翡翠の凶槍①
※これから投稿する予定の話について、詳しく知りたい方は活動報告をご覧ください。
2300時 南伊豆町近海 巡視艇「いずなみ」
心なしか風の出てきた深夜の南伊豆町近海では、巡視船「しきね」と巡視艇「いずなみ」が、2本の白い航跡を描きながら、速度を増している6隻の帆船から一定の距離を保ちつつ航行していた。巡視船「しきね」の背後をぴったりと随行するのは、かがゆき型巡視艇「いずなみ(PC107)」である。この、かがゆき型巡視艇「いずなみ」は、全長32メートル、最大幅6.5メートル、排水量100トンと、巡視船「しきね」の半分以下の大きさのPC(Patrol Craft)である。しかしながら、高速巡視艇として建造されていることから、「しきね」と比べて小回りが利き、船体もアルミニウム合金製として軽量化をはかっているため、高速時でも動揺が少なく機動性に優れていることも特徴である。
乗員は最大10名で、推進部には2基のディーゼルエンジンとウォータージェット推進器を2軸搭載し、最大速力は36ノット(66キロ)以上、後部甲板には、4m型の複合艇(RHIBまたはGB)を1艇搭載している。また、搭載兵器は、船首甲板に目標追尾型射撃管制装置(RFS・FCS)とリンクした12.7mm多銃身機銃(GAU-19)を搭載し、光学機器は、「しきね」と同様に赤外線捜索監視装置がついており、闇夜の中でも目標を視認し、かつRFSによって目標を自動追尾しながら射撃を行う能力を持っている。
そんな、巡視艇「いずなみ」の操舵室では、船長である鞍馬康人2等海上保安正と、副長兼主任航海士である児玉由香里3等海上保安正が、先程送られてきた「しきね」からの命令を確認していた。
船長席に座っていた40代前半で若干痩せ気味な鞍馬が、目線を前方の「しきね」に向けながら口を開いた。
「距離を取りつつ、敵の射程外から各個撃破か……確かに、あの6隻の帆船が通常の帆船より遥かに増速しているとは言え、依然として、それを上回る高速で機動できる我々に利があるため、この作戦が一番安全な方法だとは思うが、敵の武器があの発光弾だけとは思えない。引き続き十分に警戒しないとな……」
横に立っていた、防弾ヘルメットから覗く光沢のあるショートカットと、銀フレームの眼鏡が印象的な、副長兼主任航海士である児玉由香里3等海上保安正が冷静に答える。
「そうですね。彼らの攻撃手段が射程距離の短い発光弾だけであれば、ここまでしつこく追っては来ないでしょう。それに、「しきね」の攻撃能力を目の当たりにしているのだから尚更です」
鞍馬が握った右手の指を顎に当てながら緊張感のこもった声で話す。
「ああ、だからこそ一応500メートル以上は維持しているが、不安が拭い切れない。何しろこんな事態は初めてだからな……」
鞍馬が児玉に顔を向ける。
「ところで、「しきね」の方は今どんな状況か聞いているか?」
鞍馬に聞かれた児玉は、先程の通信員からの報告を思い出す。
「艦橋を中心に被害を受けたようで、若干の怪我人が出ているようです」
それを聞き、顔を正面に向け直した鞍馬は防弾ヘルメットの顎ひもを引き締める。
「そうか、重傷者が出なくて良かった……そう言えば、児玉には「しきね」に同期が居たな?」
児玉が一瞬、びくりとする。
「え! あ、はい。谷口く、谷口3等保安正が勤務しております」
鞍馬は一瞬だけ、おかしな雰囲気を感じたが、敢えてそこには突っ込もうとしなかった。
「射撃管制員だったか? うちの羽田ももう手慣れたものだが、あの状況下であそこまで正確に射撃するとはな」
その時、船長の右側から怒りのこもった声が飛んでくる。
「船長! 自分は羽田ですと何度も……!」
その声の主は、「いずなみ」の射撃管制員である、羽田明久2等海上保安士のものだった。
「ああ、悪い悪い」
鞍馬が面倒くさそうに、羽田に謝罪する。
「船長、頼みますよ! もう自分4年目っすよ……」
そこに、射長である中岡堅司1等海上保安士も会話に参加した。
「「しきね」の射撃に関しては、射長の的確な指示があったんでしょうよ。敵船に攻撃される前に悉く撃破していましたからね」
