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.25 使うものと使われるもの

 血しぶきが舞う。

 矢羽が空を切り、剣が敵を斬り、戦いの火ぶたが切って落とされた。


「我が名はハイク・エポーナ! 貴様らに仇なす翼の国の束ね役にして、豪傑ルゴスの孫! 森を焼くのを止めたければ、自らの血をもってこの火を消すがよい!」


 王自らが打って出る。若き頃よりいくさ働きに余念の無かった男。


 剣のひとなぎで十の槍を刈り取り、こぶしのひとふりで十の体を耕す。城より出でた豪傑の歩いたあとは、死者の畑が出来上がる。


 ――国とは王、王とは支配、支配とは政治であり、そして戦争だ。


 為政の篝火が燃え移り、木々は乾いた空気と共に赤く染め上げられた。


「我が名はムン族族長ルイス! 数多の部族の束ね役にして、豪傑ルゴスの玄孫!

 我らが真に戦うべきは、外より森に踏み入る書を信じる大国! 翼の愚王を討ち滅ぼし、再び我らムン族の手によって全てを統べ、焚書の炎を高く上げようぞ!」


 火消しに現れたのは森の民。かつて森に暮らす部族をまとめ上げたとされるムン族の族長。翼の王と系譜を同じくする男。



 両雄、好戦の血筋同じくして血族殺しに興じる。

 木々は冬の紅葉を深め、大地は養分に満たされうるおった。


 

 ……つまらんな。城で燻っている俺よりも劣るとは。森の闇に抗うのに精力を注ぎ過ぎたか。剣の腕を錆び付かせる森は、やはり焼き払うべきだろう。


 憂愁の勝者ハイク。御旗をあげ、勝鬨をあげ、狼煙をあげる兵たちを眺める。

 翼の国を囲う大森林。南部の蜂起が鎮圧された。


「陛下! 敗兵の処遇はどういたしましょうか」

 兵のひとりが訊ねる。

「逃がしてやれ。かしらを失った以上、しばらくは大人しくしているだろう。大人しくするなら良し、復讐の火種を再燃させるならば、それもまた良し」


 ……繰り返し挑ませて来たものの、かつての英傑の血筋が薄まるばかりで、昨今のいくさの担い手は雑魚ばかりだ。いい加減、飽いてきた。


「陛下! 変なやつをひっ捕らえました!」

 別の兵が駆けてくる。


「変なやつ? どんなやつだ」


「外から来た商人のようです。ムン族の連中相手に商いをしようとしたら捕まったとかなんとか……」


「森から追い出せ。国に害するようなら首を斬って埋めろ」

 つまらなそうに言う王。


「それが、王と会わせろとうるさくて。いくさ好きの王におすすめの商品があるとかなんとか……」

 兵士が鼻を掻く。


 ……異国の武器商人かなにかだろうか。


 王はすっかりぼろぼろになった剣を眺める。彼の剣はいくさのたびに新しい物に取り換えられていた。


「よし、会ってやろう。退屈しのぎにはなるだろう」



 王の前に連れ出される商人の男。部下か何かか、ぞろぞろと仲間を引き連れて。


「これはこれはお殿様。お目通り叶いて至極光栄。まずは、自己紹介。

 わたくしの名前はマーフ。商いで身を立てている者でございます。

 わたくしを蛮族の手から救っていただいたことの感謝を申し上げさせていただきます。

 はあはあ、まことにありがとうございます。感謝の極み! さて、お次は戦勝のお祝いを述べさせて……」


「御託はいい。貴様は商人だろう。俺に相応しい品があると言ったな? 見せてみろ」


 せっつく王。――口が達者な男は嫌いだ。あまり良い思い出がない。


「急いてはことを仕損じます。ハイク様は戦いに享楽を見出すご性質だとお見受けいたします。御稜威凄まじき王に対して畏れまして申しあげますが、ここのところのごいくさはいささか悪手かとぞんじます」

 口上を並べ立てる商人マーフ。


「要するに、いくさを止めろと言いたいのか。森の連中と繋がりがあるのだろう? ムン族に捕らえられていたなどと嘘を言いおって」

 ハイクが剣に手を掛ける。


「ひえ。お待ちください! いくさは結構! わたくしにとっても商いのかなめでございますから!」

 両手をあげて縮み上がるマーフ。


「武器商人か? 要点を言え。ここで貴様ら全員を殺して商材を掠め取ることも容易いのだぞ」

 王は怪訝そうに商人とその仲間を見やる。――マーフは身なりからして代表だろう。

 だが、代表者の首が斬られそうになったというのに、部下連中は身動ぎひとつもしない。


「殺したら何も残りませんて!

