海に燃えし篝火は (Shimoda Coast Guard) ①
南伊豆町近海 強襲上陸部隊 指揮船
連続して響き渡る異質な音、大陸の御伽話に伝わる御使いのラッパの如き不気味な音色が、右舷側から近づいてくる。
「ゴール、この音はなんだ?」
突然の異音に耳を疑ったのは、船団中央で周りよりも一回り大きな指揮船に座する、銀色に輝く立派な軽鎧を身に着ける金髪の若い男、マルスだった。彼は、未だ20代半ばであるが、アレク帝国皇帝の第3王子であり、上陸部隊長兼全強襲部隊の責任者でもある。
その容貌は、金髪でまだ若く未熟な印象を受けるが、彼の美しい碧眼には一切の焦りは感じられず、どこまでも見通しているような達観者のようでもある。それは彼が、帝国士官学校を首席で卒業し、その後のエリエスとの戦争では幾つか部隊を指揮し悉く勝利に導いていることからの自信なのかどうかは、誰も知るところではない。
そんなマルスの横で、暗視の魔法を用いながら右舷側を遠見の魔筒で確認した男は、不鮮明ながらも何やら2隻の船舶のようなものを認めた。
「マルス様、おそらくエリエスの中型軍船であると思われます。しかしながら、これまでのエリエスの軍船と比べて何やら異質な形をしております」
遠見の魔筒を覗きながら答えたのは、黒い革鎧を着た40代半ばの男である副官のゴールである。
彼は、まだ40代半ばで頭髪の殆ども黒く艶を残しているが、その落ち着いていながらも周囲を威圧する雰囲気と眼光は、どこか歴戦の老兵然とした印象を受ける。そんな彼は、マルスが全幅の信頼を置く人間の一人でもある。
報告を聞いてもマルスは頬杖を突き、目線を全く動じさせなかった。
マルスは変わらぬ表情で、同じく異質な、正面のエリエスの隠蔽陣地を見据えながらつぶやく。
「異質か・・・」
「はい、どうやらあの軍船、エリエスの軍旗、そしてマストや帆までが見当たらないのです・・・代わりに白と青で塗装された船体には異様な文字らしきものが書かれております。これまでのエリエスの軍船と比べて全く異質の船に見えます」
ゴールの言葉を聞いたマルスは多少だが違和感を覚える。
船体の塗装や異様な文字については分からないが、マストや帆が無く魔導噴進器だけが装備された小型の軍船ならこの世界では珍しくない。しかし、これも中型以上となると話は別だ、中型以上の船舶の場合、積載物の重量にもよるが魔導噴進器の消費する魔力は膨大なものとなるからだ。故に、小国のエリエスがそのようなコストのかかる軍船を保有できる筈がない。第一、エリエス近海の軍船はここまでの海戦で私がほぼ破壊し尽くしている筈だ・・・。まさか、ここに来て技術だけは持っているエリエスが、なけなしの金で新兵器でも開発したのか。だが、中型の軍船二隻で何ができるというのか。
「まあ、中型の軍船如きにこの戦力差を覆せるとは思えんがな」
「しかし、あの軍船が魔力炉を搭載していた場合、最大出力で暴走でもされたら、こちらも一隻や二隻程度ですが損害を受けてしまうかも知れません」
ゴールの意見を横目で聞き流していたマルスは、目線を固定したままで、指示を出す。
「そうだな。つまらない自爆で戦力を失うのは好ましくない。もし軍船がこれ以上接近するなら攻撃を許可する。ゴール、各船に伝達せよ」
覗き込んでいた遠見の魔筒を目から外し、左胸に備え付けられたポーチから、各指揮官に預けられているコンタクト・ストーンと呼ばれる翠色の魔石を取り出す。しかし、魔石を見てみると、いつもの大精霊の輝きが鈍くなっている。
大精霊の輝きが鈍い。つまり、大精霊セロンの魔力を感知できていないと言うことだ。
「やはり、大精霊セロンに対して何らかの妨害魔法が発動していると考えるべきか・・・しかし、そんな魔法を使える人間が・・・」
ゴールはコンタクト・ストーンを見つめながら思案する。
このコンタクト・ストーンと呼ばれる翠色の魔石は、精霊の力を媒介として遠隔地と通信を行うことが出来るアイテムである。通常は大精霊セロンというドーラ大陸のほぼ全域の魔法通信を管轄する精霊を介して連絡等を行っているが、この方式での通信はタイムラグがかなりあり、戦時での運用は行わないのが通常である。なので、今回のような戦闘時もしくは精霊通信の妨害が行われた場合は、持ち込んだ触媒を通して代理で部隊に下級精霊を召喚し、通信を行う。この場合、通信距離や安全性は劣るが、近~中距離であれば個人または複数人とリアルタイムでの会話が可能である。
とはいえ、精霊通信を妨害するとなると、かなり大規模で強力な魔法の行使が必要だ。今のエリエスにそこまでの力があるとは・・・。
しばらく思案したゴールだが、この地に蔓延する正体不明の悪寒を感じながらも、魔石に魔力を込め始める。
「スーラ、こちらゴールだ。聞こえるか?」
数秒後、雑音とともにスーラと呼ばれた右舷側のとある一隻の士官が野太い声で応答する。
「……ゴール、こちらスーラだ。雑音がひどいが聞こえてるぜ友よ」
魔石から聞こえてきたのは、ゴールの旧友であり、全幅の信頼を置く右舷側の上陸船団の指揮官であるスーラだ。
「そちらに正体不明の軍船が接近している。交戦距離に入ったら沈めて構わん」
「了解だ友よ。丁度何もなくて暇だったところでな」
後から、豪快な笑い声が聞こえてきたが、全てを聞き終える前に通信を切り、次いで、左舷側の上陸船指揮官であり高位魔術師かつ対魔法戦のエキスパートでもある、ルベルトにも一応現状を伝達し警戒を促しておく。
一通りの指揮連絡が終わり、マルスに報告する。
「スーラ及びルベルトにご命令を伝達致しました」
