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翡翠の凶槍③

 

 同海域 巡視艇「いずなみ」 少し前


 巡視艇「いずなみ」は、巡視船「しきね」の船長である竹本の指示を受け、「しきね」を援護するために、その高速機動力を活かして、彼らの側方へと回り込もうとしている最中であった。


 そんな、「いずなみ」の操舵室では、船長である鞍馬が、赤外線監視装置で捉えた不審船の船影を確認しながら、隣でモニターを操作する中岡に不審船への射撃を命じていた所だった。


「中岡、前方の不審船に射撃を開始。優先目標はマストだが、彼らが撃ち返して来たら人員を狙っても構わん」


 中岡は鞍馬の指示を了解し、羽田に射撃の命令を出そうとする。しかし、船長の先程の言葉を聞いていた羽田は、自らの手で人命を奪ってしまうかも知れない状況に直面し、えらく動揺しているようだった。


 中岡は羽田に現在の状況を理解させるために、口を開く。


「いいか羽田、お前は俺よりもまだ経験が浅く未熟だ。だがな、お前も俺と同じ海上保安官だ。俺、そしてここにいる全員と同じように、日本の海を守る義務がある。そして今、その義務はお前にしか果たせない」


 中岡は羽田がこちらを見つめるのを余所に、間をおいて続けた。


「俺たちがやらなければ、「しきね」の乗員や海岸で必死に彼らを食い止めている警官達の命も危険に晒される。やるしかない。日本の海を守り、使命を果たせ」


 それを聞いていた児玉も羽田に一言だけ伝える。


「羽田君、「しきね」には私の同期が乗っているの。その私の同期は根性無しでだらしなくて、ほっとけない人だけど、今はそんな彼でもしっかりと責務を果たしているわ。彼に出来て、彼よりも全然根性がある羽田君に出来ない訳がないじゃない」


 それを聞いた羽田は、覚悟を決めたかのように中岡の方を向いた。


「中岡さん。目標の指示をお願いします」


 中岡は羽田に向けられたまっすぐな目を見ると、すぐに射撃目標を指示した。


「よし。目標、前方の不審船マスト、用意」


 中岡からの号令を復唱しつつ、羽田はFLIRの視点を前方の不審船へと向ける。すると、「いずなみ」の船橋上に搭載された射撃管制システム(FCS)である、目標追尾型遠隔射撃システム(RFS)が船影に映るマストを赤外線画像で捉え、自動追尾を開始する。それを確認した羽田が射撃用意を完了させたことを中岡に伝えた。


 報告を受けた中岡はすぐに発射の命令を下した。


「用意良し、発射っ!」


「いずなみ」が高速機動により不審船の側方に回り込んだ瞬間、発射の号令と共に、12.7mm多銃身機銃の3つの銃身が電動モーターにより高速回転する。そのすぐ後に、火を吐き出す銃身から12(5).7(0)×99mm(BMG)徹甲弾が毎分1000発を超える速度で曳光弾を交えながら発射される。そしてその時、正面の防壁に慢心し側方の警戒を怠っていた不審船の乗員は、横からの予想外の攻撃に、側方に対魔障壁や氷壁を展開する間もなく、「いずなみ」に攻撃の隙を与えてしまった。


 空を裂く光弾が左側方から飛来し、不審船のマストに光の嵐を見舞う。そして、正確無比で凄まじい徹甲弾の風雨は、啄木鳥の如くマストを削り、亀裂の入ったマストはその巨体に風を受けながら船上へと倒れ、複数の乗員を下敷きとした。


 不審船からは、少し遅れて多少の抵抗が見られたものの、不意を突かれて、既に組織的戦闘力を失った魔法兵を機銃掃射で制圧することは容易であった。


「いずなみ」は高速で不審船に接近しながら射撃を行っていたが、その不審船を通過する頃には彼らは既に航行能力及び戦闘力のどちらも喪失していたため、その更に奥で、「しきね」と戦闘を行っている不審船の方へ急いだ。


