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海に燃えし篝火は (Shimoda Coast Guard) ②

 

 ――


 南伊豆町近海 巡視船「しきね」 操舵室


 突然の衝撃で、操舵室では船橋の防弾ガラスが粉々に砕け、何人かは体勢を崩し、転倒する。

 爆発の衝撃で床に投げ出されていた船長は、耳鳴りが思考を掻き乱す中、目の前にぶら下がった受話器を掴む。そして、ようやく立ち上がると、船団に向け怒りの混じった視線を向けながらも、口を開いた。


「各所、損害報告!」


 しかし、数秒経っても、各部から報告が入らない。もう一度竹本はマイクに向かって叫ぶ。


「こちら操舵室、各所損害を報告せよ!!」


 今度は数秒経ってから各所から応答があった。

 どの部署も、軽い打撲などの軽症者が数名居るくらいで、重傷者は出なかったようだ。それを聞き、竹本、そして横にいた青葉も安堵する。


「全員無事で良かった。船長、彼らは警告に明確な敵意を持って答えました。最早こちらも実力行使しかないかと」


 この間も船橋以外の船体が攻撃されているらしく、振動は続いていた。あの攻撃が船尾にでも直撃すれば、一瞬でこの船の航行に支障をきたすことは竹本も理解していた。


 竹本は、部下に危害を加えられたことに特に酷く腹が立っていたが、冷静になり、もう一度、武器の使用に関する海上保安庁法を思い出す。


 海上保安官の武器の使用について定めた、海上保安庁法第20条では、警察官職務執行法7条の規定のほか、警告の後に船舶が停止せず、抵抗してきた場合、海上保安庁長官の許可のもと、武器を使用することができるとしている。しかし、現状の逼迫した状況で長官にお伺いを立てている暇などない。ここは、部下の命に危害を加えた以上、警察官職務執行法の定める、正当防衛を根拠に武器を使用することができるだろう。これはもう2001年の九州工作船事件の比ではない……。


 決心したように竹本は受話器を持つ。


「総員に告ぐ、本船はこれより戦闘状態に入る!各自持ち場を維持せよ」


 そう指示を出すと、艦橋の外にある号鐘が鳴らされ、「しきね」が戦闘状態に入ったことが船内の人員全てに伝えられる。


 竹本は次に兵器管制員である坪倉に命じた。


「これより、正当防衛射撃を実施する」


 それを聞くと、坪倉は諸元を入力する谷口にも聞こえるように、復唱を始める。

 竹本は続ける。


「目標、左舷50、不審船団右舷中央、不審船上のマスト及び敵勢力、30mm単装機銃、撃ち方用意!」


 FLIRの映像を見ながら、船上で杖を振るう人員に向け照準を合わせる。甲板では30mm単装機銃がゆっくりと砲塔を回し、敵帆船に照準を合わせる。

 それと同時に、船長から射撃の命令が下った。


「撃ち方始め!!」


 坪倉が射撃開始の命令を復唱し、谷口は赤い射撃スイッチを押す。


 その瞬間、船首に取り付けられた30mm単装機銃が目標に向け、雷鳴のような発射音とともに30mm徹甲弾を毎分400発の速度で帆船に降らせ、木造の船体を無慈悲に抉り続けた。


 それと同じタイミングで、巡視艇いずなみの船長も、緊急事態を判断したようで、搭載機銃である12.7mm多銃身機銃による援護射撃を同目標に行った。


 船団の右舷側を並走する2隻から、白く輝く曳光弾とともに撃ち出される鉛の礫は、その後もほぼ一方的に木造帆船一隻のマスト及び船体を抉り続ける。帆船は苛烈な攻撃により、マストを薙ぎ倒され、一瞬の出来事により何も反撃出来ぬまま、30mm徹甲弾が船体に穿った大穴からの浸水で海中に没していった。


 先ほどからの雷鳴が止み、一瞬の静寂が訪れる。


 竹本は、ここまでの様子を操舵室にある、FLIRのディスプレイと自身の双眼鏡を見ながら確認し、後ろに控えていた通信員に、状況を管区本部運用指令センターに伝えるよう指示する。指示された通信員は、すぐに操舵室後方の作戦情報室(OIC)で指令センターと交信を始めた。


