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.11 争いの種

 魔女が目覚めたのは西の空が(あけ)に染まるころだった。

 起き抜けの魔女は、ふたりの顔を見ると露骨に嫌そうな顔をした。


 いっぽう、アレブは魔女の目覚めに安堵した。何故なら彼は、彼女が目覚めるまで延々と娘のおしゃべりに付き合わされていたからだ。

 内容はおもに、過去にメーニャやその祖母が起こした笑い話や、本で読んだおとぎ話だった。

 相槌を返すだけで娘は満足するとはいえ、アレブは小さくささやく声をずっと聞かされていたものだから、頭の中が痒くなっていた。

 彼女のほうへ向けていた耳もなんだか湿っている気がする。


「おはよう。魔女さん!」

 メーニャはいまだ元気を失う様子がない。

「おはよ」

 魔女は短く挨拶をすると、机の上の瓶を開け、干しリンゴをひとつ口へ放り込んだ。

 それから扉を開け外へ出た。魔女はすぐに戻ってきて毛皮の上に腰を下ろすと、瓶とろうそくを乗せた皿を置く。


「悪いけど、灯りはこれだけにさせてね。客が寄ってきてしまうから」

 魔女はひかえめな声で言った。


「スケルス……馬は見なくていいんですか?」

 アレブが訊ねる。


「結構よ。あの馬、私が相当嫌いみたいね。今外へ出たら、露骨に避けられた。今朝も私から逃げたのよ。それだけで、充分よ」

 魔女は吐き捨てるように言う。


「魔女さんは、スケルスのことが嫌いなの?」

 メーニャが残念そうに言った。


「あの馬が嫌い、というよりは、あの枝ね」


「おばあさまも似たような事を言っていた……」

 呟くアレブ。


「あなたたち、この国の神樹の伝説は知っている?」

「ええ。それが史実だということも。それにまつわる祭司長の話も」

 ここのところ繰り返し縁のある話。アレブは伝説をあっさりと認める。


「……その辺はあの子、本に書いていたかしら。こんなに頭が痛いのは何年振り? まあいいわ、それなら話が早い」

 魔女はこめかみを押さえてため息をつき、そしてこう言った。



「あの馬を殺して枝を焼き捨てなさい」



「あれは悪いものなんですか?」

 横で騒ぐ娘を宥めながらアレブが訊く。


「少なくとも、人間にとっては。人の言葉を話すと言ったわね? それは、全員に聞こえるの?」

 魔女の問い。


「いいえ。僕のおばあさまには聞こえなかった。彼女……あの白馬も“声が聞こえる人間を探していた”と言っていました」


「ちょっと違うよアレブ! それはスケルスが恋人を探すためにだよ!」

 メーニャが大きな声をあげる。


「静かにして。できればその、スケルスには聞かれたくないの」

 魔女が顔をしかめる。


「そりゃそうだろうね! 自分を殺して燃やすなんて話、誰も聞きたくないよ!」

 小声で叫ぶメーニャ。頬を膨らませそっぽを向く。


「あなたたちだけにしか聞こえないっていうのは、いよいよやっかいね……」

 魔女は機嫌を損ねた娘は捨て置き、王子に言う。

「いい? よく聞いてちょうだい。スケルスは、馬じゃないわ。額に生えている枝が彼女自身なのよ。“種”が馬に寄生してるの」

「寄生……そういえば、おばあさまもそんな事を言っていた」

 ルーシーンはスケルスを疑っていた。そして恐れていた。


「あれは、他者の身体を乗っ取って自分の物にしてしまう。多くの知識と長い寿命を持って、人々を惑わせる。よその星から来た、邪悪な生き物なのよ」

 吐き捨てる魔女。


「よその、星?」

 首を傾げるメーニャ。アレブもいまいち理解できず首を傾げた。


