黄泉平坂を越えて⑤
南伊豆町 青野川船着き場
その時、凄まじい衝撃音が船着き場まで辿り着いていた面々の耳に届いた。まるで、車が物凄い速度で家にでも突っ込んだかのような音であった。
輪島が先程まで通って来た背後の路地に目を向ける。するとそこには、警察の輸送車をスクラップにしたのと同じ種類の白い怪物が居り、路上に駐車されていたと思われる青い乗用車を振り回している所だった。
あまりにも衝撃的な光景に輪島が驚きの声を漏らす。
「お……おい……なんてこった」
全員が呆気に取られている中、佐竹が誰よりも早く口を開いた。
「杉崎さん達に何かあったかも知れません! 助けに行きましょう!」
その言葉を聞き何人かは一瞬だけ、再び死地に赴く事を心の中で拒絶したかも知れない。しかし、次の瞬間には全員が心を一つにし、殿を務めてくれた仲間を救い出す事を決心していた。
突然輪島が佐竹の背中を思い切り叩いた。
「よく言った佐竹! お前を俺の分隊に入れたのは間違いじゃなかった。今のお前は男の中の男だ」
そして、それに呼応するように他の団員達も杉崎達の救出を望む声を上げ始める。
「俺も行くぞ輪島さん!」
「団長を置いて行けるかってんだ!」
その光景を見ていた望月も高橋に救出を具申した。
「高橋さん! 俺達も行きましょう! 自分達だけ助かっても全員揃ってなきゃ寝覚めが悪いですよ!」
高橋は少し考えた後、警備係の面々に顔を向ける。
「現在、杉崎警部補達が危険な状況にある。俺が警備係長なんて役職に就いていなかったら、直ぐにでも助けに行きたい所だが、お前らの命を預かっている以上そうもいかん。皆の意見を聞きたい」
それは即答であった。
「係長に着いていきます!」
「助けに行かせてください!」
各々が声を上げた時には、気が付けば警備係全員が杉崎警部補の救出を望んでいた。
その時、高橋は聞くまでも無かったかも知れないとさえ思った。こんな事に1分1秒を使ってしまった自分はとんだ大馬鹿野郎だとさえ思った。
「お前らのような部下を持てた事を誇りに思う」
そう言うと高橋は、問うまでもなく自分達の隊長を助ける為に残弾等を確認していたSRPの隊員に顔を向ける。
「では、彼らを助けに行こう!」
路地に向かって走り出す警官と消防団員達、その先には車を振り回す恐ろしき怪物が居る。覚悟を決めたSRPの隊員達は、既に残弾が少なくなっているMP5Fのコッキングレバーを力強く引き放し、走り出した。
――
南伊豆町 路地
SRP突入支援2班長の新垣は、目の前で隊長の杉崎らが瓦礫に飲まれる瞬間を目撃していた。そして、突如として吹き飛んだ右手の民家からは、5メートルはあろうかと言う巨大な白鬼が車を握りしめながら現れた所だった。
雄叫びを上げ、不気味に微笑みながら杉崎達に近づく白鬼。杉崎は瓦礫に巻き込まれて気を失っており、その他の隊員達も吹き飛ばされて身体を強打し、即座には動けない状況である事が見て取れた。
その時、瓦礫の中でSRP突入支援2班の救護員である井出が目を覚ます。そして、未だ焦点が定まらない視界の中でまだ生きている事を認識する。しかし、直ぐに違和感に気づく。
「っ!!」
違和感の正体を確認する井出。ふと右足に目をやると、大腿部に小さな木片が突き刺さっている事を確認する。幸いな事に出血量からして大腿動脈は逸れているようだが、早急に止血しなければ命にかかわる事態になり兼ねない。また、左足首も痛む。吹き飛ばされた衝撃で捻挫してしまったようだ。
直ぐに腰のメディカルポーチから止血帯(CAT)を取り出そうとする井出だったが、視界がやけに暗い気がする。月が出ていた事を確認しようと顔を上げた時、不気味に笑いながらこちらを見つめる白い怪物と目が合う。
急いでスリングが伸び切り脇に転がっていたMP5Fを手繰り寄せる。そして、怪物の不気味な顔面に照準を合わせると即座に引き金を引く。セレクターが連発となっており、一瞬の内に無数の9mm弾を怪物の顔面に向けて放つ。弾倉を全て撃ち尽くし槓桿が後ろに引かれた状態で止まるMP5F、しかし、硝煙が揺れる銃口の先には車のボンネットで顔面を覆う怪物の姿があった。そのまま車を持ち上げ、今にも振り下ろそうとする怪物。
その時、後方からの銃撃が怪物の注意を逸らした。
身体を掠めた銃撃に素早く反応する怪物、直ぐに車の後部ガラスに右腕を突っ込むとそれを盾のように前で構え、一歩で数メートルの距離を躍進する。
杉崎達の援護に来ていた新垣達は、猛烈な速度で迫る白鬼を睨みながら、MP5Fのフルオート射撃を行う。しかし、車体を貫通した弾丸は怪物への致命弾とはならず、急所である頭部への銃撃は車両のエンジンにより防がれ、全く効果を認められなかった。
そして遂に、新垣の班員達のMP5Fが残弾を撃ち尽くしその咆哮を止める。動かなくなったスライドを見て弾切れを悟る班員達、怪物は既に数メートルの距離にまで近づいており、拳銃を抜くのも間に合わない。諦めかけたその瞬間、新垣は後方から複数の銃声を聞いた。
「奴の足を狙え!」
