.23 黄金の実
巫女の呼びたてに小屋を飛び出す大巫女。盲目の巫女もそれに続く。
暗澹とした大巫女の過去と、身内への疑惑が頭の中に渦巻いたままの少年は、遅れてのろのろと小屋から出てきた。
いつの間にか日は沈み、西のほうに辛うじて昼の余韻を残すだけとなっていた。
『……アレブ、無事でしたか』
白馬が駆け寄る。
「スケルス。恩に着るよ。きみの声がなかったら、今頃どうなっていたことか」
『メーニャが私をここにやったのです。声が聞こえないのが役に立つ日が来るなんて、思いもしませんでした』
「彼女は? わざわざ引き離したんだ、少し心配だ」
『あの子は……』
白馬の陰。長い黒髪が揺れる。
「メーニャ」
王子の見つけた娘の顔はひどく血の気が引いていた。
「……アレブ、怪我は無かった?」
「少し、指を切ってしまった」
包帯を巻いた指を見せる。
「そう。ねえ……」
「ありがとう。きみがスケルスをやってくれたんだね」
礼を言う王子。
「うん、でも……」
娘の焦燥。彼女はどこからやりとりを聞いていたのか。
「……過去に起こったことは変えられない。僕たちはこれからを変えるためにここに来たんだ」
少年は少女の肩を叩く。毛皮の外套はすっかり冷たくなっていた。
「村で何かあったみたいだ。僕たちも行こう」
コナ族の村。村の入り口でにらみ合う男たち。いくさ化粧を施したコナ族の戦士と、仮面を被ったペン族の戦士。
「我々の仲間がふたり、今朝から行方知れずなのだ。こちらのほうに狩りに出たはずだが」
仮面からくぐもった声。
「知らないな」
コナ族の戦士が言った。
「探させてもらおう」
仮面の戦士は武器を手に持ったまま村に踏み込もうとする。
「悪いが、今日は村が立て込んでいるんだ。死人がでてな。
そもそもお前たちの仲間は本当にこっちに“狩り”に来たのか?
このあたりは我々コナ族の縄張りだと取り決めをしていたはずだ」
遮る戦士。
「死体を返してもらおうか」
仮面の下から鋭い眼光。
「ここらは我らの領域だろう。“外”の連中でもこちらの掟で処する。返して欲しければ、お前たちが奪った仲間の魂と交換だ」
コナ族の男のひとりがいきり立つ。
「待て、大巫女様はお前たちとの争いを望んでおらぬ。如何な理由があったかは知らぬが、“外”から来ていきなりの襲撃だったと聞く。流儀立てするのが先ではないのか?」
男を制するコナ族の老戦士。
「下っ端は黙っていろ。じきに我らの首領もここへ来る。ここの頭のベリサマとやらを出すのだ」
仮面の男が言った。
「どうした、何を騒いでいる」
ベリサマの登場。
「ペン族の連中が仲間の遺体を返せと」
「すまぬが、こちらで焼いた。我々の仲間を殺した罪は、しかと雪いでおいたので赦せ」
大巫女が言う。仮面の連中はさっそく槍の穂先を向けていたが、彼女は臆しなかった。
「ねえ、何か揉めてるよ。喧嘩になっちゃうよ」
メーニャがアレブに耳打ちする。
「見たら分る。止めようなんて言わないでくれよ。翼の国の人間が出張ったら、話がこじれてしまう」
アレブたちは村の入り口からは少し離れた、枯れアンズの樹の陰から成り行きを見守っていた。
「でも、そういうの、良くない……」
不満を漏らす娘。
「これは彼らの問題だ。ペン族の酋長も来るらしい」