ここで、鞍馬が当初言う予定だったことを思い出し、椅子を回転させて、操舵室の全員の顔を振り返る。
「ま、我々が陥っている状況はこれまでになく厳しい状況だ。だからこそ、ここにいる全員を信じて何とか乗り切ろうと思う。全員俺を信じて着いてきて欲しい」
鞍馬の言葉を聞き、全員が何を今さらと言った顔で鞍馬を見つめ返す。
そして、副長の児玉が全員を代表するかのように鞍馬に伝えた。
「了解です。共に乗り切りましょう」
――
同海域 巡視船「しきね」
「しきね」の操舵室で水上レーダーのエコーを睨んでいた竹本は、徐々に間隔を広げ、大きく囲むように包囲するような動きを見せる不明船を見て、彼らの意図を察したところだった。
水上レーダーを眺めながら竹本が口を開いた。
「どうやら彼らは我々を包囲する気のようだ。このまま距離を取り続けていれば絶対に追いつかれないが、それでは埒があかない。そろそろ、反撃するぞ」
横に立つ青葉が答える。
「彼らが広い間隔で包囲陣を形成しているのは、我々にとって好都合です。これに乗じて、端から、一隻ずつ各個撃破していきましょう」
青葉の意見を聞き竹本が頷く。
「そうだな、今が好機だろう。近距離ならともかく、遠距離であれば彼らの攻撃の精度はそこまで高くない。このまま距離を保ち、不審船の排除を行う。「いずなみ」に「これより不審船に攻撃を開始する。援護求む」と通信を送れ」
それを聞いた通信士はすぐに、竹本の言葉を「いずなみ」に伝えた。
「よし、では包囲陣を構成しつつある右翼側から撃破する。進路を260度に変針せよ」
竹本がそう指示を出すと、横の航海士がハンドル型の舵をゆっくりと左に切る。すると、「しきね」の後方に搭載されたウォータージェット推進器の左右の出力が調整され、船首を左斜め後方へと向ける。
「しきね」が船首を完全に右端の帆船に向け終えたところで、竹本が航海士に更に指示する。
「不審船との距離、300メートル以上を維持、右に半円を描きつつ接近せよ」
「しきね」と不明船との距離が丁度300メートルになるかならないかのタイミングで、竹本は横に居る坪倉らに指示を出した。
「目標、左斜め前方不審船、射撃用意!」
操舵室の兵器管制席では、船長からの命令を受けた坪倉が命令を復唱し、谷口に砲塔の操作を促す。
「マストを中心に狙え、この距離ならほぼ命中するだろう」
坪倉の指示を受けた谷口はFLIRのモニターを見ながらコンソールを操作し、砲塔を不明船のマストに向けた。
そして坪倉が射撃用意完了の報告をした後、数秒立ってから射撃の号令が下る。
「撃てぇっ!」
その号令と共に、30mm単装機銃の砲塔から毎分400発の速度で30mm徹甲弾が放たれ、リズミカルに左前方の帆船に破壊をばら撒く。帆船のマストは数秒で徹甲弾に食い千切られ、僅かにマストを逸れた弾丸は木造の船体を裏側まで貫通、船内に居た何人かが被弾し文字通り破裂した。
そして「いずなみ」からも、12.7mm多銃身機銃による援護射撃が加えられ、こちらは毎分1000発を超える発射速度で、船上の人員を引き裂いていった。
折られたマストが、ボロボロに破れた帆ごと海中に没していく中、徹甲弾や12.7mm弾によって無数の穴が開けられた木造船は、未だかろうじて海上に浮かんでいた。しかし、マストを折られ航行能力を失ったかに見えた帆船は、不思議なことに、ゆっくりとではあるがこちらへの接近を続け、船上の魔法使いも姿勢を低くしながら慌てて応戦を始めていた。
しかし、船上の魔法使いが慌てて応戦するも、攻撃は波の揺れと目視照準の誤差によって、その悉くを外し、こちらのFCSによる正確な射撃に比して、至近弾が1発のみと、彼らの攻撃のほとんどが脅威とはならなかった。
この状態のまま半ば一方的な銃撃戦の末、遂に無数に穿たれた穴から木造船に海水が流入、船体が静かに沈み始める。結局、魔法使いは最後まで戦い続け、沈みゆく木造船と運命を共にし、海中に没していった。
――
同海域 強襲上陸部隊 別動隊