 ……では、再び畏れながら申し上げますが、ハイク様がなさっているのは青田刈りにございます。

 早刈りでは満足のいく実が獲れません。王者の食卓に痩せた麦は似合いませんね?

 同じ青田でも刈るより買え。貧乏農夫と有能な商人の違いでございます」


「馬鹿にしておるのか?」


「いえいえ、滅相もございません! 要するに、敵を育てればいくさが楽しくなると申し上げておるのです」


「待てぬ。待てぬからここ最近はつまらぬ」


「ならば実った田畑を買い取ればよろしいのです。ハイク様の国に仇なす勢力で、いちばん大きなところとやりあいましょう」

 商人の進言。王は鼻で笑う。


「冗談を言うな。そうなれば相手は森の外の書を信じる国の連中になる。いくら俺が強いとはいえ、数が違い過ぎる。

 最近は改宗せよと使者が来ることもあるが、なあなあでやり過ごしておる。

 それに、人の一生など短く儚いものだ。俺が一国のあるじとはいえ、そのように大それたことは考えんよ」


「野望をお持ちにならない?」

 マーフは残念そうに言った。


「野望ではなく無謀というのだ。ただ、血の沸く戦いがあればいい。それが望みだ。大国相手でも、一対一の決闘でも関係ない。沸かせてくれると言うのならば、お前と剣を交えても良いぞ」

 気怠そうに剣の柄を叩くハイク。


「わたくしも、各国を流浪する商人でございますから、剣の腕の覚えは少々ございます。人を使うことも商売柄得意です。その気になればちょっとした軍勢を立ち上げることもできるやもしれません」


「軍使の売り込みか? 指揮は俺が執っている。要らんぞ」


「いえいえ、本業は商人でございます。先ほどの進言からも御推察できましょう。わたくしはいくさによって富を得る生業をいたしておりましてね……」


「だから武器商人だろう。早く品を見せい。貴様と鍔競りあって業物かどうか確かめてやる。俺を打ち負かせたら、大国相手に攻め入る案に乗ってやってもいいぞ」


「商品は、既にハイク様の目前にございます」

 男はやうやうしく言うと、うしろに侍らせていた仲間たちを指し示す。


「……? 戦士か? 若い女も居るようだが」

 ハイクは商品と言われた人々を品定めする。――逞しい男。だが瞳に矢じりのような鋭さがない。――美しい女。だが剣を振るうにはこの腕はとても頼りない。


「いやですよお殿様!」

 商人マーフは声をあげると腹を抱えて、「ひひひ」と嗤った。


「やはり翼の国が奴隷を徴用していないというのは本当の話だったんですねえ。

 ……ハイク様! こちらに並べたる商品は奴隷というものですぞ!

 従わぬ村落や敗戦した敵の捕虜から選りすぐりの面々! 夜伽に秀でた芸術品のような女!

 昼夜なく馬車馬のように働かせても不満ひとつ漏らさない男!

 戦士というなら安い人間を大量にご用意! 叛乱されればそれはそれでおつなもの!

 なに? 女のお好みが合わない? 古代の土偶のようなかっぷくの良い太母の化身もご用意できます!

 子を産ませてブタのように増やしましょう! わたくしの名前は“耳切りマーフ”!

