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ファーストコンタクト

 中部航空方面隊 航空警戒管制団 中部防空管制群

 DC(入間) 司令室内


 ビーッビーッビーッ

 突然のブザー音が三回、薄暗い室内に突如緊張が張り詰める。


 ここ中部航空方面隊防空指令所(DC)は、埼玉県の入間・狭山市に所在し、南東北、関東、近畿一体の防空任務を担任する中部航空方面隊作戦指(SOC)揮所隷下の指令所である。同フロアにあるSOCでは、担当地区の領空を絶えず監視しており、不審な航空機が領空に近づいた際には、DCを指揮下に置き、周辺のスクランブル可能基地から直ちに要撃機を発進させ対応に当たる。DCとは、このSOCの指揮の下、直接航空機の要撃管制や情報提供などを行う防空の要となる部署である。


 そんな中空DCの司令室内は、蛍光灯により明るく照らされ、中央に大き目の液晶ディスプレイを3つ配置し、中央には担当空域の情報、左右のディスプレイには周辺基地の状況、スクランブル機の詳細等が事細かく表示されている。


 一方、この大型ディスプレイ群の対面には長方形を横にしたような大きなコンソール、周辺の長机の上にはPCやディスプレイが置かれ、それらは左右にひな壇のように整然と並び、モニターを操作する隊員達の顔は緊張で少し強張っていた。


 中央のディスプレイが突然更新される。


 映しだされていた横長な日本列島に重なるように映る、中部航空方面隊管轄地域を表すオーバーレイが点滅し、静岡県伊豆半島沖に赤い逆三角の光点が現れる。


 その時、DCの主任管制官である毅1等空尉の目が変わった。


 室内に識別員のアナウンスが入る。


「アンノウンピックアップ、SIF照合中」


「SIF応答なし、ターゲット、アンノウン1機、ヘディング0-8-0(針路80度)、アルチテュード1(高度1000ft)、スピード250(463Km/h)、現在北上中」


それを聞き、毅の顔が厳しくなり始める。


 領空侵犯だと? さっきまでレーダーには何も映っていなかったはず。ステルス機なのか? もしくは届け出を出していない航空機か。願わくは後者であってほしい。


 突然の出来事に、質問が内から次々と込み上げるが、答えは出そうもなかった。


 またも耳障りなブザー音が鳴り、アナウンスが始まる。同時に中央ディスプレイが石川県小松基地をクローズアップし、緑色の三角形の光点が2つ表示された。


「小松303よりランサー01、ランサー02が発進しました。会敵予想時刻、2125」


 今度は小松基地から303飛行隊のF15J及びDJが2機要撃機として上がったらしい。このまま行けば20分も掛からずに接敵するだろう。


 しかし最近は、中露の領空侵犯が頻繁にある。丁度一月前にもあったばかりだ。だが、この件は普通の領空侵犯ではない。今までの事案より明らかに異質だ。一体何が起こっている……。


 毅は今までとは違う、正体不明の悪寒を感じていた。


 ――


 静岡県 伊豆半島南端 上空


 深黒のカーテンを彩る2つの赤い光点。空気を切り裂く轟音を発しながら、F15J/DJは2機とも編隊を組みながら伊豆半島南部の空域に到達したところだった。


 この二機は先程、御前崎分屯基地のレーダーサイト(SS)から国籍不明機が突如レーダーに出現との報告を受け、小松基地を緊急発進(スクランブル)してきた要撃機(FI)である。


 小松基地第6航空団303飛行隊F15DJ(コールサイン:ランサー)一番機、後席のレーダー操作や兵器管制等を行うレーダー迎撃士官(RIO)である飛行隊長、橋本幹夫2等空佐は今日の終礼直後の事を思い出していた。


 吉田の3歳になる子供が熱発とは驚いた。それで、アラート待機を誰かに変わって貰おうとしていたが、あいにく他の奴らは入校やら集合訓練なんかでたまたま人が居なくて、急遽俺が入ってやった訳なんだが・・・そう言えば、最近はデスクワークばかりであまり飛ぶ機会はなかった。どうやらヤツに礼を言わなきゃならんな。


