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.16 伝説の巨鳥

 ふたりは料理屋の片づけを手伝い、それから店をあとにした。


『おかえりなさい。中が騒がしかったようですが、何かあったのですか?』

 スケルスが訊ねる。

「おじさんたちがお店の中で……」

 ちょっと聞いてよとメーニャが声をあげた。

「大丈夫。何でもない」

 遮るアレブ。彼の声はまだ少し震えていた。


「やっぱり街を出て、裏から回ろう」

 少年は白馬の手綱を引く。スケルスは足を止め抵抗した。


『何か、あったのですか? 争いごとですね?』

 白馬が詰問する。


「私ね。おじさんたちの喧嘩を止めようとしたんだ。そしたらおじさんに叩かれそうになって、それをアレブが止めたの!」

 自慢げに話す娘。


『まあ。やるではないですか、人の子よ』

 白馬がやわらかく声を掛ける。


「……違う。僕は、何もできなかった」

 呟く少年。顔を背ける。


「……? 良いじゃない。剣を抜かなかったの、かっこいいと思うよ。ュエさんも褒めてたよ!」

「斬るつもりは、最初から無かったさ……」

 アレブが白馬に触れた。馬の身体は暖かい。


 アレブたちはけっきょく、一度街を出て外から回り込むかたちでルーシーンの秘密の入り口へとやってきた。

 遠回りをしたせいで、到着したころにはすっかり日が沈んでしまっていた。


「おばあさま。僕です。アレブです。開けてください」

 壁に耳を当てると慌ただしい音。


「どっこいしょお! 石の壁なんかにするんじゃなかった!」

 ルーシーンの愚痴が壁越しに聞こえてくる。アレブとメーニャは扉を開くのを手伝う。


「……おかえりなさい。ふたりとも。やっぱり戻ってきたわね」

 息を切らせた先王。彼女は半ば突き放すようにしてふたりと別れていたが、笑顔で迎えた。


 明かりの灯った部屋。部屋のあるじはすぐに鍋に取り掛かる。


「そろそろ戻ってくるかと思って、スープを作って待っていたの。外は寒かったでしょう」

 かまどに火が入れられる。


「それで、彼女が神樹ではないことを証明する術は見つかったのかしら?」

 食事の用意をしながらルーシーンが訊ねた。スケルスはまた狭い部屋の隅に座らせられている。


「いいえ。魔女にも見てもらいましたが、おばあさまと同じ返答をされました。それに、当時の話も聞かせてもらいました」

 アレブが答える。


「魔女? 魔女って、あの魔女? 神樹を枯らした銀髪の!?」

 ルーシーンが振り返る。


「おばあさまとも知り合いだと言っていました」

「そうだよ。魔女のコニアさん!」

 メーニャが口を挟む。


「コニア……! まあまあ。なんて懐かしい名前なんでしょう。ねえ、あの子は元気にしていた?」

 ルーシーンは声を弾ませふたりに駆け寄った。


「元気だったよ。コニアさんは森の街道のそばで占い屋さんをしてたんだ」

 愉しげなルーシーンを見てメーニャも声を弾ませる。


「占い? あの子が? へえ」

「砂占いはでたらめだったけど! 良い人だったよ! ね、アレブ!」


「……良い人、かどうかは分からない。でも、彼女は街の人が言うような魔女ではなく、確かに人間でした」

「アレブはまたそんなこと言う。おばあさん聞いて! アレブったらコニアさんと喧嘩したんだよ!」

 口を尖らせるメーニャ。


「まあ! あの子もずいぶん頑固なところあるから。……ところで、あの子は、コニアはまだ若かった?」

 ルーシーンの声が右肩下がりになった。


「ええ。僕たちより少し歳かさに見えるくらいの。長い銀髪と、小麦色の肌を持った美しい女性でした。本人は七十年くらい生きてると言ってましたが」


「そう……。じゃあやっぱり、あの子なのね」

 呟くルーシーン。


「おばあさま。やはりスケルスを神鳥に会わせるのが手っ取り早いと思うのです。

 その……彼女の前でこういうのも何ですが、今は国の状態が思わしくありません。

 寄り道をせずに、はっきりさせてしまったほうが良いと思うのです。スケルスが人間にとって、悪いものかどうか」


 王子が捲し立てるように言った。ルーシーンは答えず、スープを盛った器を机に並べる。


「野菜のスープ。あの子、コニアの好物ね」

「コニアさんもここに来てもらえば良かったかな?」