 世界を股に掛ける奴隷商人! 叔父から継いだこの稼業を世界に広めるために旅をしております!」


 待ってましたとばかりに売り込みを始めた“耳切りマーフ”。

 並びたる人々、彼以外はすべて奴隷。十人か二十人か。その中には屈強な男も居た。それらすべてを支配する術は魔術でなければなんだというのか。


 王は少しばかり興味を持った。だが、すぐに表情を硬くし、顔を背ける。


「お前の言う通り、わが国では奴隷を徴用しておらぬ。先々代の頃は奴隷制も盛んだったようだが、先代が禁じてから久しい。奴隷などとれば、残された親族や友やらが煩いぞ」


「さあ。私には分かりませんな。血族は死に、友もおりませんゆえ。持っているのは奴隷のみ。ですが、あなたはわたしの最初の友になれるかもしれない」


「たわごとを」


「そうでしょうか。でもおっしゃる通りかもしれません。結局のところ、人は独りなのです。信じれるのは“それ”を振るう己だけでしょう」

 王の剣を指さす。

「生も死も、殺しの代償もすべて己のものなのです。奴隷に身を落とすのも、身内を助けるのも捨てるのも己の責任。違いますか?」


「そうかもしれんな。だが俺は王だ。下々の者への責任がある。差別的なことをすれば煩わせられるのだよ。森の連中にだって信仰内容には口出しはしておらぬ。実害の面での争いがほとんどだ」


「差別? 差別とおっしゃいました? 区別ですよ。く、べ、つ!

 権利を持たぬ者は人ではありません。わたくしが今この場で、この者の首を撥ねたって自由なのですよ」


 マーフは奴隷のひとりに近づく。若い女の顎が持ち上げられる。逃げようとする女。彼女の腕は容易く捻ねられ、苦痛の悲鳴を絞りした。


「剣をお貸しいただけませんか?」

 商人がほほえんだ。


「なぜ殺す必要がある」

 戦争好きの王が訊ねる。


「ご冗談を。飼い犬を殺そうと言うものは、犬が狂ってるからだと考えます。それと同じことですよ。意思のある奴隷など、奴隷ではありません。狂っています。この女は逃げようとした。それだけで充分でしょう」


「どうやら貴様とは友人にはなれぬようだ。俺は抗うもののほうが美しいと考える。非力な女であれば逃亡も抵抗のうちだ。貴様の商品は自慢通りに美しさを見せただろう」

 ハイクが剣を抜き切っ先を向けた。


「う~ん。残念! では諦めましょう。そういうことなら、わたくしはこれで失礼させて……」

 マーフは女を離すと、奴隷たちに「行くぞ」と言った。大森林の外ではなく、国のある内側のほうを向いて。



 王の剣が一閃。奴隷商人マーフの首筋へ光る。



「……腕に覚えがあると申し上げました。わたくし、恐怖にてこの者たちを従えております。剣の力とは、恐怖の中ではありふれたものですからねえ」



 奴隷を従えた男は、いつの間にか近くの兵から剣を取り上げ、王の剣戟を受け止めていた。



「面白い。達者なのは口だけではないようだな。見逃してやろう。だが、この国の民に奴隷を売ることは、許さん」

 王が剣を離し、口を歪める。


「商売は諦めますって。ですが、少々の滞在をご許可いただきたい。

 奴隷は商品とはいえ生物でございますから、維持するには食べ物が必要でございます。

 金貨は余分に支払います。なに、遠慮はいりません。この国が、もひとつ豊かではないことは重々承知でございますからね」


 ひひひと笑うマーフ。


「勝手にしろ。だが、売るなよ。……買うのもだめだ。売ったと知れば、我が名にかけて今度こそ貴様の首を撥ねてやるからな」

 切っ先を向ける王。


「肝に銘じておきます。わたくしも、我が叔父の名にかけて、奴隷は決して売り買いしないと誓います」

 満面の笑みで答えるマーフ。


「ふん。その叔父も奴隷商人なんだろうが」

 吐き捨てるハイク。立ち去ろうとする商人の背を見送る。


「いや、待て」


「……なんでございましょう?」


「“耳切り”と言ったな。ふたつ名の理由を聞かせろ。俺は他人の武勇伝が好きでな」


「残念ながら、これは武勇伝ではありません。奴隷たちの耳をご覧ください。片耳だらけでしょう?

 奴隷は区別がつくように、片方の耳を切り落としている。それだけのことです。“用途”によっては切りませんが、わたくしの小間使いは全員切っております」


「ふん。そうか。俺も敵の耳を切り落として首飾りにでもするかな。もうよい、行け」

 王は興味を失ったように手で払った。

 今度こそ立ち去るマーフ。



「……少々肝を冷やしたが、愚王であるのには変わりないな。おれは“恐怖で従える”と言った。奴隷は金で仕入れるもんじゃないんだよ。お前がもっと愚かで、大国とやりあってくれれば言うことはなかったんだが」

