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次は月がきれいな世界で、きっと。

作者: たむ


「なぁ、『異世界転生』って知ってるか?」


「うん。どうしたの?」


「俺とお前は、来世はRPGみたいな世界に異世界転生するんだ。で、俺は勇者になって世界中を旅する」


「いきなりどうした少年よ」


「──だからな?」


「?」



いつだったか、幼なじみとこんな会話をしたのを覚えてる。このあと、真面目くさった顔で幼なじみが続けた言葉に私はふふっと息を漏らし、そして言葉を返した。


──少し、視界はぼやけていたかもしれない。




⿴⿻⿸





走馬灯、のようなものが見えた。さっきまで感じていた痛みも無くなっていて、ああ、私は死んだんだ、ということを今更ながら知る。十年とそこらぐらいしか生きられなかった人生、紛れもなく私は幸せだった。できないことも多かったけど、これは断言できる。でも走馬灯の最後に見えたのが幼なじみとの会話だなんて、ちょっと腹が立った。幼なじみの分際で。



……でもまあ、来世が本当にあるのなら。待つならある中で一番月がきれいな世界に転生したいな、なんて冗談混じりに思いつつ。


私の意識は静かに、消えていった。



..:❍︎︎:...:❍︎︎:.. . ..





「──ぉぎゃぁあ!!」


部屋に響き渡る赤ちゃんの泣き声。灯りは付いておらず薄暗く冷えていて、静かな夜であることを示していたが、泣き声のする周りは温もりに包まれていた。

「〜〜!」

私が理解できない言葉で、数人の誰かが声を上げている。なんとなく喜んでいるような声だと思った。ここはだれかの家だろうか、いつもいた病院のような雰囲気はない。月の光に頼って開いた目に入ってきたのは、赤ちゃんを抱いているすっごい美人のお母さんらしき人。日本人じゃないな、この顔は。で、この赤ちゃんというのが───────私である。











……………………………………え゛っ!?もしかして本当に、異世界転生しちゃった!?








すぅーーはぁーー……あー落ち着いた。なんというか、その、あれだね。

拝啓幼なじみ様。いかがお過ごしでしょうか。私は異世界転生とやらをしたみたいです。赤ちゃんです、バブー。敬具


なっちゃったものはしょうがないしどうしようもないんだからと、…そんなことより今はとても寝たい、と(後者が九割)強引に結論づけた私は、月光のもと、そのまま夢の世界に入っていった。





──誰もが振り返る清楚な美しさを持つその女性は、姿勢美しく今日も私の隣に立つ。涼しげな微笑を浮かべながら私の肩を軽く叩き、それに合わせ私は礼をした。


「私はルミナです、ななさいです、きょうもよろしくおねがいします」


「きゃ〜!!!!ルミナ、よくできました!!ルミナ天才!いや、天使!!さすがママの子だわぁ!!」


じ……地獄だ…………。キラキラ、いやギランギランに輝く目で、本気で私を褒めちぎっている隣の人(おかあさん)に、その場でうずくまりたい衝動に駆られる。


「……お母さん」


「やぁねルミナ、照れてないでママって呼んでいいんだよぉ?」


なにが天才なの!?お母さん親バカかっ!!親バカだっ!!人目気にしてよー!というかこの精神年齢でママって呼べるかあ!!毎日これに耐えてる私、すごいね。


……と、いうわけで、おかげさまで私は七歳になりましたー。名前はルミナ。苗字はこの世界では貴族の人しか持ってないので、ない。こうして、親バカなお母さんに大切に、たいせーつに、育てられています。正直、前世の記憶があるからお母さんのセリフ全部がめっちゃ恥ずかしい。記憶がなくても恥ずかしいだろうけど。っていうかお母さんめちゃくちゃ美人んんっ!!!眩しいっ!!惚れるっ!!あっ今お母さんこっち向いた!!首傾げて「どうしたの?」って!微笑やばいぃぃぁぁあ!!!!(埋葬)

あ、前世でも今世でも、もちろん私の性別は女です。安心しろよ☆(←何が)



………心の叫びでつかれた。

こんな感じで毎日を過ごしています。いつか天に召されるかもしれない今日この頃。

お母さんと私のふたりだけでド庶民の生活をしている。お父さんは見たことがないから私は知らない。お母さんがいるから寂しくはないけどねー!


しかも、お母さんは街の酒場で働いているんだけどそこの店主さん達(夫婦経営)がとっても優しいの!私が産まれたときに相談に乗ってくれたり仕事中にここで預けられたりもしてたんだってさ。そんな今も、預けられているところ。店主さんは、今日も偉いねぇと私の頭を撫でてくれた。お世話になります、ホント。



そんな温もりを感じると、前世のことを思い出す。

前世の私は所謂孤児というやつで、児童養護施設で生活をしていた。幼なじみとはそこで一緒で、私たちが六歳の頃、養子として引き取られていった。それでも、その後も何かと気にかけてくれていたのだ。


私は生まれた頃から身体が弱かったらしく入退院を繰り返していて、─それで里親が見つからなかったのだけど─とうとう小学五年の頃からはずっと病院住まいだった。

入院し始めた頃から、私は既に悪かったらしい。絶対治るよ、と笑いかけた管理人さんの手が震えていたのを知っていた。


でも私は、むしろその後の方が充実していたと思う。このまま独りで別れるのは嫌だと思ったから。

お見舞いに来てくれた学校の友達と午前中から夕方までずっとゲームしたり、近い病室の人と世間話をしたり、養護施設のみんなとに色んな場所に連れて行って貰ったり。何故か付き添いと言って幼なじみもついてきたけども。