風が吹き、波が立ち始めた南伊豆町近海では、大きな網で魚を捕えるかのように、6隻の帆船が敵船の包囲を試みていた所だった。
しかし、その内の1隻が戦端を開いてから5分も経たずに、敵船からの小さな光の礫の嵐に沈められた事で、強襲上陸部隊の別動隊指揮官のスーラは、自身の予想を大きく裏切られる結果に、驚きを隠せずにいた。
遠くで沈みゆく僚船を遠見の魔筒で見つめる、翡翠の埋め込まれた大きめの軽鎧を纏ったスーラ、そのもみあげから続く黒い髭を湛えた、大きく角張った顔が歪んだ。
「奴ら、なんて射程の魔法を使いやがる……あの距離でほぼ必中の精度などありえん! それにあの魔法、今までに見たことのない未知の魔法のようだ。いや、魔法とさえも思えない……」
驚愕を隠し切れないスーラの下にローブを纏った年老いた副官レーベがやって来る。
「スーラ様、敵の魔法は我々のどの魔法よりも射程が長く強力な威力を持っています。我々の砲撃魔法では、有効な交戦距離に入ることすら出来ず、仰角をつけて遠距離攻撃を行おうにも距離が離れすぎており、全く効果が認められません」
知ってはいたが、未だに理解できない事実を報告され、スーラは憤りを隠し切れなかったが、何とか怒りを抑制することに成功する。
「……それは分かっている。お前の意見を聞かせてくれ」
スーラは、自身の副官として付き合いが長く絶対の信頼を寄せるスーラに意見を求めた。
そして、レーベは姿勢を正し、魔法海戦の常識と理論から考えた、最も勝率が高いと思われる作戦をスーラに話す。
「はっ! このような魔法を用いた海戦では、敵の砲撃魔法の射程外から、いかに高威力長射程の魔導収束砲を敵に撃ち込めるかが鍵となります。しかし現状では、敵魔法の射程は我々より長大であり、また我々の魔砲の射程はかろうじて足りていますが、確実に命中させることが出来ない状況です。魔力の再充填に時間がかかる魔砲の一撃を外すことは、我らを遥かに凌駕する射程の砲撃魔法を持つ、彼らへの唯一の対抗手段を失うことに繋がります!」
魔法海戦の一般常識と周知の事実を聞かされただけのスーラは、レーベに結論を急がせた。少々回りくどい話し方をするのはレーベ唯一の悪い癖だ。
「そんなことは知っている! 結論を話せ」
「はっ! 失礼しました! つまり我々には、彼我の距離を詰め、味方が接近戦に持ち込み敵を足止めしている間に、魔砲を必中距離から撃ち込むしか勝機は無いと申し上げます」
それを聞いて驚いたスーラは、レーベに疑問をぶつけた。
「しかし、対魔障壁すら容易く貫通する、奴らの攻撃をどう掻い潜って接近すると言うんだ?」
その質問を予想していたかのように、レーベは答えた。
「はい。それに関してですが、水系統魔法と氷系統魔法を複合詠唱し氷壁を構築、敵船の進路を塞ぎ相手側からこちらに接近させます。そして、接近戦に持ち込んだ後、我が船団の前方に霧を展開、透過魔法により敵軍船を捕捉します。加えて、水龍の霊体を召喚し、敵の攪乱及び足止めを行い、その隙に乗じて必中距離より魔砲にて攻撃を行います」
ここでスーラはレーベに指摘する。
「しかしレーベよ、確か氷壁展開戦術は一昔前の戦術だろう。今では魔法障壁や妨害魔法で容易に無効化されてしまうのではないか?」
直ぐにレーベが答える。
「はい。そのお考えは完全には否定できません。しかし、先の戦闘で敵の軍船に魔法障壁の発生が認められなかった点を考え、彼らは魔法障壁を何らかの理由で展開できないと考えるのが相当でしょう。そして、敵の妨害魔法に関してですが……」
スーラが不思議そうに尋ねる。
「何かあるというのか?」
そしてレーベは先ほどの事を思い出しながら答えた。
「申し訳ありませんスーラ様、この点に関しては私の魔導士としての勘による意見となります」
スーラは昔からレーベの勘にはいつも助けられている。命さえ救われた事もあった。故に、レーベの発言を認めない理由は皆無だった。
「構わん。話せ」
そしてレーベはゆっくりと口を開く。