 マーフは顎を撫でた。


「この国の事情はよおく分かった。不安の種は既に撒かれている。砂漠の花ほど美しくはないだろうが、それなりの花をつけることを期待しよう」

 あるじと奴隷。その一行が森を行く。王の許可を得、奴隷を売らないという約束の元に城下へと足を向ける。



 ……。


 奴隷制度。それは、翼の国では固く禁じられている。かつて、翼の国が大楢の国だったころ、民の不満を押さえるためにあたりから不幸者を集めて働かせた。

 奴隷には人権がない。物である。肉を食うくせに肉がとれぬぶん、家畜より劣る。

 話を理解する代わりに口が利けるぶん、家畜よりやかましい。それでも奴隷は仕事に娯楽に商売にと多岐に渡って国を支えた。



 ヒトの姿をしているのが、何よりの価値。



 しかし、過度の徴用と重用は周辺部族や他国、なにより奴隷本人たちからの非難を招いた。

 そのうえ、奴隷に頼りすぎてすっかり腐った国民たちはろくに働かなくなってしまった。

 あれこれの事情により奴隷制は廃止され、二度と繰り返さぬようにと先代の王ルーシーンが固く禁止したのだった。


 ハイクは戦争家だ。当然、今も王座に腰を据えているということは、勝ち続けたということだ。

 勝者には敗者を自由にする権利がある。

 捕らえて奴隷にすることはしなかった。母がうるさいから。その代わりに殺した。


 瞳に炎を宿す戦士はわざと生かし、口に糊して生き延びれる程度に富も残してやった。

 血沸き肉躍る闘いを提供する復讐を望んだのだ。


 国民から見ればいくさ好きの愚か者にも見えるが、それと同時に戦争による経済の回転と外敵からの守護を行う賢王と言う者も居る。

 賛否両論の意見はある種の安定を生む。争いこそ絶えなかったが、彼が座してからも国土がむやみに広がったり、狭まったりはしなかった。

 しかし、長い安定はかつての信仰を忘れさせ、飢饉によって生まれた歪みが民たちの心身を徐々に侵食していた。


 外敵との戦争なら相手を気遣う必要は無い。だが内乱や、かつて同盟関係にあった部族との戦いではそうも言っていられない。

 内部の争いは国民の心をさらに荒ませる悪循環を生む。


 いくさ好きとはいえ王だ。ハイクもこのままでは国が疲弊していくだけだということを充分に理解していた。

 森から奪うだけでは腹は満たせても心は満たせない。

 片手落ちの政策を安定させるための手が必要だった。


 王は書物を漁った。


 かつてこの国が大楢の国として栄華を極めていた時代の記録。


 記録から得た手掛かり。ひとつは奴隷制。

 考えはしていたが先王ルーシーンがうるさい。せんに会った奴隷商人のやかましさも気に入らない。


 もうひとつは信仰の復活による精神の安定。それのために新たな信仰対象を打ち立てる事。

 ……かつての神鳥は実在した。だが彼の目にはそれは初めこそは神に映ったが、目で見、耳で聴けば聴くほど“ただのでかいだけの飼い鳥”だということが分かった。


 神鳥が居たのであれば、神樹も本当にあるのかもしれない。


 それの残り種や枝などから増やすことはできないか。

 神樹の根は民の心だけでなく、大地も潤わせたと聞く。飢えに対する手としても期待が持てるではないか。


 ハイクは部下に命じて神樹に伝説に関わるものを探させることにした。


 ……森の連中や自然調和派への締め付けを強くして、隠し持っているものを吐き出させよう。


 愚王と蔑まれようが、暴君となじられようが、真意をいくさ好きの衣で覆い隠し、王は外套と剣を赤く染めあげる。



 いっぽう、城の中では静かに別の戦いが始まっていた。


 先王ルーシーンの庭。そこ帰って来た神鳥。いくら壁で囲われた庭とはいえ、巨鳥を隠し続けるのには無理があった。

 人の口には戸板が立てられぬ。城内では「おばけ鳥を見た」との噂がささやかれ始めている。

 飼い主は王子の教育係兼国務雑用大臣であるマブに口止めを命じた。


 マブは王子の教育からは解放されてはいたが、争いの激化と口止めの奔走で、すっかりやつれてしまっていた。


「ルーにも困ったものだよ」

 雑用大臣の母メイヴが言った。


