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神の目

 

 静岡県 南伊豆半島沖 高度37000フィート(11277m)


 上空11000メートル、この空域は通称、成層圏と呼ばれ、地上と比べて空気が非常に薄く、外気も-60度と生身の人間が放り出されれば数秒で凍死する極寒となっている。


 そんな真夜中の高空に、ボーイング社の旅客機によく似た、機体上部に不可思議な皿状の物体を乗せる、灰色で窓のない機体が飛行していた。


 AWACS、早期警戒管制機とも呼ばれるこの機体は、グレーで窓がない。だが最大の特徴は機体上部に設置されたロートドーム状のAN/APY-2レーダーだ。このレーダーの索敵範囲はなんと450Km、だが、今のような高高度でレーダーを使用すると最大で半径700Kmにまでその能力を増大させることが可能である。先程の窓がない理由はそのためで、このような高出力のレーダーは強力な電波を発するので乗員を保護するために窓がすべて取り払われている。それは、地上でAPY2の電波を少しでも飛ばせば、罰せられる程に強力である。


 全長48.5m、全幅47.6m、全高15.9m、主翼面積283.3平方メートル、最大離陸重量175,000kg

 巡航速度は時速800Kmを越し、最大活動高度は13000mで、その高度からの監視はE767の索敵性能を最大限に発揮でき、まさに水平線の彼方まで見通す「神の目」となることまで可能にしている。


「こちらムーンライト(AWACS)、まもなく当該空域に到達する」


 E767の内部は旅客機を改造しただけあって、スペースはかなり広めにとられている。機内の人間は、機内に並べられた通信、レーダー機器を操作する要員が19名、操縦士が2名と合計21名の浜松基地所属の警戒航空隊の乗員だ。彼らは全員右肩に、青いフクロウが2本の稲妻を鷲掴みにした絵があしらわれた、浜松基地警戒航空隊のパッチを着け、OD色の防寒用航空服上衣に身を包み作業にあたっている。


 先程からレーダーで捉えているF15J/DJ2機とドラゴン、それが本当にドラゴンだとは、にわかには信じられないが、たとえドラゴンであろうとも、もう我々の目からは逃れられないのは事実だ。任務は周辺空域の監視、さらなる機影を発見したら、自衛隊(J)デジタル(D)通信(C)システム(S)と呼ばれる、データ通信システムを用いて、自動警戒管制システム(JADGEシステム)を通して司令部とイーグルドライバーに転送するのが自分たちの使命である。


 絶えず更新されるレーダーを静かに睨む、ヘッドセットを着けた電測員が目前のディスプレイに目を凝らす。


「ん……!」


 彼はその時、自分の目を疑った。南伊豆町近海のエリアにいきなり複数のエコー、低空飛行中の未確認の物体が多数現れたのだ。警戒員が速やかにオペレーターに報告する。


「レーダーに感あり、目標群アルファ、方位0-3-0、距離5NM、高度013、速度320ノット、現在北上中」


 それを聞いた通信員が正確にランサーに情報を送信する。


「こちらムーンライト、南伊豆町近海に多数の低空飛行物体が多数出現した」


 通信員が報告をすると、またレーダーが更新される。すると今度は洋上に多数の不明船舶が現れる。


「こちらムーンライト、今度は洋上に多数の不明船舶が出現した!」


 短時間でこんなに……? さっきまではいなかったはずだ、なぜ!?

 ……突然に出現しただと!?


「各機影、SIF質問装置への反応は皆無、直ちに確認を」


 ――


 DC 司令室内


 要撃機の接敵から一時間足らず、DCは関係各所との確認作業に追われていた。そこら中のデスクで電話がひっきりなしに掛かり、司令室の殆どが忙しなく動いていた。


「・・・その件に関しては現在確認中で・・・」「副司令!府中(COC)が詳細な情報を求めています!」「・・ああ、そうだ、直ぐに飛行情報隊に言ってNOTAMを発信してくれ!・・ああ、電波障害でも無線施設の故障でも何でもいい!あの空域に我々以外の航空機を入れさせるな!」「新島や神津島には」「横田の米空軍?詳細は確認中だと伝えておけ!」「汐見2曹!陸自の件どうなっているか分かりますか?」……