 その時、奥の不審船をモニターで監視していた羽田が叫ぶ。


「船長! 奥の不審船上に大きな靄を発する人影が見えます」


 羽田の言葉を聞いた鞍馬は、とっさに「しきね」からの報告を思い出す。


 FLIRに靄を発する人員が見えたら攻撃の予兆だとか。羽田の報告が本当なら、前方の不審船は「しきね」に攻撃を行う最中という訳か。


 すぐに鞍馬は羽田の下に駆け寄り、その大きな靄を確認する。


「これは……! 報告で見た映像より広範囲に靄がかかっているぞ! それによく見ると、「しきね」の近くの海面にも少しだけ熱源反応が見える……」


 あの魔法使いが「しきね」に対して、何かを企図している事を直感で感じ取った鞍馬は、航海士に最大速力を指示し不審船の下へ急ぐ。40ノット(約74km/h)を超える速度にまで達した「いずなみ」は、海面を滑るように滑走しながら不審船に接近していく。そして、「しきね」付近の海上を監視していた羽田が再び叫んだ。


「「しきね」の近くに巨大生物出現! 「しきね」が襲われています!」


 巨大生物!? やはり、あの魔法使いが何かをしたのか。今度は双眼鏡で既に薄くなり始めた霧の向こうの不審船上を見ると、緑色の輝きを発する杖を持った人影が「しきね」の方向に杖を掲げている。その影は、周りで杖を振るい青白い光弾を投射する人影とは明らかに違うことはすぐに理解できた。直ぐに止めさせねばならない。そう感じた鞍馬は、航海士に船体を不審船にもっと近づけるように指示し、中岡の方を向いた。


「あの大きな靄を発する奴に射撃しろ!」


 その時、鞍馬の横に居た、副長の児玉がふと疑問を感じ鞍馬に質問する。


「船長、先に「しきね」の救援には行かれないのですか? 「しきね」は見るからに緊急事態です。一刻も早くあの巨大生物を迎撃しなければ危険だと考えます」


 鞍馬は児玉の方を向き、冷静に説明した。


「これは俺の直感だ。あの巨大生物と不審船の魔法使いは関係している。恐らく何らかの方法で、あの巨大生物を操っているに違いない。それに、今から「しきね」の位置まで行っても間に合わないかもしれない。ならば、一か八かあの魔法使いを止めることに賭けようと思う」


 児玉はそれを聞いてから数秒後、納得したような顔を見せ答える。


「そこまでお考えだったのであれば、私は船長を信じます。ご命令に口を挟んでしまい申し訳ありません」


 鞍馬はすぐに答える。


「それは一向に構わない。是非これからも、疑義があれば申し出て欲しい。私は君を信頼している」


 そこまで言うと鞍馬は、中岡に先程の射撃命令を出した。


「すぐに前方不審船上の魔法使いに射撃用意!」


 命令を受けた中岡はすぐに羽田に号令をかける。


「目標、正面不審船上の魔法使い、用意……」


 羽田はモニターを操作し、照準を魔法使いへと向ける。そして、射撃準備が完了すると中岡にそれを告げた。


 続いて、中岡から射撃用意完了の報告を受けた鞍馬は、目視で不審船を見つめながら命令を下した。


「発射っ!」


 船首の12.7mm多銃身機銃が火を噴き、工事現場の削岩機のような騒音を発する。発射された徹甲弾が曳光弾と共に不審船へと飛翔していく。しかし、弾丸が不審船上の人影を屠ろうとしたとき、魔法使いの一人が用心のために側面に展開しておいた物理障壁により、寸前で最初の数発が彼方へと弾かれた。金属が潰れる音と鮮やかな緑の閃光によって、一瞬で状況を察した魔法使い達は、直ちに氷壁を展開、応戦を開始した。