その幼なじみは、毎週土日のどっちかに部活帰りに私の病室にきた。なんだかんだ言って一番会っている時間が長いのはこいつだったかもね。


……とにかく、充実できていたんだ。世界が輝いて見える、なんてベタだけど、事実そんな感じだった。



今も同じくらい、幸せだ。いっぱいの“大好きな人”に囲まれて。


だからね、ずっと忘れないでいるから。何十年、何百年経っても待ってあげるから。絶対来いよ、――。



私は、昼間でもくっきり見える、あの世界よりずっと大きくて白い月を見上げた。





「あ、そうだルミナちゃん」


「なに?おじちゃん」


見上げた目線を店主さんに移した。もともと優しそうな顔が嬉しそうに笑った店主さんはとてもかわいらしい。和む。


「ルミナちゃん、今年の黄金祭のお願い事、決めたかい?」


「お願いごと?」


嬉嬉として訊いてきたけど、なんのことかさっぱりわからない。そもそも黄金祭って何ぞや。

うーんと頭をひねっていれば、別のところから助け舟がきた。


「ちょっとあんた。ルミナちゃんはまだ知らないでしょうが、黄金祭。前はルミナちゃん二歳だったんだから」


声がしたのは店の奥。振り向くと、女将さん(店主さんの奥さん)が、店で出す用の料理の下ごしらえをしていた。お母さんが手伝います!と慌ててそちらへ向かう。二歳か。あの頃は寝てばっかりいたからなあ。


「おばちゃん!!」


「ルミナちゃん、いつも来てくれてありがとうねえ」


私も近くまで駆け寄った。女将さんの顔を見る。


「おうごんさいってなに?お祭り?」


訊ねると、手をとめて私の方にしゃがんでくれた。


「黄金祭っていうのはね?いつもは白い月が、五年に一度、金色に輝く日の祭りなの。なぜそうなるかはわからないけど、この日にお願い事をすると必ず叶うと言われているのよ。昔のその日に、世界を支配しようとした魔王が勇者に倒されたっていう伝説があるから、人々の悲願が叶ったってことでそう言われるようになったらしいんですって。ルミナちゃんもお願い事、考えておきなさいな」


「魔王と勇者って、それほんと?」


本当だったら幼なじみの野望も叶うかもしれない。もし彼も転生しているのなら、だけど。


「詳しくはわからないけど、300年ぐらい前の話なんだって」


「へぇー!ほんとなんだね!」


「そのお祭り、明日あるの。だから急いで願い事考えなくちゃね。あと、明日はこの街のどこもかしこも売店とかパレードとかで大騒ぎになるから、お母さんと楽しみなさい」



いたよ魔王と勇者。


実はこの世界には魔法もあるし魔物もいるし、それを倒すために冒険者って職業もあるぐらいだし、まんまRPGじゃないか。

なんともまあ幼なじみが喜びそうな設定で。


願いを叶えるっていうのは日本で言う“七夕”みたいなもんなのかな?

それにしても明日か、全然知らなかった……!でも月が金色になるって見てみたいなぁ。

神様(?)は私を、願った通りの月がきれいな世界に転生させてくれた(?)から、余計気になる。……別に、私はあまり神様とか信じてないけど。


女将さんは続けて台所で静かに下ごしらえをしているお母さんの方を向いて言った。


「明日はウチも午前中で閉めるから、ナタリーは休んでいいわよ、親子二人で祭り、楽しんでらっしゃい。ね?ルミナちゃん」


ナタリー、はお母さんの名前。

女将さんの言葉に、勝手に頬が緩む。


「うんっ!!!!!」


そんな私を、お母さんは優しく見つめていた。





「ねぇねぇお母さん!!あそこのお店はなに?あ!あの人が食べてるやつおいしそう!食べたい!なんか向こうで人が集まってるよ?何やってるんだろう!!!!!お母さん行ってみよ?」


お祭り、お祭りだ!前世でもあんまり行けなかったお祭りだ!花火大会は、死んでしまうちょっと前に偶然行けたけど祭りは行けなかったのだ。しかもお母さんを独り占め!!!なんて幸せなの!?