窘める王子。
『くだんの者が現れたようですよ』
森の奥から、新たに男たちが現れる。
おのおのの模様を持った仮面。
戦士たちを引き連れた男の仮面には、他の男とは違って立派な羽根が飾られ、他の男たちが半裸であるのに対し、羽根飾りの男は熊の毛皮の外套を羽織っている。
「お前がコナ族の首領のベリサマか?」
仮面から威圧的な声。
「そうだ。その羽根飾り、ペン族の酋長とお見受けする。わざわざ酋長自らの御足労とは。
私は隠さない。今朝がた、お前たちの仲間の手によって、我々の狩り手が殺された。
コナ族の縄張り内での出来事だ。納得の行く流儀立てをしてもらいたい」
大巫女は態度を崩さない。
「先に我々の質問に答えてもらっていいだろうか」
羽飾りの男が問う。
「なぜだ? 我々は訊ねられるようなことをした覚えはない。遺体を焼いたのも森の掟に沿ったものだろう」
「その事ではない」
「ではなんだ?」
「お前たち、燃える泥を隠し持っているだろう」
コナ族の秘密。ベリサマの眉が、かすかに動いた。
「持っていたとしてどうなんだ。縄張り内のことでとやかく言われる筋合いはないな」
「本当にそれは、お前たちの縄張りから出たものか? 誰のものでもない森からでたということはないか?」
羽飾りの男が付け加える。ベリサマは「知らぬな」と腕を組んだ。
「……そうか。燃える泥は良い燃料だ。森の者だけでなく、“外”の連中や、翼の国の連中も欲しがる。
連中は敵だ。敵に泥を売って、富を得ている部族があるらしい。
それに誰のものでもない森は、すべての部族の共有財産だ。黄金の実を独り占めにするのは、許しがたい罪だとは思わないか?」
「そうだな。だが知らぬ」
ベリサマは短く答えた。
羽根飾りの男のから戦士がひとり進み出る。
「しらを切るな。女首領の部族が豊かに暮らせるはずがないだろう。ましてやお前たちは、戦士をねぎらわなくなってから長い。おんなを使わぬ巫女どもがどうやって村を護っている?」
大巫女の鼻先に槍が近づけられる。
「夢見の力がある。森の精霊の声に従えば豊かでいられる。殺して奪うばかりの男どもは忘れたか」
眉ひとつ動かさない大巫女。
「舐めるなよ女! お前たちの村でも荒事は男の仕事だろう! 大人になれば精霊の守護は消える。
精霊や神は姿を見せない。彼らの声が聞こえるというのなら、ここに呼んで見せろ。
出来ぬだろう? いつだって守護が消えた者たちを護ってきたのは槍と剣だ!」
「そうだな。彼らはいつも姿を見せない」
女の涼しい顔。反して男は仮面の下から熱気を出す。
「貴様ら弱小部族は、生きるので精いっぱいだろう。
“外”の炎から森を護っているのは俺たちペン族だ。貴様らは、俺たちに対して、ねぎらいが足りないんじゃないのか?」
仮面の男は槍の穂先を大巫女のくちびるに押し当てた。
「女を差し出せと?」
「そうだ。泥も寄越せ。敵と通じていたのを見逃してやるぞ」
「こうも立場が弱いか……だが、断る。選ぶ立場で無くとも、断る権利はある。
お前たちは無用に戦火を広げているだけに思える。
我々は森を護るために生きているわけではないだろう? 生きるためのすべとして森の腹に入ったはずだ。
私が燃える泥を外の連中に売ったのも、村を護るためだ。