 そんな司令部の喧騒の中、女性隊員の一人で毅の補佐役(アシスト)でもある、須藤亜里沙2等空尉が毅に話しかけた。


 身長はそこまで高くなく、髪も後ろでスッキリと束ねており、一般的なWAF(女性航空自衛官)であるのだが、その小柄な容貌と明るい性格、幼さを残した顔つきから、幹部学校を卒業してこの部隊入るとたちまち、男性隊員からアイドルのような扱いを受けてしまい、我が部隊の女性陣からさんざん妬まれてしまった不運な隊員であった。


 しかし去年、2等空尉の昇任枠が回ってきて昇任後は、目黒の幹部学校に中級教育のため入校、部隊に復帰してからは気合十分でバリバリ業務を行い、今となっては他の女性隊員とも和気あいあいと勤務している姿を時折見かけている。


「司令、伊豆半島上空のAWACSがレーダーで新たに未確認飛行物体を捉えました!」


 須藤が毅に報告する。


 謎の飛行物体だと!? いつから伊豆半島沖はトワイライトゾーンになったんだ。


「どうした? キングギドラの次はサンタでも来たか?」


「詳細は不明とのことですが、サンタだとしたら来る季節を3ヶ月ほどオーバーしていますね」


 毅は、須藤がまだまだ冗談が言える余裕があることを確認し、少し安堵する。航空自衛隊初、いや、自衛隊初の国内における外敵に対しての武器使用。いよいよ冗談では済まなくなってきた。だが、冗談が言えなくなったらそれこそ終わりだ。毅は彼女に、自らの掲げる司令要望事項を復唱させた。


 須藤2尉は笑いながら答える。


「辛い時こそ笑え。ですよね。これからもっと大変になると思います。でも大変なときは、我々幹部隊員を頼って下さい。空曹と指揮官の橋渡し、部隊の幹である我々が司令を全力で援護します!」


「ああ、その時は頼むよ」


 それにしても、飛行物体の詳細は不明か、SIFに応答がないとすると、少なくとも味方ではないな、まさか竜騎士、やはり考え過ぎか……。


 数瞬の沈黙の後、毅が口を開く。


「先に戦闘が発生していたギドラ(ドラゴンのこと、毅が命名)の状況はどうだ?」


「はい、ギドラ現在もランサー01と交戦中。しかし、先の戦闘で放ったミサイルが回避された模様です。」


 最新鋭空対空ミサイルであるAAM5が避けられただと!? 何かの冗談だな。


「あの翼の生えたトカゲがAAM5をかわしたと言ったか?」


「はい、先程レーダー上のミサイルを示す光点だけが消失しました。」


 海面上で赤外線を乱反射させてかわした? いや、太陽光線のない環境下でそんな事はあり得ないし、ましてやAAM5は最新式赤外線画像誘導だ。その程度で撹乱できるわけがない。それこそ、体全体に対赤外線素材のシートでも被せて、体から出る赤外線を遮断したり、チャフでも使わない限りは……。


「そうか、あちらもそれなりに苦戦しているようだな、森田1曹、大臣の状況は?」


 毅の近くで忙しなく動き回っている、先任空曹である森田1曹を呼び止める。


「はい、現在閣僚を集めて緊急で会議を行なっているとのことです」


 このまま行ったら日本国初の防衛出動が行われるかもしれん。


「わかった、謎の飛行物体はその空域にいるもう一機のイーグルに任せよう。AWACSは周辺空域の監視を継続せよ」


 別の男性オペレーターが毅のもとに駆け足でやってきた。


「室長! ムーンライトから洋上に複数の不明船舶が出現との知らせが!」


 いきなり出現したのか! 我が国の警戒航空隊とレーダーサイト(SS)は何をしているんだ?

 いや、だが、それはありえない。今もレーダーはちゃんと機能している。突然出現するなど……。


「一体あの場所で何が起こっている……?」


 ――


 南伊豆半島沖 上空


「ランサー02、聞こえるか? こちらはムーンライト、不明目標群は南伊豆町沖、数キロの地点に点在している」


 続けてムーンライトは無線でランサー02に情報を伝えた。


「低空飛行中の目標の速力は時速500から600Km、洋上を進行中の船舶は10キロ前後と思われる」


 空電混じりの無線が聞こえる。


 イーグル二番機の搭乗員は先程からの事態を命令により静観していた。そして、ある仮説を立てていた。


 船舶は10キロしか出ていないだと? やはり帆船か。どうやら、本当にファンタジー世界の奴らが攻めてきたらしいな。だが、何であろうとこれから確認に行けばわかることだ。


