9.どうやら天丼だったようです
そう、あれは実に清々しい朝日昇る日だった。
忌まわしき大魔王達を巧妙な罠にかけたその居城を見事に崩壊させてから数日。
気分爽やかこの上ない青空広がる日の事。
【さて……今日も行くか】
特にこれと言った大魔王側からの報復も無く、ようやく平穏を取り戻したのだと実感する中。
俺はここ最近になっての日課というか毎日これをせねば安らかに眠れない……。
いやむしろ……これはせねばならないという使命感すら帯びるその日課に取りかかるべく、俺は【ある一室】へ向かっていったんだ。
《あれ? なんかデジャヴ感が……》
「うぐ……来た……来たなあ!!」
まず誰も入れぬ様にガチャリとドアの鍵をしっかりかけ密室にした後に、俺は用意された一つの座席にその腰を落ち着かせると……。
「うごああああぁぁ!! 来るぞおおぉぉぉ!」
下手すれば外にも聞こえる大声で悶絶しながらも、俺は下痢との戦闘を始めたんだ。
((いや、アンタも下痢だったんかいぃぃ!))
まさか真の敵は自分の中にいるとは……やはりいつの世も敵は外にしかいないと油断する者が苦戦を――。
((いや、そのくだりはもう既に聞いたよっ! 結局どれほど取り繕ったって下痢は下痢だろうが!? 腹下してるだけじゃないか!))
思えば……本当に迂闊だった。
【グギギギギィ! おのれ…………】
《あれ……また嫌な予感がするんだけど》
まさか大魔王から和平の印と送ってきたケーキのせいか……。
【宿敵であり勇者であるオルトガ殿へ。先刻の贈り物を貰った我輩は其方らに和平を申し出たいと思う。その前祝としてこれを納めて欲しい】
と、そんな平和の第一歩となりえる前向きなメッセージと同じくして、
【なっ!? これはショコラケーキじゃないか! 大魔王ルシフェルの奴、魔族の癖に中々粋な事をするじゃないか。本当に嬉しいぜ!】
《おい……待て》
よもや俺の大好物である僅かな苦みが癖になるショコラケーキが送ってくるなんて……。
((アンタも全く同じ手法でやり返されてんじゃねぇかっ! アンタらの頭の辞書には警戒という二文字は存在しないんですか!?))
無論、魔族からの贈り物なのは分かってる。
だが! ショコラケーキがある以上俺は使命を持って完食せねばならないと決めているんだ。
それが例え、大魔王からの贈り物であろうとも関係なくなんだよ。
((だからなんなの!? アンタらのそのケーキに対する執着心と情熱は!? そっちの人間達は揃いも揃って思考回路は大魔王と一緒なのか!?))
あとついでに魔法使いの仲間から、
【オルトガ、このケーキは毒が入っているみたい。私達が死ぬ程の毒ではないにしろ、大魔王も全く同じ手で嫌がらせをしてきたみたいね……】
【アバク】という性質を見破る魔法で、中に毒が入ってたのは完全に見抜いていたんだが……
《じゃあ食うの止めろよ! なんで毒入りと見破った癖に食べようという思考に至るんだ!?》
けれども俺は……ふと考えたんだ。
数万分の一で毒が外れるかもしれない。
もしかしたら俺に効かない毒かもしれないと。
だが……その真偽を確かめるには食うしかない。
だからこそ俺は喜んで食べたんだ。
((ほんっとうに! お前ら馬鹿だな!!!))
けれども、それからの経緯は案の定。
味こそ俺好みに研究されたのか絶品の一言。
甘いながらも時々苦みが脳を刺激する。
それこそ一度口にしたならば、最後まで食べてしまう美味しさだったんだがその後はトイレ往復地獄。
【あああああ……長かった……ついに、ついに、このお勤めが終わる時が来たか。良かった……】
そうしてそんな日課が続く毎日の中。
俺は激闘の末に体力を消耗しながらも胃袋の魔物達を全て追い出し、白く輝くあの天紙に手を伸ばそうと……そんな戦争終結の宣言がされる瞬間……。
《瞬間? 一体どうなったの? 今度は仕返しに便器でもふっ飛ばされたの?》
【呪いをかけてやるぞ……勇者オルトガ!】
【なっ!? この声は!】
……姿は何処にも見当たらなかった。
だが俺の耳元で囁いたのは、確かに奴、闇の大魔王ルシフェルの声に間違いなかった。
それで奴は続ける様にこう告げたんだ。
【我が生き地獄の恨み。それを形として、貴様が愛用するその聖剣に我が最大級の呪術をかけてやろう! 喰らえ、究極悪臭呪術!】
そう言い残して実体も見せぬまま声だけで、流石にばっちいからと思って便器の傍に置いていた俺の聖剣に呪いをかけて去っていったんだ……畜生。
((いや仕返しが地味すぎんだろうがっ!? 仮にも住まいを破壊された被害者側だってのに、やっぱりあの大魔王は優しい奴じゃないのか!?))
