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.27 焼かれた娘

 私はかまどの上に座るのが好き。パンが焼けるにおいを嗅ぎながら、お尻が暖かくなるのをゆっくりと感じるの。

 パンはどれでも好き。硬いエンバクのパンも、私の腕の色みたいなライムギパンも、白くてふっかふかのコムギパンも!


 とろ~りととろけたチーズを乗せたり、わざと少し硬くした薄パンに干し肉を挟んで顎が疲れるまで噛んだり、もっとかちかちになったパンを砕いてシチューに入れたり……。

 パンだけじゃなくって、お肉も好き。いつも自分でウサギやリスを獲って食べてる。


 お肉はイノシシがいちばん好き。森でイノシシを見たことがあるけど、思ったよりも大きくておっかなくて、あれはちょっと捕まえられないかも。

 おうちに体当たりでもされたら、壁が壊れちゃう!

 見つけたときは気づかれないように逃げ帰って、窓から覗いて居なくなるのを待ったよ。まるで草むらに隠れるウサギみたいに!

 ウサギやリスは大人しいから見ていると癒される。可愛い。

 ……でも、森で自分で獲って食べられるものって限られてるから、しょうがないよね。いつも心の中で「ごめんね」って言ってるんだ。


 森で暮らすようになってから、気が楽になったの。大変は大変なんだけど。

 朝早く起きて、ちょっと遠くの泉まで水を汲みに行って、罠の様子を見て、薪を割って。それから朝の支度。

 自分ひとりだとしなきゃいけないことが沢山あって、お肉屋さんみたいに、おかみさんが店番とおうちの事をして、だんなさんが仕入れと肉の解体をしてって、分担して仕事をしていたのがすごく賢いことだって思った。


 でも、私はひとり。ひとりぼっち。生まれたときは、お父さんとお母さんと、おばあちゃんと、お母さんのきょうだいが何人かいた。


 お父さんが戦争で殺されて、お母さんの兄妹は出て行ってしまって、仕事が増えたお母さんも急に病気になって死んじゃって、最後にはおばあちゃんも歳をとって死んじゃった。


 ……みんな、おばあちゃんのことが嫌いだった。


 でも、私は好き。おばあちゃんはとっても親切で優しくって、物知りでおもしろいから。

 不思議なおとぎ話とか、可愛い髪型の作りかたとか、すぐに眠たくなる子守歌とか、たくさん知っているの。

 でも、誰にでも何でもあげちゃうし、失敗も多いからそこが玉に瑕。


 みんなと暮らしているときは、どうしてみんながおばあちゃんを嫌うのかが分からなかった。

 おばあちゃんとふたりきりになって、みんなの苦労が分かったの。


 私たちは仕事をしなきゃいけない。水や食べ物、それに薪を買うお金を稼がなきゃ。

 でも、おばあちゃんはそういうことができないし、かまどに火を点けるのも、お裁縫だって苦手。

 昔は産婆さんをやっていたらしいんだけど、お金を貰い忘れる事が多くて、よくお母さんやお父さんと喧嘩になってたんだって。

 ふたりきりで生活するようになったら、歌やお話は暮らしていくのになんの役にも立たないんだって、よく分かっちゃった。


 だから、ひとりきりなのも嫌いじゃない。気楽だよ。


 おばあちゃんに教えてもらったから、歌もお話もたくさん知ってる。身体を動かすのも好き。歌いながら、頭をからっぽにして踊るのが好き。

 ひとりきりで寂しくなっても、大きな声で歌やお話を口にすれば、森が聴いていてくれるの!


 森で暮らすようになって、夜に眠れないことが増えたの。

 昔のことを思い出したり、ひとりで寂しくなったときに眠れなくなるかな。

 そんなときは、雨でも晴れでも外へ出て、疲れてくたくたになるまで踊れば、朝までぐっすり眠れるんだ。

 森の中ではひとりだけど、ひとりじゃないみたいで……。自分でも何を言っているのかよく分かんないんだけど!

 とにかく、悲しくなったぶん、楽しくならなくっちゃね!



 でもね、聞いて! この前、全然違う理由で眠れなくなったの! 初めてのこと!



 森の中をひとりでぶらぶらしてたの。

 冬ごもりの支度をする賢いリスとか、ふたつの出入り口を点検するミソサザイを眺めたり、余分に罠に掛かったウサギさんを逃がしてあげたり……。


 そしたらなんと、森の中を人が歩いてたのを見つけました!


 私と同じくらいの歳で、立派な服と靴を身に付けて、カナリアの羽ような髪と、きれいな……森の宝石のような瞳の男の子。

 腰に金ぴかの飾りのついた剣まで下げちゃって、まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいだなって。


 興味津々で、彼が何をするのかずっと観察したの。もしかして森のどこかにお姫様が居て探しているのか、悪い魔女が居てやっつけに来たのかなってね。


 そしたらね、彼、どうしたとおもう?


 なんと森の中をぐるぐる回り始めちゃった!


 同じところを行ったり来たり、大真面目な顔をして、何かを探してるみたいに!


