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.12 盗むことと与えること

 王子アレブは小屋から追っ払われていた。


 魔女の昔話の翌朝。

 メーニャが個人的に魔女に占ってもらいたいことがあると言い出し、アレブには聞かれたくないからと背中を力いっぱい押したのだ。


「友達ってなんだろうな……」

 少年が呟く。


『のぞきの次は盗み聞きですか』

 白馬の呆れ声。アレブは小屋の壁に背を預けていた。


「盗み聞きはあなたもだ。昨晩の話、外で聞いていたでしょう?」

『ええ。こうして角を生やしたまま、灰にならずに済んでいられるのには、感謝していますよ』

「メーニャが許さないさ。王子としては余計な芽はさっさと摘んでおきたいところだけど」

 白馬を威嚇する声は穏やかだった。


『友情に感謝ですね。ところで、あなたもメーニャの友達なら、盗み聞きはやめたほうが良いと思いますが。親しい仲でも秘密にしておきたいことはあると思いますよ。特に、若い娘の相談事なんて、男子が聞くものではありません』

「馬でも種でも、やはりあなたも女なんだな」

 少年が笑う。

『笑っている場合ですか。いやらしい』

 侮蔑の声。白馬の眼は冷たい。


「ばかな。すけべ心じゃないさ。王子として、民がどんな悩みを持っているのか知る義務が……」


『ペッ!』

 王子の頬に生暖かいもの。


「この馬! ほんとに引っこ抜いて燃やすぞ!」

 王子が剣に手を掛ける。


「アレブ! うるさい! あっち行って!」

「いやらしいわよ!」

 小屋の中から怒鳴り声。


 ……男いっぴき、アレブは不満気に腕を組む。



 魔女の小屋の中。占い師と向き合う若い娘、メーニャ。


「ねえ……これ(・・)、本当に意味ある? あなた、これがでたらめだって知っているでしょう?」

 そう言いながら魔女は占い用の砂の山を片づけている。


「気分の問題だよ!」

 メーニャの鼻息が砂を蹴散らす。


「魔女さんはもっと魔女らしくしたほうが良いよ。それから美人なんだから、ちゃんとおしゃれとかしたほうが良い」


「……どっちよ。その印象は相反すると思うけど。髪の手入れくらいはしてるわよ。ずっと伸ばしっぱなしだと先のほうが痛んでくるから」

 毛先を見つめる魔女。


「……ねえ、魔女さん。髪を出して背を向けて」

 メーニャが言う。魔女の身体は自然にそれに従う。

「何? 相談は?」


「あとあと! きれいな髪だもの。もっと楽しまなきゃ、もったいないよ」

 娘の指が銀の絹を梳かし始める。


「おばあちゃんに教わったの。髪結いは楽しいよ。気分が変わるの。自分のだとあまり難しいのはできないけど、私、魔女さんみたいなきれいな髪を見ると、うずうずしちゃって!」

 魔女はメーニャに髪を弄られ、目を細めている。


 朝の小屋。静かな時間が流れる。


「……昔、こうやって友達に髪を結ってもらったのを思い出すわ」

 遥か昔の友人。思い出に心を馳せる魔女。彼女の顔は娘のままだ。


「はい、できあがり!」

 手際よく髪を結び終えるメーニャ。


「ちょっと、鏡を取ってくるわ」

 魔女が立ち上がり、隣の部屋の木箱を漁る。


「鏡もあるの? 魔女さん、お金持ちだね」


「そうね。鏡はお客が代金代わりに置いていったものよ。お金も腐るほどあるわ。基本的にはここには置かないようにしてるけど。でも、買い出しはこっそりしなきゃならないから、それほど裕福な暮らしはできないわ」