泥があれば、連中が木を伐る必要性は減る。それでも連中はやめないだろうが、多少の食い止めにはなるはずだ。
他人の得を己の損と考えるのは、少々男らしさに欠けると思うがな」
血の口紅が顎を伝う。
「首領。こいつ、白状したぞ。あいつの言っていたことは、本当だったんだ」
仮面の男たちが武器を構え始める。
それに応じてコナ族の男たちも武器を手に取る。
女酋長はくちびるを噛み、強く吸った。口の中に広がる鉄の味。
――血を飲み下す。
「やめろ」
首領の石突きが大地を叩く。戸惑う戦士たち。
「……やはり、ベリサマとはあのベリサマのことだったのだな」
ペン族の首領。声を和らげる。
「お前はもしかして……」
ベリサマの表情に亀裂。
「試すようなまねをして悪かった。先日、今の話を耳に入れて真偽を確かめに来たのだ。
コナ族の酋長はただ私腹を肥やしているだけかどうか。聞いた話は事実のようだが、きみの話も真実らしい。事情は分かった」
「首領! 事実なら、誰が森を護っているのか、わからせてやるべきだ」
「黙れ。我々は殺し合いにきたのではない!」
首領が再び大地を叩く。
「ベリサマ、今朝がたの一件についても謝罪しなければならない。赦してくれ。あれは、血の気の多い男の勇み足だったのだ」
謝る男。謝罪は女の耳を素通りする。
だが互いの瞳は、まっすぐに相手を見つめて。
「戦わねばならぬ相手は、きっとほかに居る。数日前、翼の国の者が我らペン族のもとを……」
――風を切る音。首領の身体がぐらりと揺らいだ。
――頭から地に崩れる男。懐から古びた書物が飛び出す。
――彼の仮面を砕いたのは、いっぽんの矢。
「おい……? ベレヌス?」
張り付いた笑み。
森からの一矢。撃ち手の知れぬそれは、飾りのように男のこめかみを通っていた。
「首領が殺られたぞおおおーーーっ!」
突き出される槍、振り払われる剣。すべての男たちが獣に変わる。
「おい! 返事をしろ!」
彼女の見る、初めてのおとこの顔。それは端整であったが、おおよそ英雄に似つかわしくない幼さを孕んだものだった。
「おい、おいベレヌス。仮面が……」
砕けた仮面をかき集めるベリサマ。何者かの槍が彼女の肩を突く。
「邪魔を、しないでくれ」
槍を払い、外套を脱ぐ。――顔を隠してやらねば。他の女に見られぬように。
「大巫女様!」
老戦士の槍があるじを狙う敵を穿つ。駆け付けた巫女たちが大巫女をいくさ場から引きずり出す。死体に向かって何かを喚く大巫女。
「まずいことになったぞ!」
声をあげる王子。矢の飛来した方向を目で探る。……見覚えのある姿。城の兵士のひとり。森の中から騒ぎを監視している。
「やめさせなきゃ! 森の人たちが喧嘩をするのは、間違ってるよ!」
『やめておきなさい。もはや喧嘩などという様相ではありません。気付かれないうちに、ここから離れるのです』
「嫌だ! アレブ! あなたはみんなが争わないで済む方法を考えるためにここに来たんでしょう? みんなを止めて!」
娘が枯れ木にかじり付く。遠方から流れ矢、少年たちの頭上彼方を飛ぶ。
「僕だってやめさせたいのはやまやまだ! このままだと、僕らの国とも戦争になってしまう。
それも、これまでのように小さなものじゃない! 森も街も全部巻き込んでしまうかもしれない!