 ああ、この子迷子なんだなって……すぐに分かったよね。それで、きっとお腹を空かせてるだろうからって、お肉を準備したの!

 おばさんに教わった秘伝のたれを塗ったウサギの焼肉! ちょっとくさいけど……。

 ほんとは、私から声を掛けて、お肉を勧めるつもりだったんだけど、彼はお肉を見つけて勝手に食べちゃった。

 勝手に食べちゃうから、泥棒なのかなって、少し不安になったの。剣も持っていたし、怖い人だったらどうしようって。


 でもね、食べてる横顔をこっそりと茂みから眺めていたら、あんまりおいしそうに食べるから、ちょっと嬉しくなって……それから口に出して「おいしい」って言ってくれたのが聞こえて、飛び出しちゃった!

 だって、泥棒ならこっそり食べるもんね。そう思ったから、大丈夫かなって。


 ……えへへ。嘘ついた。

 本当は、私が作った焼きウサギをおいしいって言ってくれたのがすごく嬉しくて、何も考えないで飛び出しました。



 彼……アレブはすごく良い人だった。勝手に食べたのを謝ったし、ちゃんとお金を払うって言ってくれたし、近くで見るとかっこよくて……。

 なんとなくだけど、「この人、本当に王子様なんじゃないかな」ってすぐにぴんと来た。まあ、名前が王子様と一緒だったんだけどね。


 正直に言うとね、森での暮らしは、つらかったんだ。

 大変だし、ひとりぼっちだし、寒くなるにつれて食べ物が少なくなるし、見たことはなかったけど、オオカミの遠吠えが聞こえる事もあったから。

 だけど、木こりのおじいさんと家を交換したから町に私の家はないし、町に戻っても、みんながおばあちゃんを頼ったように、私のことを頼って来たらどうしようって考えると、町に戻る気は起こらなかったんだ。


 魂は信じてないけど、お腹が空いていよいよ死にそうになったら、町のお墓に行って、そこで最後を迎えようって考えてた。


 そんな冬みたいな気持ちになってたときに、アレブが来たんだ。


 私、すっごく嬉しくて、おとぎ話みたいだなって思って。久しぶりにたくさんおしゃべりしちゃった!

 町に居た頃はしゃべり過ぎて怒られることがよくあったから我慢してたけど、このときはまったく我慢できなかったよ。


 そのあと、頭に角の生えた白馬のスケルスと出逢って、本当にもう、おとぎ話の世界に入っちゃったんだって!

 そうそう。あんまり興奮したから、夜は寝付けなかったの! だから抜け出してたくさん踊ったの。そういう話!


 それから、お城でルーシーンおばあちゃんに逢って、魔女のコニアさんにも逢って……。たくさん冒険をした。

 怖いこともあったり、喧嘩をしたりもしたけど、すっごく楽しかった。


 出逢ったひとたち、みんないいひとだった。


 でもね、やっぱりみんな、色々考えてるんだ。怒ったり衝突することもある。

 それはひとのためだったり、自分のためだったりするけど、悪いことやずるいことのためだったら、怖い。


 町に居たとき、おばあちゃんはなんでもあげちゃうって言ったでしょう?


 あれね、半分くらいは間違いかもしれないの。おばあちゃんは若いときから親切だったんだけど、自分からなんでもあげちゃうほどじゃなかったんだって。

 そういうのは良くないって「お友達に叱られてやめた」って、おばあちゃんの思い出話で聞いたことがあるの。


 だけど、一度親切にすると、その次もまた助けてあげなきゃいけなくなって、誰かに親切をすると、他の誰かも助けないといけなくなっちゃって。

 そのうちに、みんなは欲しいだけ欲しがるようになったの。誰かが言ってたわけでも、みんなに訊いたわけでもないんだけど、分かるの。


 みんな、悪くてずるいんじゃないかなって。



 そういうのが怖い。



 木こりのおじいさんとの家の交換も、おじいさんが自分の都合の良いように言ってるんじゃないかなって、ちょっと気付いてた。

 いくらお年寄りでも、ずっと森の中で暮らしてきた専門家だよ。それが森での生活がつらくて、城下町の家族のところに行きたいって思ったからって、私なんかに家の交換を持ち掛ける?

 私はそのとき、ひとりになったばかりでみんなが怖かったから、森で暮らすのも悪くないかなって思って、おうちの交換をしちゃったんだ。


 森もね、怖くないわけじゃないんだ。夜になると何も見えなくなるし、ヘビとか虫とかもたくさん居る。

 大きな動物に襲われて食べられちゃうかもしれないし、悪い人が森に潜んでいるかもしれない。


 ……小屋で火を点けて明るくしても、暗闇の向こうから森が呼んでいる気がするんだ。「おいで、おいで」って。


 木の実や葉っぱをリスやウサギが食べて、リスやウサギをキツネや野良犬が食べる。私も木の実や野菜、それに罠に掛かった動物を食べる。

 食べかすや死んだ動物は良い肥料になって、草木の餌になる。

 人間じゃなくったって死ぬのは嫌だけど、みんなそうやって、分けあって生きてる。誰かひとりだけがあげてばかりになったり、何もあげずに貰ってばかりの生き物はいないの。

 だから、森は怖くても安心する。


 アレブは王子様だから、ずっと人の中で、お城の中で暮らしてきたんだって。食べ物も誰かが作って持って来てくれるし、お掃除やお洗濯だって召使いのお仕事。

 読み書きも教えてもらえるし、お城にはたくさんの本のある書庫や、ふかふかのベッドもある。夢のような生活!


