狩人の庭
世界最高のハイテク技術の粋を集めて作られたこのF15Jイーグルは、空中戦では無敵である。
搭載されている、2基の強力なエンジンは高い旋回能力と速度が失われにくい強力な格闘戦闘能力をイーグルに与えた。強力なエンジン2基による巡航速度はおよそマッハ0.9(時速1102.5Km)でありアフターバーナー点火時の最高速度はマッハ2.5(2655.9km)にも到達する。
そんなイーグルが最強と謳われる理由は他にもある、それは優れた電子機器と搭載兵器である。搭載されているレーダーはおよそ300kmまで探知可能で、戦術データリンクシステムも搭載している。武装はAAM5短距離空対空ミサイル、射程距離は35km、誘導方式は赤外線画像認識誘導で通常の赤外線誘導よりも高精度で誘導できる。しかも、このミサイルはオフボアサイト能力を有し、発射後にすぐに離脱が可能であり、セミアクティブ誘導方式と違って、継続的なロックオンが必要ないことも特徴の一つである。
そして、もう一つはAAM4中距離空対空ミサイルである。このミサイルは射程100kmを超し、アクティブレーダー誘導方式でこれも同様にオフボアサイト能力も有している。これら音速を超えるマッハ2.5~3クラスの速度で飛翔する空対空ミサイルを8発機体に装備することができる。
その他にも対地攻撃用にMk82 500ポンド爆弾を装備できるが、あまり装備している姿を見せることはない。また、6砲身の搭載機銃20mmバルカン砲は1分間に6600発を発射し初速は秒速1050mにもなり、近接戦では最強の兵器となる。
そんな、精鋭機F15Jのパイロットである佐野3佐は、イーグルの最大性能を持って現状を打開しようと試みている最中であった。
ワイバーンで埋め尽くされた筒状の通路を、高い機動力で攻撃を交わしながら上昇していく。上昇はイーグルの得意分野だ。
「アフターバーナー点火! 一気に突き抜ける!」
その合図とともに、機体後部の2基のジェットエンジンから強烈な勢いで炎が溢れだす。
一瞬で凄まじい推力を得たイーグルはマッハを超える速度で、ガラードの言う領域から、いとも容易く抜けだした。
所詮ワイバーンと最新鋭ジェット戦闘機だ。まるでお話にならないのは目に見えていた。
窮地を脱し、思考に余裕を得た佐野は、この状況を急いでDCに報告する。
「レッドアイ、こちらランサー02! 攻撃を受けた! ワイバーンには魔法使いが乗っている!」
「レッドアイ了解、警告は無意味だったようですね。先程、無線を聞いていた上級司令部より、南伊豆近海の敵性勢力に対し迎撃命令が下達されました。彼らが街に到達する前に全騎撃墜してください」
頭の固い上層部を動かすにはやはり、100の言葉ではなく1つの現実ってことか……。
「こちらランサー02、これよりワイバーンの迎撃を開始する」
――
SOC司令室内 2201時
あちら側の人間がついに我々に攻撃の意思を示した……これは明確な武力攻撃事態だ。
ワイバーン編隊50騎、帆船30隻(各15名)合計450名、総人員500名……判明しているだけでこれだけの兵力が存在している。
もし、帆船に積載されている兵士が街に上陸してしまったら、南伊豆町の住人たちが殺傷されてしまう可能性が高いだろう。それに残っているワイバーンが空中から攻撃を行えば地上の警察、自衛隊の任務遂行にも影響が出る……まさに絶体絶命だな。
「森田1曹、南伊豆町の状況は?」
「はい、現在静岡県警の署員が海岸線にバリケードを構築中。そして、警察と地元消防隊が共同で町民の避難を行なっています」
相手は正体不明の兵器で武装した500名の集団だ。果たして警察官だけでどこまで時間を稼げるのか……。
森田1曹は一呼吸置くと眼鏡をくいと上げ、続けて報告を始める。
「さらに現在、下田海上保安部から巡視船「しきね」及び、巡視艇「いずなみ」、そして、静岡県警本部から銃器対策部隊がヘリで増援に向かっているとのことです」