 だが、ここで坪倉が竹本に報告した。


「船長、先ほどの射撃で目標沈没を確認しました。しかし、周辺の帆船が気を取り直して反撃の準備をしているようです。目標を変更し射撃を継続されますか?」


 状況を聞いていた青葉は、すかさず竹本に意見具申する。


「船長、敵が態勢を立て直し、我々への集中攻撃を行ってきた場合、先の発光体の性質を考えるに、この場所での継続した戦闘は危険であると判断します。なので、我々は一度彼らの射程外に後退、船団の出方を見つつ機動し、火力を集中して各個撃破を行うのが効果的かと考えます」


 青葉の提案を聞きながらも、三列縦陣の右舷側から、中央の指揮船の護衛と見られる船を残して、独立して動き出した7隻の帆船を冷静に観察していた竹本が答える。


「彼らは我々に一定の戦力を割いてきた。これは何としても我々を妨害し、上陸を強行するための作戦だろう。最早、船団の動き全てを妨害することは叶わない以上、奴らだけでも我々が受け持とう」


 そう言うと竹本は航海士に推進器の出力を上げるように指示する。


「出力を全速力に上げてくれ、一度船団と距離を取りたい」


「了解しました」


 その数秒後、船尾のウォータージェット推進機の水力が一気に高まり、ほんの数秒で敵魔法使いの射程外へと離脱する。あまりの加速に、操舵室にいた面々は、一時よろめきかける。


 体勢を立て直した竹本は坪倉に指示を出す。


「坪倉、これより我々は一度後退し、彼らの射程外から各個撃破を行う。それに伴い、離脱時の反撃を防ぎ距離を取るため、攻撃態勢に入った船に対して順次射撃を実施せよ。行きがけの駄賃をくれてやれ!」


「了解!」


 命令を受けた坪倉は、谷口とともにFLIRのモニター越しに本隊から独立して動き出した7隻の帆船を眺める。そしてベテランの坪倉が、その内の一隻に乗った乗員が杖から靄のようなものを発しているのをいち早く発見する。


「前回の攻撃前にもこんな予兆があったな。谷口、すぐにこの船に射撃を実施だ!」


「了解です!」


 すぐさま谷口は30mm単装機銃のコントロールパネルを操作し、方位や射角等の諸元を入力する。日々の訓練のおかげか、この辺りの操作は実に手慣れたものだった。

 砲塔が7隻の内の一隻に照準を合わせ、射撃の号令を待つ。


「坪倉さん、何時でも撃てます!」


 それを聞いた坪倉は、一拍おいて、射撃の命令を下した。


 再び、艦橋全体に雷鳴が轟く、正面から向かってくる敵船のマストを中心に行われた射撃は、誤差は何発かあったが、船上の魔術師に制圧効果を与えるとともに、数秒の内に船体を粉砕しマストをへし折り、その航行能力をほぼ喪失させた。


 しかし、その帆船ですら無くなった、ただの木造船の不運はそれだけでは終わらなかった。

 補助用魔法墳進器のエネルギー源である満載された魔力結晶に、偶然にも曳光弾が着弾し引火、大爆発を起こし、弓ヶ浜の海上に巨大な篝火を燃やした。そしてその篝火は、雲が月光を遮り、闇に包まれた湾内を照らし続けた。


 ――


 南伊豆町近海 強襲上陸部隊 指揮船


 強襲上陸部隊を束ねる統括指揮官であるマルスは、自らの違和感が的中する形での意外な結果に驚いていた。


「あの船に既に2隻も沈められただと・・・!?」


 ゴールが膝をつきながら報告する。


「はい。敵の魔導兵器からの攻撃は、現在は弱体化しているとは言え、我々の対魔障壁を容易く貫通したようです。そして、彼らの新型と見られる魔導墳進器の性能は凄まじく、一気に距離を離されたスーラ隊は包囲に失敗し、現在は追撃に移っています」


 我々の対魔障壁を容易く貫通し、我が軍船の速力を遥かに超える性能を持つ魔法墳進器だと。ありえない。だが、目の前で見せられては信じざるを得ないだろう。しかし、敵はたったの2隻、依然として我々には数の利があることは変わらない。