 おんぼろな木箱から見事な装飾の縁の付いた鏡が取り出される。


「魔女さんも、普通に暮らせるようになれば良いのに……」

「ありがとう。でも、今の距離感は嫌いじゃないから。私は人は嫌いだけど、それは全部じゃないわ。あなたは好きよ。メーニャ」

 魔女は鏡を使って自身の姿を確認している。


「照れくさいよ……。ねえ、アレブは? アレブは好き?」


「ごめんなさい。彼のことはあまり好きになれないわね。男性はあまり好きじゃないの。乱暴だから……」

 鏡に映る顔。眉間にしわが寄る。


「私も、昨日はびっくりしちゃった。アレブはお父さんの事あんまり好きそうじゃなかったのに、あんなに怒ってた」

 腕を組み首を傾げるメーニャ。


「人ってそういうものよ。私も、好きじゃないけど協力はするわ。……ねえ、メーニャ。これちょっと、子供っぽくないかしら」

 魔女の腰まで流れる長髪は、ふたつの三つ編みに変わっていた。


「そんなことないよ。魔女さん若く見えるんだから、へーきへーき!」

「気にしてるのに」

 口を尖らせる魔女は笑顔だ。


「まあいいわ。ありがとうメーニャ。しばらくのあいだはこれで過ごすわ。“相談のお代”はこれでいいわよ」

「料金とるの!?」

 声をあげる娘。

「金品のやり取りがあればこそ“信用”が生じるのよ。“信頼”はただだけど、一朝一夕に成るものじゃないわ。お客さんなんて、二度顔を見るほうが珍しいもの。とても友達とは呼べないわね」

 したり顔の魔女。


「違うよ。私もお代が要るの? ってこと! 私と魔女さんは、もう友達だもの」

 魔女の瞳が見開かれる。彼女の口から笑いが漏れた。


「ふふ……。そうね。友達。面白いわ。“魔女”に向かってそんな事を言う人、初めてだわ」

 ふたりの少女が笑った。

 


「さて、それじゃ改めて、あなたの相談を聞くわ」

 三つ編みの魔女。砂袋の代わりに干し果物の瓶と薬草茶の入った椀を置く。


「おほん! それじゃあ、魔女さんにお訊ねします!」

 改まるメーニャ。


「どうぞ」

「魔女さんは“魂”ってあると思いますか?」

 墓荒しの娘が、魔女へと投げかける質問。


「……難しいわね。信じている宗教によって解釈は違うから」

 多くの相談をこなしてきた魔女が困り顔を見せる。


「私の生まれ故郷では、身体から離れて天に還るって言ってたかな。

 この国に神樹があった頃は、同じく魂は天に昇って……身体は樹に還る、だったわ。

 それで、魂はいつか戻って来て、生まれ変わるの。

 今は、魂は地面の下で暮らしているって考えられている。でも、私は魂そのものを見たことがないし、ほんとうにあるかって聞かれても、分からないわね」


「魔女さん。私ね……」



 メーニャは話した。かつて魂との対話を求めて墓を暴いたことを。



「お父さんのもお母さんのも、魂は無かったんだよね。見えなかったのか、そこに無かっただけなのか、そもそも存在しないのか」

 首を傾げる娘。


「そうね……。もしかしたら、そういう概念じゃないのかもしれない。みんなが考える魂は“いのち”みたいなものだけど“生きかた”や“こころ”だっていう人もいるわ」

 若い相談者へ、何かしら手掛かりを与えられないかと考える魔女。


「うーん。やっぱりおばあちゃんのお墓を暴いて……お父さんやお母さんの時は暗くて分からなかったから、お昼にやれば……」

 唸る娘。


「墓荒しは重罪よ。見つかったら首を跳ねられるわ」

「跳ねられたら死んだらどうなるか分かるね」


「こら。冗談でもそういうことは言わないの。まあ、悪さっていうのはこっそりするものね」

 魔女が叱る。


「はあい。でも、おばあちゃんのお墓は暴きたくないな」

「大切な人だったのね」

 茶をすする魔女。


「そうなんだけど。そうじゃないの」

 メーニャが言った。


「どういうこと?」


「私、おばあちゃんのことは……大嫌いだったの」

 明るい娘に相応しくない声の調子。メーニャは続ける。


「私のおばあちゃんはね、とっても親切で優しかったんだ。誰にでも優しかった。困ってる人がいたら放っておかなかったし、誰かに助けを求められたらできるだけ応えてあげていたの」