こうして、大魔王は卑怯にも腹下り戦争で疲弊。
体力も僅かで抵抗出来ない俺へ向けて、奴は反撃不可能な奇襲を仕掛けてきやがったんだ……。
《いやいや!? 家主がトイレに籠っている間に家を破壊する様な輩に言われたくないわっ!》
―― ―― ―― ―― ―― ――
……そうして。
「ゼェゼェ……もう聞くだけで疲れたんだけど」
「まあまあ、そう言うなって。どれだけその大魔王が卑怯で残忍な奴なのか分かっただろ?」
「ウグッ!? もうこれ以上ツッコませないで!」
殆どレオナルドのツッコミ祭りで終わった、世界一間抜けな勇者の姿が垣間見える回想を終えて、
「と……言う訳で今回君に依頼したいのは。先の話に出した俺の武器、この勇者専用の装備【聖剣エクスカリバー】の解呪をお願いしたいんだ」
ゴトッ、と音をあげて。
オルトガは先の話題にて上げた件の呪われた聖剣をテーブルの上に差し出す。
一見、手の込んだ装飾が為された豪勢な鞘に包まれた片手サイズの剣であったが……。
それを置いてから、突然彼はこう言い放ったのだ。
「まず……物を見せる前に一つ忠告だ」
「へっ、いきなりなに? 忠告?」
「これから俺は、この鞘の中に詰まっている呪われた剣を見せる訳だが、見る前の準備として【鼻はつまんでおいた方】が良いかもしれないぜ……」
「は……鼻を? どうして?」
まだ鞘に収まり、刀身が見えない状態。
どんな呪いがかかっているか想像も出来ないというこの場面にてオルトガは剣を引き抜く前に、そう奇妙な注意をレオナルドとエミリアに促した。
「……はい、鼻を摘まんだよ」
「む……私も……これで安心」
「オッケー、じゃあ引き抜くぞ」
部屋にいる全員が鼻を摘まんでいるという、実に不可解な絵面ではあったものの早速、オルトガは剣の柄に手をかけて刀身を鞘から引きずりだした!!
そうすると……。
「ウッ!?」
「………………」
二人は忠告の意味を即座に理解した。
何故ならその呪いとは……。
「くさっ! 死ぬ! オエッ!」
「うぅ……………………」
彼が剣を引き抜いた瞬間レオナルドは堪らずにそう吐きだした。
さらに続けて、エミリアも同様に、
「この臭い……トロルのう〇こみたい……」
「こらっ、エミリア! 乙女がそんなお下品な言葉を吐くんじゃない! せめてトロルの排泄物とか鼻クソとかって言い換えて……ウエェェェ」
「……フォローになってないぞ。結局どうあがいても糞の臭いじゃないか……ウップ……」
だが彼女の発言は決して間違っていないのだ。
麗しき乙女であるこのエミリアですら最早面子抜きで、問答無用で汚物判定を下す程の異臭。
いや、下手すれば羽虫が湧いて来る程に勇者の剣は【異常に臭かった】。
「まさか……呪いってコレ?」
「ああ……大魔王の奴。嫌がらせに徹してなのか、俺の専用武器をこんにゃ事にしやがって。おかげで仲間も逃げ出していった」
「にゃ……にゃるほど。こりゃキツイわ」
最早その異臭のレベルは常軌を逸脱。
鼻を摘まんでいても、数ミリの隙間から脳に刺激臭という大ダメージを与えてくる。
だからなのか、この呪いのヤバさを一瞬でも伝えられたオルトガの次の行動は、
「もう堪らん! とりあえず仕舞うぞ!」
二人より先に吐き気を催したのか、その磨かれた美しい刀身からは想像もつかないまでの異臭漂う刃を鞘に納めその臭いを絶った。
「ふう……でもさ。考えようによっては鼻に詰め物でもして振り回せば最強なんじゃない? 威力以前に敵だって臭いには中々勝てないだろうし」
「一応それも考えたんだけど……ダメなんだ」
「何か事情があるの?」
「ああ……実はな、この剣を装備するだけで【常に命中率低下】【常に麻痺】【常に猛毒】とか複数の状態異常の呪いが起きてしまうから、とても使い物にならないんだよ」
「状態異常のオンパレードか!?」
その異臭は勿論の事。
彼は試しに装備して把握出来た呪いの詳細についてを説明した。
「……ってな訳で、情けない話だが忠告無視してケーキを食った手前、仲間たちにも相談できなくてさ。だからこうして頼みに来たんだ」
「ハア……まさか勇者の剣を解呪するなんて依頼が来るとは思わなかったけど。まあ、折角遠路遥々この店を尋ねてくれたんだし仕方ないか」
対して、大魔王の城復興を手伝った手前。
優しい性格的な面もあるが、立場的にも安易に断れなくなったレオナルドはこれを受託する。
「恩に着るぜ……ありがとうレオナルド」
「はいはい……じゃあ三日後に一旦来てね」
「へっ!? 三日!? 三日でいけんの!? 複数の呪いだからもっと時間がかかるのかと……」
「うーん、確かに普通なら一年以上はかかるだろうけど……とりあえず任せて。間に合わせる」
「おっ……おおう……分かったぜ」
と、そんな訳で次の依頼は解呪。
設定した期限の短さに依頼者側は困惑する中、レオナルドは消臭も兼ねた聖剣を復活させるというこれまた一風変わった依頼を託されたのであった……。
次話、明日の3日の15時にて更新。