「ご苦労ゴール、ところでガラード達から何か連絡は入っているか?何やら空が騒がしいようだが」
つい先ほどから、断続的に小さな爆発音が聞こえ、閃光が時折夜の海上を一瞬だけ照らしている。しかし、海上からでは雲のかかった上空で行われている戦闘の様子は一切伺い知ることはできない。
マルスは上空のガラードに連絡を取る。しかし、先ほどまでとは違い、魔石からは雑音すら聞こえてこない。それを見かねたマルスが口を開く。
「空戦の途中で通信圏外に出てしまったのだろう。まだ、エリエスが翼竜兵を保有していたことは驚きだが、ガラードに任せておけば問題はないだろう」
歴戦の翼竜兵であり、王立翼竜騎士団の中でも屈指のワイバーン使いであるガラードは、ほぼ無敗の指揮官であり、部下にも優秀な兵を擁している。エリエスの小規模な翼竜兵に負ける要素はほぼ皆無と言っていいだろう。上陸後に苦戦する可能性はほぼゼロだが、制空権を確保しておけば安心して戦えることに変わりはない。そのためにも彼は、必ずや制空権を確保してくれると信じている。
その時、側にいたゴールが右舷側を注視し遠見の魔筒を覗き込む。
「マルス様! あの軍船が船団右舷側に接近します!」
「まさか本当に、たった二隻で向かってくるとは、つまらない抵抗だな。本当につまらん」
あの軍船がこちらの魔砲と魔導杖の射程に入った瞬間に、一瞬で決着がつく。そして我々は、間もなく上陸し蹂躙を開始する。これは既に確定事項なのだ。
そう考え、自分を納得させたが、何故か拭えない違和感が頭の中で少しずつ大きくなっていくのを感じていた。
――
南伊豆町近海 巡視船「しきね」
進行方向左側、不明船団の約50メートルの距離にまで、しきねは接近する。
「停船命令を実施!探照灯で照らせ」
船長がそう言うと、警告員が船外スピーカーを通して警告を始める。同時に探照灯の強力な光線が50メートル先の不審船団右舷中央付近の帆船を照らし出した。そして、後ろについていた巡視艇「いずなみ」でも同様の対応が取られる。
「……我々は日本国海上保安庁の巡視船である。貴船は日本の領海を侵犯し、我が国の領土に近づきつつある。直ちに停船しなさい! さもなくば実力規制を行う!」
その後、マニュアル通り、英語、中国語、朝鮮語、ロシア語等の周辺国の言語でも呼びかける。
「We are a patrol boat of the Japan Coast Guard. Your ships violate Japan’s territorial waters and are approaching the territory of our country. Stop at once! Otherwise we will regulate your ability!」
「我们是日本海上保安厅,日本的巡逻船。贵船受到侵犯日本领海,已接近日本的领土。请立即隔离!否则,执行的能力法规!」
「우리는 일본 해상 보안청의 순시선이다. 귀선은 일본의 영해를 침범 해 일본의 영토에 가까워지고있다. 즉시 정선하십시오! 그렇지 않다면 실력 규제를 실시!」
「Мыпатрульный катер из береговой охраны Японии, Япония. Кибунэ нарушается в территориальные воды Японии,приближается к территории Японии. Пожалуйста, немедленно карантин! В противном случае выполнение правил способности!」
艦橋の左右についた電光掲示板からも同様のメッセージを流し警告する。彼らはこちらを見て驚いている様子であったが、一向に止まる気配は見せなかった。
言葉が通じていないのか? それとも分かっていて無視しているのか……
今考えても答えは出そうになく、結局、従来の手順通りに事を進めるしかなかった。
竹本は更に命令を下した。
「SN旗を揚げろ。そして兵器管制員は威嚇射撃の用意!」
SN旗と言うのは、青と白2種類の「S」「N」の国際信号旗の組み合わせのことで、「直ちに停船せよ、さもなくば砲撃する」を意味する。
今度はSN旗がマストに揚がり、再度、先刻の警告文が読み上げられる。しかし、一向に船団は針路を変えようとせず、船団の先頭は弓ヶ浜海岸の目と鼻の先まで迫っていた。
その頃、同じく船橋操舵室の兵器管制席では、先程の船長からの連絡を受けて、赤外線捜索監視装置(FLIR)にて監視を行っていた火器管制員の谷口航平三等海上保安正は、白黒の映像が映し出されるディスプレイに不審な動きを認めた所だった。
「坪倉さん!これ見てください!船に乗ってる奴ら何か不審な動きをしてます。何か大きな杖みたいなものをこっちに向けて……」
谷口の後ろで別のモニターで監視していた、今年の1月に誕生日を迎え50歳になったベテランの坪倉正一等海上保安正が、FLIRのモニターを覗く。
モニターを覗いた瞬間、ベテラン坪倉の顔が青白くなり、顔から汗が吹き出してくるのが分かった。
モニターには白い影が複数こちらに杖を向け、その杖からは何か靄のようなものが漂っているように見えた。
「……まずい……早く船長に!」
急いで、竹本に報告しようとする坪倉、しかし、谷口が叫んだほうが早かった。
「坪倉さん!! こいつら何か撃ってきました!!」
それは突然であった。
谷口の叫び声を聞いた瞬間、艦橋全体を凄まじい衝撃と爆発音が連続で襲った――