手をひっぱって先へ進もうとする私は、やんわりと、でもしっかりとお母さんに抑えられた。


「人が多いから、転ばないように気をつけなさい。あと、手を絶対に離さないこと!お店出る前に約束したでしょ?ルミナなら守れるよね?」


「もっもちろん!!」


危ない危ない、舞いあがってしまうところだった。


「夜に月、見るんでしょう?はしゃぐルミナもすっっっっっごくかわいいけど、はしゃぎすぎたら眠くなっちゃうからね!」


「分かってるって!!じゃあ、あのお店の食べ物、買ってー!!」


「はいはい、走らないの!」


もう一度わかってる!と言おうと後ろのお母さんの方を向いたら案の定、


ドンっ


「うわ!」

「いて」


誰かとぶつかってしまった。


「ごごごごめんなさい!!」


あわてて謝る。


「あ……ごめん」


相手の人も謝ってくれて、そのまますれ違っていった。顔みてないけど同い年くらいの子っぽかったな。


「──ルーミーナァー?」


すぐ後ろからいつもよりも低い声が聞こえる。思わず肩がはねてしまった。


「………ごめんなさい」


「うん。気を付けてね、じゃないとなんにも買ってあげない」


「えっやだ!絶対気をつける!!」


「……よし!じゃあ買いに行こうか!」


「うん!」


私はお母さんの手をひっぱった。






夜が訪れ星が散りばめられた時刻。月は大きく輝いている。……と、思う。


なんていうのも。


「ルミナ!ほら、月きれいだよ!!寝てるの?」


「……寝て、ないよ。お母さんの背中あったかい…………ふぁぁ」


「寝てるって。だから言ったのに!」


「だって、めったにない、おまつり、なんでしょ?ふぁぁぁぁ」


「……気持ちは分からなくもない…けど見るだけだからね!見たいって言ったのルミナなんだからね!ママじゃないからね!」


「………ん」


お母さんの言葉に、くっつきそうな瞼をこじ開けて遂にその光景を見やる。


「…………うわぁ……!」



一瞬、眠気が覚めた。まさに、魅入られる。あの世界の月では考えられない大きさで輝いていて、知らず声が出た。ウサギではないが、あの世界の月のようにクレーターのような陰もはっきりと見える。きれいって思うけどきれいって言葉じゃ足りないくらいきれいだ……(語彙力)。ぼんやりとあいつもどこかで見ているだろうか。なんて思っていたら、私の様子を見てお母さんがクスッと笑った。


「……来てよかった」


「?お母さん、なんか言った?………ふぁぁぁあああ」


五年に一度の静かじゃない夜にお母さんがなにかを言ったけど、聞き取ることは出来なかった。

そして、そろそろ本当に私の体力は限界らしい。今までで一番大きなあくびが出た。まだ、いつも寝る時間じゃないのに……。気付いたお母さんが子守唄のごとき優しい声で私に告げる。


「もう寝てていいよ、おんぶでまた運んだげる。おやすみ、ルミナ」


「ん………おや…す、み」



どうか、幼なじみもこの同じ空を見ていますように。


月の光に照らされて、ものの十秒で、意識は夢の中へトリップした。




⿴⿻⿸





その日、私は病室で雲一つない青空に向けて手を伸ばしていた。

セミの声はとっくのとうに聴こえなくなっている。季節は秋ではあるが、まだまだ暑さの残る頃。

隣でいつものごとく炭酸飲料を額に当てあちー、と丸椅子に座っている幼なじみが不思議そうにこっちを見る。なんとも気だるそうだ。


「何やってんの」


「手を伸ばしてるの」


「そりゃ見ればわかる」


「だろうね」


「……そうじゃなくて俺が言いたいのは、なんで一人でニヤニヤしながら手を伸ばしてるのかってことなんだが?」


「私ニヤニヤしてた?」


「してた」


無意識に笑っていたらしい。言われて、口元にを当ててみる。

そのまま空を見上げた。……ほんとだ。私にやけてる。


「あのね?」


「うん?」


「今日さ、向こうの大きい川で花火大会やるんだって」


「そうだな」


ますますにやけてしまう私を、誰か止めてー!

満を持して言葉にだした。


「私も今年はそこに行って見れるんだよ!!!」


そう!最近はちょっと良くなってきて、外に出てもいいって言われるようになったんだー!!去年は無理だったけどやっと行ける、花火大会!

残念ながらいけなかった去年、来年は死んでも行ってやるって意気込んで、幼なじみにシャレにならんって怒られたんだよね。

どうだ!私が本気を出せばこんなもんよ!


そう、幼なじみを見ると、呆れたようにため息をつかれた。なんで!?


「はいはい。それ二週間前からずっと聞いてるし、そもそも俺はお前の付き添いで一緒に行ってやるんだからな?」


「し、知ってるよそんなこと……べ、別にあんたと一緒に行かなくたって養護施設のみんないるしいいんだけど!?」


「はいはい、分かってますよー」


「また、はいはい、って!適当に言ってるでしょ!ほんとなんだからぁ!!」


「はぁい、わかったわかった。それで?なんで手を伸ばしてたんだ?」


「えっ……とね……。

…………………ふふふっ」


「気持ち悪いぞ」


「うるさいな!もう!──あのね、今はなんーーにもないこの空が、今日の夜には花を咲かせるんだなぁって、それってなんかすごいなぁって思ってたんだよ」


「中二病かよ」


「だからうるさいな!大体、それ言うならあんたの方が中二病でしょうがっ」


「なっ!?」


うるさい幼なじみは置いといて、もう一度空へ手を伸ばす。


「本当に楽しみだなぁ……」


夜でもみんなと会えるなんて。





「わあ!すごい人だね!」


「こんな程度で驚いてちゃダメだぞ」


「え!まだ人が来るの!?」


「ああ。だから、絶対、一人で行動しようとしないこと。いいな」


「もっちろん」


というわけで、やって来ました!花火大会!!!今日の目玉となる、川での打ち上げ花火は七時からだけど、今は六時。それでも出店が並ぶ広い道は人でごった返している。私は少し離れた土手の辺りで幼なじみとかき氷待ちと場所取りをしているから人混みにいないけど、かき氷を買ってきてくれてる管理人さんが可哀想になってきた。


なのにもっと人が増えるだなんて!!すごいなぁ!

わくわくした気持ちを隠そうとせずにキョロキョロ周りを見ていると、急にビュゥ゛ーと髪が乱れるほどの強い風が吹きつけた。せっかく隣の病室のおばあちゃんにお団子にしてもらったのに少し崩れちゃったよ!


と髪を弄っていると、いきなりバサリ、と頭に何かが降ってきた。


「ふがっ」


なにごと!?

