3.裏切り
「ここが、迷宮……」
翌日の午後、僕は光り輝く岩に囲まれた洞窟、迷宮にいた。
昨日、力を得なければならないとそう判断した僕は翌朝国王に、クラスメイトの役に立ちたいので迷宮で鍛えたいと、騎士同伴の元の迷宮探索を頼み込んだ。
そしてその懇願はあっさりと通り、僕はその日の午後から迷宮へと挑むこととなった。
「それにしても嫌にあっさりと認められたな……」
この世界にはレベルというゲームのような概念はない。
しかし迷宮だけは特別で、出てくる魔物を倒すことでレベルアップのように、身体能力を無尽蔵に上げることができる。
だが、迷宮に行くと頼み込んだ僕に対して国王は驚く程無関心だった。
まるで僕が強くなることなどあり得ないと決めつけているように。
そしてそれは多分僕の勘違いではない。
「気をつけて下さいね」
僕が振り返ると、僕の後ろから2人の青年の騎士が付いてくるのが分かる。
その2人は国王が僕の要求に応じて付けてくれた護衛だったが、その表情にはありありと不満が浮かんでいた。
さらに2人の実力的には、2人同時に相手してもスキルを持っていなかった頃の僕であっても勝ていると確信できる程度。
そんな護衛つけられて、迷宮探索に行ったところで恐らく中層にも入れない。
僕は冷静に騎士2人の実力を図り、そう判断する。
確かに迷宮で強くなれるといっても、それは強い魔物を倒してやっと少し効果が見えてくる程度のもの。
実力が跳ね上がる程の魔物を倒そうと思うならば、迷宮の深部にいる最強の種族である竜種を倒さなければならない。
そして国王はそんな難易度で、僕が実力を手にすることが出来るなど一切思っていないのだろう。
「でも、こんな死なせない最低限の護衛だけしかつけられないとは……」
それにしても扱いが悪すぎると僕は騎士2人に聞こえないよう小さくぼやく。
此方側に不満を持っていて、さらに実力的にはかなり弱い護衛などあまりにも酷すぎる。
「そこにの崖には落ちないでください。下には泉があるので落ちて死ぬことはありませんが、下層まで繋がっているので最終的に待っているのは死です」
「うん、わかりました」
だが、それでも一応は敬語を使ってくれている騎士を見て、何時もよりはましかもしれないと僕は考える。
恐らく、本人がいる前で悪口を堂々と言えるような度胸が無いだけだろうが、それでも常にメイドなどや騎士に陰口を囁かれている王宮での生活に比べれば大分マシだろう。
「ていうか、本当に僕の扱い悪いな……」
そこで僕は王宮での扱いに嘆息する。
だが、次の瞬間僕の顔に浮かんだのは計画がうまく進んでいることに対する安堵だった。
「だけど、僕の実力が未だバレていない。だったら、気づかないうちに全ての計画を潰してやる」
背後から付いてくる騎士2人の気配を感じながら、僕はそう決意を固める。
実力を隠そうとする限り、この護衛がいる限り僕は本格的には迷宮探索に乗り出せない。
だが、それでも迷宮探索の経験が騎士2人に囲まれ、実戦を経験していくことで僕は確実に強くなれる。
それからはまだ考えていないが、とにかく今は実戦を経験することしか……
「えっ?」
そう決断しかけた、その時だった。
僕は背後からの衝撃とともに身体に浮遊感を感じ、背後を向く。
「っ!」
ーーーそこには嗜虐的な笑みを浮かべ、俺を崖へとつき押した騎士2人の姿があった。
「っ!」
身体が崖の方へと投げ出され、騎士2人の笑みに一瞬思考が停止する。
だが、今まで必死に鍛え続けてきた身体は命の危機を敏感に感じ取り、反射的に地面の端を掴む。
そして、何とか手だけで身体を落下から抑えている状況に陥るが、それでも何とか落ちることを回避する。
ー この崖は下層に繋がっています。
「何で、こんなことを!」
騎士2人が前に教えてくれたことが頭によぎる。
そして僕はあと一歩で死んでいたという状況に陥らせた騎士達に対し、苛立ち混じりにそう告げる。
幾ら故意でないとしても、それでも一歩間違えれば命を落としていたという状況に自然と僕の口調も熱を帯びる。
「ちっ、しぶてぇな」
「がっ!」
だが、そんな僕の言葉を無視して、
騎士は足を僕の手のひらへと何の躊躇もなく踏み下ろした。
迷宮探索の為、軽度ではあるが鎧を纏っている騎士の体重が掛かった靴は僕の手の甲の骨にヒビを入れる。
祖父と訓練していた時に何度も骨を折る経験をしていた僕は痛みで崖に落ちていくという最悪の事態は免れたが、腕一本で身体を支えなければならない最悪の状況に陥ってしまう。
そしてその時僕はようやく気づく。
いや、見ようとしなかった現実を再確認されたというべきか。
「また耐えた……早く諦めてくんない?」
つまり、騎士2人は僕をこの迷宮で亡き者にしようとしているということを。
「何で………」
思わず、そう呟いた僕を騎士2人は嘲笑う。
「はっ!何でだって?お前自分が無能である自覚がないのか?なのに勇者勇者とチヤホヤされる。目障りなんだよ!」
騎士の目には僕に対する嫉妬が籠っていた。
そしてその視線を感じながら、僕は頭にある考えが浮かぶ。
それは騎士という職業で、恐らくそこまで強くないだろう目の前の2人が過ごしてきた日々。
実力絶対主義の騎士団の中で、実力を持たない目の前の2人の日々は酷く不遇なものだったのだろう。
それも役立たずである勇者の迷宮探索を押し付けられても断れない程。
そしてそんな時に実力も持たない癖に勇者として召喚されてきた子供が現れたらどう思うだろうか。
その子供に対してどういう感情を抱くか想像に難くない。
ー あぁ、こいつらはただの馬鹿か。
そして僕はその2人の境遇を想像し、2人がどんな気持ちでいたかを悟り、
胸中で2人を嘲笑った。
2人の行動は全くの無意味でしかない。
何故ならば2人は勝手に僕に理想をなすりつけ嫉妬しているだけに過ぎないのだ。
そもそも僕は無能だと思われ、2人よりも差別されているのだから。
「僕を殺せばクラスメイトが、勇者達が黙ってない!」
僕は片手でもこの2人相手ならばどうにでもなるそう判断して、地面に這い上がるための時間稼ぎを試みる。
恐らくこの質問に2人は少しの間躊躇するはずで、その間に地面に這い上がろうと片手に力を込める。
だが僕の思惑は笑みを浮かべた騎士達の態度に裏切られる。
勇者そう言われたのにも関わらず、騎士達の顔に浮かんでいたのは僕を蔑むような笑みだったのだ。
僕は想像以上に図太い騎士達に驚き、
「はっ、何言ってやがる!お前を殺せっていうのは、
ーーーそのお仲間のご依頼だよ!」
「はっ?」
そして次の瞬間、そんな驚きなど比にならない驚愕に僕は絶句した。