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潮騒の鎮魂歌 (Shizuoka Riot Police) ②

 

 ――


 南伊豆町 弓ヶ浜バリケード



「2班は援護、1班は降下用意!」


 弓ヶ浜上空を飛行中の、静岡県警航空隊が操縦する、ユーロコプターAC365N3ドーファン「ふじ2号」の両側面のスライドドアが開放される。

 その機内では、複数の灰色の出動服と黒い防弾衣、バラクラバ、ゴーグル、防弾帽を装着した隊員がヘリからリペリング降下を行おうとしている所だった。


「ふじ2号」の両サイドから、深夜の夜空に溶け込むような漆黒の影が姿を現す。その身に着けた黒く分厚い防弾衣の左胸には「SRP」の文字が確認できた。漆黒の隊員たちは肩に掛けた三点スリングに繋がったMP5Fを背後に回し、ヘリから地面にロープを垂らした。そのまま、左手でロープを保持しながら、機体両側のそれぞれのドア付近に足を掛け、丁度くの字のような姿勢を取り、右手でカラビナから垂れたロープを逆さに握った。


 静岡県警機動隊 銃器対策部隊突入班

 通称「Shizuoka Riot Police」


 静岡県警機動隊に設置される、銃器を使用した重大犯罪及び対テロ戦を専門とする「銃器対策部隊」の一つであり、その中でも最精鋭を選抜して編成されたチームがこの「静岡県警機動隊 銃器対策部隊突入班」である。しかし今回は、過去類を見ない事態への対処、ヘリコプター2機の定員等の事情を踏まえ、「突入班」の人員を基幹としながらも、同じ県警銃器対策部隊内の「狙撃支援班」から狙撃手と観測員のペアで4名及び「救護支援班」から救護員2名の人員を組み込んだ、総員16名の「銃器対策部隊突入支援班」第1班及び2班での臨時編成にて出動した。


 SRPと言う名称は「Shizuoka Riot Police」すなわち、静岡県警機動隊の意であるが、その略称を主に使用しているのが「銃器対策部隊突入班」である為、一般にはSRPの名称で知られている。

 彼らの主な任務は、原子力発電所や在日米軍基地等、重要防護施設の警備やハイジャックやテロ対策等であり、また現在では、警察と陸上自衛隊による共同対処訓練も実施されており、本SRPも県内重要港湾施設において、陸自隷下部隊と共に武装工作員の包囲・制圧訓練に参加している。


 彼らの装備は銃器対策部隊の名に恥じぬ程の重装備であり、防弾バイザー付きケブラー製の防弾帽、頸部や下腹部まで保護する耐弾プレートを備えた防弾衣、身体各部のプロテクター等は勿論のこと、武器に関しては、9×19mmパラベラム弾を使用し、ダットサイトとフラッシュライトを装着したH&K MP5F 機関拳銃、右足の拳銃用ホルスターにも同一弾を使用するS&W M3913、また、狙撃班の人員はバイポット及びスコープ搭載した、7.62mm M1500狙撃銃などを装備しており、銃器を使用した凶悪事件にも対処できる十分な装備と技術を保有している。



 そして、「ふじ2号」の両サイドでは班員が降下準備を完了したところだった。


「1班、降下用意! 降下!」


 機内の中央で膝立ちをしている突入支援班長の杉崎信二(すぎさきしんじ)警部補が、水平に伸ばした両手を素早く下げた。

 その時、頭上をホバリング中の機体を、地上から青白い閃光と数本の矢が掠め、発光弾が機体から離れた場所で爆発する。機体は多少爆風に煽られたが、リぺリング降下を行おうとしていた隊員はドアを掴み、その衝撃をしのいだ様だった。


 体勢を立て直した杉崎が、即座に防弾帽内部のヘッドセットから伸びるマイクを口元に寄せチームに命令を出す。


「2班、援護射撃開始!」


 その号令と同時に、もう一機の静岡県警航空隊のヘリコプターである、アグスタA109E「ふじ3号」のドアからMP5Fの銃口が2つ覗き、地上で杖を振るう複数の影と後方に展開する弓兵隊にフルオート射撃で9×19mmパラベラム弾を撃ち込む。空気を震わせる鈍い銃声が連続で聞こえ、地上で動いていた幾つかの影が地面に倒れる。


