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出撃命令

 

 2230時 首相官邸 地下1階 内閣危機管理センター 幹部会議室


 首相官邸の地下には、内閣危機管理センターと呼ばれる、国家の危機に際して、総理大臣自らが閣僚の陣頭指揮を取っていくための施設が存在している。そして、その施設内にある幹部会議室は、主に国家の非常事態時に政府の閣僚が会議を行う場所として設置されており、長方形で天井が高く、先ほどの大会議室よりは感覚的に広く感じられる作りとなっていた。


 中央の大型の木製テーブルには、席ごとに内線電話が置いてあり、会議の推移に応じて関係部署と連絡を取ることが可能となっている。また、入口手前の壁面には、警察や自衛隊等からのヘリコプターテレビ伝送システムの映像を中継できる大型モニターも設置されており、今回はこのような設備の存在から、官邸地下の幹部会議室が安全保障会議の議場として選定されていた。


 そんな、官邸地下危機管理センター幹部会議室では、「秘密無しで全員で」という総理の意向から、各省の大臣及び、霧咲、狭間の両名を含む局長クラスの人員が全員集められ、ざわついた雰囲気で、全員が室内の大型モニターに映し出された、静岡県警航空隊及び陸自ヘリ、海保の巡視船からのヘリテレと船テレの映像を食い入るように見つめていた。


 最初に口を開いたのは大内総理だった。


「彼らの持つ兵器がここまでとはねぇ……」


 モニターを静かに見つめながら、富樫統合幕僚長が考えを述べた。


「弓矢や剣は置いといて、あの杖から放たれる発光弾に関しては、手榴弾やロケット弾と同等もしくはそれ以上の威力があると思われます」


 防衛大臣の佐伯が手に持った資料を捲りながら、自らの考えを提示する。


「それに、彼らはよく訓練され、統一された指揮系統の下で整斉と軍事行動を行っております。加えて、兵科ごとに装備も統制されていることから考えても、彼らの背後には強大な力を持つ国家に類する集団がいてもおかしくないと考えるべきでしょう」


 それを聞いていた官房長官の清水が佐伯に問う。


「つまり、国家に類する集団が我が国を侵略していると?」


 佐伯が誤解を解くためにすかさず補足説明をした。


「いえ、あくまでその可能性が高いと申し上げているまでです」


 ここで議場が一時沈黙し、全員が下を向き考える素振りを見せた。しかし、会議の停滞を避けるため、経済産業大臣の長井が、情報本部等からもたらされた、手元の衛星写真を眺めながら新たな疑問を提示する。


「この報告書にある、不明生物A型「ギドラ」及び不明生物B型「ワイバーン」と「彼ら」との関係は?」


 こんな名称を誰が考えたんだと思いつつ、環境大臣の石黒がすかさず答える。


「それらの突如出現した不明生物の特徴をこちらで解析しましたが、地球上には存在しない種であることが分かっています。同じく突然出現した「彼ら」との関係は不明ですが、B型が彼らに使役されていることから考えて、関係が全くないとは言えないでしょう」


 ここで大内総理が口を開いた。


「これまでの事実を見る限り、相手は高度に組織化された軍事力を有しており、こちらに明確な敵意を持って先制攻撃を行っていることからも、我が国に対する「武力攻撃事態」であると言わざるを得ないかなぁ。現在はバリケードで食い止めているけど、本隊が上陸したら突破されるのは確実だろうね。それに、相手の武装が思ったよりも強力で、こちらの人員にも被害が生じている。やはり、自衛隊に対処させる以外に道は無いか……」


 清水が横から発言する。


「私も総理に賛成です。しかし自衛隊に出動を命じるとして、その出動根拠をどうするのかが問題となるでしょう」


 それを聞いた防衛大臣の佐伯が発言する。


「それについては、防衛出動で検討中です。それに、防衛出動なら自衛隊の装備を必要なだけ使用でき、彼らが未知の攻撃手段を取ってきたときでも柔軟に対処できます」


 ここで石黒が佐伯に確認する。


「しかし、防衛出動は武力攻撃の主体を国家又はそれに準ずる組織と解釈していたはずだが、彼らは本当にどこかの国に属する者達と解釈していいのか?」


 佐伯が狭間に目配せするより前に、狭間が発言する。


「先程の佐伯大臣のお考えを補強出来るかは分かりませんが、未確認情報ではありますが、霧咲主任の父、(きり)(さき)真司(しんじ)教授の手記に書いてあった内容から考え、彼らは、あちら側の世界に存在する、アレクと呼ばれる帝国の兵士ではないかと思われます」