「どうかしらね。わたし、あの子とは喧嘩別れみたいになってしまってるから」

 スープに浸かる野菜を見つめるルーシーン。


「おばあさんも喧嘩したんだ」

「直接喧嘩をしたわけじゃないけれど、コニアが国を出て行ったのはわたしのせい。

 神鳥……タラニスが国を出てしまってから、わたしはひとりで沢山無茶をやったの。

 わたしは荒んでた。荒んだ人間が国政を行えば、おのずと国も荒れるわ。

 それは国民にも不安を与えた……。彼らは悪い事をみんな、あの子のせいにしたの」


「魔女も言っていました。それで国を出たって。おばあさま。

 私は国を見ました。民は思ったよりも疲弊しています。調和派や部族との戦争だけではなく、克服派の行動にも疲れています。

 実際に死人も出ている。彼らは争うだけでなく、不満を城にも向けているようです。まるで魔女のせいにしたみたいに」


 机の下でこぶしを握る王子。面長の男と石工の男の見下したような目が浮かぶ。


「それは、少し違うわね……。魔女のせいにしたときよりも、もっと前に似ている。

 わたしがまだ愚かで幼い王だった頃に。

 それに、アレブ。彼らは“わたしたちのせいにしている”のではないわ。実際に、“わたしたちのせい”なのよ」


 先王は王子をまっすぐ見た。


「……そうですね。いくら現王が父とはいえ、私たちに責任がないとは言えない。私は、近いうちにもう一度、父と話し合ってみようと思います。今のやりかたや戦争が、本当に正しいかどうか」

「多分、ハイクは戦争を止めないわ。あの子はただ必要だから戦っているわけではないから。いくさ好きの血よ。彼の父も、祖父もそうだったから」

「だからといって、現状を放って置くことはできません」


「いくさや森を燃やすのを止めたからといって、解決するものじゃないわ。新しいやりかたが見つからない限りはね。

 わたしにね、ひとつ考えがあるの。人は、人々は不安だと何かにすがりたくなるもの。

 すがるものがないから誰かのせいにしなくちゃいけない。だから諍いが起きる。この国にはね、“神”が必要なの」


「神様……」

 メーニャが呟く。

「やはり、神鳥を呼び戻すのですね」

 アレブが言った。


「そう……というかもう、呼んであるのよ」

「えっ!? 本当!?」「神鳥が?」

 メーニャとアレブが窓の外を見る。薄暗い庭が映るだけだ。


『彼に会わせて!』

 スケルスも立ち上がる。


「今はまだ人目につくと面倒だから、庭の隅に居てもらってるけど」

「スケルスが早く会わせてって言ってる」

 メーニャが伝える。

「寝てるわよ。あの子、睡眠を邪魔されると酷く怒るから。……それに、その姿はちょっと、機嫌が悪いときに見せるのはお勧めできないわね」

 ルーシーンは落ち着きのない白馬を見ると、ため息をついた。


「どうして?」

 メーニャが訊ねる。


「彼ね、馬がとっても嫌いなの。大きな鳥でしょう? 馬の事は餌か、いじめる対象としか見てないのよ。おとぎ話にもなってるわ。馬泥棒の巨鳥のことは」


『一目見れば、話せば分かるわ』

 白馬は早足で扉に駆ける。


「おい! スケルス!」

 席を立ち制止しようとするアレブ。スケルスは彼の横をすり抜け、口で上手く戸を開くと、外へ出ようとした。

「待って!」

 メーニャも止めようとする。だが、遅かった。


 「かつん!」という音と共に崩れ落ちるスケルス。白馬の額に生えた木の角が、扉の上枠に思いきり衝突した。


『……』

 目を回す白馬。


「額から伸びる枝が本体だとしたら、今のは痛かったでしょうね……」

 呟くルーシーン。


「スケルス、大丈夫?」

 心配するメーニャ。白馬は気絶している。


「……はあ。ところでおばあさま。神鳥を国へ戻すとなると、また他国から目を付けられるのではないでしょうか。

 タラニスもそれを理由に国から出たんでしょう? それに鳥が戻っても、直接の問題解決にはつながりません。

 燃やす代わりに、鳥に木をいっぽんいっぽん引っこ抜いてもらうんですか? それで灰の代わりに糞を肥料に?」


 アレブが肩をすくめる。


「まさか。彼はただの象徴よ。でも、ずっと戻ってもらうつもりじゃないの。アレブ。あなたが解決するのよ。次代の王であるあなたが。タラニスはあなたが育つまでのつなぎに過ぎないわ」