「……了解した。奴等の正体をこの目で確認してくる……ようやく出番だ」


 ランサー2番機であるこのF15Jには、佐野3佐が搭乗している。


 佐野はパイロットを目指して防大に入り、卒業後に操縦士課程に進みパイロットとなった。


 佐野は、どちらかと言うとパイロットのくせに感情で動く時が多い。しかし、その行動は持ち前の飛行センスから来る鋭い直感に基づいたものであり、判断の結果は概ね合理的な結果となっている。


 まだ比較的若いにも関わらず、なぜ佐野の階級が高いかというと、佐野は一選抜(同期の中で最初に昇任する人)であるためである。


「こちらランサー02、これより目標を目視にて確認する」


「(レッドアイ、了解)」


 ヘッドセットから女性特有の少し高めの声を聞き、隊長機との別行動に伴って、ランサー02担当の要撃管制官が新たに割り振られたことを察する。女性の声は男性に比べて高音なので、通信時にはとても聞き取りやすい。


 F15Jがレーダー上の不明群に針路を向け高度を徐々に下げていく。高度を下げるにつれ加速していくコックピットから、目標の方角を注視していた佐野は前方に霧を発見する。


 航空自衛隊では、パイロットは一日に何度か、基地気象隊から周辺空域の気象全般や隣国の軍飛行場周辺の気象状況等に関するブリーフィングを受けている。気象情報はパイロットにとって生命線で、墜落やエンジントラブル等で海上に不時着した時のために、周辺地域の海水温や潮流等の情報も提供されている。


 気象隊の定時ブリーフィングでは、太平洋側に霧の予報は出ていなかった。視程も有視界飛行(VFR)に問題ないと言っていたはずだ。気温と湿度の差も激しくないし、海水温もそこまで高くなかったから移流霧や蒸気霧とも違うだろう。


 しかし、AWACSによれば、今から向かう空域には霧はかかってないと言っていた。だから、このまま突き抜ける。それが最短距離だ。


 この空域は少々霧がかかっているが、もうすぐ霧は晴れる……佐野の直感もそう告げていた。


 白煙の帳をジェットエンジンの轟音と共に突き抜けた時――


 目の前が急に開けた。


 その瞬間、佐野は視界が乱れるような感覚に陥った。視界が混線しノイズで埋め尽くされるような感覚。まるでこの世界とは別の映像が頭に入り込んでくるようだった。


 数秒後、視界が正常に戻り、コックピットから下に目を向けると、そこには広大な一面緑色の草原と広がる海、ストーンヘンジのような物がある大きな丘がそびえていた。


「一体……これは?」


 そう呟いた次の瞬間には、目の前にさっきまでの伊豆半島沖の景色が飛び込んでくる。


 視界が戻った佐野は、前方に目を凝らす。その先には、編隊を組み飛行する小型の飛龍が何騎も飛んでいた。


 緑の草原にストーンヘンジ、さっきのは、幻覚……だったのか?


 いや、そんなことは後だ、とにかく目の前の状況を優先する。


 徐々に目標に接近して行くF15J。そして視界に、複数の鳥のような生物を捉える。しかし、まだはっきりとは見えない。もっと近づく必要がありそうだ。


 更に接近したその時、佐野は驚愕する。


 なんだあれは!? あれは鳥なんかじゃない! まるで、ファンタジーの世界に出てくるワイバーンのようだ。


 そして、そのワイバーンに誰か乗っている!


「こちらランサー02、低空を飛行中のワイバーン、もとい小型飛竜を数十騎確認した。だが、飛竜の上には誰か人間が乗っているようだ」


 確かに誰かが乗っている。あれは……中世の映画や歴史の教科書でしか見たことがない格好だ。


「……騎士……だと!?」


「こちらランサー02、小型飛竜の直上には中世の騎士のような格好をした人間が乗っている!」


 会話を聞いていたDCの隊員たちが青ざめる。ドラゴンだけではなく、人間がいる!?