「あなたたちは、占星術には明るくないのね。要するに、空よりも高い、ずっと遠くからってことよ。

 ……大昔に、四つの種がこの大地に落ちて来たの。

 ひとつは樹、ひとつは人間、ひとつは鳥に寄生した。……残りのひとつは行方不明って聞いてるわ」


「それがスケルスってこと?」

 メーニャが訊ねる。


「そうならまだ良いんだけど。

 あなたたちが聞いた通り、神樹と人間……祭司長は最終的に人間をごみのように扱ったわ。

 多くの人を殺し、大地を砂に変えた。特に神樹の……雌のほうの性格が悪かったわ。

 “彼女”って言ってたわね? もしも白馬についているのが神樹の種だとしたら、また大きな災いが起る」


 魔女は窓のほうへ視線を向ける。窓の外は暗い。


「でも、神樹は枯れたって。魔女が……あなたが枯らしたって聞いています」

 アレブが言った。


「そうね。神樹は枯れたわ。でもそれは、種が抜けたから。本体は種なのよ。寄生された樹のほうは、とっくに死んでいたの。まあ、最後に殺したのは私とも言えるけど……」

「どういうことですか?」

「神樹の種が次に寄生先に選んだのが私だったの。神樹を大切にしていた祭司長は私を探したわ。私は神樹に酷い目にあわされた。あなたたちの想像もつかないようなね。それで、腹が立ったから、種をくりぬいて、祭司長に返してやったのよ」


 魔女はぼろから右手を出した。彼女の手首には大きな傷の痕。


「それで、祭司長と神樹はどうなったの?」

 メーニャが魔女の腕を取った。傷を撫でる。


「メーニャ、くすぐったい。種は誰かに寄生してないと死んでしまうの。それと、ひとつの身体にふたつの種はだめらしい。

 錯乱した祭司長は神樹の種を助けようとして、自分の身体に埋めたんだけど……彼らは溶けちゃったわ。そのときに、死んだはず(・・)

 魔女は語尾を力強くした。


「ちょっと可哀想……」

 メーニャが呟く。


「そうかしら。私は散々な目にあわされたし、彼らはたくさんの人々を殺したわ。万が一、あの馬の額の枝が神樹が死に底なったものや、同じような奴だったら、最低よ」

 魔女が吐き捨てる。


「魔女さんはそうかもしれない。身体を乗っ取られるところだったんだし。でも、祭司長と神樹は国を長く支えていたとも伝えられています」

 あえて反論する王子。俯瞰的なものの視方もしなければ。


「そうね。当時の王と鳥が誤解を解いてくれなきゃ、私は八つ裂きにされてたでしょうね。ふたりが長いあいだ、国のかなめだったのも事実だわ」

「当時の王……」

 王子が呟く。


「いい? 種が与える知識は、ほかの星から来たもので、本来この地上にあるべきものではないの。

 知識というものは経過と積み重ねで得るものよ。答えだけ知っても使いこなせるものじゃないわ。

 あの種のことが“力のあるもの”に知られれば、きっと悪用される。特に今の王は“くそったれ”よ。ろくなことにならないわ」


「魔女さん口が悪いよ……」

 メーニャが苦笑いをする。ちらと王子のほうを見た。彼は黙っている。


「ふん。人殺しばかりしてる“くそったれ”じゃない! 殺したり寄生したりするなんて、おこがましいにもほどがあるわ。

 他人の人生をどうこうしようなんて、ひとりの生き物に許される範疇を大きく超えている。それが王だろうと、神の樹だろうと」

 魔女の声が硬くなる。


「……あなたの言う通りだ。他者の取る行動を操作するのもおこがましければ、殺してしまうのも、本当におこがましい行為だ。……それが若い女性を襲おうとする畜生相手だろうとね」

