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プロローグ

 


 関東某所 日本政府極秘研究所


 観測室の強化ガラス越しに、巨大なコイルのような物を静かに見つめる黒いスーツに身を包んだ若い女性。その顔にはまだ幼さが残るが、艶やかな黒髪を後ろで束ね、黒縁の眼鏡から覗くその眼光は、歴戦の指揮官のごとく凛とした印象を受ける。手に持ったクリップボードに挟まれた資料を捲りながら眼下の様子を冷静に見つめ続ける。


 ミサイルサイロ型研究施設の最下層部には、巨大なコイルにも似た電磁波発生装置が佇み、絶えず放電を繰り返し、さながら稲妻の蛇に纏わり付かれているようであった。まるでこの世のものではないような気さえする。


「主任、共振装置による地殻変動を確認しました。加えて柏崎・千葉構造線から糸魚川・静岡構造線地下深部に異常電磁波を観測しております」


 白衣姿の研究員が背後から報告する。


 彼女の背後では複数のモニターが異常な数値を示し続け、警告音が鳴り響く。


 伊豆半島南端を定点観測した映像と幾つかのモニターの数値が大きく振り乱し「異常電磁波、フォッサマグナに確認」の文字が表示される。


「関東全域の発電施設に異常発生、電力供給がストップします」


 もう一人の研究員がそう言うと同時に、施設内の照明が一瞬だけ消え、直ぐに無停電電源装置(UPS)のスイッチが入り正常に戻る。


「成功か? 霧咲君」

 

 深緑の制服を纏った男がスーツ姿の女性に問いかける。男は40代半ばだが、その顔つきは爽やかな短髪も相まって未だに若さが感じられる。


 先程まで眼下を眺めていた、霧咲と呼ばれた女性は振り返る。


陸上自衛隊の制服を着た男の胸には幾つもの防衛記念章が飾られ、その上には月桂樹と金剛石の徽章、所謂レンジャー徽章が銀色に輝いていた。そして左右の襟元には、着剣された二丁の小銃が交叉する金色の徽章が付けられ、自身の職種が普通科であることを示していた。


 その威厳とオーラに、不意に話しかけられると未だに一瞬だけ動けなくなってしまう。


「どうなんだ?」


「はっ、狭間一佐、成功だと思われます。モニターの数値と衛星の映像から考え、前回のクラック発生時と同等、もしくは前回以上に安定しているものと考えます」


「よろしい、ならばすぐに調査チームを送れ」


 狭間と呼ばれた男がそう言い終わる刹那、モニターを監視していた研究員の一人が慌てて報告する。


「主任!クラックから何か生物のようなものが顔を覗かせています!」


「「なんだと!」」


 全員が伊豆半島南端を観測するモニターに詰め寄り画面を覗き込む。画面にはノイズが若干かかっているが、普段通りの伊豆半島沖を映し出しているようにしか見えない。


「そいつはどこにいる?」


 狭間一佐が研究員に問う。


「クラックが発生していると思われる箇所に……まるでドラゴンのような生き物が……」


 よく注視すると画面の右端、伊豆半島沖の洋上に映像が歪んでいる箇所があった。研究員が端末を操作し、そこを拡大してみると何やら二本の角が生えた、青銅色の爬虫類のような生き物が、鉤爪をクラックの縁に食い込ませて辺りを探っている様子だった。遠くから見ればその様子は、空中にその爬虫類の頭と鉤爪だけが浮いているという奇妙な光景だろう。


「霧咲君、これは一体どういうことだ?」


「分かりません、こんな事は今まで一度も……ですが、父の手記にはあちらの世界にも原生生物が何種類か生息していたと書かれていました……」


 あれは恐らくあちら側の生物の一種ではないか、と発言しようとした瞬間、その爬虫類が口を大きく開け咆哮して飛び上がると、その身をこちらの世界に晒した。


 12m以上はある体躯、青銅色の鱗、巨大な翼、鋭い鉤爪、そしてワニとも似つかない凶暴性を体現したような顔、まるでドラゴンとしか形容できないその姿に一同は言葉を失った。