「新崎、飛行隊長が後ろではやりにくいだろうが、普段通りでいいぞ。今回はローテの都合で1機だけDJ型で出たが、これは技能評価試験じゃないからな」


 操縦席に座る新崎隆1等空尉は、後ろから故意ではない圧力を感じると、無意識に姿勢を正して返答した。


「りょ了解です」


 DCからの誘導で、レーダー上で国籍不明機を示す光点が自機に近づく。もうすぐ目視距離に入るだろう。


「なんだ?あれは」


 新崎が前方に目を凝らすと、何やらプテラノドンのような小さなシルエットが目に入る。


 更に距離を詰めると、不鮮明だったシルエットが少しずつ大きくなっていき、巨大な飛行生物の輪郭を鮮明にしていく。それはまるで・・・。


「隊長、見えますか?あれ・・」


 ランサー01の操縦員である新崎は、あまりにイレギュラーな状況に、自分の目を疑っていた。自分の見ているものが現実であるか不安になり、後席の飛行隊長に確認する。


「俺も信じられんが、目の前の光景は現実だ。アレはどう見ても「ドラゴン」にしか見えん」


 橋本は新崎と同様に目の前の空想を信じられなかった。10m以上はあるあんなに巨大なトカゲが翼を羽ばたかせ、地球上で最も早いと言われるハヤブサやハリオアマツバメの最高速度を遥かに超える速度で飛行している。推定でも250ノット(時速463km)以上は出ているな。


 目の前の光景に言葉と思考を奪われていると、DCの要撃管制官から無線が入り、二人を現実へと引き戻す。


「LANCER 01, this is RED EYE. How about contact? (ランサー01、こちらレッドアイ(中空DC) ターゲットは確認できたか?)」


 航空管制に使われる言語は国際民間航空機関(ICAO)の定めにより、英語もしくは母国語との規定がある。これは、在日米軍との外国から来た機のパイロットなどが空港などでの滑走路状況や緊急機の有無等を、飛び交う無線交信を聞いて把握出来るように配慮したものである。なお、緊急時の場合は日本語で交信することが多い。


 新崎はターゲットより上空から旋回しつつ目標の方向を確認する。もう一度、目の前の光景が現実であることを認識するために。


「RED EYE, this is LANCER 01 … Target is … like a dragon. (レッドアイ、こちらランサー01・・・ターゲットは・・・ドラゴンのような形をしている)」


「LANCER 01, did you say dragon? Please say again.(ランサー01、ドラゴンといったか?もう一度言ってくれ)」


 どうやら指令所の奴らも信じられないようだ、当然だ。ドラゴンが領空侵犯したと言って、大真面目に、はいそうですかと真に受けたら日本の防空は終わりだ。だが、今回に限っては紛れもない現実だ。


「The target looks like a dragon. Request order. (目標はまるでドラゴンだ、指示を仰ぐ)」


 毅の予感は的中した。毅を含めオペレーターが全員青ざめる。ここは日本だ、ドラゴンなど空想上の産物であるはずだ。


 パイロットがふざけているのか? エイプリルフールにはまだ一月程早いが……。いや飛行計画を見る限りではランサーの一番機には飛行隊長が乗っている、こんな冗談を許すはずがない。結局、導きだした答えはマニュアル通りの答えだった。


「……LANCER 01, warn the target with IEF.(……ランサー01、国際緊急周波数ガードチャンネルで警告を実施せよ)」


 ここで、ランサー二番機の操縦員である佐野大輔3等空佐がDCに無線を入れる。


「RED EYE, this is LANCER 02. What can we do? (レッドアイ、こちらランサー02、こちらはどうすればいい?)」


「LANCER 02, use caution for the surrounding airspace ,and if you find an abnormality, report to me.(ランサー02、周辺空域の警戒に当たり、異状があれば報告せよ)」