 そこまで考え、前で膝まずくゴールに確認する。


「ゴール、こちらの攻撃は相手に効果はあったのか?」


「はい。こちらからの攻撃で相手にそれなりの損傷を負わせたとの報告が入っております」


 なるほど。こちらの開発した新型魔法による攻撃は従来のエリエスの軍船と同様に、奴らの対魔障壁を突破できているか。ならば、一度我々と距離を取ったと言うことは、現在の海域状況からして罠ということは考えにくいことから、包囲され魔導杖から集中攻撃されるのを恐れての行動だろう。故に、あの新型船は決して撃破不可能な敵ではない。しかし何故、対魔障壁が無効化されると分かっていながら、我々に接近してきたのか。


「何故、攻撃もせずに危険を冒してまでこちらに接近して来たかは分からないが、どちらにせよ、こちらの攻撃が有効であるのなら、あの新型船は撃破可能だ。魔導杖の射程外に逃げたのなら、敵の進路を予測し、距離を取りつつ、着実に包囲し、機を見計らって長射程の魔導収束砲にて一撃の内に仕留めよ。しかし、奴らの攻撃には十分な注意を払え」


「はっ!」


 そこまで聞くと、ゴールは立ち上がり、すぐさまスーラに連絡する。

 そして、マルスは連絡を終えたゴールに続けた。


「奴らはスーラの部隊を回せば十分殲滅できる。我々はエリエスの不気味な隠蔽陣地への上陸を急ぐぞ」


「はっ。御意のままに」


 そう言うとゴールは、船団全体に速力を上げるように指示する。命令を受け取った各船は、補助用魔導墳進器の出力を限界まで上げる。すると船団は、通常の帆船では決して出せない速度に到達し、弓ヶ浜へと急進を開始した。


 マルスは急激に上がった速力に頬杖を崩されそうになるが、何とか耐え、上陸後の行動について再確認を行っていた。


 船団の先頭はあと数分の内に上陸する。上陸した後は帆船から兵士やゴーレム等の魔法兵器や生物を順次揚陸し、海岸堡を確保、その後はルベルトと我々で部隊を分け前進する。そして、海岸堡を確保し前進を開始する頃には、ガラード達も合流し空と陸の両面から隠蔽陣地の制圧を行えるだろう。


「さて、この陣地には他に何が隠されている? あの新型船だけとは言わんでくれよ。久々に楽しめそうだからな」


 ――


 南伊豆町近海 巡視船「しきね」


 船団と一度距離を取ることに成功した巡視船「しきね」の操舵室では、ここまでの状況を整理し青葉が竹本に報告を始めたところだった。


「敵兵器の射程外に離脱を確認、加えて、これまでに敵帆船2隻の撃沈を確認しましたが、我々との戦闘中に、船団本隊は浅瀬に上陸、弓ヶ浜バリケード周辺で地上戦に突入しているようです」


「バリケードの警官たちには悪いことをしたな、もっと上手く出来ただろうに」


「いえ、我々はこの状況下で最善を尽くしました。それにまだやれることは残っています」


 それを聞き、竹本は防弾ヘルメットのあご紐を再度締め直す。


 すでに上陸した敵の騎士については、バリケード周辺で彼我入り乱れた戦闘が行われているので、援護射撃はかえって危険だろう。それに浅瀬に近づくのは喫水線の関係もあり、座礁でもしたら笑い話にもならん。つまり、現在我々に出来ることは一つだ。それは、海上に残り追撃してくる敵船を航行不能もしくは破壊し、周辺海域を制圧することである。


「その通りだ、まだ出来ることは残っている。残っている船を制圧するぞ」


 その時、先ほど管区本部運用指令センターへの連絡を指示した通信員が操舵室に駆け込んできた。


「せ、船長、長官から不審船団への発砲許可が正式に下りました。」


 ようやくか、少々待ちくたびれたぞ。


 竹本は通信機器と一体になっている机から受話器を拾い上げ、後方を随走する「いずなみ」の船長に「しきね」のこれからの行動を示した。


「聞こえるか鞍馬、これより、本船は弓ヶ浜バリケードで戦闘中の警官隊を援護するため、残りの帆船を無力化する。可能であれば、そちらからの援護射撃を頼む」


 いずなみから、慣れ親しんだ同僚の声が届く。鞍馬は同じ船長で同僚だが、階級には下に二階級ほど開きがある。


「竹本さん了解です。先程、長官から正式に射撃許可も下りましたので、本船も貴船を全力で援護します」


「援護に感謝する」


 竹本は水上レーダーで残っている帆船の位置を確認し、追撃してくる船団の方を睨みつける。


「さぁ、行くぞ!」


 ――



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