 その「ドラゴン」は空中でしばらく羽ばたきながら静止すると、海面に大きく羽を叩きつけ、水しぶきとともに空高く舞い上がり、南伊豆町市街に向けて飛び立って行く。


「こいつは一体何なんだ……ありえない……」


 引き攣ったままの顔で研究員が囁く。


「最早、隠し通すことは出来まい……我々日本人いや世界の人々にとって決断が迫られるかもしれない。その決断次第で、世界の運命は大きく変わる……」


 狭間一佐はモニターを離れ、強化ガラスにゆっくり近づくと、眼下のコイルを見つめながら小さく口を開く。


「霧咲教授……あなたは一体何を見たんだ……」


 ミサイルサイロに空いた深淵の底を見つめる狭間を、霧咲は何も言わずに見つめていた。


 ――


 南伊豆町近海


 月明かりが照らす、夜の湾内にぽっかりと浮かぶ小型の木製偵察ボート。令和の日本の海には似つかわしくない、今にも破れそうな帆がついた古そうなボートだ。


 その上に、黒いローブを纏った2つの影があった。双眼鏡と思しき、水晶のレンズを覗きこむ人影。


 遠見の魔筒と呼ばれる双眼鏡の目線の先には、不可思議な建造物や光る眼を持った奇妙な鉄の馬車が走っているのが見えた。


「なんだ……ここは!?」


 船に乗っていた一人の男がつぶやく


「全くわからない……エリエス近海の海図にもこんな場所は載っていない」

 

 古びた地図を広げながら、もう一人の男が小さな石を腰のポーチから取り出す。


「今からディレクション・ストーンで現在地を確認する」


 そう言うと男は、先程取り出した石を地図上に置き、スペルを唱える。


 ―大精霊セロンの名のもとに命ず、精霊たちよ、我ら祝福を受けし者に、現在地を示せ!―


 男はスペルを唱え終わるとすぐに異変に気づいた。


「……精霊がいない……だと」


 ありえない、大精霊セロンの管轄している地であれば、精霊たちは呼びかけに応じるはず。いや第一、大精霊の管轄していない地域など存在しないはずだ……。


 もう一人の男がその様子に気づく。


「どうしたチェルス」


「すまないが、どうやらこの場所では精霊魔法が使えんようだ」


「……冗談だろ? 精霊に嫌われたか?」


「トルア、俺は冗談など言わない!」


 チェルスとは長い付き合いだが、確かにコイツはこんな状況で冗談を言うやつじゃない。


「まあいい、だったら敵地では少々危険だがコンタクト・ストーンで本隊と通信を試みるしかないな」


 トルアと呼ばれた男は、肩にかけた薄汚れたバッグから手の平程度の石を出し、魔力を込め始めた。


「サバト、こちらシェイネ、エリエスの隠蔽陣地を発見した。応答せよ……」


 石からは雑音しか聞こえてこない。おかしい、波長はこれで合っているはずだが。何かがおかしい、この場所、空気、悪寒、先程までの空間とはまるで違う感じがする。


 その後も、トルアは何回か交信を試みたが返ってくるのは雑音のみであった。

 

 この土地には何か別の力が働いている、我々の「魔法」と相反する力が……。


「よし、すぐに引き返して本隊と合流する」


 その合図と共に、チェルスが船体に備え付けてある水晶に魔力を注ぎ始める。船はゆっくりと船首を翻し、来た水路を引き返していく。


「トルア、ここは本当にエリエスの領土なのか……?」


 チェルスが心配そうにつぶやく。


「分からんさ、だが俺達の今の任務はこの場所を本隊に報告することだ、他のk……」


 ――不意に、耳を劈くような雄たけびが響き、二人の会話を遮った。


「今の声、哨戒中の飛龍の声だよな……?」


チェルスは、斥候に出る前に確認した作戦予定を思い出す。


作戦の開始はまだ先の筈だ、マルス様が計画を変更したのか……!? いや、そんな事は聞いてない! 連絡すらよこさないとはあんまりじゃないか?


 チェルスは心のなかで悪態をつくと、トルアに急いで引き返すよう命令する。


「くそっ! 急ぐぞトルア!」


「了解した」


 ボートの影は途中から速力を上げ、近海を照らす月光が雲に遮られた瞬間、洋上の影に溶け込むかのように消失した。


 ――


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