 他にもこんな生物がいるとは考えにくいが、何やら嫌な予感がする。某怪獣映画と同じように、怪獣が一匹出現すると必ず別の怪獣が出てくるなんてないよな。


「LANCER 02 roger.(ランサー02了解)」


「隊長、一時編隊を離れて周辺の警戒に当たります」


「ランサー01了解した。頼んだぞ」


 そう言い終わると、ランサー02は編隊を離れ単機での行動を開始した。


 一方、新崎と橋本は悪夢を見ているようだった。DCやSOCの連中には悪いが相手は航空機ではない。あの羽ばたき、息遣い、近くで見ればわかる、あれは正真正銘のドラゴンだ。


 だが、中国やロシアの新型機の可能性も・・やはりないな。この状況では無意味だと分かっていても、自分を無理矢理に納得させられるような合理的な理由を考えてしまい思考が混濁する。


「新崎、警告を実施しろ」


 思考の追いつかない新崎を後押しするかのように、橋本が新崎に命令する。


「・・了解」


 新崎は無意味な思考を中断し、眼前の目標に向け頭を切り替える。そして、コックピット内の通信機を操作して、プリセットされた周波数を設定し、未確認飛行生物とファーストコンタクトを開始した。


「Warning! Warning! Warning! Unknown aircraft! Unknown aircraft! (不明機に警告する!)」


「You have violated Japanese air domain! You have violated Japanese air domain! (貴機は日本の領空を侵犯している!) 」


「Take reverse course immediately! Take reverse course immediately! (直ちに逆方位に変針せよ!)」


「Follow my guidance! Follow my guidance! (誘導に従え!)」


 言い終わったその時、謎の飛行生物ドラゴンが突如高度を下げ始め、近くの砂浜に着陸を試みた。よく見ると、近くには民間人がいる。新崎と橋本の脳裏に一瞬だけ最悪の事態が浮かび、全身の血液が凍り、毛が逆立つのを感じた。


「RED EYE, this is LANCER 01. Target has lower its altitude and landed on the around beach.(レッドアイ、こちらランサー01、目標が高度を下げ付近の砂浜に着陸した)」


「I found civilians near the dragon, found two civilians near the dragon.(近くに民間人がいる模様、近くに民間人を2名発見)」


 毅一佐の恐れていた最悪の事態が起きた。ただでさえ最悪の事態なのにこれ以上最悪にしてどうするつもりだ。確かに、怪獣映画は好きだ。怪獣映画に憧れて自衛隊に入隊したくらいだ。だが、こんなのは度が過ぎているとは思わないか。ドラゴン。


「This is RED EYE. How about target? (こちらレッドアイ、目標の状態はどうか?)」

「Target is approaching to the civilians. Request order! (目標、民間人に接近中、指示を乞う!)」


 どうやらこの件は領空侵犯だけでは収まりそうもないかもしれない。このままでは、民間人が攻撃を受けることも考えなくてはいけない。最悪日本国内で戦闘が起こる可能性も……。

 オペレーターが毅に具申するよりも早く、司令官は口を開いた。


「事態は我々の常識と対応限界を遥かに超えている。森田1曹! 大至急、現在の状況をSOCに伝えろ、それと近海を飛行中の早期警戒管制機(AWACS)にも連絡急げ! 大至急、上級司令部から周辺の警察署や陸自駐屯地に連絡しなければ、取り返しがつかない事になるかも知れん!」


「はっ!」


 ――


 伊豆半島南端 上空


「This is LANCER 01. Target is approaching to the civilians! (こちらランサー01、目標、民間人に接近!)」


 毅はヘッドセットで交信を聞きながら、前方の大型ディスプレイを見つめ続けていた。もしあのドラゴンが民間人に攻撃したら、我々は応戦せねばならない。だが、その場所は市街地だ、もしミサイルがそれて民間人に被害を与えてしまったら……。


 こうしている間にも民間人2名の命が危機に晒されている。そろそろ、現場のFIのためにも決断せねばなるまい。毅はヘッドセットのリップマイクを口に当てランサー01に直接呼びかける。


