事を考えて【育毛剤作ってもらった方】が……》
〔ハッハッハ! 一先ず行こうぜ! 何か起きたらそん時だ! 何事もポジティブに行こうや! 無駄なストレスは髪に害を為すからな!〕
「やかましい! いいから全員黙ってろ!」
『【《〔はい……すいません〕》】』
「ってか、髪の事言ったの誰だ!? 俺様、割と気にしてるんだからな!? この前に手櫛でごっそり抜けたの実はかなり傷ついてるんだぜ!?」
『【《〔………………〕》】』
「こんな笑えない時だけは黙るんだな!?」
そう俺は毛根について心配しつつも、再度至高の妨害をしてくる他の人格を大声でいなした後。
確かに、内容的には半端ない胡散臭さが漂う。
信頼を寄せられるかどうか怪しかったが、
(まあ、物は試しってか。俺様のこの多重人格をどうにか出来ないか一つ試しで相談するか……)
このまま放置してもどうしようもなく状況は決して好転しないと確信した為。
俺様は自身の力で世界を渡れる《時空の穴》を開門し、異世界にあると思しきこのレオナルドのよろず屋へと向かう決心を付けるのだった。
『マジで行くのかよ……馬鹿が』
【別にいいんじゃなあい? アタシは賛成よ】
《冷静に考えて行くべきでは無いと思うが》
〔行け行け! 何事も前向きにだ! ケケケ!〕
「ったく、ホント……コイツら何なんだよ」
『【《〔アンタだよ〕》】』
「ちくしょう、否定してぇ」
そうして、こんな何処にいてもうるさい自身の喜怒哀楽をどうにかすべく。
ある意味藁にもすがる様な気持ちで、俺様はそのまま時空の穴を潜っていく事にしたのだ……。
次話、明日更新。
正午以降にて【直接投稿】致します。