その声は、既に船着き場に到着している筈の高橋警部補のものであった。
そして直ぐに、背後から複数の警官達が新垣達の前へと躍り出た。警官隊は全員膝を突き、怪物の足にに慎重に照準を合わせる。
「よく狙え! 撃てぇ!!」
警官達の構えたニューナンブが一斉に火を噴く。放たれた.38FMJ弾は、真っすぐ突っ込んでくる怪物の膝関節を貫いた。その瞬間、全力疾走を行っていた怪物は関節を砕かれる激痛により、周りの民家を巻き添えにしながら転倒した。
そして、警官隊は激痛に悲鳴を上げる白鬼にすかさず近づき、脱落防止用のバネに繋がったニューナンブを怪物の頭部に向ける。その後、その場の警官の号令により一斉に発射された数発の弾丸は、警官達に返り血を散らしながら怪物の頭部を石榴状とした。
また、警官隊が怪物を相手にしている中、消防団員達は瓦礫に巻き込まれた杉崎達の救助を行っていた。
輪島が瓦礫に埋もれた杉崎を見つけ、肩を叩きながら意識を確かめる。
「杉崎さん! 大丈夫かい!」
輪島は何度か杉崎の肩を強く叩く。その時、杉崎が虚ろながら目を開けた。
「輪島さん……何故ここに……?」
輪島が答える。
「馬鹿野郎! 置いて行くわけねぇじゃねぇか! ほら、逃げるぞ! 歩けるか?」
輪島は杉崎に肩を貸しながらも立ち上がらせる。ここで杉崎は、自分の分隊員達も同じく消防団員達に救助されている事を確認し安堵した。
一方、佐竹は一番奥で壁にもたれ掛かっている少し小柄な隊員の救助を行っていた。
「大丈夫ですか! 歩けますか?」
そう言って、その隊員をよく見てみると右足に木片が刺さっており、一人では歩けない様子だった。
直ぐに肩を貸してゆっくりと立ち上がらせようとする佐竹だったが、一歩踏み出した時、その隊員はあまりの激痛に態勢を崩し転倒する。
「……っ!」
佐竹はもう一度その隊員を立ち上がらせて歩こうとするが、結果は同じであった。
その時、佐竹はかすかに聞こえる複数の足音に気づく。背後を見ると革鎧を着た兵士の集団が接近しつつある事が確認出来た。そして、その音に目の前の隊員も気づいた様だった。
「私は歩けない……早く逃げて」
佐竹は始めてその隊員の声をはっきりと聞き女性だと認識したが、直ぐにその事実は彼方へと吹き飛ぶ。今の佐竹には、目の前の隊員を救う事しか頭には無かった。この時ほどもっと体を鍛えておけば、楽々と運んでやれただろうと後悔する。しかし、自分が運ばなければこの隊員は確実に殺される。そのような考えが頭を巡り、次の瞬間には体が勝手に動いていた。
「置いて行ける訳ない!」
佐竹は全身の力を振り絞り、その隊員を前に抱えて走り出していた。船着き場までの距離はあと100メートル弱、そして追手はすぐ背後にまで迫っていた。
走り出した直後、両脇を機動隊員達が通過して行く。慌てて振り返ると、一人の隊員が佐竹に緊迫した様子で声をかける。
「井出を連れて早く行ってくれ! 時間は俺達が稼ぐ!」
それだけ言うと、その機動隊員はそのまま奥に進んで膝を突き、追手を迎撃する態勢を取った。
それを見て、佐竹は船着き場へと急ぐ。その速度は普通に走るよりもかなり遅かったが、彼にとっては精一杯の速度であった。その途中で、新垣と呼ばれていた隊員のグループを通過して行く。その時、佐竹はハッキリと見た訳ではないが、後方に拳銃を構える彼らの眼光には自分達の後には誰も通さないと言う覚悟を感じ取った。そして、佐竹が路地の出口に差し掛かった時、後ろから銃声が聞こえたような気がした。走るのに必死だった佐竹には、それを判断するだけの余裕は既に残されていなかった。
そのまま必死に走り、船着き場の駐車場地区に入る佐竹。目の前には既に先行していた輪島達と負傷した機動隊員が、今も必死にこの先の船着き場へと向かっている所だった。船着き場のゲートが目前に迫った時、後ろから機動隊員達も全力で走ってくる。その背後には、緑鬼や人間の兵士、そして巨大な身体を躍らせながら追いかける複数の白い鬼のような怪物の姿があった。
このまま追いつかれたら、自分達は全滅する。そう確信しながら、前方のゲートから覗く青野川を目指し、ひた走る佐竹達。しかし、目の前には救出に来る予定である海上保安庁の巡視艇は見えず、彼らの不安を煽るばかりであった。
だがその時、ゲートに近づく佐竹達に、微かだが空気を震わせる振動と波を切り裂くような音が聞こえ始める。
その音がする方に導かれるように、佐竹が船着き場のゲートを抜け青野川の護岸を見たその瞬間、前方に突如、白い巡視艇と4隻の複合艇が現れる。
夜闇の中、サーチライトを照らしながら接近する巡視艇は、佐竹らを見つけると眩い光をこちらに向けた。その光はとても強く、闇を駆け抜けてきた彼らの目には鮮烈な光であったが、全員が待ち望んだ光でもあった。
それはまるで、長く暗いトンネルの出口から差し込む、陽光の如き希望の光であった――。
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