「こちらレッドアイ、中世の騎士といったか?」


 先程割り振られた、DCの女性要撃管制官である秋津真里3等空尉は冷静に、抑揚のない声で再度確認する。


「こちらランサー02、たしかに中世の騎士だ。甲冑を着用して、手には何か杖みたいなものを持っている」


 この通信を聞き、静まり返るDC、それを見た毅は、当然といったように考える。ドラゴンに続けて、ワイバーンに中世の騎士とは……まともな思考回路を持っている奴なら混乱してあたりまえだ。


 ランサー02は次に洋上の不明船舶を確認する。


 あれは……やはり帆船か? 今のご時世に帆船とは恐れ入る。


「こちらランサー02、洋上の不明船舶は帆船だ。中には騎士を満載している帆船もあり、上陸用船艇だと思われる! 指示を!」


 ドラゴンの次は、中世の騎士と来て、あいつ等は本気でこの日本に上陸して来る気のようだ。


 一体どうなっている。


 他国の船舶である可能性は? いや、いつの時代に甲冑着込んで、先進国であり、曲がりなりにも高度な軍事力を持つ我が国に強襲上陸してこようとする国があるというのだ! 全く訳が分からん。


 ……だがさっき人間が乗っているといったな、人間が乗っているとすれば交渉の余地が少なからずあるかもしれない……。


 毅1尉は静まり返ったDC室内をゆっくり見回す。そして大型スクリーンを背にして、隊員に向けゆっくりと口を開く。それに気づき、一時的に隊員たちは手を止め毅一佐に視線を注いだ。


「諸君、我々はかつてないほどの窮地に立たされている。ギドラに先程のワイバーン、上陸用帆船、現状を見るかぎり、どれも我々に友好的だとは思いがたい。だが、我々は自衛官だ。たとえ、相手が我が国を力で屈服させようとした時でも、人間同士、最初の引き金だけはひいてはならない。先ほどのドラゴンは別として、次の行動次第では人の命が失われるかもしれない、それが原因で我が国が危機に見舞われるかもしれない。次に引くことになる引き金は、それだけ重い引き金だ、国民の命を預かる自衛官として、専守防衛を貫く自衛官として、ここは慎重に判断したい。」


 先程のイーグルとの会話を無線で聞いていたDCの秋津は考える。


 我々に攻撃が許されているのは、基本的には正当防衛と緊急避難の場合のみ、しかし、この状況であれば防衛出動の上で武力行使もあり得るかもしれない。


 闇雲に先制攻撃を仕掛けてしまうと、攻撃の意志のない人間と戦争を起こしかねない。


 毅1佐の考えは、どちらも無駄な血は流したくない筈だとの考えから来る判断だろうか……。


 それを察し秋津が佐野に呼びかける。


「ランサー02、こちらレッドアイ、ワイバーンに攻撃を受けていますか?」


「攻撃は受けていない」


 ならまだ交渉の余地はある。そして、SOCから指示が届く。


「(ランサー02に目標に国際周波数で警告を実施せよと伝えてください)」


 あくまで上は専守防衛に徹するつもりらしい。


 だが、相手がこちらに対応できる通信機を持っていない可能性が。それが、甲冑で攻めてくる集団なら尚更だ。


「ですが、相手が無線機を持っているという保証はありません」


「バンク(機体を左右に傾けること)を振りながら呼びかけろと伝えてください」


 バンクを振るとは太平洋戦争時代、旧日本軍の戦闘機同士が互いを僚友機だと認識するために行った、機体を左右に振る行為のことだ。


 確かに、これで帰ってくれるとしたら安いものだ。


 ならば、やってみる価値はある。


「ランサー02、こちらレッドアイ、バンクを振りながら目標に警告を実施せよ」


「ランサー02了解、バンクを振り警告を実施する」


「Warning! Warning! Warning! Unknown aircraft! Unknown aircraft! (不明機に警告する!)」


「You have violated Japanese air domain! You have violated Japanese air domain! (貴機は日本の領空を侵犯している!) 」


「Take reverse course immediately! Take reverse course immediately! (直ちに逆方位に変針せよ!)」


「Follow my guidance! Follow my guidance!(誘導に従え!)」


 ここでF15Jは相手のワイバーンの速力600kmに合わせ、真横で左右にバンクを振って合図をした。

 ここなら嫌でも気づくはずだ、さあ針路を変更して逆方向に出て行ってくれ。俺も出来れば人に向けて引き金を引きたくはない。戦争の原因を作りたくはない。

 さぁ!――


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