「いずなみ」から射出された徹甲弾の霰は、氷壁に叩きつけられるとその表面の氷をガリガリと削っていくが、思ったより分厚く破壊に手間取っているようだった。


 それを見て鞍馬がすぐに航海士に指示を出す。


「このままでは、かき氷もいい所だ。そのまま攻撃しつつ、最大速力で反対側に回り込んで一気に制圧しろ」


 指示を聞いた航海士はスロットルレバーを限界まで押し上げる。そのまま「いずなみ」が不審船の背後を通過しようとした時、操舵ハンドルを急角度で右に傾けた。船首が右を向き始め、海上を滑るように右旋回するような形となったその瞬間、「いずなみ」の船橋が大きく傾き、操舵室で立っていた鞍馬、児玉らが体勢を崩しそうになる。しかし、慌てて目の前の机を掴み、体勢を立て直すと、鞍馬が叫んだ。


「今だ! 魔法使いを撃て!」


 中岡が羽田に言うよりも早く、羽田は既に魔法使いに目標をセットし、発射ボタンを押していた。


 身体を貫く鈍い振動が船橋に反響する。空気が破裂する音が響き続け、機銃から発射された弾丸が不審船の乗員を襲った。しかし今度は、予想を超える速度で接近して来た「いずなみ」に、魔法使い達の対応が間に合わず、放たれた弾丸はそのまま船上を蹂躙していった。


 直ちに応戦する魔法使い達であったが、高速で回り込みながら移動する「いずなみ」に光弾を当てることは不可能に近く、その殆どの攻撃は徒労と化した。


 一方で、RFSと連動した12.7mm多銃身機銃は、目標との相対速度や船体の揺れなどを全て計算し、設定された目標に弾丸の雨を浴びせ続けた。そして遂に、優先目標であった件の魔法使いを徹甲弾が数発だけ貫き、そのまま海上に吹き飛ばした。続いて、反撃を強めてきた周りの魔法使い達もすぐに「いずなみ」より放たれる光弾に引き裂かれていく。そして、ほんの数十秒の銃撃戦の後、遂には船上に動くものは誰一人居なくなった。


「しきね」の方向を双眼鏡で監視していた児玉が報告する。


「船長、巨大生物が咆哮を上げて、崩れました!」


 鞍馬が慌てて確認する。


「崩れた? それは一体どういうことだ?」


 児玉が必死に言葉を紡ぎながら説明する。


「はい、説明が難しいのですが、表面の輪郭が完全に崩れ、あの巨体を構成していた海水が全て流れ落ちて消失しました」


 鞍馬はその状態をはっきりとは想像出来無かったが、取り敢えずは喫緊の脅威が消滅し、胸をなでおろした。また、児玉も「しきね」そして、谷口の無事を確認し、顔から双眼鏡を外した。


 しかしその時、後方に最後に残った不審船を監視していた航海士の一人が慌てながら船橋に駆け込むと鞍馬に報告した。


「せ、船長! 最後に残った不審船の船首から緑色の光が!」


 それを聞いた鞍馬はすぐに船橋右側のドアから既に霧の殆どが晴れた船外に出て、双眼鏡で不審船を確認する。不審船の船首には、「しきね」に向けて、大きな石の嵌った砲台のようなものが設置されており、何かの生き物のように緑色に怪しく拍動し、周囲の海上を照らしていた。


 そして再びの危機を悟った鞍馬は、すぐに船橋に戻り船橋の人員に指示を出した。


「危険はまだ去っていない! すぐに針路を逆方向に変針して最大速力で該船に接近、船首の砲台を破壊しろ!」


「いずなみ」のウォータージェット推進器が勢いよく水を噴き出し、船首をぐるりと半回転させ、船体の針路を逆向きに変針する。


 針路を逆方向に変針した「いずなみ」は、針路の先の不審船と正面から相対する形で向かい合った。最大速力で一直線に不審船へと急行する「いずなみ」、そして対する不審船は悠然と海上に佇みながら、怪しき光で海上を照らし続けていた――。


 ――



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