「はい。先程の戦闘で感じたのですが、彼らの攻撃は本当に魔法なのでしょうか? 彼らの攻撃は見るからに魔法ではありますが、冷静に観察してみると魔力の発動を感じられないのです。ありえない話ですが、もし彼らの攻撃が魔法ではなく何らかの物理攻撃であるとしたら、対魔障壁が発動しないことにも納得がいきましょう」
スーラも先程感じた違和感を思い出し、レーベに答えた。
「それは俺も思っていた。魔導士の主がそう感じるのであれば、それはそうなのだろう。つまり、主の言いたい事は、彼らは魔法ではなく、物理による攻撃を行っているという事なのだな?」
レーベがすかさず発言する。
「その通りでございます。しかし万が一、彼らが妨害魔法を使用して包囲を突破し、各個撃破を狙って攻勢に転じて来た場合は、我が軍の僚船と水霊龍との戦闘に気を取られている間隙を狙って魔導収束砲を撃ち込むしか勝機は無いでしょう」
それを聞いたスーラは一瞬、周辺海域に霧を発生させて、相手の視界を奪った上で魔砲を撃ち込めば良いのではと考えたが、妨害魔法が使えると言う想定なら、透過の魔法が使えないとは考えにくい為、自分の中で即座に否定された。
納得したスーラはレーベに命じる。
「であるならば、主を信じてその作戦を採用しよう。直ちに残りの僚船に伝達し、連携の準備を取らせよ! 物理障壁の展開も急げ!」
レーベがその場に膝まずきながら復唱する。
「はっ! 直ちに作戦内容を伝達し、物理障壁の展開を命じます」
レーベは立ち上がり、持っていた銀色の杖を掲げると、口をわずかに開きスペルを囁いた。
すると、銀色の杖の先端に埋め込まれた魔石が微かに緑色に灯る。レーベは杖を掲げたまま、僚船の指揮官に通信を始め、スーラより命ぜられた内容を全て伝えた。
別の僚船では、命令を受けた後すぐに、数名の魔法兵が詠唱を開始し船の前面を全て覆うように物理障壁を展開した。そして、また別の船では、高位魔法兵の一人が懐から魂石を取り出し海に投げ入れて呪文を唱え始めた。そのすぐ後に、海中に沈んだ魂石が発光し、海面が盛り上がったかと思うと、目の前には全身が水で出来た半透明のドラゴンが、水しぶきを撒き散らしながら咆哮を上げていた。半身を海中に沈めたままの、水棲生物のような水霊龍は、召喚した魔法兵を緑色に発光した瞳で一瞬だけ睨みつけると、そのまま海中に身を隠しながら帆船の横を随行し始めた。
僚船指揮官から報告を受け、自らもその状況を確認したレーベはスーラに報告した。
「スーラ様、全僚船、作戦準備完了致しました。ご命令あらばいつでも行動できます」
その報告を聞き、すぐにスーラは命じた。
「敵大型軍船の進路に氷壁を構築、我々の半包囲陣に誘導しろ」
その命令はレーベによって直ちに全僚船に下達された。そして、彼らを追う半包囲陣の両端を航行していた船から、青色と白色の発光があり、近くの海面に5メートルほどの波を幾つか立てたかと思うと、すぐに白と水色の靄が海上を吹き抜け、先程立った複数の高波は時を止められたかの如く静止した。そして、包囲陣の両翼からそれぞれ発生した白と水色の靄は、高波を作りながらそのまま一直線に敵軍船の方角へと吹き抜け、敵軍船の前方に✕印のような氷壁を構築した。
スーラはこの光景を静かに見つめながら先程の作戦内容について考える。
だがこの魔法も、所詮は水を凍らせるだけの初級魔法の規模が少し大きい版だ。敵軍船に下級以上の魔法障壁が展開されていたり、魔法兵による妨害魔法を使われたりすれば容易に無効化され突破されてしまうだろう。しかし、先の戦闘では敵軍船に魔法障壁の発生は確認されていない。故に、この状況で唯一警戒するべきは敵軍船の魔法兵のみだ。
しかし、それは杞憂だった。
その時、敵船2隻が慌てて針路を変更し、船首を右に向け始めた。その瞬間を見逃さず、魔法兵たちは杖を海面に向けスペルを唱え始める。すると、各帆船前方の海面から白い霧が発生し、敵軍船が完全にこちらと相対する針路を取る頃には、敵軍船に向かってゆっくりと白銀の帳がかかろうとしていた。
その様子を見ていたレーベは小さく呟いた。
「やはり魔法が使えないのか……ならば……」
