5.スキル
「っ!」
「Gyaaa!」
突然真後ろに現れた巨体、そのことに僕の身体は一瞬硬直する。
そして、その停滞を巨人が見逃すことはなかった。
一般的な男子高校生としては少し小柄とはいえ、160センチはある僕の身長の二倍以上の長さを有す丸太のような拳が振るわれ、地面に亀裂が走る。
僕は何とかその拳に反応し、全力で後ろに跳ぶ。
「がっ!」
そして何とか直撃を免れるが、だがその衝撃波は避けることが出来ず、壁に叩きつけられる。
鈍い痛みが背中に走り、肺から空気が絞り出されて息が出来なくなる。
その一連の動きだけで僕は目の前に立つ巨人はサイクロプスであることを悟る。
サイクロプス、それは僕が王宮の図鑑で知った下層の魔物。
1つだけの目は魔力をもとらえ、その巨体から放たれる攻撃は硬い迷宮の壁さえも砕く。
さらに厄介なのはその身体を覆う酷く硬い鋼鉄の皮膚。
「難易度高すぎだろ………」
そしてそんな化け物との遭遇に、僕は乾いた笑いを漏らす。
俺の方へとゆっくりと歩いて来るサイクロプスには絶対に勝てるという確信からか、牙の見える口元には笑みが浮かんでいる。
その笑みに一瞬僕の心から恐怖が弱まり、舐められたという屈辱とその笑みを潰したいという怒りが湧き出る。
「ここは切り札を切るしかないのか……」
だが、その激情は直ぐに消えた。
いや、目の前に立つ巨体の威圧に維持できなくなったとでも言うべきか。
サイクロプスと戦って僕が勝てる確率、それは多めに見積もっても4割を切る。
今までの鍛錬に、そしてスキルで得た補正を考えてもそれ以上は絶対に超えない。
この場を確実に切り抜ける方法、それは切り札を最強のスキルを使うことだけ。
「畜生、何でこんな超難易度に挑まないといけないのか……」
そして、そのことを悟りながら僕は剣を抜いた。
勝てる可能性がどれほど低いのかそのことを僕は知っている。
「だけど、あのスキルを使えば僕をこの下層に落としたという事実さえ無くなってしまう……なら、まだその方法はきらない」
「Gya!」
僕の独白にサイクロプスが意味がわからないとでもいうように、苛立ちの混じった声を上げる。
「僕はクラスメイト全員で生き残るともう決めている。だったら、僕をこの場所に落としたやつの気持ちも知らなければならない」
「Gyaaa!」
「っ!」
サイクロプスは腕を横に薙ぎ払い、そしてその攻撃を完全に避けきれず僕は再度吹き飛ばされる。
だが、直ぐに僕は身体に走る痛みを無視して立ち上がり笑う。
「やり直すのは、僕ならば簡単だ。だから、今は全力で抗わせてもらおう」
「Gyaaa!」
その僕の宣言が終わるか終わらないかの時に再度サイクロプスの拳が僕を襲う。
しかし僕はその拳に向かって雄叫びを足を踏み出す。
「うぉぉぉぉおおお!」
そしてその瞬間、僕の2つある内のスキルの内、身体能力を上げる"暗殺者の才能"が発動した………
スキル、暗殺者の才能。
そのスキルは決して最強だと言えるものではない。
実際、それより強いスキルを上げろと言われれば勇者の才能など誰でも思いつくことができるだろう。
だが、それは決して暗殺者の才能というスキルが強力でないということではない。
暗殺者の才能の特筆すべき能力は様々な能力の底上げ。
剣術、身体能力に関する補正、それらはもともと高めだった僕の身体能力をさらに底上げしている。
そして暗殺者の才能というスキルの効果はそれだけではない。
「Gya!?」
まるで突然僕の姿が分からなくなったかのように驚愕の声を上げるサイクロプスの様子に僕は薄く笑う。
暗殺者の才能の中で際だって強力な能力、隠密が目の前のサイクロプスにも通用するだということを悟って。
隠密の効果は一度勇者の才能と呼ばれる能力を有している慎二に試し、そして中々強力なことを確認していた。
だが、それでも目の前のサイクロプスに通用するかどうかの確率は五分五分であろうと僕は判断していた。
何故ならばサイクロプスの目は超器官と呼ばれるもので、幾ら上位職ですら欺いた隠密でも通用する確信はなかった。
だから僕はこの好機を見逃すことのないよう、剣を両手で力強く握りしめる。
「っ!」
その時、ヒビの入った方の手に痛みが走り、僕は思わず剣を取り落としそうになる。
怪我を無視して動かしていた代償なのか、手から伝わる痛みは明らかに酷くなっている。
だが、目の前のサイクロプスの表皮を切り裂くには両手を使い、痛みを無視して全力で振り下ろさなければならない。
「限界が来るまでにサイクロプスを倒さなければならないってことか………」
手に力を入れるたびに痛みは益々酷くなっていき、その痛みに僕は剣を全力で触れる回数は決して多くないことを悟る。
だからと言って一撃で仕留めようと首などを狙えばまず届かない上に、胴を狙えば確実な致命傷を与えられる可能性が低い。
「先ずは足!」
だったらと僕は先ずサイクロプスの首を自分の間合いの範囲内に入れることを決断する。
「うぉぉぉぉおおお!」
「GyaaaaAA!」
そして未だ僕の姿を探しているサイクロプスの後ろに回り、膝の背後から剣を叩きつけた。
「っ!」
金属と金属がぶつかる音が響き、僕の手にまるで岩に斬りつけたかのような衝撃と痛みが走る。
だが、それでも剣は確かにあのサイクロプスの皮膚を切りさいていた。
「しっ!」
僕は青いサイクロプスの血に汚れた剣を見て、今までの自分では絶対に不可能な斬撃と、その斬撃が成したサイクロプスの傷に自分の攻撃が通用することを確信する。
そして直ぐ、サイクロプスに自分のいる場所を特定されないようにその場を跳びのこうとして、
「Gya…!」
「はっ?」
その時視界が少し暗くなり、目の前にある自分の影が強大な影に覆い尽くされた。
まるで、巨人が僕のことを覗き込んでいるような形の影に。
僕が呆然と振り返ると、サイクロプスの1つ目と目が合う。
そしてその時ようやく僕は気づく。
「いや、ちょっ!」
サイクロプスは僕を見失ってなんかなかったことに。
「GYAAA!」
次の瞬間、振り下ろされたサイクロプスの丸太のような腕が僕に直撃した。