私が降ってきたものを手に持って見てみると、それはさらさらした大きな布。暗くてよく見えないがほんのりあったかい気がするんだけど、なんだろう。

と思っていたら、隣からぶっきらぼうな声が聞こえた。


「夜は意外と冷えるから、着とけ」


思わず振り返る。幼なじみを見れば、さっきまで着ていたはずの薄いウインドブレーカーが無くなって、Tシャツになっていた。……ってことは。


私はしばし自分が持っているものと目を合わせようとしない幼なじみの顔とで視線をさ迷わせた。やがてポツリと言う。


「……ありがと」


「……おう」


幼なじみの顔を見ることが出来ず、なぜか体温が上がった気がするが、悟られないようにいそいそと手に持っていたものを着た。あと、やっぱりお団子は再生不可能なぐらい崩れていた。






ヒュ~ ..... . .

ドンッ


やがてはじまりの合図のようにお腹に響く力強いひとつの音が鳴り、打ち上げ花火がとうとうあがった。











ザワザワ、とメインの打ち上げ花火が終わったことで帰ろうとする雰囲気があたりに漂い始める。

それでも私はただなんとなく、動きたくなくていつもの黒に戻った空を見上げた。

養護施設のみんなは達は私に合わせて、待っていてくれるらしい。


それでも動く気は、起きなかった。


動いたら、「そろそろ帰ろうか」って言われるだろうから。


そうしたら、また暗い病室で一人になるから。


取り残されて忘れ去られてしまうかもしれないって不安になるから。



悪足掻きめいた口調で呟いてみる。


「……花火、すっごく綺麗だったねー。星とか月なんかよりキラキラしてて、明るくて。……あっという間に終わっちゃったー」


あーあ、と肩をすくめるフリをしてみんなのいる方に顔を向けてみると、管理人さんはこちらをただ見ていた。暗くて表情は見えないけどすぐに、言わなきゃよかった、と後悔した。俯いたら涙がこぼれそうだ。

それでもこらえて、自分から、帰ろう、と声をかけようとしたとき。

ボソリと、でもしっかり聞き取れる、よく知った低い声が耳に入ってきた。


「……俺は、月の方がよっぽど好きだけどな」


「え?」


どういうこと?花火の方が明るくて、きれいじゃない?

声に出してはいないが、私が言いたいことは伝わっていたようだ。

幼なじみが空を見上げて虚空へ手を伸ばす。


「花火はすぐに消えちゃってなにも残らないだろ?でもさ、あんなに丸くて()()()、月はいっつも光ってる。それがなんだか安心するんだ」


「……」


まあ、新月とかもあるけどな、とこっちを向いて笑ったけど。


“安心する”


その言葉が衝撃で、不覚にも納得させらせた。


「……そろそろ帰ろうか」


言おうと思っていた言葉は、自分でも驚くほどすんなり口から出てきた。



その日から、夜に月をよく見上げるようになった。月を見てみんなのことを毎日思い出すのだ。それはいつの間にか、寝る前の私の日課となっていた。いまもずっと。



幼なじみが、月が好きだと知ったから、ダメ元で月のきれいな世界、なんて願ってみたのである。





..:❍︎︎:...:❍︎︎:.. . ..




「……………ん」


意識が浮上してゆっくりと目を開ける。貧乏だからベッドなんて高価なものは無く、床にタオルや毛布を敷いたところでいつも寝ているが、寝心地は意外といいのだ。でも目を開けたのは、夜明け前だった。窓に目を向けると空は白み始めている。お母さんはどこにいるのだろうか、部屋にはわたし一人しかいない。



夢は、前世のものだった。最後の花火大会の記憶。

楽しかった思い出のはずなのに、今はなんだか空虚な気持ちになる。前世のことは今まで深くは考えないようにしてきたのに、それが崩れていった、気がした。


──なんでここにあのときの大好きな人たちはいないの?どうしてわたしだけ、一人でこんな変なところで生きてるの?おかしいよ、淋しいよ。

みんなに会いたい……っ、会わせて……!!!!


「たった一人は、もう嫌だよぉ……………!」


堰を切ったように気持ちが溢れ出す。



今だって大好きな人たちと出会えてる。


たった一人なんかじゃないことも知ってる。


十分幸せなことにだって、気付いてる。


そのはずなのに。




こんな気持ちがいきなり溢れて止まらないのはなんで?

胸の辺りが痛い。思わず蹲る。

と。



────壊シチャエバイインダヨ


どこからか声が聞こえた。いつもなら幻聴だと一蹴できるのに反応してしまう。


壊…す?そんなことしたって、どうしようもないじゃん…。みんなと会えれば私はそれで良いのに。


────壊シチャエバアノ頃ノ世界ニ帰レルカモシレナイヨ


無視すればいいのに聞きすごすことができず続けて問うてしまう。何を壊すの、と。


声はクスクスとわらって言った。


────コノ世界


…は…?世界を壊す……?

その言葉を聞いた途端に、痛かった胸の辺りが熱くなる。何かがせり上がってくるみたいだ。なに、これ。


「……うっぐっ……」


額を床の毛布に打ち付ける。そうしないとせり上がってくるものを吐いてしまいそうだ。どんどん熱くなる胸の痛みに合わせるように、指先が冷えていくのを感じた。

なおも声は響き続ける。


────ネェ壊サナイ?君ナラナンデモデキルヨ


うるさい、そう言おうと開いた口からは空気しか出てこなかった。



気が遠くなりそうになったその時。

ガチャ、と扉が開く音が。


……お母さん…?


