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旭日の意思

 

 南伊豆町近海


 南伊豆町の海に浮かぶ、この時代には似つかわしくない30隻の帆船。

 30の影がゆっくりと、大きくなってゆく。第1遠征打撃群の中核をなすその一隻一隻に、甲冑に身を纏った兵士や物資等が満載され、また、別の船には強襲用ゴーレムやガーゴイルなどの魔道兵器、魔法生物も積載されているようだった。


 総兵員約3800名、うち上陸部隊約2800名、その静かな足音が南伊豆町の海岸に迫っていた。


 ――


 南伊豆町市街


 時刻は21時50分、南伊豆を包む不穏の色を映し出すかのように空は深淵に染まっている。そんな中、その男は先程の地震と停電に続き、何かの絶叫、爆発音に不穏な空気を感じて、南伊豆町湊地区を見渡せる小高い丘にある宿で写真を撮っていた。

 東京出身の若干30代のフリーのカメラマン、森口博は改めてこの地で起こっている怪異に胸騒ぎを覚えていた。


「スクープってのはいつ転がり込むか分からないもんだな……」


 そう呟きながら宿のバルコニーから自慢の望遠レンズ、三脚を取り付けた一眼レフカメラのシャッターを連射する。

 そのレンズから見えてくるのは、喧騒に包まれた南伊豆の市街、至る所で輝く緊急車両の放つ赤色灯。聞こえるのは、ざわめきと防災用スピーカーの避難指示だ。それに合わせて近くの消防署員も街頭に出て避難を誘導しているようだった。


 カンカン!カンカン!


「こちらは下田消防署です。ただいま南伊豆町湊地区全域に津波による緊急避難指示が発令されました。近隣住民の皆様は南伊豆町東小に避難してください」


 カンカン!カンカン!


「繰り返します、ただいま……」


 森口は只ならぬ緊張感に包まれた南伊豆町を見下ろしている内に、予感を確信へと変えた。


「先程からの戦闘機のジェット音に何かの絶叫にも似た声……こいつはただの地震じゃない……」


 ただフリーの勘がそれを森口に告げていた。



 下田警察署 警備課(3階)


 静岡県下田市に所在し、江戸時代から罪人を取り締まってきた下田奉行所跡にそびえる下田警察署の署内は喧騒に包まれていた。署員たちは皆忙しなく動き回り、警察署の外では数台のパトカーがサイレンを鳴らしながら現場に急行していくところだった。


 この下田警察署の建物の3階に位置するのは、下田警察署警備課である。県警本部に所属する機動隊とは別に、彼らは市民をテロやゲリラ、災害等から守るための任務を帯びている。しかし実際のところは、警備係の面々は警備計画の調整や指揮などを行っているだけなので、テロやゲリラの対応のために現場に出動することは皆無に等しかった。


 そんな警備課警備係のオフィスにはベテランの高橋誠警備係長を中心に警備課員十数名が半円に取り囲み、普段とは違う物々しさに包まれていた。


「どうして、他の署員と同じように津波の避難誘導のための出動ではないんですか!?」


 先程署内で行われた緊急会議から戻った、警備係長である高橋に若干20歳の望月が質問した。

 望月は去年下田警察署警備課に配属になった新米警官だ。

 係長の高橋が眉をひそめて答える。


「それについてだが……津波の危険性はない……」


 突如言い放たれた一言に、その場にいる全員が固まった。


「係長、それは一体どう言うことですか!?」


 望月がすかさず問いかける。望月以外にも皆どういう訳か知りたそうだ。


「先ほど警察庁から静岡県警本部に連絡があった。現在日本の領空が侵犯されている。それもここ静岡県の上空がだ」


 高橋以外の全員が驚きを隠せない表情を見せる。


「な……なんで?」


「我々にも訳がわからん状況だ。それと、もう一つ悪いニュースがある。現在、南伊豆町沖から武装した人員を満載した不審船が接近している」


 一体どうなっている? なんの前触れもなく北の奴らが攻めてきたのか!?


