表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/29

伊豆半島沖空戦

 

 伊豆半島近海 低空域


 伊豆半島近海を低空で飛行する小型飛竜、通称ワイバーンの群れ。


 その先頭を飛ぶ男、ワイバーン強襲上陸部隊を指揮する彼の名はガラード。黒鉱石から鍛造された見事な鎧を身にまとい、左目に眼帯、黒く伸びた無造作な髪を豊潤に湛えた40代手前のような風貌を持つ男、彼はアレク帝国の王立翼竜騎士団の中でも屈指のワイバーン使いとして名高い男である。そして、彼はどんな戦場でも攻撃第一に考え、敵に損害を出すことや戦果を挙げることに固執している、攻撃性や出世欲の高い人物でもある。だが、意外なことに彼の部下の戦死率は少なく、冷静な判断力と高い統率力・カリスマも持ち合わせているため、部下からの信頼は厚い。


 今回の強襲上陸部隊の編成はワイバーン編隊(5編隊各10騎)、合計50騎、上陸部隊、帆船30隻(各15名)合計450名、総人員500名、その他ガーゴイル、ゴーレムといった魔法生物、魔導兵装も装備した中規模の編成である。


 帝国の将軍たちは、今回の初戦は空と地上の両方から攻撃するという、帝国軍戦術研究所で考案された、新たな戦術を試す機会として期待されており、この戦いで良い戦果を上げれば確実に昇進、かつ土地も貰えるという、ガラードには絶対に参加したいと思わせるような戦いであった。


 加えて、相手があの小国エリエスとあれば、士官学校を卒業したての新米指揮官だろうと喜んで指揮を取っただろう。しかし、それが本当に小国エリエスであったならばの話だが。


 ガラードの乗るワイバーンを始め、各編隊のワイバーンには、アレク帝国の国旗があしらわれた、最新型の軽量型魔法装甲が装着されている。この軽量装甲のお陰でワイバーンたちは、旧型装甲以上の対魔法・物理能力を獲得、おまけに空気抵抗減少と飛行補助魔法も付加されており、旧世代の翼竜兵とは比べ物にならない程の性能強化を得ている。


 そんな、精鋭ワイバーンに乗るガラードが、ヘッドセットのマイク部分に埋め込まれた魔法石を口元に引き寄せる。


「全騎、状況を報告しろ!」


 この地は先遣偵察隊が偶然発見したエリエスの隠蔽陣地ということだが、前方の奇妙な構造物などを見る限り報告通りのようだ。エリエスにこんな広大な土地を境界魔法で隠せる魔術師、そしてあのような構造物を作る技術があったとは驚きだ。だが、奴らの国は我々の慈悲深き最後通牒を破り捨てた、愚かな国王のせいでもうすぐエリエスは終わる。


 しばらく経って、ガラードの副官クルフからノイズの混じった通信が入る。


「……通信機不調! 魔法装甲……弱体化していますが、全ワイバーン編隊異常はありません」


 魔法装甲が弱体化だと? やつら魔法装甲の弱体化スペルでも開発したのか?


 それはそうと、この世界は何かがおかしいように感じる。前方に見える多数の光、違和感が拭えん。


 本当にここは奴らの隠蔽陣地なのか? エリエス近海からこちらに境界移動するときに感じた、視界が混濁するような感覚、あれは一体なんだったのか。


 それは、突然のことであった。


 鼓膜を引き裂くような轟音が、ガラードの思考を引き裂くように、突如空気を震わせた。


 なんだ……これは!?


 ガラードらの編隊に横付けする形で接近してきたのは、なんとも形容し難い鉄の塊であった。それは、けたたましい咆哮を上げながら、ガラードの乗る先頭のワイバーンにピッタリつけながら飛行していた。


 これは、鉄の……飛竜……なのか!? いやあり得ない! そんな飛竜は見たことも聞いたこともない!


「なんだ、あの鉄の竜は!?」


 ドーラ大陸の全てをひっくり返しても……まさか、奴らドワーフと同盟を……いやドワーフが同盟を結ぶ理由などないし、奴らが自分たち以外の種族と手を取るなど、まさに笑えんおとぎ話の世界だ!


