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戦場への招待状

 

 2230時


 相馬原駐屯地飛行場(群馬県)


 本日未明、突如として発令された第三種非常呼集に伴い、平時であれば運用時間がとっくに過ぎているはずの相馬原飛行場では、複数のCHやUH等が臓腑を響かせるローター音を奏でていた。また、それに混じるように時折聞こえる隊員の怒号にも似た声も聞こえ、飛行場地区はさながらお祭り騒ぎのようでもあった。


 ここ相馬原駐屯地は、空中機動旅団たる第12旅団の司令部が所在する駐屯地でもあり、防衛出動待機命令が出されてからは、その特性を活かして弾薬・物資空輸や人員空輸における中継基地となっている。


 弾薬受領に関しては早い段階から行われており、初動対処を行う空挺団や中即連の弾薬については既に12ヘリ1飛やヘリ団の航空機によって輸送されている。


 そして現在も、外来部隊の人員を乗せた東方ヘリ隊のUH1が後に控える部隊の弾薬受領の為に吉井弾薬支所へと飛び立って行ったところであった。


 その光景を飛行場事務室のブラインドから覗いていたのは、東部方面管制気象隊第5派遣隊の水谷(みずたに)(あつし)3等陸曹である。陸曹教育隊入校後に小牧の第5術科学校から飛行管理の特技(MOS)を取得して帰って来たばかりの彼は、災害派遣を超える緊張感の中、航空機の離陸する姿を見つめていた。そしてその直後、背後の管制塔(TWR)直通電話が鳴る。


 そして、受話器を持ち上げ筆記用意をしながら通話を始める。


BOPS(ボップス) ON(オン)


「(OUT(アウト) BOUND(バンド) DEPARTURE(デパーチャー))」


GO(ゴー) AHEAD(アヘッド)


「(HUNTER(ハンター) 8(エイト)7(セブン)5(ファイブ)AIR(エア) BORNE(ボーン) AT(アット) 3(スリー)0(ゼロ))」


ROGER(ラジャー). ALPHA(アルファ) MIKE(マイク)


「(DELTA(デルタ) INDIA(インディア))」


 管制塔からの連絡を受け、デスクトップPCのような飛行管理システム(GFS)を操作する水谷。吉井の場外離着陸場へと向かうフライトプラン(FPL)を開き、離陸時間を入力し市ヶ谷の中央管制気象隊及び関係部隊へと通報しようとした時、不意に背後から呼び止められる。


「おい水谷、もう弾薬輸送「訓練」じゃないぞ。補足情報(RMK)のところ直しとけ」


 後ろに居たのは、航務班長の釧路(くしろ)(ただし)陸曹長だった。


 直ぐにGプランの補足欄を確認してみると、確かに「訓練」の文字を消し忘れていた。12旅団及び各飛行隊に関しては、防衛出動待機命令前から動いていた為に、弾薬輸送訓練の名目で弾薬空輸を行っていた。しかし、防衛出動が掛かっている今、後方地域での空輸であれど、最早これは訓練ではなく実戦状況下の行動なのだ。


 認識を改めた水谷は直ぐにフライトプランの情報を修正し、そして通報を完了させた。


 それを見ていた釧路が水谷に口を開いた。


「水谷、もう訓練じゃない。ここも戦場だ。俺達が一体何者と戦っているのかは分からないが、彼らがこの国に戦いを挑んできた以上、こちらも全力でやらんといかん。お前もいつ現地に派遣されても良いように覚悟だけは決めておけ」


 北海道の最前線部隊から空挺団に志願した経歴も持つ釧路曹長の言葉は、まだまだ若手である自分の胸に重くのしかかる。今はまだ派遣命令は来ていないが、今後現地で航空機による作戦が本格化してくれば、現地の航空機の離着陸を含む動きを管理し通報する人員が必要となる。そうなれば、自分も現地に行く事になるだろう。


 そうなったら、生きて帰れるのだろうか……。


 そのような考えが思考を巡っている最中、不意に目の前に白い手と共にコーヒーが差し出された。

 振り返るとそこには、白く整った顔立ちに黒く艶のある髪を短めに切り揃え、手を後ろで組みながらニヤニヤとしている人間が立っていた。


「水谷3曹っ、元気出してください! どうせ派遣されたとしても、前線では一番安全な地域ですから大丈夫ですよ! 航空機は貴重ですし攻撃を受けるような地域には行きませんって!」