 だけど、いつか王様になって、みんなのために大切な仕事をしなくちゃいけない。


 アレブにはお父さんが居て、そのひとが王様だから、まだ仕事をしなくてもいいけど、戦争してばかりのお父さんのことが……ううん。

 お父さんのやりかたが嫌いだから、どうにかしようって一生懸命考えてる。


 みんなが喧嘩しないで幸せに暮らせるやりかたを、一生懸命考えてる。


 私もみんなが殺し合ったり、騙し合ったりしないで暮らせるようになったらどんなに良いかって思う。

 少しでも彼の力になりたい。

 だけど、私はやっぱり、あほで、まぬけで、護られてることしかできない子供なのかなって、思うこともある。……みんなそう言うし!


 コナ族の村で、スケルスといっしょに戦争を止められたのは良かった。

 目の前で人が殺し合うのが、あんなに悲しいことだなんて。

 みんな我を忘れて、自分を攻撃した人や、大事な人を傷つけた人を殺そうとした。中には八つ当たりをしているように見えた人も。


 正直ね、どうやったら止められるか、名案は浮かばなかったの。


 私の分かることと言ったら、きれいな花や樹を見ると幸せになることと、お腹が空くといらいらしちゃうことと、踊ると気持ちがすっきりすること。

 神様とか、魔法とか、何がおとぎ話で本当のことなのかとか、よく分かんないけど。私にできる事をやったってわけ。とにかく戦争が止まって良かった。


 その代わり、髪の色がコニアさんみたいに銀色になっちゃったけど!


 私は、この銀色の髪の毛が好き。おとぎ話のドレスの生地みたい。コニアさんの髪を結ったのは楽しかった。おしゃれだと思うんだけどなあ。銀色の髪。

 それでも、みんなは怖がる。自分と違うものは、怖い。


 コニアさんは「全部剃ったら分からないかも」なんて言ったけど、それはさすがにちょっとね。

 だから、魔女のように頭巾で髪を隠して街に行ったの。

 街でお買い物とかをしないと暮らしていけなくなっちゃったからね。


 町に住む人は前と変わらない気がした。やっぱり髪は隠さなきゃって。


 ……だけど、もしかしてって思ったの。


 もしかしたら、コニアさんやルーシーンおばあちゃんが言うように、魔女や神樹の呪いの話は昔のことだから、みんな忘れてるかなって。

 裏路地に棄てられていた銀髪の赤ちゃんとは違って、自分たちの子供じゃなくて他人だから、大丈夫かなって。


 私がいきなりこんな風になったら、誰だって心配して、助けようとしてくれるかなって……思いたかったのに。


 悪い人なんかいないって……信じたかったのに。


 町から出たあと、アレブには叱られたし、すごく心配された。「しばらく一緒に小屋に居ようか」とか、「おばあさんの部屋に来るか」って勧めてくれたけど、私はもう、彼の足を引っ張りたくないから、断っちゃった。


 本当はすごく頼りたかった。ひとりは寂しいから。


 その晩は踊る気もしなかった。なんだか森もざわついていて、私のことを指さしているような気がしちゃったから……。

 


 夜中にね、熱くて目が覚めたの。



 目を開けると、一面の火の海。いつか、かまどに火を点けるのに失敗したときのような、火事。

 どうして燃えているのか分からなかった。

 私は動けなかった。怖くて。怖くて。身体に火はついていなかったけど、背中の傷痕が、本当に燃えてるように熱くなった。


 このまま死んじゃうんじゃないかって思ったとき、誰かが燃える家に入ってきたの。



 知らない男の人。



 私はその人に連れ出されたんだ。お礼を言おうとしたら、その人が言ったの。


 「俺が火をつけたんだよ。どうだい? 怖かったかい?」って。


 信じられないことに、その人は笑ってた。アレブが私のお肉を食べたときや、私がオオカミから助けてもらったときくらい、嬉しそうに。


 すごく怖かった。


 私が何も言えないでいると、その人は踊ったみたいにすっきりとした顔になって、


「きみは火事で焼けて死んだんだよ。ここは森で、国の中なんかじゃない。お墓も無い、誰も知らない。砂漠の真ん中でたったひとりぼっち。きみの魂はたったひとりぼっちだ。きみは死んだんだよ」

 って言った。


 私はあの人の言う通り、ひとりぼっち。死んだんだ。


 魂は見えない。存在しない。


 だからあとから言いたいことがあっても、伝えることはできない。



 本当は言いたかった。ごめんなさいって。

 本当は言いたかった。ありがとうって。



 ……さようなら。


 私はアルメーニャ。


 みんなにはメーニャとかアルメって呼ばれてる、森で焼かれて死んだ女の子。


***

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