「良い人じゃない」

「誰にでも、だよ。お友達でも、ご近所さんでも、泥棒でも」

「泥棒でも?」


「うん。うちに泥棒が入って、それを見つけたときも泥棒を見逃してあげて、欲しがった物をあげちゃったんだ。

 おばあちゃんは何でもあげちゃう。あげ過ぎて、自分のぶんがなくなったり、家族の……私たちのぶんが無くなったりすることもあった。

 みんなはみんなで、おばあちゃんの親切に甘えて遠慮しないの。泥棒じゃなくても泥棒みたいだよ」


 語るメーニャは干しリンゴを手の中で弄んでいる。


「うちには家族が沢山いたんだ。おばあちゃんの子供たち。

 でも、私のお母さん以外はみんな、愛想を尽かせて出て行っちゃったんだ。

 お母さんも本当は出て行きたかったんだけど、おばあちゃんをひとりにしておけなかったから家に残った。

 おばあちゃんはね、失敗もたくさんした。

 あんまり器用じゃなかったから、お母さんは料理とかもさせなかったし、おばあちゃんには何もさせないように見張っていてって、よく言いつけられたの」


「私も、家族には仕方のない人がたくさんいたわ」

 魔女が相槌を打つ。


「お父さんとお母さんが死んでしまう前、うちが火事になったことがあったの。魔女さん、水浴びをしたときに私の背中、見たでしょう? あのやけどの痕はそのときのものなの」

「火事は、おばあちゃんが何か?」

 魔女の質問、しばし娘は黙る。


「……じつはね、違うの。私が食事の支度をしようとして、失敗してそれで火事になったの。

 でも、みんなはおばあちゃんが失敗をしたって決めつけた。

 私はやけどでわけが分からなくなってたから、違うって言えなかった。

 あとからおばあちゃんは、そういうことにしておきなさいって言ったんだ。

 あのね……お父さんやお母さんお墓を暴いたのは、誤解を解きたかったからなの。

 生きてるときに言うのは怖いし、またおばあちゃんが怒られちゃうから、死んで魂だけになってから伝えたら平気かなって」


「そういうことだったのね」

「うん。魂ってなんだろう、魔女さん」

 メーニャが干しリンゴを口に入れる。


「私はね、誰かが言ったように、魂は“生きかた”だと思ってるの」

「生きかた?」


「そう。騙されてでも他人を信じて親切にする生きかた、

 そんな人に対してでも愛想を尽かさずに一緒に暮らす生きかた、

 ……自分の大切な人のために他の多くを犠牲にできるのもひとつの生きかただわ。

 私は、自分の生きかたをまっすぐに貫き通せるのは尊いことだと思う。

 それこそが“たましい”なんじゃないかなって。どんなに奪われても、どんなに与えようとも、“たましい”だけはその人のものよ」


 七十年生きた魔女の答え。


「他人や家族に迷惑を掛けても? 悪い事をしても尊いの?」


「ええ。善いとか悪いとかは関係ないわ。たとえ自分の生きかたのために“おこがましい”ことをしたとしても、自分に嘘をついてさえいなければ尊いと思うわ」

 魔女の瞳に映る茶の水面。水面にもまた瞳が映る。


「お父さんとお母さんが死んでから、私はおばあちゃんとふたりきりだった。

 みんなが居たときは、騙されても失敗をしても、おばあちゃんはしょうがないなあって思うくらいで、大好きだったの。

 色んなことを教えてくれたし、いろんなお話を聞かせてくれたから。

 でも、ふたりきりになったら、おばあちゃんがやってきたことが親切からだとしても、

 どんなに迷惑で勝手なことだったかって、よく分かったの。私は、おばあちゃんが大嫌いになっちゃった」


 メーニャが口元を歪める。


「そっか……人はね、群れて暮らしてはいるけど、結局はひとりなの。みんなそれぞれ別の考えで生きてる。それがぶつかり合うのは仕方のないことよ。程よく距離を取って生きられればいいんだけど、家族だとそれも難しいことなのね」

 魔女が言った。


「私は酷いやつだ。お父さんやお母さんが生きてた頃は、周りの人になんて言われたって、

 おばあちゃんは良い人だよって返してたのに、ふたりきりになってからはいっぱい悪口を言いふらしちゃった!