 援護射撃を行った班員が、杉崎に報告する。


「降下地点クリア!」


 降下地点が一時的に安全になったことを確認し、杉崎は機内の残りの班員に対して降下を急がせる。


「了解、今のうちに1班降下! 急げ!」


 次々とヘリから降下する黒い影、彼らは地面に着地するとすぐにロープをカラビナから外し、銃を歩兵隊に構えながら、匍匐姿勢を取り、着陸地点の安全を確保する。

 瞬く間の内に、突入支援班長を含めた1班全員が弓ヶ浜に降下し、周辺に展開、各自が即座に匍匐姿勢を取りながら前方の歩兵隊に銃を指向した。


 杉崎は姿勢を低くしながら、2班長兼副班長の新垣(あらがき)(はじめ)巡査部長に指示を出す。


「1班は降下完了、2班は狙撃班を交番建物の2階に配置し、残りの人員は全て降下せよ」


「ふじ3号」の機内でそれを聞いた新垣は、班員に指示を出す。


「了解、2班は狙撃班を残して降下、狙撃班は道路沿いの交番に降下し、建物2階に狙撃場所を確保した後に援護せよ」


 指示を聞いた2班員はすぐに降下準備に移り、新垣の統制の下、二人ずつ整斉と降下していく。

 そして、狙撃班を除き全員が降下した「ふじ3号」は弓ヶ浜沿岸道路上に所在する、後藤の勤務していた弓ヶ浜交番前の路上で、狙撃手及び観測員4名を降下させた。

 班員を全て降下させた2機のヘリコプターは、すぐに高度を上げ、上空からサーチライトを地上に照射しながら、ホバリングを継続した。「ふじ2号」の副操縦士席では県警航空隊所属の隊員が、搭載されたヘリコプターテレビ伝送システム(ヘリテレ)を、モニターを覗きながら操作し、現場の状況を引き続き、静岡県警本部総合指揮室に送信し続けた。


 突入支援班総員16名(各班8名)が降下を完了し体勢を取ったところで、杉崎は全員に命令を出す。


「降下した班員は、各自敵に制圧射撃、敵を押し戻せ!」

「杖や弓を持っている人員を優先的に狙え」


 敵方に向けられた、複数の銃口から連続した閃光と破裂音が断続的に発せられ、正面から突撃を敢行する軽装歩兵達を次々となぎ倒していく。


 その瞬間、前方の歩兵隊側方から杖を持った人員が姿を晒し、杖に向かって何かを唱える。そして杖が青白く発光したかと思うと、こちらにそれを振るおうとした。


 しかし、それを弓ヶ浜交番2階にて、作業台上で匍匐姿勢を取りながらライフルスコープを覗く、バラクラバ姿の狙撃手がいち早く捉え、スコープの十字線を敵に合わせる。室内に鋭い銃声が響くと、スコープの中心で立っていた魔法使いは脳幹を撃ち抜かれ、糸の切れた人形の如くその場で崩れ落ちた。横に居る観測員が双眼鏡にて敵の殺害を確認し、次の目標を指示する。狙撃手はスコープから目を離しボルトを引いて次弾を装填すると、指示された目標に照準を合わせ、引き金を引いた――。


 戦況は瞬く間に逆転し、バリケードの10数メートルまで迫っていた軽装歩兵の集団を、先程までと比べて圧倒的な火力で押し返していく。そして、砂浜に数十の屍を築いた頃には、突撃を挑もうとする敵は居なくなり、発光弾や弓矢による遠距離攻撃も鳴りを潜め、悲鳴を上げながら全員が重装騎士の背後に後退して行った。

 それを見ていた杉崎は、匍匐姿勢を取りながらMP5Fにて制圧射撃を継続する救護員2名に、後方の路上をハンドサインで指しながら指示を出す。


「バリケードの負傷者を確認しろ!」


 それを聞いた救護員の一人は、周りの班員と比べてやや小柄な体を起こし、すぐにバリケード側に走り出した。その班員が十分に離れたのを確認し、援護射撃を行っていた班員もバリケード側に急いだ。


 バリケード前方両翼へ継続して展開している班員は、重装騎士にも攻撃を加えたところだった。しかし、驚くことに、重装騎士の大盾とその上部から僅かに晒された頭部のヘルム表面が緑色に発光し、射出された数発の弾丸は、その盾と鎧の表面に到達しないまま、潰れて弾き返された。