 突如、通信機に雑音とおかしな言葉が混じり合った、奇妙な通信が入る。


「(……ow……gu……anc!)」


 くそっ! 通信にノイズが入り込んできた、聞きなれない言葉だ。


 ガラードはこの不可思議な物体に、正常な思考力を奪われていたが、冷静さを取り戻し、今度は落ち着いて全体を見回す。


 鉄の竜の翼と頭の部分を見ると赤い丸が見えた。このマークはなんだ? どこの国の国旗でもない。それに、あのガラスの中にも、よく見えないが、奇妙なヘルムを着けて微かに動く人影が二人見える。


 やはり、あれは人が乗り操る兵器! 我らのワイバーンと同じような存在だ。


 その間にもジェットエンジンは轟音を響かせ、その異様な姿をワイバーン編隊の前に晒し続ける。そのあまりの轟音に、後方の編隊ではワイバーンが怯えて、一時的に操縦不能に陥っている隊員もいるようだった。


「奴らは、とんでもないモノを開発したようだ……」


 だが、何故だ? なぜ攻撃してこない? 先程からの翼を降る動作は挑発か?


 その瞬間、ガラードに怒りが込み上げる。帝国最強の翼竜騎士団屈指の竜使いである自分を愚弄する挑発に、そして何よりも目の前の理不尽に対して。


「……そこまで自信ありってことか!」


 そう言うとガラードは通信機のマイクを口元に引き寄せた。


「こちらガラード、各編隊に告ぐ、これよりエリエスの新鋭機を撃墜する」


「まず、この矢尻型編隊の左翼最後尾の第五編隊が、一時的に編隊を離れ、あの新鋭機に後ろから奇襲攻撃を仕掛けろ」


「その後、回避行動に出た新鋭機を、一瞬のうちに立体方位戦術で蜂の巣にする」


「(……シリンダーフォーメーションですね)」


 副官のクルフがガラードの意図を理解した様子で答える。


 シリンダーフォーメーションとはガラードが考案した航空戦技術の一つだ、要領は、まず最後尾の編隊が目標に奇襲攻撃を行う、その瞬間、周りの編隊が回避行動をとった目標を一瞬の内に筒状に囲み、一全包囲攻撃によって撃墜する戦術だ。これは元々、敵の大型飛竜や飛行船を迅速・確実に撃破するために考案された戦術である。また、この戦術は全方位から一点を攻撃する性質上、攻撃時に火線が味方と被りやすく、極めて高いチームワークと練度を必要としている。


「そうだ、アイツを俺たちの筒の中(フィールド)に誘い込む」


「第五編隊の攻撃を合図にすぐに囲む! 全騎遅れるなよ!」


 その通信を聞いた第五編隊長ノルトは、通信機のチャンネルを編隊用チャンネルに変更、ヘッドセットのマイクを口元に近づけ、部下達に命令を伝達し始めた。


「第五編隊聞こえるか?」


 第五編隊リーダーのノルトは、帝国軍士官学校出身の新任の士官だ。年齢は20代前半、黒髪短髪、蒼眼で顔は美青年ともいっていい程に整っているが、どこか貴族としての威厳と気品を感じさせるような風格も感じ取ることができる。


 出身はドーラ大陸中心部、ノーヴル地方の貴族、グールド家の生まれであり、貴族としての務めを果たすために軍に志願した。無論、グールド伯爵の一人息子であり、跡取りでもあるノルトの出征に対し家族は猛反対したが、生来のどこまでも真っ直ぐで実直な気質のせいもあり、そのまま反対を押しのけて、半ば強引に軍に入隊した経歴を持つ。


 ちなみに、ガラードには士官学校の教官時代に出会い、以来何故か可愛がられている。


 数秒遅れて、部下からの応答があった。


「……聞こえています!」


 空電混じりだが、近距離ならそれほど通信に干渉は起きないようだ。


 ノルトは部下たちに作戦の詳細を話し始めた。


「これより我が部隊が、あの鉄騎に攻撃を仕掛ける。我が部隊の攻撃を決起として、他の編隊が一斉に隊形を組むことになる」


 部下から通信が入る。


「……いわば我々は藪から蛇を追い立てるようにあの鉄騎を、いつも通りに我々のフィールドに誘い込めばいいのですね?」


「そうだ、前のエリエスの輸送翼竜部隊を襲撃したときと同じように、アイツをちょっと煽ってやるだけだ、難しいことじゃない」


 そうだ、簡単なことじゃないか、だが、どうして私はあの鉄騎龍を恐れている? 正体不明の敵だからか。それとも、私の本能が何か未知の危険を感じ取っているのか。いや、そんなものはない! 我々が編隊だけならともかく、戦力差は50対1、この絶対的な差を奴が埋められるとは到底考えられない。