 そう話すのは、自分と同じ航務係の(かしわ)(がわ)(あい)()陸士長である。もちろん陸士であるので、飛行管理のMOSは持っていないが、実務の中でほぼ業務を覚えてしまっているので、自分の補佐としていつも助けられている。


「まるで、自分は現地には絶対に派遣されないとでも思っているような口ぶりだな。もしかして、自分がMOS無しだから行かないと思っているのか?」


 柏川は驚いた様子で答えた。


「え!? 行き……ません…よね…?」


 確かにMOS無しで経験も浅い人間を緊急性の高い場所に派遣するとは考えにくい。しかし、俺が陸士だった時に陸曹の補佐ではあったが災派に出された前例があるので、絶対に無いとは言い切れない。


「行くかも知れんぞ。俺は陸士で災害派遣に行った事あるし……」


 その時、事務室を軽くノックする音が聞こえ、扉が勢いよく開けられた。


 そこに立っていたのは、運用訓練幹部(運幹)兼気象班長の石井(いしい)則夫(のりお)2等陸尉だった。


「釧路曹長! あ、水谷と柏川も居るな」


 後ろでコーヒーを啜っていた釧路曹長が対応する。


「はい、どうしましたか?」


 その時、これまでの話の流れから水谷と柏川には嫌な予感がしていた。


「釧路曹長、先ほど管気長からで、各派遣隊から航務要員を差し出して滝ヶ原に推進させよとの命令が来まして……隊長と話し合った結果、5派からは水谷と柏倉の2名を派遣する事になりました」


 恐れていた事が現実になってしまった……。


 柏川が死んだような顔をして絶望している中、釧路曹長は会話を続ける。


「どうして、二人なのでしょうか? 人がいない航務班より、少しは人がいる管制班から出しても良いのでは?」


 石井2尉は答えた。


「相馬が弾薬等の中継地となっている今、今後も大量の航空機を統制する事となる管制官を差し出してしまうと、連続運用での個人の負担が大きくなってしまいます。これ以上の欠員は飛行場の管制機能の減弱に繋がり兼ねません。代わりに航務班には交代で管制官を入れる予定ですので、管制隊長と調整をお願いします」


 釧路曹長は説明を聞き渋々ではあったが納得した様だった。


 そして石井2尉は続ける。


「現在はどこの派遣隊も忙殺されています。航空機の実働部隊を持たない1派ですら、これから6飛(6Avn)東北ヘリ(NEH)等の受け入れで忙しくなるでしょう。どうかご協力お願い致します」


 釧路曹長は頷きながら了解の意を示した。


「分かりました。では2人には直ぐに準備をさせます」


「よろしくお願いします」


 そして石井2尉はそれだけ言うと、忙しいのか足早に事務室を後にした。


 その一部始終を見ていた同室にいる12ヘリ隊2飛所属の飛行場係幹部(AO)は、先程の会話からの出来事で水谷と柏川の方を向いてニヤニヤしていた。


「噂をすればなんとやらってね」


 それを聞いた柏川は怒りながら答える。


「もう! 他人事だと思って!」


 AOはさらりと答える。


「ははは、俺だっていつ交代になるかは分からないし、内心びくびくしてるよ。じゃあ現地で頑張って!」


 手を振りながら答えたAOにキレそうになっている柏川を無視して、釧路曹長は口を開く。


「よし、二人とも直ぐに営内に帰って準備! あっちで何泊するか分からないから下着類は多めに持っていけ。準備が出来次第、空路で移動する事になると思うから急げよ」


「「了解です!」」


 出来るだけゆっくりと準備してやりたかったが、ヘリで直ぐにでも出発できる状態だと中々やりにくい。しかし、命ぜられた以上はやるしかないと決心する。横にいる柏川も腹を括ったようだった。


「じゃあ行ってきます!」


 釧路曹長は事務室を出ていく二人を見送る。しかし、その二人とすれ違うように近づいてくる12ヘリ2飛の運幹を見た事はAOには教えなかった――。


 ――


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