 おばあちゃんが死んで、みんなにお墓に埋めてもらったときも、ちっとも悲しくなかった。

 ……ほっとしたの。これで何も心配しなくていいんだって。火事のことだって黙ってもらってたくせに!」


 リンゴに残っていた種を吐き出す。


「嫌いなら嫌いでいいと思うわ。死んだ人に囚われることはないのよ」


「みんなが帰ったあと、私はお墓を暴いておばあちゃんに文句を言ってやろうかと思った。でも、できなかった。

 誰も居なくなって、私も帰ったら、そこにおばあちゃんはひとり……ううん。“魂”は無いの。

 だから、おばあちゃんも居ない。そこには誰も居ないの。

 そう思ったらすごく悲しくなって、ひとりでいっぱい泣いちゃったの。嫌いだったのに。どうしてだろう?」


「おばあちゃんの事が好きだったからよ」


「どっちなの? 好きなの? 嫌いなの? 私、分からなくって」

 涙声のメーニャ。


「あなたの好きなほうを選ぶといいわ。理由なんてどうでもいいじゃない。好きと嫌いの両方でも、なんなら決めなくってもいい」


「そんなのずるくない?」

 不服そうな娘。


「ずるい? 誰に対して? それに、しっくりこないのに決めつけてしまうのは嘘だわ。嘘をつくほうがずるいんじゃない?」

 魔女の微笑。


「……そっか、そうだよね。じゃあ私は、おばあちゃんが好き。お母さんも、お父さんも、みんなみんな、好き!」

 メーニャは表情を満開にすると、両手を枝の様にめいっぱい広げる。


「欲張りね」

 また笑う魔女。

「欲張りだよ。ずるいでしょ!」

 娘が笑った。


「あなたは笑っているほうが良いわ」

 魔女が見つめる。はにかむメーニャ。


「ねえ、魔女さん。私、もうひとつ聞きたいことがあるんだけど……」



 ……。



 笑顔の戻った娘たち。小屋の外へと嬌声が漏れる。


 顔をあげるアレブ。彼は小屋から少し離れた木の下で座っていた。


『相談は終わったようですね』

 同じく離れた所に佇んでいる白馬。


「そうだな。そろそろ城に戻りたいんだけど」

 少年は剣を抱き、柄に顎を乗せている。


『聞かなくても、良かったのですか?』

「なんだよそれ。人の顔に唾吐いておいてさ。……いいんだ。話す必要のあることなら、そのうち僕にも話してくれるだろう」

『それもそうですね』


 小屋の扉が開く。


「おまたせ、ふたりとも!」

 笑顔の娘が出てきた。魔女も見送りに現れる。


「じゃあ、そろそろ行くか」

 アレブが立ち上がり、スケルスの鞍を確認し始める。


「それじゃ、行ってくるね。また遊びに来るから!」

 メーニャが魔女の手を取る。


「いってらっしゃい、メーニャ」

 握り返す魔女。


「お世話になりました。行くよ、メーニャ」

 アレブは短く礼を言った。


「メーニャ、アレブには気を付けてあげてね! あの子は少し危なっかしい所があるから!」

 魔女の諫言。

「うん、分かった!」


「本人に聞こえるように言うな!」

 アレブが唸る。白馬が笑う。


「“コニア”さんありがとう! さようなら!」

 メーニャは魔女の名を呼び、手を振った。


 少年はため息をついた。僕には名乗らなかったくせに……。


 魔女と別れ、少年と少女は森の街道を駆け抜ける。

 枝でできた角の生えた不思議な馬に乗って。


***

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