 報告書にも書いてあったが、あちら側の世界だと? 本当にそんなものがあるのか。 ……いや、待てよ、霧咲と言ったな。まさか、7年前に起こった、官学共同の実験中に起きた神隠し事件「霧咲事件」の関係者か?

 噂では、異世界に行き、何かを持って戻ってきたと言うが、所詮は噂、今は当の本人は行方をくらましているらしいじゃないか。


「総理、このような非現実的なことを信じるおつもりですか!? ここは確認されている事実だけを考慮すべきだと思います!」


「でも、ギドラだのワイバーンだの、冗談としか思えないことが実際に起こっているわけだからねぇ」


 大内は後頭部を掻きながら答える。


「ま、ここは最悪の状況を見越して動きましょう。現時点で未確認ながらも他の国家もしくはそれに準ずる組織が関わっているという可能性がある。そして、彼らが自衛官や日本国民に攻撃を加えたこと。何よりも今、彼らを満載した船団の本隊が日本の本土に上陸しようとしていることを考えれば、対応の遅れは命取りになりかねない。後々全ては私の責任にしてくれて構わない、国民に批判されようとも良い、だが私には国民を守る義務がある」


 気がつけば、保守派で知られる長井も含め、テーブルを囲む全員、さらに周囲の各省の責任者たちが、何も言わずに大内に視線を注いでいた。


 大内総理はそれを見ると、ゆっくりと防衛大臣である佐伯のほうに顔を向けて口を開いた。


「……防衛出動を許可する。防衛大臣は各部隊に命令を下達、南伊豆町防衛作戦の立案をお願いします」


 佐伯大臣にそう指示すると、今度は全員に向けて命じた。


「これより、武力攻撃事態等対策本部を設置し、関係閣僚も全力を挙げて対処します。引き続き協力をお願いします」


 ――


 防衛省本省地下 統合幕僚監部 統合司令部 市ヶ谷


 夜が更けつつある防衛省正門。既に課業が終わっているはずの防衛省では、職員が忙しなく往来していた。窓から漏れる庁舎の照明は未だに煌々と灯り、防衛省の敷地内を明るく照らしている。


 そんな防衛省の地下、前方に複数の大型モニターを臨む、中央指揮所の上部フロアでは、本日未明に突如として発令された「防衛出動待機命令」、そして先ほど下令された「防衛出動」に伴い、高級そうな木製の長卓を囲む緑や青、薄青の迷彩服を着た自衛官と、防衛省の作業服を着た統括官や参事官が作戦会議を行っていた。


「現在出動できる部隊は?」


 陸自の迷彩服に身を包んだ石動淳士(いするぎあつし)統合司令官が陸海空の幕僚長に尋ねる。以前までは、防衛大臣の補佐と部隊運用は両方とも統合幕僚長の職務であったが、近年の制度改革によって、それらの職務は分離され、統合幕僚長は大臣補佐、統合司令官が部隊運用担う事になっている。


 まず答えたのは乃木(のぎ)(ひとし)陸上幕僚長であった。


「現在、佐伯大臣から事前に「防衛出動待機命令」を受けていたため、周辺の陸上総隊隷下部隊はいつでも出動可能です。しかし、時間的猶予を考えれば、初動対処は第1空挺団や中央即応連隊などの直ぐに空中機動可能な部隊に限られるでしょう。地上経路だと南伊豆まではどうしても距離があり部隊移動に時間がかかります」


 次に東山(ひがしやま)孝則(たかのり)海上幕僚長が続ける。


「こちらも、横須賀から第1護衛艦隊を出撃させるにしても、海域が離れており、また本日未明からの事件発生より、各部隊に即応態勢を維持しておくように下達しておきましたが、海上自衛隊には直前まで防衛出動待機命令が出ていなかったため、出航にはある程度の時間を要します」