「僕が……。できるだろうか」

 料理店での一件。言い返すことも、剣を抜くこともできなかった少年。


「あなたにはまだ、学ぶことがあるわ。詳しい話は明日するから、今日はよく食べて、よく眠りなさい」

 そう言うとルーシーンは部屋の奥を指さした。ベッドが二つ増えている。

「わあい! おばあちゃん、ありがとう!」

 メーニャが声をあげる。王子も礼を言う。ここのところきっちりとした睡眠がとれていない。思考を巡らせたり、床の上だったりで、ふたりは寝不足だ。



 翌日。ぐっすり眠った王子たちは朝食を済ませたのち、いよいよ神鳥との対面となった。


「スケルス。いつまで寝てるの。起きなよ」

 メーニャが扉の前で寝息を立てる白馬に声を掛ける。角をぶつけて気を失ったあと、馬の巨体は動かすことができずにそのままだった。


『わ、私はいったい……』

 顔をあげてあたりを見回すスケルス。

「角をぶつけて気を失っていたんだ。もう朝だよ」

 王子があくびをしながら教える。


『あ、ああ……ごめんなさい。ここに居ると邪魔でしたね』

 馬は部屋の隅に移動すると座り込んだ。


「先に行って神鳥の様子を見てくる。あとで呼ぶから、落ち着いて待っててくれ」

 壁の部屋を出るアレブ。メーニャとルーシーンも続く。


「……わあ、きれい!」

 感嘆の声をあげる娘。


 朝の光をたっぷりと受けた庭。

 メーニャはさっそくあたりを駆けまわった。

「そうか。メーニャは庭を見たことがなかったか」

 はしゃぐ娘を見て笑みを浮かべるアレブ。いつか月夜に踊った彼女を思い浮かべる。


「前に来たときは、こっちには出なかったものね」

 ルーシーンも顔をほころばせる。


 ふたりにとっては見慣れた庭。森に住む娘にとっても珍しいものではなかったはずだが、意図的に植物や川を配置され、育てられた森はやはり珍しいものに映るのだろう。

 そして娘はひとしきり花や小川を楽しんだあと、こう呟いた。


「壁だけが変だよ」

 先王の住む離れの壁。円状に石壁に囲われた庭。

 外側は城壁を兼ねていたが、城側にも壁が設置されており、扉を通らねばここを見ることは叶わない。


「ここはね、わたしの秘密の庭なの。といっても、用事があればお城の者は訪ねてくるけど。壁に囲われているほうが、なんだか安心なのよね」

「秘密。そっか、それならしょうがないね」

 娘が笑う。


「僕は毎日のように入ってたけど……」

 王子が肩をすくめる。


「そういうことじゃないのよ。わたしだって女なんだもの。秘密の一つや二つは持ちたいのよ」

 ルーシーンが笑いながら言った。王子は首を傾げる。


「こんなにきれいなのに。もったいないなあ」

 壁を見上げるメーニャ。


「そうねえ。でも、これはこれで便利なところがあってね。大きなものを隠すのにはうってっつけ。……ほら、あっちを見て」

 ルーシーンの指さす先。

 茂みになっているところに何やら枯れ葉色のかたまりが見えた。


「もしかして、あれがタラニス?」

 メーニャが声を潜めて訊ねる。アレブは鼻を鳴らしてみた。鳥のにおい。


「そうよ。そろそろ起きると思うから、ちょっと見ていましょうか」

 いたずらっぽく笑うルーシーン。大きな樫の木の陰に隠れると、ふたりに手招きをした。


 ゆっくりと上下するかたまり。しばらく規則的に動いていたそれは、びくりとひと震えすると、大きな鳥の頭を生やした。

 するどい瞳とくちばし。立派な鷲か鷹に見える。


「おーい。ルーシーン。お腹空いたよ。なんか食べるものないかい?」

 凛々しい猛禽の顔とは裏腹に、なんだか甘ったるい声が飛び出す。


 三人は口を手で押える。


「まだ寝てるのかな……」

 巨鳥は大きなあくびをすると、ぐんと翼を広げた。宙に広がる秋色の絨毯。そよ風が起り、あたりの草木を撫ぜた。


「すごい……本当におっきな鳥さんだ」

 幻想好きの娘が声を震わせる。


 鳥は伸びを終えると、翼をたたみ、ぴょんと跳ねたり、ふたつの足を器用に使って歩いたりした。


「なんだか想像してたのとはちょっと違うけど」

 王子はまだ口を押さえている。