……分かってるさ! でも、どうしろって言うんだ!」
「どうにかして!」
「無茶言うな!」
争いのはずれ、口論を始める少年たち。
彼らをよそに、いくさは激しさを増す。
豪傑なる一族のペン族。少数精鋭。村の男たちをまとめて相手取る。
剛腕の剣は男たちの槍を刈り取り、外から村へと足を踏み入れる。
女率いる村の衆。強き女はオオカミと化す。飛び交う壺。叩きつけられる水がめ。
英雄豪傑を目指す男児。武器を取り、敵に立ち向かう。太った女がそれを隠す。
背から腹を貫く敵の槍。腹に帰る穂先。吹きだすいのちに子は何を思う。
砕かれた油樽。倒れた燭台。小屋を焼く炎の香り。書を信じる男の魂がうつしよの地獄を見た。
共存共栄を望んだ女の鴻鵠の志は、人々と共に劫火に沈み始める。
「止めなきゃ……やめさせなきゃ……。どうしてみんな争いを止めないの……?」
炎を見つめる娘。言葉とは裏腹に枯れ木を抱いたまま動けない。
「メーニャ! 諦めろ! 逃げよう。僕たちまで死んでしまうぞ!」
王子は娘を木から引きはがす。
娘は見た。
狂気の仮面を被った男のやいばが、ちいさな子供に向かって振り上げられるのを。
「だめえ!」
声を張り上げる娘。
「街の者め! お前たちのせいだ!」
コナ族の巫女のひとり。年増の女が弓を引く。訓練のないでたらめの矢。
最下層を極めた弱者の怒りは“外”へと向けられた。
次々と矢を放つ女。めしいの女が当て身で止める。
矢が刺さる。王子の足元に、娘の頬をかすめて枯れ木に、白馬の喉元に。
「スケルス!」
悲鳴をあげる娘。白く逞しい首からごぼごぼと溢れる血泡。
『……落ち着きなさい。忘れたのですか、私の本体はこの枝の根元にある“種”なのです。馬の身体が死のうとも、私はすぐには朽ちません。それにこの程度なら、明日には治っていますよ』
娘を諭す声。喉から血を流す妖馬は身動ぎすらしない。
「首に刺さってる! 刺さってるよ!」
「落ち着け、メーニャ! スケルスの話を聞くんだ」
「だってアレブ! ……?」
娘の腹に矢。
「ははははは! 苦労も知らぬ街の小娘め! 王子に選ばれた果報者め!」
気の狂った年増の女。若いめしいの女は血濡れの手で頭を押さえ、うずくまっている。
混乱の最中の八つ当たり。それを見た巫女を統べる女も、ただ茫然と立ち尽くす。
「刺さってる。大変だ……抜かないと」
「だめだ! メーニャ!」
止める間もなく娘の手が矢じりを腹から追い出す。溢れる体液。
「血だ。血がでてる」
他人事のように呟く。ぬめった両手。下半身を伝う赤い血。――痛い。
へたり込む娘。
「メーニャ! しっかりしろ! くそ! 血を止めないと」
王子として詰め込まれた知識の中には医療の心得も含まれる。しかし、ここには薬草も包帯も無い。
戦禍の中、娘の腹に手のひらを押し当てる少年。
「ねえ、アレブ。さっきの子はどうなったの?」
天を見つめるメーニャ。地に反して、空は静かだった。
「大丈夫だ。逃げたよ」
アレブが答える。どうなったかなど知りたくもない。
指と腹の隙間から漏れ出るいのち。どうなるかなど知りたくもない。
『アレブ。このままでは彼女は死んでしまうでしょう』
不死身の馬が事実を突きつける。それなのに彼女の声は、穏やかで、聞けば心が落ち着くような気がした。
「どうしよう。スケルス……」
少年が助けを求める。
『私の力を使いなさい』
超常の種。長寿と不老のヤドリギ。
「でも……。そうするとメーニャは、魔女みたいになってしまう。それに……」
ひとつの器に魂はひとつだけ。
『信じ切れないのは解ります。長くとりつかなければ影響は少ないでしょう。このままではどの道、私たちはメーニャを失うことになります』
娘の瞳は相変わらず空を見ている。彼女は口の中で何やら歌を歌っていた。
『さあ、額から私を引き抜きなさい』
アレブは立ち上がる。
白馬が枝角を向け、王子の真っ赤な手がそれを掴む。
力を込める。引き抜かれる枝の角。根本に種。伸びた枝が種子の中へと帰る。