「もう限界です! 国はめちゃめちゃ! 先王様は勝手ばかり! 王子はほっつき歩くし、国王様はさらに暴君めいてきました!」

 気晴らしをやる母と娘。赤い酒と黄金の酒。おのおのの好みを盃に注ぐ。


「こういうときはね、こっそりと手助けしてやるのがいちばんなんだ。ルーもハイクも、若い頃は何かあると私に頼ったものさ」

 メイヴが盃を空ける。


「うっうっ、おかあさま、そんなこと言って、私の仕事はちっとも手伝ってくれないじゃないですか」

 マブは甘い酒に潮水を垂らして言った。


「おまえの仕事はつまらないんだよ。ただ飯ぐらいの役立たずに仕事を教えたり、罪人を裁く場に居合わせるだけじゃないか! 立ってるだけと変わりがない」

「そんなあ。病院や飲食店営業の許可だって私もちですよ。ハイク様が荒らしたあとを片づける人たちを指揮するのだって!」


「片づけなんて誰でもできるだろうに! それにおまえ、私が知らないとでも思ってるのかい?

 飲食店に関しては、広場の実権をどこの馬の骨とも知らない土地ころがしに取られて、国も手が出せなくなってるそうじゃないか!」


 叩かれる娘の頭。


「あいたあ! おかあさま! ぶつなんて酷い! ルーシーンねえさまも酷いですよ! 噂が城外に漏れないようにしろだなんて! ざるで水を汲むようなもんです!」

 盃で机を叩くマブ。金の水が跳ねる。


「ねえさまだなんて。子供帰りしてるよ。あんなのの言うことを聞くこたないよ。

 実権を持ってるのはハイクなんだから。私もこっそり見に行ったが、タラニスはすっかり腑抜けてしまっている。

 今さら姿を見せても神を名乗るにゃ、ちと足りないね」


「それじゃ、公表しても国がまとまらないじゃないですかあ!」


「土台無理な話なのさ。

 もともとだって神の威光というよりは、怪物の暴力で威厳付けされてたようなもんだったからね。

 今はハイクがその役目を持ってる以上、今さらタラニスが出て来たって良いことなんてないさ。

 森の外の連中に目をつけられるのがおちだね」


「うう、やっぱり……」


「あの子が調和派と繋がってると考えると、王がふたり居て争っているようなものだ。それと気づかれれば大国に喰われる」

「ふたりをお止めしないと!」

「どっちも我が強い子だからねえ。話し合いで解決なんてできやしないだろう。どっちかがくたばるまで続くさ」

「よそへ逃げましょう!」

「逃げるってどこに逃げるんだい。大森林の外は書の信仰国ばかりじゃないか。飲み込まれても同じじゃないのかい」


「うわーん!」

 四十過ぎの女が机に突っ伏する。


「同じ呑み込まれるにしても、馬鹿な鳥を神に仕立て上げてるかどうかで扱いが変わってくるよ。異教徒は火炙りだからね」

 十字を切るメイヴ。行き遅れの女はさらに激しく泣いた。


「泣くこたないさ。簡単な事だよ。鳥に消えてもらえば良い。

 鳥が死ねば異教徒として焼かれはしない。ルーの切り札が無くなれば調和派も大人しくなるだろう。

 言っちゃ悪いがあの子も年寄りだ。まだ脂の乗ってる現王と比べるまでもないよ。

 あの子にも退場してもらって、事の成り行きを見守るのが良いよ」


「神鳥を殺すんですか?!」

 大声をあげるマブ。


「しっ! 静かにおし」

 娘の口を塞ぐメイヴ。


「……それがこの国にとっていちばん良いのさ。

 ルーだってあの鳥を可愛がってはいるけど、いい加減に親離れすべきなのさ。

 そうすりゃ青臭い野心だってひとりでに収まるよ」


「うう。おかあさまはみんなのことを考えていらっしゃるんですねえ。鳥にとって喰われちゃいやですからね……」

 母にすがり付き感涙を流す娘。


「何言ってるんだい? やるのはあんただよ!」

 こぶしを振り上げるメイヴ。


「そんな! 食べられちゃいますよ!」


「食べさせてやるのさ。あいつは馬の肉が好物だからね。それに毒でも仕込めばいちころだよ」


 老婆の目が妖しく光った。雑用係の苦難はまだまだ続く……。


***

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