「な……なんd」


 望月の言葉を遮るように高橋が口を開く。


「何故そいつらがやって来たのか、何者なのかすらも分かっていない。上層部もかなり混乱しているみたいだ」


「一体なにがどうなって……」


 思考の追い付かない望月をよそに、一拍おいてから高橋が真剣な顔になった。


「それでだ。先ほど警備課長から我々警備係に命令が下達された。これより警備係は総員で不審船に乗り上陸してくる不審者を全力で足止めする!」


 呆気にとられたように望月が聞き返す。


「あ……足止め?」


「ああそうだ。彼らの総員は3000名にも上るそうだ、当然我々警察だけでは対応できない。その為、自衛隊が出動するまで、不明船の先遣隊と見られる人員の足止めを行う。署内の人員は残らず住民の避難に駆り出されているから、もう我々しか残っていないのだ」


 3000名……そんなにいるのか……?

 それに自衛隊が来るまでの足止めって、もう戦争状態なのかよ? いや……そんな馬鹿な……日本が戦争をするだと。ありえない……。

 さっきまでの現実と、目の前の非現実の境界が曖昧になるのを感じながら、望月は懸命に不安を拭い去ろうとしていた。

 高橋が続けた。


「すでに彼らの仲間と思われる、「飛行生物」に乗った奴らは我々に攻撃を加えてきた。船に乗っている奴らも当然そのつもりだろう」


「飛行生物」という単語を聞いた課員達がざわつき始める。その時、全員の疑問を代弁するかのように警備課員の一人が高橋に質問した。


「飛行生物とは一体何ですか?」


 さっきまでざわついていた課員が黙り、高橋に視線を注ぐ。


「誰がそう名付けたのかは分からないが、さっきのテレビ会議中、本庁の連中は皆それを「ワイバーン」そして、それより大型の生物の方を「ギドラ」と呼称していた。現在、航空自衛隊が奴らの対処に当たっているようだ」


 ワイバーン? ギドラ? そんなこと聞いてないぞ! 船に乗った不審者を食い止めるだけじゃなかったのか!?


「その飛行生物については、ギドラは火炎を吐くこと、ワイバーンに乗っている奴については、正体不明の兵器を扱い、爆発性の発光体を飛ばしてくる事くらいしか分かっていない」


 高橋は、理解が追いついていないという感じの皆の顔を見つめる。当然だ、俺も聞いたときは到底信じられなかった。だが、これは現実だ。南伊豆の上空では、今も航空自衛官が命を張って戦っている。我々も使命を果たさねばならない。


「他に質問は? あるかもしれんが、今はあまり時間がない。緊急でない質問については移動中に話す」


「……なければ全員、拳銃と大楯を携行し10分後にガレージ裏にある人員輸送車の前に集合しろ。全員ベストとヘルメットを忘れるな! すでに地元の駐在官と消防が共同で海岸にバリケードを構築している。彼らだけにいいカッコはさせるなよ」


 全員が状況を飲み込みきれていないようだったが、高橋の「別れ」の号令で皆急いで武器と装具の準備を始める。少し遅れて望月も自分のロッカーへと走った。


 ――


 南伊豆町弓ヶ浜海岸


 現在時刻は2200を回ったところだった。


 ここ、南伊豆町の弓ヶ浜海岸は白い砂に覆われ、きれいな弧を描いて左右に伸びている。この、弓のような形状をした景観豊かな浜に沿って走る道路に、次々と住民が避難のため乗り捨てた車両が運び込まれている。


 沿岸道路のちょうど中間点にある、弓ヶ浜中央交番の建物前には、何故か赤色灯を点灯させた消防車が2台横向きに駐車され、放水ターレットを沖の方に向けていた。そして近くにはパトカーも止まっているようだ。


 そこでせかせかと動いているのは、赤と黒のお馴染みの法被に身を包んだ、地元消防団の人と、弓ヶ浜交番の警官である、一般的な青い冬制服に身を包んだ後藤だ。

 しかし、そんな喧騒とした現場の指揮を取っていたのは、警官の後藤ではなく地元消防団の団長である輪島であった。


 輪島は40代半ばくらいで、見事なまでの角刈り、頭にはねじり鉢巻を巻いており見るからに大工の棟梁といった感じだ。そんな輪島が、辺りを手持ち無沙汰でうろつく、今年入ったばかりの佐竹を見つける。