「班長! フルプレートの敵に攻撃を弾かれています!」


 班長は、こちらの銃撃が重装騎士に弾かれる様子を確認する。大盾ならこちらも防弾盾を知っている。しかし、近代的な防弾装備とは程遠い中世の遺物のような甲冑が、9mm弾を弾き返すとはどういうことなんだ。盾も鎧も防弾素材か。いや、よく見るとそれとは少し違う。彼らの盾と鎧はその表面に緑色の被膜のようなものを纏っているようにも見える。

 その間も班員は、重装騎士に対してフルオートで半弾倉ほどの弾丸を撃ち込んでいく。しかし、着弾したかと思うと、緑色の被膜が鮮やかな燐光を発して弾丸を次々に無効化していく。続けて、別の班員もその騎士に銃撃を行う。だが、今回は若干様子が異なっていた。着弾した弾丸は弾かれたが、緑色の発光が前回よりも明るく鮮やかになっていた。そして、銃撃を耐え続ける騎士の発光が最大限に高まろうかという瞬間に、横から別の騎士が入り、その騎士を後方へと逃がす。後退した騎士の発光は徐々に収まっていき、落ち着いたところで再び戦列に復帰した。


 この光景を見ていた班長は思考する。

 これはある種のシールドと考えるべきか。そして、シールドの耐久力には限界があり、それが切れる前に人員を交代させながら戦列を維持しているとしたら……。


「各班、単一の騎士に集中射撃! 後方に退いても撃ち続けろ!」


 命令を聞いた班員たちは、すぐ班ごとに単一の騎士に弾丸の雨を浴びせる。


 最初の数秒は弾丸を全て無効化していた騎士であったが、緑色の発光が極限まで輝きを強くする。その瞬間、横から別の騎士が射線の間に入り、騎士を後方へと逃がす。そして、自身の鎧を緑色に発光させながら、間に入った騎士の影に隠れる。しかしその時、騎士が僅かに晒したヘルムを、高所から狙いを定めていた狙撃手は見逃さなかった。乾いた銃声が弓ヶ浜に響く。その刹那、その騎士を包んでいた鮮やかに輝く被膜が弾け、甲高い金属音と共にそのヘルムを.223ウィンチェスター弾が撃ち抜いた。

 その騎士を後方に逃がした騎士が唖然とする。その一瞬の油断から、大盾から身を晒してしまい、鎧にのみ集中攻撃を受け数秒で、対物障壁が臨界点を突破して弾けた。そのすぐ後、緑色の保護膜が消失した鎧に無数の弾痕が空けられ、背中から倒れ込んだ。


 これを切掛けに、重装騎士の戦列は崩れ始め、交代要員を失った騎士たちは次々に対物障壁を突破され、その巨躯を白砂に埋めていった。


 その光景に驚きを隠せない、敵方の指揮官と思しき人物はすぐに全軍に後退を命じた。そして、前方に即座に煙幕を張らせ、負傷者を救助しながら、全軍を当初の上陸地点である上陸船付近にまで退かせる。魔導兵はその場の土砂を利用して、1m四方の土壁を複数作り、部隊は素早くその陰に身を隠した。

 煙が薄くなり双方に視界が効くようになったが、以降、敵方から攻撃は行われず、敵は負傷した味方を治療しつつもこちらの様子を絶えず監視する、睨み合いのような状況が続いた。


 その様子を見ていた杉崎はつぶやく。


「一時休戦……か」


 杉崎は通信機のマイクをつかむ。


「各班員、状況報告! 負傷した者はいるか?」


 数秒後に1班員から異状なしの報告を受ける。続けて2班長の新垣からも同様の報告を受けた。


「総員、バリケード後方まで一時後退、その後は前方の監視を継続せよ」


「「了解」」


 杉崎は班員の応答を聞きながら、匍匐姿勢から立ち上がり、すぐにバリケード側へ向かう。後方の青白の人員輸送車の前には、下田警察署警備課員と地元消防団の負傷者が座り込み救護員の治療を受けていた。その中で、消防団の法被を着た40代くらいの男性が仰向けにされ、もう一人の救護員の治療を受けていたが、意識が無いようで、警備課長の高橋を含めて何人かが周囲で心配そうに立ち尽くしていた。