 最後に向井(むかい)(とき)(やす)航空幕僚長が報告する。


「航空自衛隊に関しては、現在、小松基地からF15が2機対応に当たっています。また、佐伯大臣の指示で、空挺団の支援のため下総に輸送機を推進させております。その他周辺空自基地でも非常呼集を行っており、準備が出来次第、作戦行動が可能です」


 ここで石動が乃木に質問する。


「中即、空挺団を展開させるとして、それぞれの現地までの所要時間は?」


 乃木が斑目をまっすぐ見ながら答える。


「CHを使った場合はそれぞれ1時間以上、空挺団において、C1を使った場合は、人員及び最低限の器資材のみの輸送なら30分で可能です。しかし、車両やその他資材を含めての空輸となると、資材梱包・積載等考慮しても1時間以上は見積もられるかと……」


 石動が状況を整理するために、一度報告をまとめる。


「と言うことは、現在、最速で対応できる部隊は空中機動能力を持つ第1空挺団の人員、次点で中央即応連隊及び、各ヘリコプター隊、静岡県内の陸自駐屯地の部隊ということになるか……」


 ここで乃木が石動に意見具申する。


「統幕副長、ここは速やかに空挺団及び中即連を航空機で輸送し緊要地形を確保、本隊の到着まで南伊豆町で敵を足止めするべきかと考えます」


 手元の資料にある南伊豆町周辺の地図を見ていた向井がそれに賛同する。


「私も同意見です。今すぐに部隊を派遣しなければ、南伊豆町だけでなく避難勧告が出ていない他の市街地にも被害が拡大する恐れがあります」


 その時、意見に半ば賛同していた東山が情報本部からもたらされた資料をテーブルに置き疑問を投げる。


「部隊を派遣したとして、敵とはどう戦うんだ? 情報本部の資料だと敵情の殆どが不明だ」


 東山の意見を聞き、列席していた雨龍健之(うりゅうたけゆき)情報本部主任分析官が応える。


「こちらとしても、米国と共同で衛星画像分析(IMINT)通信分析(SIGINT)を行う一方、各国情報機関から情報も集めていますが、武装集団の手掛かりとなる情報は一つも上がって来ていない状況です。現在は武装集団の外観から得られる情報を分析する事が精一杯です」


 雨龍の話を聞き全員に沈黙が訪れる。武装した敵が存在しない災害派遣とは異なり、ある程度の敵情が分からなければ、まともな作戦立案や部隊運用など出来ない事は全員が理解していた。どこの国の軍隊なのか、敵の企図、人員や装備、ドクトリンはどうなっているのか。周辺国の軍隊であればある程度分析済みだが、彼らはどこの国の軍隊にも当てはまらない特徴を持つ。まるでSFファンタジー映画から飛び出して来た軍隊とも思える程に。


 石動は情報本部の状況を理解しつつ、停滞に陥りかけている会議を前に進めようとする。


「戦場の霧がいつも晴れてくれるとは限らない。今は判明している事実だけを元に作戦を立てるしかないだろう。部隊を派遣し、市街地で敵の進出を阻止するとして、最も重要なのは住民の避難状況だ。市街地での戦闘に住民を巻き込む事だけは何としてでも避けなければならない。」


 これに対し、統幕運用部2課長の道木(みちき)(たく)()1等空佐が先程までの停滞を打ち破るかのように直ぐに口を開いた。


「警察や消防からの連絡では、現在までに湊地区の町民の約7割は近隣の避難場所に避難を完了しているとの報告を受けています。最低でも海岸周辺の住民の全ては避難済みとの事です」


 道木の説明を受けて、統幕運用部長の(おか)直人(なおと)空将が石動に意見を提示する。


「しかし、混乱した状況下では全ての人々、特に観光客等を完全に掌握出来ていない可能性があります。最悪は観光客等の避難が未完了である場合も想定して、救出作戦も同時進行させる必要があるかもしれません」