ノルトは、心の奥にある何故か拭い切れない不安を塗りつぶすように、自分に言い聞かせる。


 そこにガラードから通信が入る。


「ノルト、準備はいいか? この戦い、お前に一番槍の華をくれてやる」


 ガラードの声を聞き先程までの不安が全て吹き飛んだのを感じる。


「はい隊長! いつでも行けます!」


 あの方に着いていけば、我々が負けることなど断じて無い。そう、断じて無いのだ。今までも、そしてこれからも。


「よしノルト、では始めてくれ」


「了解! 帝国のために!」


 ノルトは号令を掛ける前に、一度後ろの部下たちを見る。皆、目を見ればわかる。闘志が溢れ、士気は最高に高まっている。それを確認すると、前方に向き直し、マイクを口に寄せる。


「第五編隊全機、敵鉄騎斜め下後方よりロッドによる攻撃を行う、攻撃準備!」


 無線よりその命令を聞くと、第五編隊の隊員全員が、腰につけていた銀色の金属製ロッドを取り出し、ロッドにスペルを唱え、魔力を込め始める。

 すると全員のロッドが、鈍く光り、まるで心臓が脈を打つように白銀に輝きだした。


「……全騎攻撃!!」


 そうノルトが号令すると、第五編隊の竜騎兵たちが一斉にロッドを振るい、青白い発光体を斜め上方を飛ぶ鉄騎龍に向け発射した。


 ――


 その時、F15Jのコックピットから、その様子を見ていた佐野は、あまりに現実離れした光景に言葉を失った。佐野はその光景を見て、直ぐにDCに連絡を入れようとしたが、それは後方より飛来した閃光に阻まれた。


 佐野がそれに気づいた刹那、下方より飛来した謎の発光体はF15Jの尾翼と主翼の横で、瞬間的に収縮して爆発、青白い衝撃波を放出した。


「くそ……」


 後方より大きめの衝撃と閃光が走る。


 なんだと……直撃はしていないはずだ! まさか……


「……近接信管!?」


 近接信管とは、空中戦において航空機を撃墜しやすいように、第二次大戦中のアメリカで開発された信管のことだ。別名マジックヒューズ、この信管は自ら発するレーダー波の反射により敵航空機の位置を計算、直撃寸前に爆発し、実際に当てなくてもその爆風や破片で航空機を撃墜することができる信管である。第二次大戦中、猛威を奮った日本海軍の戦闘機であったが、この信管が開発されて以降、それまでの勢いを完全に失ってしまったほどだ。


 佐野は、機体を左右に小刻みにターンさせ回避機動を取り始めた。しかし、回避機動を行いながらも、現状を改めて考えてみる。


 この敵の攻撃、どこか引っ掛かる。どうして、これだけの威力を持つ兵器を最初から弾幕で撃ってこない?


 F15の機動力を舐めてかかったのか、無駄打ちができないのか、それとも俺達を煽っているだけか……。


 だが、無駄撃ちができないのなら、一斉に攻撃して確実に撃墜するほうが得策ではないか?


 ……いや、まて! 奴らがこちらの能力に最大限の警戒をしていたら……。


 佐野はすぐにコックピットから辺りを見回す。


 ……他の編隊はどこに行った!? ……上空に集まって何を……まさか……


「……ムーンライト、攻撃……罠……!」


「おい、何つった!! 聞こえねーぞ!!」


 後方からの攻撃は止みそうもなく、グラスコックピットにはヒビが入り始めていた。


「くそっ! また気味の悪いもんを下から撃ってきやがった!」


 青白い光を放ちながら接近してくる光の玉が近距離で爆裂し、機体を衝撃波が襲う。その度重なる衝撃波の影響で機体に少しずつダメージが蓄積し、機体の振動が徐々に大きくなっていく。


 くそ! このままじゃ機体がぶっ壊れるのも時間の問題だ、一度上昇して回避するしかない!


「一度上昇するぞ!」


 佐野が操縦桿を思いきり起こしたその瞬間、耳元の無線機からオペレーターが声を大にして叫んだ。


「……ランサー02!! 相手は自分たちの領域に誘い込もうとしている! 下からの攻撃で上に誘い込むつもりだ! 囲まれるぞ!」


 しかし、鉄騎が上昇した一瞬の隙をノルトは見逃さなかった。


「隊長! 鉄騎が上昇します!」


 報告を受けたガラードは、慣れた手つきで、手信号により残りの4編隊に指示を出す。

 機首の上がったF15Jのグラスコックピットから見える上半分の景色が、多数のワイバーンに埋め尽くされる。


 佐野がその景色を見上げながらゆっくりと口を開く。


「なんてこった……」


 佐野がこの状況に完全に気づいた頃には、F15Jを歓迎するように、南伊豆町近海の空にワイバーン50騎で作られた空中回廊が出来上がっていた。


 この瞬間ガラードは勝利を確信した。


 彼は落ち着いた口調で、だが威厳の満ちた声で全編隊に命令を下す。


「殺せ……」


 ――



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