命を失った白馬が嘶き、額から赤い煙を上げる。腐り崩れる馬の体。食べ物の末路のような姿に変貌を遂げた。
『彼女の腹の傷に私を埋めなさい』
種から声。従い、娘の傷に種を押し当てる。血塗れの腹はそれをすんなりと受け入れた。
一瞬、苦痛に顔を歪ませる娘。
黒い瞳はすぐに焦点が定まり、顔に生気が戻った。
「えっ、何? 何が?」
身を起こす娘。
『私の力です。あなたの身体に私をうずめました』
スケルスの声。腹から聞こえる。
「勝手にごめん、メーニャ。でも、良かった」
「ありがとう、アレブ」
へたり込んだままの少年にほほえみを投げかける。
立ち上がるメーニャ。腹を鈍い痛みが走る。
「痛っ!」
『定着が甘いのです。もっと同化が進めば、すぐに治すこともできますが……』
途切れる言葉。
「大丈夫。痛いのなんて気にしてられないよ」
娘は丘から村を見下ろす。戦争はまだ続いていた。武器は折れ、小屋は倒れ、人々は物を投げ、つかみあいの争いをしていた。
「メーニャ、逃げないのか? 何をする気なんだ」
「スケルスの力を使って、みんなを止める」
メーニャは腕を組んで炎を睨んだ。
「神樹や祭司長のように植物を操るっていうのか」
魔女やルーシーンが語った昔話。スケルスや神鳥タラニスの同族。
「できるんでしょ? スケルス」
『できます。樹を生やすことも、成長させることも』
「そんなので争いが止まるのか?」
『枝や蔓で全員を縛り上げることも、あなたを撃った女の腹に仕返しをすることもできますよ』
腹からの誘い。
「まさか! 私はそんなことしないよ。スケルス、あなただってそんな乱暴なこと、したくないでしょう。今の私には、あなたが悪いひとじゃないってことは良く分かる。全部おみとおしなんだから!」
娘は笑顔で言った。傍から見れば奇妙な独り言だ。
『私だって、あなたのことはおみとおしです。だから、余計に分からないのです。あなたのやろうとしていることで、本当に争いを止められるのやら』
少し呆れた声。
「いいから。やってみましょ!」
メーニャは両手を枯れ木に当てる。口の中で呟かれる何かの祈り。
――突如、アンズの枯れ木の先に、一輪の白い花が咲いた。
気狂いの女が目を丸くする。
「えい!」
娘の掛け声。
――花が散り、ひとりでに実がなる。
「……それだけ?」
首を傾げるアレブ。
「だめ。全然足りない」
もう一度、枯れ木に手を当て祈りを捧げる。
――大きな破裂音。枯れ木は木っ端みじんの砂になってしまった。
音に気付いた一部の人がこちらを見る。
「もっと、もっと!」
娘は地に落ちたアンズの実を、死者の灰を孕んだ土に押し込んだ。三度目の祈り。
――芽がでた。
――小さな木の芽は成長を始める。若木を経て、成樹に。あっという間、みるみるうちの再生。
不思議な出来事を目の当たりにした巫女たち。年増は正気を取り戻し、男を失った女も樹を見上げる。めくらの女も何かを感じた。
――緑茂るアンズの樹。瑞々しい葉は村の炎に照らされ、星空のように輝く。
――花が咲いた。
満開の薄桃。咲いては散り、咲いては散りを繰り返す。
冬より寒い炎の村に、突然の春が訪れ、甘い吹雪が巻き起こる。
つかみ合う男たちのあいだに花びらが割って入る。
逃げ延びた子供の頭に花びらが落ちる。
光のない巫女の頬を花びらが撫ぜる。
娘はアンズの樹に身を預けた。花と共にたなびく白銀の髪。
花が散り、寒げになった枝たち。
娘が身を離すとそれは次々とふくらみ、実をつけ始める。
「美味しそう」
魔女に似つかわしくない、まぬけな声。
食い意地が張った娘は、たくさんの実を前にして足踏みを始めた。
――踊る。娘が踊る。
黄金の樹の下で絹が揺れ、しなやかな腕が熱い空気を払い、裸足が灰桜の絨毯を軽やかに踏む。
小鳥が何かに求愛するかのように、赤子の手が母を探すように。
森に迷い込んだ一羽のミソサザイ。月下の踊りが続く。
「みんな見て、きれいだよ」
娘は内緒話をするかのように囁いた。
人々はただそれを見守った。男も女も、戦士も巫女も。
そして村に、静寂が訪れた。
***