 ここで、会議の流れを見守っていた山吹典(やまぶきつかさ)首席参事官が斑目に意見を求める。


「司令、どのように致しましょう? 早急に手を打たなければ、各省庁との連携も間に合わない可能性もあります」


 石動は腕を組みながら頭を回転させる。


 戦闘が始まるまでに完全に避難が完了していなければ、救出作戦も同時に行わねばならない。そして、近隣の市街地や後発の主力の為にも、一刻も早く部隊を送り防衛線を確保する必要があるか……。


 何秒か考えた後、石動は決断を下した。


「よし、「敵戦力の遅滞」及び「市民の救出と南伊豆町の防衛」を目的として、朝霞に陸海空の統合任務部隊を編成し、南伊豆町の防衛作戦計画を立案させる。統幕長に連絡を取れ。」


 ――


 陸上総隊・統合任務部隊司令部 朝霞駐屯地


 2300時を回った朝霞駐屯地。平時なら就寝ラッパが響き、当直に隠れて夜更かしをしている隊員たち以外はとっくに就寝しているはずの時間である。しかし、本日未明に突如として発令された「防衛出動待機命令」、そして先ほど示達された「防衛出動」に伴い、駐屯地内には73式大型トラック(3 ½tトラック)のディーゼルエンジンの音と隊員たちの慌ただしい声が無数に響き、いつもとは違う雰囲気を漂わせていた。


 前方に大型スクリーンを臨む、統合任務部隊司令部では、陸上総隊司令官を始め、各対応部隊の上級指揮官がテーブルに広げられた南伊豆町周辺の地図を睨みながら、南伊豆町奪還作戦の細部を詰めていた。


「市ヶ谷からの命令は「敵戦力の遅滞」及び、「市民の救出と南伊豆町の防衛」だ。故に、作戦の基本構成は、フェーズ1では「敵の遅滞」、フェーズ2では「町民等の救出と市街地の奪還」に区別されるだろう」


 一拍おいた後、朝霞駐屯地司令兼統合任務部隊指揮官、陸上総隊司令官の斑目(まだらめ)篤志(あつし)陸将は他の幕僚にも意見を求めた。


「それを実施するにあたり、各幕僚の所見を聞きたい」


 最初に考えを述べたのは、陸上総隊副司令の立川(たちかわ)慎也(しんや)陸将だった。


「上陸する敵の総人数は推定約3000名とその他不明生物、対して我が方の投入できる初動対処部隊は空挺団1個普通科大隊と中即連から3個普通科中隊、各航空機部隊か……。実際はここから後方等に配置する人員も出るから、純粋な近接戦闘要員としては800名程度、防御施設の準備もない状況下では正面から対峙するのは難しいな」


 そこに航空総隊司令部幕僚長の(つじ)本義(もとよし)(あき)空将が質問を挟む。


「梱包時間の関係で後発にはなりますが、空挺団の特科中隊も出せば、火力で我の人数を一時的に補えるのではないでしょうか?」


 視線を卓上の地図に固定しながら、すぐに斑目が答えた。


「ダメだ。特科部隊の運用は周りの民家への被害が甚大すぎる。これと同じ理由で空自機からの爆撃も出来れば市街では避けたい」


 次に、航空総隊司令官の(とび)(かわ)(なお)(あき)空将が第二の案を出した。


「4対戦のコブラと12ヘリのロクマルを主軸として、敵の側背から攻撃を行うのはどうでしょう?」


 しかし、この意見も即座に斑目に否定される。


「敵魔法兵には、近接信管のような性質を持った爆発系の兵器の存在が確認されている。敵の対空能力を排除しない限り、回転翼機を近接戦闘で運用するのは危険だ。」


 それを見兼ねて、先程から腕を組んで考えている様子だった、陸上総隊司令部幕僚長の日暮(ひぐれ)孝行(たかゆき)陸将補が徐に口を開いた。


「では、機動防御はどうでしょう? 空挺団にDZとLZを確保させた後に中即をヘリで降下させ、前進してくる敵部隊を協同して我の正面に拘束、その間に機動部隊を以て側背から敵の魔法兵を優先して撃破する作戦です。魔法兵に打撃を与えて魔法兵の脅威を排除出来れば、我の地上兵力及び航空兵力に対する脅威が減少し、回転翼機の運用も視野に入れられます」