「ランサー01、こちらレッドアイ先任管制官(シニア)だ。攻撃は正当防衛か緊急避難の場合しか認められていない。それだけを頭に入れておけ」


「攻撃は現場判断に任せる。ただし国民に被害者を決して出すな」


「ランサー01、ラジャー!」


 ――


 新崎は、コックピットから海岸付近にいた二人の民間人を見守る。ドラゴンの飛行方向と民間人の位置を考えるに、確実にドラゴンは民間人に接近しようとしているのだろう。そのまま、ドラゴンは民間人二人組の後ろに着地し、二人を睨みつけると、雄叫びを上げているようだった。


 雄叫びを聞いた二人は急いで道路の脇に止めてあった車に乗り込む。ドラゴンも飛び上がり車を追跡する。その時、ドラゴンの口が煌めくのが見えた。


 ドラゴンの口に火焔が灯り、周囲が照らし出され真昼のような明るさになる。そして、次の瞬間にはドラゴンは口からナパームの如き火焔を放ち、走行中の車両をその爆炎の餌食とした。


その時、新崎と橋本に緊張が走る。


 まずい! 火を吹くなんて聞いてないぞ!


 ドラゴンの火焔を浴びた車は車体がドロドロに溶け、加えてタイヤがパンクしたようで姿勢を制御できず、そのままガードレールに衝突して完全に停止した。


「こちらランサー01、ドラゴンが民間人に火炎による攻撃を行った!」


「車はガードレールに衝突し停車、現地に救急車を要請してください!」


 F15DJの後席で橋本は、現在下で起こっている状況、そして我々が直面している状況についてずっと考えていた。


 未だかつて日本で、領空侵犯機に対して、1987年のソ連機領空侵犯での警告射撃はあったが、純粋な排除のための攻撃は行った事例はない。だが相手は凶暴なドラゴン、これまで通りのようには行かないことは予想していた。だが、例えどんな状況であれ、最後まで攻撃は行いたくはなかった。しかし、現状を考えた時、攻撃を行わなければ確実に国民の生命が失われる。


 戦後から守られ続けてきた、実戦での武器使用の制限。自衛隊の歴史を変える責任を、出来ればこれからの若い世代に負わせたくはなかった。だが、有事の際でも決められた週間勤務割通りに行くことは部隊内で決めていたことだ。今日、俺がこの状況で一番機の後席に乗っているのはただの偶然。これは、運命の神なんてものが居たとして、俺が責任を取り部下を守れと望んでいるのか?ならば、感謝しておこう。それこそが指揮官の務めなのだから。


「新崎、撃て」


 橋本は静かに、そしてはっきりと命じた。


「出来れば、俺が変わってやりたいが、この状況ではそうもいかん」


 数瞬の沈黙の後に新崎は当然といったように返答する。


「何があっても勤務割通り、偶然今日は一番機の操縦士だっただけです。それに、自分以外の仲間に、この重責を背負わせなくて良かったとも思っています」


 その言葉を聞き、橋本も腹を決める。


「新崎、責任は俺がすべて取る。国民を救え、自衛官としての使命を果たせ」


 新崎の脳裏に入隊間もないころの精神教育の情景が蘇る。

 日本の国民と国土を外部の侵略から守る。自衛隊に入隊したときに一番初めに覚えさせられる、自衛官の心構えの一つ、使命の自覚についての一節だ。まさか今日、この状況でその使命の遂行を命ぜられるとはな、当然ながら入隊した時には、こんなこと思っても見なかっただろう。


 今にも民間人を殺傷しようとするドラゴンに眼光を向け直し、新崎は決断する。


「こちらランサー01、現状を緊急事態と判断、これより04式空対空誘導弾AAM5による攻撃を実施する!」


 司令部の連中には後で説明すればいい、だが目の前の民間人に後はない。


 我々航空自衛隊の任務、それは、空から日本国民の生命・財産を守ること。


 今、日本は踏み出す、新たな歴史の一歩を――。


――


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