 佐竹は、20代前半で黒髪短髪、顔は一般的な最近の若者顔と言った所だが、比較的整っており好青年といった印象も受けなくもない。しかし、肌の色が白すぎて、一年中日焼けしている輪島からすれば、時折健康状態が心配になるほどだった。そして、性格はいかにも平成生まれといった感じで、どこかマイペース過ぎる所がある奴だ。


「おい、佐竹! さっさと車を持って来い!」


 親方気質の輪島に指示を受けた若い団員が、困った様子で話す。


「でも輪島さーん、もうこの辺に車なんかないっすよー」


「バカヤロー! テメー! 走って他の場所からも、持ってこいっつんだよ!」


「輪島さん、人使い荒いっすよー」


 佐竹がごねていると、後ろから、輪島と似たような風貌のねじり鉢巻き姿の男が近づく。


「おい佐竹! 俺も着いて行ってやるから行くぞ!」


 玄田源、南伊豆町消防団の副団長であり、白髪まじりの短髪角刈りで輪島と同じく40代半ばである。後輩の面倒見が良く、団員たちからは敬意を込めて「源さん」と呼ばれている。


「源さん!助かります!」


 佐竹は先ほどまで、ぶつぶつと文句を言っていたが、一転して、源さんと共に小走りで街の方に駆けていった。


 しかし、どうして警察官ではなく消防団員である輪島がバリバリ仕切っているかというと、もともと駐在所の警官が連絡を受けて、地元消防に応援を要請したところ、すぐに駆けつけてくれたのが、輪島率いる南伊豆町消防団の面々であったのだが、事情を説明したところで何故か輪島が、当然と言った感じで警官に取って代わって現場指揮を始めたのがきっかけだった。若干30歳の後藤は、輪島の迫力に負け、まぁこれでもいいかというような感じで、今は他の消防団員同様、指示に従っているのだった。


 その時、輪島が作業中の後藤に歩み寄ってきた。


「後藤さん! 最初に来る奴らは200名以上って言ってたっけ?」


 不安を微塵も感じさせずに後藤に尋ねてきた。


 輪島さんの言っていることは残念ながら事実だ。実際はどのくらいの規模かは不明だが、防衛省の分析によると、先び到着する人員は少なくとも200名以上はいるという事らしい。だが、ここまで来るとどうでも良くなってくる。第一、南伊豆町消防団員8名と警官一匹で、武装した200名の上陸を阻止するなど到底無理な話である。唯一の希望は、先程連絡のあった下田署と県警本部からの増援だけだ。

 どうして、その事実を知って、輪島さんは普通でいられるのだろう。俺が最初にそれを聞いた時は、真っ先に家族の顔が浮かび、逃げ出そうとも思ったと言うのに……だが、家族の顔が浮かんできたことで俺は踏みとどまれた。俺がここで逃げたら、避難中の家族も、そして南伊豆町の住人も危険にさらされるのだから。


「はい、実際の所は分かりませんが……」


それを聞いて、輪島は平然と返す。


「なら、車両は一箇所だけでなく、出来るだけ広範囲に並べないとな」


 圧倒的不利な現状を少しでも打開しようとする、輪島の熱心な姿勢に触れ、後藤は不安が少しばかり消えたように感じた。


「そうですね。消防車も少し間隔を離したほうが、より広範囲をカバーできるかと思います」


「そうだな、後藤さん。……それにしてもあんた、さっきとだいぶ顔つきが変わったかい? 決心が付いたって顔してるな」


「はい、私達がここで上陸を阻止しなければ、自分たちの家族や住民の皆さんが危険に晒されますから」


 それを聞いた輪島の表情が変わる。


「おう、あんた男になったな!絶対死ぬんじゃねーぞ!」バシッ!


 輪島は後藤の背中を思い切り叩くと、消防車に乗り込み、位置を移動し始めた。


 消防車が後藤の前から離れ、目の前に、満月の月明かりに照らされた太平洋が広がる。しかし、それはいつも見ていた湾のそれとは違うことに一瞬で気づいた。僅か数キロ先に、帆を広げ松明を燃やす複数の帆船がぼんやりと、そしてゆっくり近づいてくる。後藤は、その、見慣れぬ旗を掲げて近づいて来る船団を見て、急いで自分の作業へと戻った―――



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