「その他、周辺海上保安部、静岡県警本部からは、準備ができ次第、バックアップを送る態勢を取っているようです」
銃器対策部隊、通常の警察力では対処できない凶悪事件やテロ対策等を専門にする精鋭部隊だ。奴らの持つ未知の兵器の存在を考えれば妥当か。それに海保も出動した、武装した巡視船なら奴らの上陸を妨害することが可能だ。だが、相手は帆船30隻、武装した兵士450名、巡視船たった2隻と数十名の警察官で全て対処するのは厳しいか……。
最悪の場合は南伊豆町で市街地戦を覚悟しなければならん。こうなったらもう陸自しか対処はできないだろう。
「周辺駐屯地はどんな状況だ?」
「現在、周辺陸自駐屯地に防衛出動待機命令が発令され、防衛大臣や総理大臣は官邸で緊急会議を行なっています」
どうやら、このまま行けば我が国は戦闘を避けては通れないらしい。
「このままだと、最初に血を流すのは警官になる。彼らは戦闘訓練を受けていない、直ぐに対処せねば我が国始まって以来の大惨事になるぞ」
――
南伊豆町 上空
猛烈な速度で、自分のフィールドをあざ笑うかのように駆け抜けていく、エリエスの新鋭騎。それを見たガラードは衝撃を受けると同時に、久しぶりに手強い敵を見つけて歓喜する。
「……おい、クルフ、我々のシリンダーフォーメーションを今までに突破した敵は何人いた?」
クルフと呼ばれた、ガラードの副官が口を開く。
「0です隊長」
迷うことなく言い放たれた言葉を聞いて、ガラードは突然大声で笑い出した。
「ハハハハハハハ!! 面白いぞエリエスの鉄騎竜!」
数秒の沈黙の後、ガラードはワイバーン部隊に命令を下した。
「各編隊迎撃戦闘用意! 次は必ず落とす!!」
エリエスの驚異的な機動力を誇る鉄騎竜、これを撃墜する功績は私のものだ!
「必ず落としてやる……ん?……奴はどこに行った!?」
その瞬間、遠くの空で何かが煌めいた。
――
「こちらムーンライト、AAM5目標に進行中……着弾まで7秒」
――
何かが、何かが轟音と共に猛烈な勢いで近づいてくる……何だあれは?
「……誰かが魔法を使ったのか?」
いや……これは魔法ではない――!!
気づいた時には既に、ワイバーン第四編隊は爆炎と衝撃波で四散していた。
「ぬわっ!!」
ガラードは突然の熱風と衝撃波でワイバーンから振り落とされそうになるも、寸出のところで翼竜の首元の手綱を掴む。
ふと下に目をやるガラード、燃えながら落下していく第四編隊のワイバーン10騎が目に飛び込む。
「一度に……10騎……撃墜だと……いったい何が起こった!?」
佐野が目の前のレーダーディスプレイを見ながら冷静に報告する。
「こちらランサー02、ワイバーン編隊の1編隊と思われる集団を全騎撃墜した」
「続いて、そのまま接近し20mm機関砲による掃射を行う」
この6砲身の搭載機銃、20mmバルカン砲は1分間に6600発を発射し約2秒間の連続射撃を行える。このバルカン砲のとてつもない連射力の前では、ワイバーンなど敵ですらないだろう。
佐野は目の前のHUDに表示された照準をワイバーン編隊に指向する。
「悪く思うなよ異世界の侵略者、これ以上日本の空を飛ばせはしない……」
「20mm機関砲、射程内!」
AWACSが知らせるよりも早く、佐野はトリガーを引いていた。
機関砲の6砲身の銃身が回転し、発動機のような低い唸り声を上げた。
その間は約2秒、ワイバーンの1編隊を撃墜するには十分な時間だった。
空気を裂く音が聞こえたあと、F15Jが頭上を通過すると同時に、ワイバーン第二編隊はタングステン弾芯の雨に打たれ、海中へと落下していった。
部下の命がほんの数十秒の間に、容易く奪い去られていく様を見せつけられ、ガラードはただ見ていることしか出来なかった。
「くっ! エリエスめ! 悪魔のような兵器を開発しやがって!!」
あまりにも理不尽な光景に怒りと喪失感がこみ上げてくる。そして、その混じり合った感覚はガラードを感情の淵へと追いやった。
「……アァァァアアアアア!!!!」
ガラードの叫びが、虚しく「異世界」の空に響いた――