その間も、5隻の帆船はなだらかな逆傘型陣形による半包囲陣を崩さずに前進を続けており、間もなく霧の中に突入する所であった。
そして、前方の白銀の帳を見つめていたレーベが僚船に命令を下す。
「各船指揮官に伝達、間もなく霧の中へと突入する。透過魔法を発動して視界を確保しろ。その後は敵船を捕捉次第、包囲攻撃を開始する。僚船との間隔に気をつけろ、透過魔法を過信するでない」
「「ザー…了解!」」
ノイズの後、各船の指揮官からの応答が杖の魔石を通じて直接脳内に入る。
各船の応答を聞き終え、レーベも自身と船の兵士全員に対して杖を振り透過魔法を発動する。すると、夜だと言うのに視界が徐々に明るい緑色に染まっていき、前方の霧が薄くなったかと思うと2隻の敵船をはっきりと捉えることが出来た。
そして、レーベは勝利を確信して口を開いた。
「この霧の中、魔法が使えないのは致命的だ。どんな理由かは知らないが運が悪かったな……エリエスの兵士よ」
その時、前方の2隻の敵船より、雷鳴にも似た轟音がリズミカルに発せられたかと思うと、一瞬のうちに包囲陣右翼の帆船に展開されていた物理障壁が鮮やかな緑と共に弾け飛んだ。そして、霧に包まれた前方からは闇夜を照らしながら光弾が次々と飛来し、帆船のマストと船体を粉々に砕き散らした。また、甲板の上で急いで応戦しようとする兵士達も、船上を蹂躙する光弾の嵐に成す術もなく引き裂かれて行くしか無かった。
敵船2隻からの攻撃は霧の中、そして月明かりが出ているとは言え夜闇にあっても正確かつ苛烈を極めた。特に、大型船から放たれる光弾は帆船の物理障壁を数発で無効化する威力を持ち、小型船の攻撃に至っては、一発の威力こそ低いものの途切れることなく発射される光弾は船上の兵士達に一切の抵抗を許さぬ程激しく正確なものであった。
それを見ていたスーラとレーベは驚愕し、一瞬思考が止まる。しかし、再び思考力を取り戻し、状況を把握し始める。そして、レーベは悟った。
「彼らには我々が見えている……そして、彼らの射程距離は想定よりもずっと長い……」
しかし、魔法が行使可能であるのならば、なぜ氷壁の突破を優先しなかった?
この間も敵船は、右翼を形成していたもう一隻の船に砲塔を向け、新たな木片の山を築こうとしていた。
それを察したレーベは先程までの思考を中断し、スーラよりも先に全船に命令を出した。
「既に敵船の射程圏内だ! そして彼らも我々同様に透過魔法を発動している! 全船、前方に氷壁を展開し足止めを行え!」
ちょうど敵船の前方に迫った、包囲陣中央付近の右翼側の1隻が、前面に厚い氷壁を展開し砲撃魔法により応戦を開始する。その隙に、横に居た左翼側の一隻の船が敵船の側面に回り込み、魔法兵が船首に搭載された魔導収束砲の照準を敵大型船の中央部に合わせる。その間、敵船の攻撃を受け止めていた氷壁の一つが凄まじい威力を誇る光の礫に粉々に打ち砕かれ、その背後にあった対物理障壁も光弾を数発だけ弾いた後にすぐに消滅した。その数秒後、空気を切り裂く音と共に無数に飛来した光弾は、丸裸の帆船をほんの数瞬で航行不能にした。
そして遂に、側面に回った帆船の魔導収束砲が戦闘中の敵大型船の脇腹を捉え、魔導収束砲の先端に搭載された大型の魔力結晶に魔力を込められ始めた。すると、魔力結晶は翡翠色に拍動を始め、輝きを果てしなく増長させる。
その時、発射準備が整ったことを確認したレーベは、先程から不可解な行動を取る敵船に不安を覚えながらも、心の中で勝利を確信する。
この距離で発射すれば、いくら高速を誇る敵船と言えど、決して避けることは出来ないだろう。さぁ大人しくここで沈め。
レーベは杖を掲げながら僚船の指揮官に号令を下した。
「魔導収束砲、発射!」
その瞬間、魔導収束砲の先端から翡翠の閃光が拡散し、先端から一筋の光線が敵大型船に向けて一直線に放出される。それは、まるで研ぎ澄まされた投槍のように鋭く放たれ、幻想的なまでの鮮やかな緑色で海上を照らし、近海を深緑の宝石へと変えた――。
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