 斑目は頷きながら、日暮の作戦を評価する。


「それならば、相対的に劣勢である我の地上兵力で、敵戦力の弱体化を図れる上に、回転翼機を投入する選択肢も追求できるな。回転翼機が投入できれば、少ない人員でも、本隊の到着まで戦線を維持するくらいは出来るだろう」


 横で日暮の作戦を聞いていた、横須賀地方総監の白沢(しらさわ)崇人(たかと)海将は、作戦の問題点を指摘した。


「しかし、敵の対空兵力は魔法兵に限られるのでしょうか? 敵が空軍の有効性を理解し運用している以上、それらに対抗する未知の対空兵器を有していてもおかしくはありません。それに民家群を主戦場とするのであれば、民家にも一定の被害が及ぶことが考えられます。加えて、最初の空挺部隊の安全確保の問題もあります」


 斑目が腕を組みながら答える。


「現状で確認されている対空兵器は魔法兵が使用する発光弾のみと報告されている。だが、未知の対空兵器の存在も十分に考えられるため情報収集は当然継続させる。そして、民家への被害だが、どうやっても市街地戦闘を行う以上、ある程度の被害は避けられない。砲弾で民家が跡形もなく吹き飛ばされるのに比べれば、許容せざるを得ないだろう。空挺部隊の安全確保だが、確か現地に映電のUH1を派遣していたな。UH1の機上からなら暗視器材等で周囲の状況を確認するくらいは出来るだろう」


 白沢は、部隊を動かしにくい状況である事は認識しつつも、石動の考えが次善の選択肢であると考え、静かに頷いた。


 斑目が幕僚たちの顔を眺め、確認する。


「では、普通科部隊による機動防御により敵の進軍を遅滞、時間を稼いだ後に本隊の到着と共に市街の敵の撃破に移行するという流れで良いだろうか?」


 横須賀地方総監部幕僚長の神部(かんべ)亮人(あきひと)海将が首を縦に振りながら答える。


「その案が一番有効かと。しかし、敵の能力は未だそのほとんどが不明です。こちらとしても柔軟な対処が取れるように、海空部隊との協同も含めて幾つか腹案を考えておいた方が良いかと思われます」


 斑目が視線を卓上の地図に固定したままで小さく頷く。


「その意見は尤もだ。しかしそれは、状況の推移を見つつ考えるとして、今は時間が惜しい。ほかに意見のある者はいるか?」


 斑目が再度、幕僚の意見を確認すると。全員が静かに頷いた。


「では、陸自主導のA-1号計画を修正し各部隊に伝達、2340時を持って作戦行動が出来るが如く行動せよ」


 最後に、立川が斑目に顔を向ける。


「司令、作戦名はどうしましょう?」


「そうだな……では、――」


 ――


 中央即応連隊 1中隊 営内隊舎 宇都宮駐屯地


 とっくに消灯時間を過ぎた、中即連1中の営内隊舎、第二営内班の一室では、外の廊下を数名の隊員が慌ただしく通るたびに、半長靴が擦れる耳障りな音が聞こえていた。そんな中、出撃前の最後の身支度を整える営内の若い隊員が愚痴をこぼしているところだった。