 準備運動を終えたのか、先ほどよりもさらにしゃっきりした顔つきになり、神鳥は壁のほうへ向かってのしのしと歩いて行った。


「行きましょう」

 ルーシーンが促す。


「居ないのかな」

 タラニスは扉の前で首を傾げた。前に出たりうしろに下がったりして、窓の中の様子を伺おうとしているようだ。


「タラニス。おはよう」

 ルーシーンが声を掛ける。


「おはよう。ルーシーン。ぼくはもうお腹が……」

 甘い声を出す鳥が振り返る。猛禽の瞳に映るみっつの人影。


「このまえ言ってた子たちが来たわ。紹介するわね。孫のアレブと、そのお友達のメーニャよ」

 にこにこと笑ってふたりを紹介する。


 鳥は目を丸くしたあと、すぐに姿勢を正し翼を広げ、こう言った。



 ――我が名はタラニス。翼の国の守護者にして、大空を翔る神鳥なり。人の子らよ、畏れることはないぞ。



 威厳に満ちた声がむなしく響く。


「「あははははは!」」

 ルーシーンとメーニャが腹を抱えて笑う。アレブもそっぽを向いて肩を震わせる。


「いまさら取り繕ってもだめだよ、タラニス。私たち、あなたが起きるところからずっと見てたんだよ」

 メーニャが目の涙をぬぐう。


「おーい。ルーシーン。お腹空いたよ。なんか食べるものないかい?」

 ルーシーンが声まねをした。


「……酷いや。せっかく口上も考えておいたっていうのに」

 うなだれる神鳥。胸にくすぐったいもの。


「本当に、おっきな鳥」

 鳥の視界の隅に長い黒髪。

「なんか昔もこんなことがあったな」

 抱き着く娘を眺め鳥はぼやく。


 しばしの静かな時間。


「神鳥タラニス。今日はあなたに会っていただきたい者があって、参りました」

 王子が沈黙を破る。彼はなるべく神鳥の威厳を立てることにした。

「そうだった。ぼくの仲間だったかな、ルーシーンがなんかそんなことを……」

 呟く巨鳥。


 壁の部屋の扉が開かれた。


 ルーシーンに伴われて、頭を下げた白馬がゆっくりとした足取りで出てくる。

 朝日を受ける白い毛並み、澄んだ空気にたなびき溶ける銀のたてがみ。


『タラニス……』

 顔を上げ呟くスケルス。安堵のような、そして悩ましいような吐息が馬の口から洩れる。


「……」

 白馬を見つめる鳥の瞳。

「なんてこった……」

 タラニスが呟く。



「今日はご馳走だな!」

 鳥は舌なめずりした。



「食べちゃだめ!」

 メーニャが声をあげる。


「冗談だよ。でも、そっちの冗談は気に入らない。ぼくの仲間とやらが、まさか馬だなんて」

 タラニスは冷たく言った。


『タラニス。わたしです。遠い昔の事ですが、あなたとつがいだったスケルスです』

 白馬は巨鳥へと駆け寄る。くちばしを背ける鳥。


「馬は好かない。ばかな人間にこびたり、使われたりするような生き物は」

 タラニスは汚いものを見るような目で白馬を見下ろす。


『あなたが馬を好かないのは分かりましたから。縁があれば他の身体を探すことだってできます。私たちは、そういう生き物でしょう?』

 スケルスが必死にすがる。王子と先王の目が鋭くなる。


「寄るなって。ぼくの胃袋は馬の墓場なんだぞ。きみは馬にしちゃマシな見てくれをしてるし、殺すには忍びない」


『あなた、そんなにお腹が空いているの? 食べ物なら私が探してきます。他の身体が見つかれば、この身体を食べてしまってもかまわないわ』

 スケルスは鳥の周りをうろうろし、枝の角で彼を撫でた。


「枝が腹に当たってくすぐったいな。馬に懐かれるなんて、初めてだ」

 巨鳥は困惑している。

「タラニス。なんとか言ってあげなよ。あんまりだ!」

 メーニャが口を尖らせる。

「なんとかって……」


「ちょっと、タラニス。あなた、彼女の声、聞こえないの?」

 ルーシーンが声をあげる。


「声? ぼくには馬の荒い鼻息しか聞こえないけど……、こいつは何か言ってるのかい?」

 首を傾げる鳥。


『ああ……!』

 白馬は崩れ落ちると、人の声で泣き始めた。


***

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