「佐々木、容体はどうだ?」


 忙しなく医療バッグを漁る、突入支援1班所属の救護員である、佐々(ささき)(たけし)巡査長が杉崎に気づき、敬礼した後に報告する。


「我々の降下前に光弾の爆発に巻き込まれたようで、吹き飛ばされた衝撃で左脇腹、右腕が骨折しており、意識もありません。現状では、骨折箇所の固定処置を行いましたが、光弾の爆発が衝撃波を伴うことから、肺爆傷や中枢神経系へのダメージも考えられるため、直ちに後送が必要です」


 それを聞いていた、高橋と輪島が深刻な顔でこちらを見つめる。


「源さんは大丈夫なんでしょうか?」


「頼む! 源さんを助けてやってくれ!!」


 杉崎は二人の方に向き直り、心配は要らない旨を説明する。


「大丈夫です。必ず助けます。すぐにヘリに収容するのでご協力お願いします」


 それは落ち着いた口調だったが、強い意志が言葉の節々から感じられた。

 そして杉崎は、佐々木に再び向き直り口を開いた。


「では、「ふじ3号」に彼と他の怪我人も含めて後送を要請しよう。佐々木、お前はその人に着いて、医療施設に運ぶまでの間、状況の急変に対応しろ」


 佐々木は、班員を置いて現場を離れたくは無かったが、班長の命令であるため、すぐに自分を納得させる。


「了解しました。班長、必ず生きて帰ってきてください!」


「人間いつかは必ず死ぬ。だが、俺はまだ死ぬつもりはないよ。」


 杉崎は佐々木の肩を2回叩き、僅かに笑って答えると、上空の「ふじ2号」に連絡を始めた。


「「ふじ3号」、こちら突入支援班長、負傷者の収用を要請する」


「こちらふじ3号、負傷者の収容を了解、バリケード前の砂地に着陸します」


「ふじ3号」は着陸灯を点灯させながら高度を下げ、前方の砂地へと着陸する。砂浜に着陸した「ふじ3号」はその周辺の地面を赤色の衝突防止灯や左右の航空灯で照らした。さらに強烈なダウンウォッシュにより砂塵が舞い上がり、砂嵐のような突風がこちらを襲う。

「ふじ3号」の着陸を確認し、杉崎が叫ぶ。


「よし、収容急げ!」


 人員輸送車の前で座り込んで治療を受けていた者も、負傷していない人間に肩を貸されながらヘリまで近づいていく。そして、源さんに関しては、すぐ側の横転した消防車に備え付けられた担架によって、4人がかりで慎重に運び出された。合計8名の負傷者が「ふじ3号」に収容され、最後に佐々木も乗り込み、畳まれた座席の側に担架ごと寝かされた源さんの近くに膝を折った。

「ふじ3号」のドア前には、前方を警戒する突入支援班以外の見送りの人間が集まり、佐々木たちを見送った。そして、佐々木はその中にもう一人の救護員、同階級だが後輩である井出(いで)()美子(みこ)巡査長を見つけ、一言だけ彼女の無事を祈った。


 その後、全員が機体から離れたのを確認して、操縦士はコレクティブレバーをゆっくりと引き上げると、再びローターブレードの回転数が徐々に上がる。十分な回転数に至った後、操縦士がサイクリックスティックを傾けると、「ふじ3号」の機体がゆっくりと浮かび上がった。そのまま機首を市街地の方向に向け、最後に操縦士がこちらに敬礼した後、凄まじい轟音と強風を発生させながら飛び去っていった。


 前方の土壁に隠れていた敵軍も、この光景の始終を目撃し驚愕と恐怖の織り交ざった眼差しで、異世界の「翼竜」を見送った。


 杉崎はすぐ横に居た高橋を見つけ、正面に立つ。そして(おもむろ)に防弾帽を外し、バラクラバを脱ぎ捨てた。


 すると、月明かりに照らされた、未だ20代後半のような端正で精悍な顔が顕わになる。


「自己紹介がまだでしたね。私は静岡県警銃器対策部隊、突入支援班長の杉崎です。到着が遅れて申し訳ありません。……では、これからの事を話し合いましょうか?」


 微かに笑みを浮かべながら差し出された手を、高橋はしっかりと握った――。



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