 王子の口から吐き出される言葉。メーニャは口を閉ざし、魔女から少し身を離した。


「……気付いていたのね。私は“魔女”よ。魔性の女。あなたたちも、ここには長く居ないほうが良いでしょう。ここは森の中。“ヒト”の領域じゃない」

 美しい女の口も醜く歪む。ろうそくの火が大きく揺れた。


 視線のやいばを向け合うふたり。


「……ね、ねえ。魔女さんの誤解は王様が解いたのに、どうして今も、魔女なの?」

 おっかなびっくり割って入る娘。


「それはね。寄生された生物が長寿を得るせいね。種が抜けたあとも、私は成長が極端に遅くなったままなの。

 後遺症かしらね。七十年生きているのに、まだ二十もいかないような姿をしているのはそのせいよ」


「永遠の若さか」

 王子の嘲笑。


「……そのせいで魔女扱いよ。いつまで経っても変わらない姿は、街の人に気味悪がられたわ。

 神樹の毒にやられた人々は髪が白くなった。神樹の呪いね。そのときの毒は子や孫にあまり引き継がれなかったようだわ。

 種に寄生されなかった他の人はみんなちゃんと歳を取れたし、若いまま白髪なのは私だけよ。今ではこれが魔女のあかし」


 魔女はぼろから長い髪を引き出すと、指を這わせた。滑らかな白砂のように指の隙間から落ちる。


「美しい髪だ。あなたは顔も美しい。身体も! ……いっそのこと、素顔を出して相談業をしたらいいんじゃないか。何なら春も売るといい。そのほうが儲けもいいだろうに」

 王子は口元を歪め、声をうわずらせる。


「見てくれが良くて得したことなんて、一度もないわ」

 女は唇を噛んだ。


「アレブ、怖いよ。もうやめなよ。お父さんを馬鹿にされたからって、こんなの良くないよ」

「余計な事を言うな、メーニャ!」

 アレブの腕がメーニャに伸びた。鋼鉄の剣も容易く振るえる、男の腕。


「やめなさい! その子に手を出すのはお門違いだわ」

 魔女が王子の腕をつかみ、止める。だがそれは簡単に振りほどかれ、あっという間につかみ返される。


「魔女と恐れられるくせに、ずいぶんと非力だな! お前の行動が大楢の国を滅ぼしたんだ。女は軽率だ。それに小うるさい。一時の感情で多くのことを台無しにする。しょせんはお前も、ただの人間の女だ!」