焦点の合わない目を使い音のした方を見るとそこには、案の定こちらを見て目を見開くお母さんの姿が。


「……っ!ルミナ、ルミナ!!ルミナっ! ……………ウソ、でしょ……?」


一拍遅れて私に駆け寄って抱きあげた。その温かさすら感じられず、一気に恐怖が沸き起こる。

けど次の瞬間。

お母さんの言葉に私は耳を疑った。


「……ルミナが ( ・ ・ )に、なるなんて……」


お母さんは、これがなんなのか知っているらしい。途中聞き取れない部分があったけど、私には口の形でなんと言っているのか分かってしまった。


決死の思いで声を出す。今、気を失うわけにはいかない。

「ね…。………どうな…ちゃ…ぅの…?」



「……大丈夫。死なないよ。ルミナはママの天使だからね」

いつになく真剣な様子でそういうお母さんに、少し驚いた。するとお母さんは私をぎゅっと抱きしめて────耳もとで何かを呟く。そう、まるでこれは、呪文のよう…。


途端に、胸の痛みはすう、とひいていった。呼吸も楽になっていく。




その嬉しさより。


「……!お母さん、お母さん!!」

「ル、ミナ……」

私の痛みがなくなると同時に倒れたお母さんに、意識が向く。

まるでさっきの私のよう。

でもお母さんは、私を叱ってくれた時のような、強い声で語りかける。


「……っ──ルミナ、よく、ききなさい、、、」


「え?」


「ルミナにはね、つよぉい力が、眠っています。そのせいでまた、さっきみたいにルミナの胸が痛むことが、頻繁に、起こるようになってしまうの。ママが弱いから、このぐらいしか、抑えられないや、ごめん、ね……

そうなってしまったとき、大好きだった人との大好きな記憶を思い出して、呼吸をととのえてごらん。ルミナなら抑えられるから。…ね?」


「お母さん…?」


ねえ待って。その言い方って、もう……


「お母さん、お、お医者さんに……」

診てもらおう、そう歩き出そうとすると、そっと腕を掴まれた。強引に歩こうとお母さんを見ると、その状態に絶句する。


「……!?お母さん、なんで、消えて……」


手足の指先からキラキラとした塵になって消えていっているのだ。掴まれた手だってどんどんなくなっていく。


「ごめん、ルミナ」


っ謝らないで。


「ママ、もうね、無理、そうなの。だから、最後に」


私が聞きたいのはそんな言葉じゃない。無理ってなに。最後ってなに。目を逸らして下を向く。涙が落ちていくのを感じた。



「──ルミナ、負けるな」


「…!」



涙が溜まった視界で見たお母さんは、今までで一番、かっこいい笑顔をしていた。そしてクスッと微笑む。


──やめて、やめて、やめて!!


「あとさ、」



ママって呼んで、いいんだよ?










やがて部屋に光が差し込む。


誰も居ない、簡素な部屋に。




このとき私は、近くの森へ、逃げ出したのだ。





..:❍︎︎:...:❍︎︎:.. . ..





────辺りが朝霧に包まれ視界がきかないなか、声が響いた。


「おーいリュカー」


俺はそれに答える。


「んー?」


「お前何体討伐できた?」


「まだ30しかできてない」


「うわマジかすげぇな。俺まだ5体しか倒せてねぇや」


「それはお前の努力が足りないんだよ」


「ムカつく言い方すんなあ」


後ろにいる男があっけらかんと笑う。




俺の()()名前はリュカだ。今の、なんていうのも、それは俺が、前世の記憶というものを持っているからである。

……信じられるだろうか。しかし事実そうなのだからどうしようもない。


記憶が蘇ったのは九年前、七歳の黄金祭の日だ。なんとも不思議なのだが、見知らぬ少女とぶつかった時に思い出したのだ。

…昔から、虚無感というか空白感というか、自分に何か足りないものがあるような気はしていた。でも思い出した時──ああ、これかって感じたんだ。






⿴⿻⿸




いつも通り、俺は部活帰りにある病室へと足を運ぶ。カラオケや飯に誘われても、これだけは忘れない。いつもお土産として二つ分買っていってるコンビニのプリンを持って足取り軽く、病室の扉をノックする。


少し間を置いて聞こえる、鈴のようなきれいな声。


「どうぞ」


その声に合わせ扉を開くと、いつも通り、一人の少女がベッドに腰掛けていた。俺の幼なじみだ。


唐突に、幼なじみがふっと笑った。その瞬間、見ている世界が色づくのはどうしてだろうか。



「今日ははやいね」


「だろ?雨が降って部活がいつもより早くに終わったんだよ」


「おおー」


その、なんとも気の抜けた返事を聞きながら丸椅子に座った。そのまま買ってきたプリンを取り出そうと袋へ手を伸ばすと、カサ、とシーツの擦れる音が聞こえた。そこで気付く。いつもはすぐ話しかけてくる声が今日はないことに。


「……」


「……? どうしたんだ?黙…………っ」


「あ、ごめんね、ぼうっとしてたみたい。……雨の日だと、やっぱりなんか気持ちが乗らないよね。……あはは」


俺が言葉を止めたのには理由がある。


「なあ、なんで、泣いてるんだよ…」


「……はあ?泣いてるって、なにが……」



思わず口に出したすぐあと、聞くんじゃなかったと思った。なんで、なんて、ほとんど分かりきったことだろ?