「おい進藤、廊下を見たか?」


 同期の荒木(あらき)正平(しょうへい)陸士長の突然の質問に虚を突かれた進藤(しんどう)(とし)()陸士長は、呆れながらも声がした方を振り向く。


「ん? 荒木、どうかしたのか?」


「せっかく磨いた廊下が靴墨で真っ黒だ。それを誰が落とすと思ってんだか……」


 そう言えば、廊下は今回清掃したばかりだったな。だが荒木、お前は後輩に任せっきりだったじゃないか。


「まぁ、今回ばかりはしょうがないんじゃないか? 命令も急だったし、何よりもうすぐ出撃だ」


「それはそうなんだがな……帰ってきた後のことを考えるとだな……はぁ」


 自分の事なのか後輩の事なのか、どっちを考えているかは分からなかったが、こう見えて後輩思いな性格なので、少なからず後輩の事を考えているのは確かだろう。


 その時、ふと横に目をやると、同じ営内班の赤穂(あこう)大樹(だいき)1等陸士が何やらベッド下に置いてあるフットロッカーとにらめっこをしているようだった。


「赤穂、どうかしたのか?」


 赤穂1士が手を止めて、進藤に顔を向ける。


「進藤士長、班長から指示された携行品は全て用意したんですけど、ほかに何か要りますかね?」


 それを聞いていた荒木が、聞かれてもいないのに横から口を挟んできた。


「そうだな……お菓子でも持っていったらどうだ?」


 お菓子!? 今回はただの演習じゃないんだぞ。菓子を食う暇なんてないだろ!


「おい荒木、お前もうちょっと真面目にだな……」


「俺は至って真面目だよ! じゃあ、進藤士長は何を持っていくのかな?」


 そう聞かれて、進藤は戸惑う。自分自身、班長に指示された携行品しか用意していないからだ。無論、班長の指示した携行品が全てを網羅していることもあり、これ以上となると、4年目の士長では中々思い浮かばない。しかし、後輩の前で体面を保つため、とっさに絞り出した答えを言葉に出す。


「……そうだな、現地に着くまでの間、音楽プレーヤーでも聞いてリラックスしたらどうだ」


「はっ、なんだお前も大したことないじゃないか!」


 お前に言われたくはないよと、進藤は核心を突かれながらも必死に取り繕う。


「これはだな、現地に着くまでに心を落ち着かせる効果を狙ってだな……」


 その時、営内のドアが勢いよく開けられ、完全武装した営内班長の仁村光(にむらみつる)3等陸曹が現れる。


「おい、お前ら! いつまでやってんだよ? もうすぐ3トン半が北宇都に出発するぞ。早く下に降りろ」


「はい! すぐに下ります!」


 慌てて装具を身に着け、営内班を駆け出していく3人。そして、仁村は誰も居ない営内を見渡すと、覚悟を決めたかのようにドアを閉め、鍵をかけた――。


 ――


 第1空挺団 第1普通科大隊 習志野駐屯地営庭


 未だ肌寒い風が吹く、3月中旬の深夜の駐屯地営庭。降下塔を臨む広大な営庭には、何機かのCH47がエンジンカットした状態で駐機してあり、その前方で60キロを超す重装備を身に着けた空挺隊員たちが整然と並び、まっすぐに前だけを見つめていた。

 そしてここでは、本隊に先駆けて降下することになる、第1普通科大隊の隊員に対して、編成完結式の最後に、空挺団長が自ら訓示を行おうとしている所だった。

 空挺団長である、甲野(こうの)(やす)(のぶ)陸将補が前方の壇上に上がり、各隊長から敬礼を受けた後、隊員たちに向かって訓示を始めた。


「……諸君、これから我々は、未だかつてない敵と戦うことになる。それは、現代科学では説明できない、「魔法」としか言えないような武器を持ち、おとぎ話の世界の竜を操り、銃弾すら弾く鎧を纏った敵である。しかし、彼らを恐れる必要は無い。何故なら我々にも、人類の積み上げてきた「科学技術」により生み出された武器・装備があり、燃料さえあれば動く従順な航空機や、銃弾を受け止められる防弾衣を保有しているからである。故に、装備の面で言えば互角、いや、それ以上かもしれない。それを除いたとき、我々と彼らとの差は何か? それは、「覚悟」だ。彼らは我々の祖国防衛にかける覚悟に及ぶだけの覚悟を持っていない。祖先より受け継ぎし日本を守るために、我々が流してきた血と汗の重さを知らない。それ故に、我々、精鋭無比の第1空挺団は彼らに必ず打ち勝ち、日本の国土を守り抜くことが出来ると確信している。そして各員が、使命を自覚し自らの職責を全うすることを期待している」


 甲野はここで間を置いて、隊員たちの顔を端から端まで眺める。そして、正面に向き直るとゆっくりと口を開いた。


「では諸君、「建御雷(タケミカヅチ)作戦」の成功を祈る。誰も欠けて帰還することは許さない。以上だ。」


 ――



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