 捻りあげられる魔女の腕。


「……どうするの? 殺すの? その剣で私たちを貫くの? 男は刺し貫くのが好きでしょうから!」

 痛みに顔を歪ませながらも魔女は言い返す。


「私を他の男どもと同じに語るな!」

 アレブの翡翠の瞳に黒い影が燈る。



 唐突に部屋中を湿った音が響いた。ろうそくの火が消え、あたりは闇に包まれる。



「アレブは、言ってることとやってることがめちゃめちゃだ。頭を冷やしたほうが良いよ」

 暗闇の中、桶を持ち上げているメーニャ。王子の足元に大量の水がしたたり落ちる。


「なんで、私まで……」

 同じくびしょ濡れの魔女。


「魔女さんもだよ。喧嘩は良くない」


 まさに水を打ったような静寂。喧嘩はおろか話も中断だ。魔女が別のろうそくを用意する。


「ごめんなさい……」

 水を撒いた張本人がしょげる。


「謝るのはあなたじゃないわ」

 魔女は王子を見た。


「ごめん、メーニャ。乱暴なことをして」

 王子はうなだれている。


「私はいい、魔女さんに謝って」

 メーニャがアレブを見つめた。


「……すまない。手荒なことをして。魔女も人間なら僕も人間で、やはりあなたの言う通り、ただの粗暴な男なのだろう」

 アレブが頭を下げる。


「……そうね。私も悪かったわ」

 魔女も頭を下げる。濡れた絹から水が滴る。


「アレブのお父さんはね。この国の王様なんだよ」

 メーニャが魔女に言った。


「メーニャ……」

 呟くアレブ。


「彼女を責めないで。じつを言うと、私も薄々気づいていたの。あなたのその腰の剣。

 翼の飾りのついた剣は、この国ではそれなりの地位のある人間しか持てない。身なりも綺麗だし、あなたのその髪色によく似た人が、知り合いにいるから……」

 魔女が言った。


「祖母と、先王ルーシーンと知り合いなんですか?」

 王子が訊ねる。


「ええ。あの子と私は友達だったの。なかなかの世話焼きでね。若い頃はよく、あれこれ助けてもらったものよ」

 魔女の頬を伝う水がろうそくの火を映す。


「神樹の事件のあと、ルーシーンはめちゃめちゃになった国を必死になって建て直したわ。

 それまで祭司長にすべて任せきりだったから、至らないところはたくさんあったけど、国民や周辺部族の人たちも手伝ってくれて、なんとか最初の冬が越せた」


「今では考えられないな」

 呟くアレブ。にらみ合う街と森。他人を気遣う余裕などない人々。


「助力してくれたのは人間だけじゃなかった。大きな鳥……名前はタラニス。

 今では神鳥と呼ばれてる彼が、ルーシーンの世話を焼いたの。

 そして、彼もまた神樹たちと同じく、空から落ちてきた種の寄生した生物だった。彼は政治では知恵を貸し、戦争では力を貸したわ」


「彼も、何か企んでいたんですか?」

 アレブが訊ねる。


「いいえ。少なくとも私たちから見たら、そうじゃなかった。

 彼の干渉はほどほどだったし、ルーシーンが頼まなきゃ寝てばかりだったから。

 彼は、他の種とは違ったの。鳥への寄生が不完全だったから。自分が種なのか鳥なのか分からないって言っていたわ。

 それでもタラニスはルーシーンと仲良くやっていた。彼女を背中に乗せて大空を駆け巡っていた。私も乗せてもらったことがあるわ」


「いいなあ。私も空を飛んでみたい」

 メーニャが呟く。


「私は、空は苦手ね。境目がなくって、ずっと続いてて。下から見上げるぶんには素敵なんだけど」

 魔女が首を振った。


「あなたも神鳥に乗せてもらうほどの仲だったんですか?」

 アレブが訊ねる。それから、大きなくしゃみをした。


「拭くものを取ってくるわ。風邪をひく」

 魔女が立ち上がり、木箱の中を漁り始める。


「私とルーシーンとタラニス。それにもうひとり。私たちは友達だったわ。ルーシーンは忙しかったけど、それでもよく抜け出して、釣りや狩りをして遊んだの。あの頃は楽しかった」


 薄明を湛えた魔女の声。彼女は織り物を二枚引っ張りだす。

 城で使われているものと比べても遜色のない豊かな布地。片方を王子へと手渡す。礼を言う王子。ふたりは濡れた身体を拭いた。


「でも、それも長くは続かなかったわ」

 水気が吸われ乱れた髪。魔女の黒い目が闇に沈む。


「巨大な鳥。タラニスは国を助けた。人の手に余るほどの知識と力をもって。

 だけど、そんなものをよその国が放っておかなかった。タラニスは多くの争いの種になった。

 彼はそれを良しとしなかったの。国が落ち着いたのを見計らって、どこかよそへと去って行ってしまった。

 それからのルーシーンの荒れようったらなかったわね」


「おばあさまが……」

 穏やかで、昔話好きなアレブの祖母。


「鳥が去ったことで戦争は減った。でも、彼女が荒れると同時に、国も荒れた。なんて言うんでしょうね。人々の心に不安の種が蒔かれたの。みんなは何かにすがりたがった、何か悪い事があれば、何かのせいにしたかった……」