幼なじみは俺の言葉に、手を顔に当てて─そして気づいた。あわてて俺に見せないように顔を覆う。


「……泣いてないし」


聞こえた声は、うっかりすると外の雨にかき消されそうなほど小さなものだった。

謝りそうになったのを、すんでのところでこらえる。




雨の音がやけにうるさい。どうすればいいのか焦っていると、先に口を開いたのは幼なじみだった。


「…………ね、ちょっと聞いてよ」


「……」


顔をこちらに向けようとせずただ淡々と話す幼なじみに、俺は立ち尽くすことしか出来ない。口が乾いて声が出せない俺に、気づいているのかいないのか、幼なじみは独り言を言うかのように続ける。


「この前ね、検査があったんだよ。いつもより詳しい検査。その結果を今日聞いたんだけどさ」


「……」


俺はここでようやく、目の前の人物の声がふるえていることに気がついた。


「私、半年っていわれちゃった」


「……」


「半年だってさ。あはっ『余命宣告』なんて、ドラマとかでしか見たことなかったよ」


「……」


「この話、養護施設の管理人さんに言ったらさ、そんな無責任な言葉なんて信じるな、きっと治るから、って言ったの。……ちょっと笑っちゃうと思わない?」


「……」


「無責任なのはどっちなんだって話でしょ。医者の人は症状を私にわかるように説明しようとしてくれたの。管理人さんなんかよりよっぽど私の気持ち考えてくれてた。管理人さんにその言葉何回聞いたよって言いたくなっちゃった。一緒についてきたみんなもさ、頑張ってねお姉ちゃん、とかしか言わないんだよ。


……私は、何を、どう、頑張ればいいわけ」


「……」


「わかってる。病人に死ね、だなんて言えないもんね。

……実はさ、あんたって毎週来てくれるけど病気についてなんも言わないじゃん。ただ、一緒に居てくれるだけ。それがすごくね、う、嬉しかったの」


違う、と言いたかった。

ただ、俺が怖かっただけなんだよ。


「……あーあ。こんなに早く死んじゃうんなら、生まれ変わりでもしてあんたとまた会いたいなあ。………なんてね?嘘だよ」



お願いだから、そんな震えた声で笑わないでくれよ。



でも、やっと出した声ではそんな言葉を紡げなかった。


「──なぁ、『異世界転生』って知ってるか?」


それは、勢いに任せた実現するはずのない思いつき。

この時、俺はどうしようもなく無責任で限りなく馬鹿な約束をした。




..:❍︎︎:...:❍︎︎:.. . ..




きっと、この今の状態が異世界転生ってやつなんだろう。ありえないと思ってたのに。



ここ(異世界)に幼なじみはいるのだろうか。




もしも、幼なじみがいるのなら。


今度こそ。


「──ちゃんと、伝えるんだ」


俺の言葉が聞こえたのか、レオンが一瞬不思議そうな顔をした後、ニヤニヤとこちらを見て訪ねてきた。



「なに、お前に想い人なんているの?」


「ああ。──ずっと……ずっと昔から、俺はあいつが好きだったんだ」



それに気づいたのは、失ってしまったあとだったけど。


今でもずっと、好きだよ。


「……」


「…ん?レオン、どうした」


レオンはなぜか、固まって口をぽかんと開けていた。いっそうアホにみえる。


「居酒屋のリサちゃんにも靡かなかったお前に……想い人が………」

「……? どうでもいいが、そんな所で突っ立ってたら死ぬぞ。──あ、ほら後ろ」



「へ?………んぎゃあ!?」


ここの魔物はそこまで強くはないがな。


レオンの反応に、思わず笑ってしまった。





今日は一段と晴れ渡ってるなあ。



そんなことを言ったのは誰だったっけ。


そういうの、フラグって言うんじゃなかったかなと思ったけど、そう言ってしまうくらい、キレイな青空だった。雲は無く、鳥や虫すら飛んでいない、ただただ澄みきった青。

或いはそれは、この後起こる異常を警告していたのかもしれない。



「──な、早く行こうぜ、リュカ!」


「急かすなよ。今、回復薬の確認してるんだから」


この日俺とレオンは、亜人型の魔物の討伐依頼を受け、草原のフィールドへ出ようとしていた。

レオンはいかにもうずうずといった様子だ。


「絶好の狩日和じゃねえか!他の奴らも狩りに行ってるぞ、すぐに狩り尽くされちまう!!」


「わぁかってるって!──よし!行くか」


「おうよ!」




そして、いつもより魔物の少ないフィールドで討伐していた時。



ザシュッ


「よし、あらかた終わったかな。レオン、そろそろ昼にしないか?」


「お?もうそんな時間か?いいぜ、リサちゃんのいる居酒屋で食べよう。今日こそリサちゃんに気持ちを伝えるんだ!」


「ハイハイ。応援してるさ」


「適当に言うなよ!本気なんだから」


「今日こそって、今日で何回言ってるか数えてみろよ」


「うるせっわかって────」



刹那。


地鳴りが響いた。






「どっどうしたんだ!?これ!」


すぐに鳴りはおさまる。レオンが焦った声を出した。




数秒の静寂。風すら音を立てない。







しかし変化は訪れた。


突如遠い山の中から空へ黒い何かが昇る。そしてそれは、瞬く間に広がり──。



空を全て、覆い尽くしてしまったのだ。







次の日、世界に、魔王復活の情報が渡った。




「……なんのRPGだよ、これ。」


本当は笑い飛ばしたかった。なんかの冗談だろって。ゲームでもいきなりすぎだろって。でも、呟くことしか出来ない。


現実はゲームじゃない。


食糧が減っていく。魔物が凶暴になってくる。心が荒んでいく。



そうして光をなくした世界が求めたのは、勇者である。


街のいたるところに貼られた、『勇者求ム』の紙。そこには、魔王を倒した者にに巨額の富と名声を、と書かれている。


既に、別の国も含め、数千の冒険者、数百の国軍が魔王討伐への旅に出ている。



……そして、俺も。


「な、なあ、一人で行くのか?」


「ああ」


「みんな死んでいっているのに?」


「ああ。…じゃあな」




『俺とお前は、来世はRPGみたいな世界に異世界転生するんだ。で、俺は勇者になって世界中を旅する』


前世の俺は、この世界がこんなことになっているなんて全く考えていないんだろうな。つくづく無責任で馬鹿だ。


いるかも分からない幼なじみを守る為に旅に出る俺も、総じて馬鹿なのだろうな。




ずっと使い込んできた剣を握り締める。


脳裏には、幼なじみとの約束が、浮かんでいた。






ぎゃあああアああアアアッッ


「んぐッ……はぁ、はぁ。ここらは終わったかな……」


水を飲んで地面に座り込む。


旅を始めた頃とは格段に違う瘴気の量。魔王城まであとすこし。


ここに来るまでだいたい一年ぐらいかかった。



魔物はやはり、瘴気に当てられより狂暴に、より強くなっていった。

しかしおかしなことに、それにつれ、人間味を帯びている気がするのは気のせいだろうか。

倒した(ころした)時の叫び声に胸が締め付けられるのは、気のせいだろうか。




そんなこと、考えてはいけないのかもしれない。


でも、胸の痛みは、どうにもならなかった。






やがて目の前にいきなり現れた、魔王城を見て、もう逃げることが出来なくなった。







ギィィィ……


扉は軋んだ音をたて、城の主人がもう何年もこの扉を使ってないということを物語る。


瘴気が、格段に強まった。この中にいる魔物達は、とても強くなっているのだろう。



慎重に歩を進める。

が、ギシギシと鳴る階段を上り終えた時、その異常さに気づいた。



「……静かすぎやしないか…?」


魔物の気配が、全くと言っていいほどない。あるのはただ、魔王の瘴気のみ。


ここは魔王城。言うなれば、魔物の本拠地。であれば、魔物達が姿を隠す必要はあるだろうか。



魔物はこの城にいない?

もしそうだとしたら、魔王はここで、ただ一人で待っているということになる。


わからない。一人でいるメリットがあるのか?

例えば、味方である魔物達にも被害が及んでしまう魔法がある、とか。

自分は戦わず魔物に街を襲わせるようなやつだぞ?そんな仲間意識みたいなの、持っているのか?


ふと、魔物の叫び声を思い出した。

魔物にも感情があるとして。

もしもこれが、操られて泣いている叫びではなく、魔王の心がそのまま反映された叫びであったら?



ますますわからない。


だから、前に進まなきゃならない。


もう一度剣を握り締めた。





「──ここ、か?」


最上階一番奥の広い部屋。ここから、瘴気が出ている。

やっぱり、ここに来るまでのあいだに魔物が出てくることは無かった。


だが、この部屋にわざと潜んでいる可能性もなくはない。


俺は息を殺してそっと扉を押した。




そこには黒い靄があった。


あった、というより、いた。


瘴気のカタマリで黒い靄がかかり、中心に居る魔王の姿は見えない。


魔王は暴走しているかのように、より一層瘴気を強める。


これが最後だ。

これで、最後だ。

倒せば、ようやく終わる。



剣を構える。


ほぼ同時に、動き始めた。





「──はぁぁッッ」


───ぐるるるるアァ!!



どのくらい経った?

もう、気力でしか動けていないように思える。

爆風やらなんやらで、気づけば城の屋根や壁だって無くなっていた。


魔王の方も、瘴気が薄れ、姿が見えてきている。

人のカタチをしていた。



「ぐぅッ!!!!」


カランカラン…



死角になっていた斜め後ろから魔王の攻撃が当たった。その拍子に、倒れ込み剣を離してしまう。


その隙を、魔王が逃すはずがない。



瘴気のカタマリが光りだした。魔法を使う前兆だ。


直撃したら抵抗すらできずに灰となるだろう。


「クソッ…うで、う、ごけぇぇ……」


光が目前に迫る──。



「……!?」


まただ。



さっきからこんな場面に陥る時、度々魔法が外れる。

…いや、()()()()()()()()()()()()


どう考えても魔王がそう操作しているとしか考えられない。なぜ?……いいや、そんなこと考えている暇はない。


剣をつかみ、起き上がる。もう後がない。



……なら。

次で、一か八か魔王の正面へ突っ込んでみようか。


どうせ、行動を起こさなくては俺は死ぬ。


「…よし」



剣を握り締める。


最後の一撃。重いだけでなんの捻りもない、正面からの一突き。








さくり。





それでも呆気なく、魔王を貫いた。

今までのが嘘のように、呆気なく。



瞬間、残りのモヤも消え去り、辺りに白い光が満ちる。


目を開けると、空には星が満ち満ちていて。



──終わったのだ。


理解して、力が抜ける。



が。



「……うお」


魔王だった者が、倒れ込んできた。


そのまんま抱きとめる形で後ろに倒れた。

やっとの思いで自分だけ起き上がる。


「…………ね、ありがと」


「!!?」



死んだと思っていた魔王が口を開いた。咄嗟に剣を掴もうとすると、


「私はもう消えるから、安心してよ」


と、()()()()