 語り部の沈黙。聞き手もただ待った。


「……私と友達は海辺に暮らしていたの。でも、ルーシーンがつらそうだったから、彼女のために街に移った。

 いっしょに居た友達は街に慣れていたから、すぐに溶け込んだわ。

 でも、私には少し人が多過ぎた。こう見えても私、けっこう有名人だったのよ。

 王様の友達だったし、その頃はみんなの心から神樹の恐怖が薄れてなかったから、私は悪い神樹を倒した英雄扱いだったの。

 でも長く国を護った神様が簡単に邪神に変わるように、英雄が魔女にされるのもそう長くは掛からなかった……」


「大衆は愚かだ」

 王子の口は苦い。


「そうね。同感。それから私は街を出てずっとひとり。海に戻ったり、旅に出てみたりしてみたけど、今はここで魔女のおばあさんね」

 老いた少女が笑う。


「ねえ、タラニスはどうなったの?」

 メーニャが訊ねる。


「彼は、じつを言うと時々は戻って来てたみたい。空を飛んでるのを見たことがあるわ。なんだかんだ寂しかったのかしらね。

 こっそりとお城に住んでも良かったのかもしれないけど、大きな鳥にはちょっと狭かったし。それに、彼にはしなければならないことがあった」


 魔女が窓の外をちらと見る。


「大地に落ちた種は四つ。雄と雌それぞれ二つ。つがいだった。タラニスにも対応するつがいが居たはずなの。彼はそれを探していた」


「やっぱり、それはスケルスのことだよ!」

 メーニャが声をあげる。


「可能性は高い。でもね、メーニャ。種は種のために生きてるの。人間が人間のために生きるのと同じように。

 利害の一致で仲良くすることがあったとしても、最後は自分の仲間を取る。私たち人間は手ひどい扱いを受けたわ。

 タラニスだって、ルーシーンとは仲が良かったけど、いくさでは多くの人を殺しているし、

 寄生が不完全だとしても、本質が狂暴な鳥だということは変わらないのよ。私は、信じることができない」


 魔女はため息をつく。


「何か証明できるものがあれば……ってそれを魔女さんなら分かるかもって聞きに来たんだった!」

 メーニャが額に手を当てた。


「あの馬は何か言ってなかったの?」

 魔女が訊ねる。


「探してるってことしか。馬の頭だと古い事は忘れてしまうって言ってましたから。都合の悪い事は言わないようにしているのかもしれません」

 アレブが頷き呟く。


「スケルスはそんなひとじゃない!」

 メーニャがわめいた。


「ルーシーンも疑っていたんじゃない? 種に寄生された生物は身体が丈夫になるの。

 あまり食べなくても飢えないし、多少の怪我ならすぐに治ってしまう。

 だから、神樹や祭司長が本当に死んだとも言い切れない……。

 もっとも、生きていたとしても、当時を知る者がいるうちには出てこないかもしれないけど」


「でも、みんなもう忘れてしまっている。恐ろしいことも、大切なことも。そうでしょう?」

 王子が言った。事実は伝説に、伝説はおとぎ話に。


「忘れる……か。タラニスも古い事は忘れてしまうと言っていたわ。仮にスケルスが神樹じゃないとしても、“くそったれ”じゃない可能性は捨てきれない」


「魔女さん! “くそったれ”は禁止!」

 メーニャが喚く。アレブが笑った。


「……ひとつだけ、確実に分かる方法がある」

 魔女の呟き。


「それは?」「なになに?」

 ふたりが魔女を見る。


 ――ぼろから再び突き出される傷痕の腕。


「寄生させること。寄生されればお互いのいのちも、記憶も共有できる。

 私は興味がなかったから覗かなかったけど、神樹には私のことをたくさん見られたわ。

 寄生先には相性があるの。あなたたちふたりには声が聞こえると言ったわね?」


 一息つく。


「それは、種の寄生先としての素質があるということよ。種を得れば、永遠の命と若さも手に入るわよ。もっとも、そのうちに種が身体を乗っ取って、もとのあなたたちは消えてなくなってしまうけど」

 魔性の笑い。だがそれは薄っぺらい。


「それは御免だ。あいにく今の世では永久に生き続けるのも苦行でしかない」

 王子が厭味な笑みを魔女の瞳の先へと向けた。


「私も、あなたたちに私のようになって欲しくはない。種が抜けたあとに残ったのはこの髪と若さだけ。……ねえ、スケルスは私の聞こえる範囲で話をしたかしら?」

「してないと思う。ずっと黙ってるよ」

 メーニャが言う。


「そう、じゃあ今の私でも確かめられるかもしれないわね。でも種が神樹のものだった場合はとんでもないことになるでしょうね。私も昔ほどの根性はないから。乗っ取られて国を滅ぼすかも」


「ご遠慮いただきたいな」

 王子が言う。


「私も他人に入られるのは嫌いなの」

 魔女は肩を竦めた。


「八方塞がりか……」

 王子アレブはため息をついた。


「ルーシーンはなんて言っていたの? あの子にも馬を見せたんでしょう?」

 魔女が訊ねる。


「あなたと似たような回答でした。やっぱりタラニスの事を大事に思ってるみたいで、スケルスには会わせたくない、とも」

「じゃあ、まだ鳥は生きていて、呼び戻すこともできるのね」


「おばあさまにもう一度お願いしてみようよ!」

 メーニャがアレブの腕を引っ張る。


「一度断られてるしなあ。大丈夫だって証明したら会わせるって約束だったろ? ……でも、それしかないか」


「大丈夫だよ。きっと、上手くいく! おばあさまだってお友達の大事な人が見つかって嬉しくないはずないもん!」

 メーニャがアレブの腕を振り回す。


「お話はおしまい。まだ早いし、明かりを点けてもいいかしら? 冬までに蓄えを作っておきたいの。今晩も明かりを点ければきっと、お客が来るわ」

 魔女が立ち上がる。


「私も魔女さんのお話聞きたい」

 メーニャが声を弾ませる。


「また“くそったれ”が来なければいいけど……」

 アレブが呟いた。


「今晩は体よく追い払うよう、努力するわ」

 魔女の手が部屋の明かりを灯した。


***

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