俺はまず、この魔王が同い年くらいの少女であることに驚き、会話ができることに驚き、本当に魔王はもうすぐ死んでしまうのだということになぜか驚いた。


「──なあ。なんでお前、俺を殺さなかったんだよ」


自然と、声は出ていた。


「ふふ、、私ね?本当は、だあれも殺したくなかったんだあ……。ありえないって、おもうでしょ?」


さっきとは似ても似つかないぐらい、弱々しい声で、魔王は話した。


「……ああ」


「ほんとなの。もともと人間なんだよ。これも、ありえないでしょ。……ありえないついでに、聞いてよ。まだけっこう話せそう。

……ね、君はさ、“前世”って信じる?」


「……は?」


突拍子もないことに、そしてその話の行き着く先の可能性に、背筋が凍る。

そんなことに気づかない様子で、魔王は続けた。


「やっぱしんじらんないかあ。……でね、わたし、異世界転生っていうのをしたの。別の世界から来たの、私。で、その世界でね、ひとっつ約束をしたの」



……ほんとに?


「幼なじみと」


……ほんとにお前、、


「──異世界転生ってやつをして、また出逢おうって」



お前は──


「それで逢えなかったのが、唯一の心残り、なの」


「…………千晶(ちあき)?」


「……………へ……?」


細められていた目が、驚愕に大きく開かれる。


そして、その口から三つの音が紡がれた。


「……伊織(いおり)?」


「千晶!!え、…ぅうそだろ……?なんで、こんな」


「伊織か……ははっ、道理で、かっこいい訳だ」


「お前ッなんでそんなにおちついて……!」


「もう私の心残りはなくなったからさ。……最高じゃない?最期を、大好きな人と二人きりで過ごせるなんて」


「……だっだだい…す、き??」


「うん。それにさ。

空見てみなよ。すごい綺麗だよ」


「空?……!!」


「……最初で最後の花火大会、覚えてますか」


「あたりまえだろ…!」


「あの日、伊織が月が好きって言ってからね、私、夜が寂しくなくなったよ」


「っ!」


「ありがとう」


「お前っ今それ言うの反則だろ……?」


「へへっ、最初にやったのは、あんたの方なんだから、ね。


……あの約束をしてからね、私、来世で伊織に馬鹿にされないように、今世頑張って生きようって思ったの」


手足の先からキラキラ砂みたいになって消えていく。


「っ!」


「ありがとう」


「お、おお俺だってな!お前がいなかったらとっくに人生諦めてたんだよ!養護施設で知り合った同い年がお前だったから!新しい家族って言われたとき、頑張ってみようって思ったんだ!

あの花火大会の日だってよ、お前がはしゃいでるの見て、来てよかったって思った!月の話した時な?俺、本当は俺も同じ月見てるから寂しくないよって言いたかったんだ!」


「……私たち、なんの張合いしてるんだろうね」


「…だな」


「こんな似たもの同士の私たちが、こぉぉんな夜空を一緒に見れるなんてさ、ある意味奇跡かなぁ」


「運命かもな」


「赤い糸で結ばれてる?」


「結ばれてる」


「ははっ!ありえないわぁ……繋がってたとしても絡まりまくって遠回りだよ」


「……来世まで?」


「……そ、来世まで」


「だろうなあ……。




な、……死ぬなよ、千晶……」


「…嫌だね、今がこんな幸せな時間なんだから」


「また、置いていくなよ……」


「……!」


「もっと俺が強かったら、千晶のこと気づいてたかもしれなかった!!富も名声もいらない。そんな程度のことのために魔物を殺してなんていない。千晶を見つけて、、、それで、千晶を守れれば、それで、良かったんだよぉ……。こんなふうに、千晶を……殺さずに…………」


「あんたのせいじゃない。

……なかなか、素敵な口説き文句だね。

……私ね、魔王になってから魔力暴走でどんどんぼろぼろになって行ったの。

でもさ。そんな時に、あんたが来てくれた。紛れもなく私を救ってくれた」


「っっ千晶、もう脚が無くなって……!」


「ありがとう、伊織。…ずっと、あんたは私のヒーローだよ」


「!!」



千晶は、すうっと息を吸い込む。吸い込む肺ももう見えないけど。



「私、千晶は!!!!伊織のことが!!!ずっとずぅーっと!!大好きです!!!」



そしてこちらを見て満足気に笑う。



俺も思い切り、冷たい空気を吸い込んだ。


「俺、伊織は!!!!千晶のことを!!!ずっとずぅーっと!!来世もずっと!!愛し続けます!!!」




「……ほんとに、私たち、似たもの同士だね」


一筋零れた涙まで、砂になって消えていく。


さっきまで確かにそこに在ったものを胸に抱いた。

涙が溢れ落ちる。溢れて溢れて、止まらない。




丸い大きな、黄金の月は、静かに全てを照らしていた。
























⿴⿻⿸




「なぁ、『異世界転生』って知ってるか?」


「うん。どうしたの?」


「俺とお前は、来世はRPGみたいな世界に異世界転生するんだ。で、俺は勇者になって世界中を旅する」


「いきなりどうした少年よ」


「──だからな?」


「?」



「来世でもまた会いにいくから!どこにいたってお前を見つけてやる、だから忘れないで待ってろよな!!」



いつだったか、幼なじみとこんな会話をしたのを覚えてる。真面目くさった顔で幼なじみが続けたこの言葉に私はふふっと息を漏らし、そして言葉を返した。





「ファンタジーじゃあるまいし。

……………………絶対来いよ、ばか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編とは思えない密度でした。 クライマックスの会話が特に良かったです。 良い物語をありがとうございました
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